22.お茶会
王城に馬車が着き、アリアはようやくフレディから解放された。
フレディに手を取られ馬車を降り、お茶会の会場まで歩く。今日は王太子夫妻によるガーデンパーティー。
王城で一番大きな庭にはいくつも丸いテーブルが並べられ、白を基調としたテーブルウェアで揃えられている。
王女が開くお茶会は室内で密かに開かれる物ばかりだったので、アリアはその開かれた華やかさに目を輝かせた。
「アリア、最初に殿下たちに挨拶に行くよ」
「は、はいっ」
キョロキョロとしていたアリアに目を細め、フレディが腕を差し出す。その腕に手を添え、アリアはフレディと並び、王太子夫妻に続く真ん中の道を歩いた。
会場にはすでに招かれた他の貴族たちがいて、伴侶を伴うフレディにざわめいた。
「あれが悪役令嬢……?」
「噂の奥方様だわ」
皆がざわざわとアリアに視線を注ぐ。
「アリア・クラヴェルは赤い髪ではなかったか?」
「悪女はあんなに上品だったか?」
皆、アリアのトレードマークだった赤い髪じゃないことに不思議に思っているようだった。
そんな貴族たちに見せつけるようにフレディはアリアの腰を寄せて密着する。
「フレディ様?!」
ざわつく貴族たちはまったく目に入らず、フレディは目の前のアリアの頬が赤く染まるのに満足して微笑む。
すると、「キャー、フレディ様が微笑まれているわ!」などと女性たちから悲鳴が上がった。
「あ、あの……」
「うん、充分虫除けしてくれてるよ? ありがとね、アリア」
「なら良かったです……」
至近距離で満足そうに微笑むフレディに、アリアはドキドキしながらも答えた。悪役令嬢な私じゃなくてごめんなさい!などと思っていたので、一先ずホッとする。
「悪女かどうかはともかく、溺愛されている噂は本当だったようね」
身体を寄せ合って挨拶の順番待ちをする二人にそんな声も届いてきた。フレディを密かに狙っていた令嬢たちも、諦める者、悔しさで顔を歪める者、様々だ。
中には先日、フレディの局長室に押しかけて来たご令嬢もいて、ギリリとハンカチを握りしめてアリアを睨んでいた。
「アリア、大丈夫?」
そんな令嬢の視線に気付いたフレディは、彼女に冷たい目を向け、アリアの身体を更に寄せる。
フレディの行動に、令嬢はわっと涙を浮かべ、その場を離れた。
「……大丈夫です。悪意を向けられるのは悪役令嬢の仕事ですので」
フレディがその令嬢が去るのを確認していると、腕の中のアリアは平然と答えた。
「今は悪役令嬢じゃないし、そんな悪意を受け取るのが当然だと思わなくても良い……」
フレディの言葉にアリアは目をパチクリとさせた。
「……まったく……義兄上はやり過ぎだ……」
アリアが悪役令嬢でしか自分に価値を見出だせないことは義兄と姉から聞いた。聞いたが、アリアは理不尽を受け入れ過ぎだ。
「まあ、俺が甘やかす、って宣言したし」
「フレディ様……?」
自問自答するフレディにアリアは首を傾げると、右手を取られる。そして流れるように右手の甲にフレディの唇が落とされた。
まだ注目を集めていた二人の行動を見た周りからは、キャー、と悲鳴と歓声が混じった声が轟いた。
「あ、あの……」
顔を真っ赤にして目を点にするアリアに、フレディは不敵に笑う。
「公の場で、どんどん触れてアピールしていくって言ったもんね?」
「は、はははいっ!!」
フレディの圧に思わず返事をしてしまう。
(お、お仕事だもんね!)
