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この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのになぜか潔癖公爵様に溺愛されています!〜  作者: 海空里和


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27.不審な男

「あー、アリアさん! 局長なら王太子殿下に呼ばれて席を外してます。すぐに戻って来ると思いますが……」


 ライアンの執務室を後にし、昼食を持って魔法省にやって来たアリア。出迎えてくれたスティングは忙しそうに室内をバタバタと歩き回っていた。


「じゃあ私は下の中庭にいますね」

「そうっすか? 局長が戻って来たら伝えますね!」


 邪魔をしては悪いとアリアは思い、中庭で待つことにした。


 今日も天気が良く、庭のベンチで昼食を取ると気持ち良さそうだ。


 フレディは出来るだけアリアと中庭で昼食を取る時間を作ってくれていた。今までは虫除けの仕事の一貫だと思っていたが、フレディの気持ちを聞いた今では違うとわかる。


 局長として忙しいフレディが、自分のために時間を作ってくれていたことに、アリアの心には切なくも温かい物が込み上げた。


「今日はお時間あるかしら……」


 中庭にたどり着き、ベンチに腰掛ける。


 フレディと昼食を一緒に食べられたら良いな、とアリアは期待をポロリと口から溢す。


 そんな自分に気付き、恥ずかしくなり、頬を両手で覆った。


「私、すごく欲張りになったわ……」


 昼食のバスケットをベンチに置き、アリアは立ち上がるとアップルグリーンの薔薇まで近寄った。


 フレディと約束をしたという薔薇。まったく覚えていないが、自分の瞳の色の薔薇に胸がくすぐったくなる。


(早く会いたいな……)


 こんなに薔薇を見つめていても記憶は戻らない。ライアンがフレディに頼んでくれると約束をしてくれたから、それが叶えばアリアは記憶を取り戻せる。


 フレディに会いたい気持ちを逸らせながらアリアは薔薇を見つめながら口元を綻ばせる。


(記憶を取り戻せばフレディ様との約束も思い出せるはず……そうしたら……)


「アリア・クラヴェルか?」


 薔薇の前で屈んでいると、上から声が降ってきた。


「久しぶりだな」


 見上げるとそこには男が立っていた。焦点の合わない視線と気味悪く笑った顔にアリアは背筋が凍る。


「今は……アリア・ローレンですわ……」


 震える身体を自身で抱き締めながらアリアは立ち上がった。


 目の前の男は身なりから貴族の子息で、歳も近そうだ。「久しぶり」というからには顔見知りのはず。


「……?」


 どんな些細なすれ違いだとしても、アリアは一度見ればその人物を覚えている。なのに記憶に無い。


「記憶が無いっていうのは本当みたいだな。まあ、おかげで俺は牢屋に入らずに済んだが、ローズ様に会えなくなったんだ……」


 仄暗い瞳を向けてそう言った男に、アリアはハッとなる。ライアンから聞いたばかりの話と、目の前の男の話が結びついたからだ。


「あなたが、私を……」


 ぎゅっと胸の前でドレスを握りしめてアリアは目の前の男に問おうとすると。


「おっと……妙な動きはするなよ? 俺たちは、ただ会話をしているだけだ」

「!」


 男はアリアとの距離を一歩縮めると、お互いの身体の間にナイフをちらつかせた。


「ここは魔法省の真下で目立つからなあ。三年前はそれですぐに衛兵に捕まってしまった」


 ひそひそとアリアの耳元で話す男に、アリアは身震いをする。


「一緒に、来てくれるな?」


 ガシッと腕を掴まれ、ナイフをお腹辺りに突き付けられる。


 気持ち悪さと恐怖でアリアからは汗がダラダラと流れた。


(フレディ……様……)


 もらったネックレスの小瓶をぎゅう、と握りしめてアリアは目をつぶった。


 悪役令嬢として任務を受けていた時、色んな貴族令息たちと触れ合うくらいのことはあった。あの時は何とも思っていなかったのに、今は気持ち悪くてたまらない。


(私はきっともう、悪役令嬢なんて出来ないわ)


 あんなに誇らしく、生き甲斐だった悪役令嬢の仕事。今は、ただフレディを想う一人の女にすぎないことをアリアは自覚する。


「おい、歩け。妙な真似をしたら殺す」


 男はナイフでドレスを少しだけ切り裂く。それはただの脅しでは無いことを示していた。


「一体どこに……」

「いいから黙って来い」


 アリアに有無を言わせず、男はナイフを突き付けながらアリアの手を自身の腕に絡ませた。


 傍から見れば、仲の良い男女が歩いているだけだ。


「男遊びの激しい悪女のことなど誰も気に留めないだろう」


 男は開けた庭からそびえ立つ魔法省の塔を見上げた。塔の至る窓からは何人かが顔を覗かせて二人を見ていた。


「おっと、妙な真似するなよ。お前は俺と浮気している所だ。さあ、歩け」


 魔法省の人たちに助けを求めようとしたアリアは、見えない場所でナイフを突き付けられ、口を噤むしかなかった。


 アリアはベンチの上のバスケットに目線をやる。アリアの視線に気付いた男は、腰を引き寄せ、身体を密着させた。


「ローレン公爵も何でこんな悪女なんかに骨抜きなんだろうなあ。まあ、これから失望するんだろうがな」


 会話の内容が聞こえない以上、傍から見ればイチャついているように見えるだろう。魔法省の人たちに見せつけるように男は身体を密着させている。


(フレディ様はそんなこと、今更信じないわ……!)


 そう言いたいのに、目の前の男に刺される恐怖から、アリアは口をハクハクとさせた。


「さあ、我が愛しの人のためにお前には退場してもらうよ?」


 不気味に笑う男に恐怖を感じながらも、アリアは為す術もなく、言われるまま、男と庭を後にした。

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