自分に言い聞かせるようにアリアは頷いた。
「はあ……私のお茶会でそんな楽しそうな顔のフレディ
を見るなんて初めてじゃないか?」
呆れた声の主を振り返ると、椅子に座る王太子が二人を見ていた。いつの間にか挨拶の順番が来ていたようだ。
アリアは慌てて臣下の礼を深くとった。
「ルード殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」
フレディも一歩前に出て礼をとると、挨拶をした。
金色の髪にサファイアのような澄んだ青い瞳を真っ直ぐに見据えるその人こそ、この国の王太子、ルード・デルリアだった。
隣には王太子妃殿下も座って微笑んでいる。
「最近は魔法省の仕事を理由に欠席出来て良かっただろうに、今日はどうしたんだ?」
ルードがフレディに向かって意地悪く笑みを向けて言った。
「妻を伴って出席しろとおっしゃったのは殿下でしょう?」
少し呆れ気味に答えるフレディに、ルードは増々笑みを深めた。
「お前は式も挙げずに、結婚した、とだけ報告を寄越したからな。あんなに女嫌いだったお前を落としたご令嬢がどんなものか見たいのは当然だろう?」
「悪趣味、ですねえ」
ルードの笑みにフレディもこめかみに青筋を立てながらニッコリと笑顔で返す。
(あ、あれ?? 仲、良し……?)
二人のやり取りにアリアは顔を上げるタイミングを逃したままだった。そこに王太子妃が割って入る。
「お二人とも、奥方様のご紹介がまだですよ」
美しい銀髪の王太子妃――カルナディアは、隣国から嫁いだ王女だ。
その優しそうな灰色の瞳をルードとフレディに向けてにっこりと微笑む。
「……すまなかった。アリア嬢……だったか? 顔を上げてくれ」
カルナディアに促され、ルードがアリアに声をかける。
「はいっ……アリア・ローレンと申します。本日は殿下のご尊顔を拝しましたこと……」
「いい、堅苦しいのは無しだ」
顔を上げたアリアは再び深く礼で挨拶をしようとすると、ルードから制された。
「ライアンから話は聞いている。……妹が迷惑をかけた……」
「えっ……あの……」
ルードが申し訳なさそうに眉尻を下げてアリアに声をかけたので、アリアは困ってしまう。
(ライアン様が? えっ、殿下が知ってくださっている?!)
「……殿下、アリアが困惑しています。それに、今話すことではないでしょう」
フレディは小さく息を放つと、アリアの肩を抱き寄せた。
「……本物、なんだな」
フレディが女性に触れている姿を見たルードは、目を大きく見開いた。
「ふふ、そうだな。ここで話すことではなかった。しかし、フレディとこの王都で生きていくのならば、悪女は王家のために働いていた、と認める必要があるだろう」
「殿下……それは」
ルードの言葉にフレディが驚きを表す。
アリアの悪役令嬢としての汚名を晴らしたい、と思っていたフレディにとっては僥倖だった。
「まあ、いずれにせよ、アリア嬢にもフレディにも王家に貢献してくれた礼をさせてもらうよ」
ルードの言葉に礼をして、挨拶は終わった。
ルードは妹とは違い、聡明で、仕事の評判も良く、人徳もある王太子だった。
「あの殿下がアリアの汚名を晴らしてくれるなら願ったりだな」
列を離れ、空いていたテーブルまでやって来る。
「あの、フレディ様……私は王都を去り、シュミット領でご厄介になりますので、今更そんな……」
「えっ?! 君は、このままで良いって言うの?!」
申し訳無さそうに話すアリアに、フレディも流石に驚いた。
「いえ、あの……悪役令嬢としての仕事は内密の物でしたし、王家の問題でもあり、私の仕事も本当のことは表には出ない、とライアン様から伺っていましたので……」
「君は、それでも悪役令嬢の仕事を引き受けた、って言うの?」
確かに王家が絡む複雑な問題だ。元々は王女に押し付けられた悪評を利用して、反逆者を炙り出した。
その仕事は評価されこそすれ、表沙汰には出来ないことをフレディもわかっていた。
それでも、悪く言われることを受け入れるアリアに、何とも言えない気持ちになる。
「アリア……」
フレディが声をかけようとした時、二人の間に怒号が割って入った。
「アリア!! お前!!」
「お父、様……?」
アリアを家から追い出した張本人、クラヴェル伯爵だった。




