『第1話 隻腕の娘』
主人公は幼い時戦争に巻き込まれ、左腕と最愛の母を失った。
彼女は直向きに働き、前に住んでいた宙域とは離れたコロニーで、新たな自分の居場所を作っていた……
そんな彼女も今年で18歳……
漸く一人前と呼ばれる年齢になっていた。
「おい起きろ!いつまで寝てるんだ。片手のお前を雇ってやってるんだ仕事しろ!」
「煩いな!!夜勤で漸くさっき寝たばかりだ。ローテ間違ってんのはお前だろう!グレゴリ」
そう言われた、グレゴリと呼ばれた男は、面倒臭そうにローテーションを確認する。
確かに言われた通り、夜勤明けで休みであった。
「な……なんだよ。休みなら部屋のドアに鍵かけとけ!!」
「はぁ?何を馬鹿言ってんのさ!此処はアタシの部屋だろう!?アタシの勝手だよ!」
そう言って女性はグレゴリに、枕を叩きつける。
『ボフン!!』
「うげ……て……てめぇ……仕事を手配してもらった恩を忘れたのか?ガキの癖に……」
「ガキだって!?お陰様で18になったよ。今日ね……!!そもそもアンタが放っておいてくれれば、18になる前にアタシは………。母親と一緒にあの場所で死ねたんだ!」
「ちぃ……またそれかよ!!助けて損したぜ……。今のお前を見て、母親はどう言うだろうな!!」
突然母親のことを言われ、我慢の限界を迎えた……
周囲にある物を掴んでは、思いっきり投げつける。
「お……お前に何がわかる!気がついたら連邦のクソの所為で母親が死ぬはめになったんだ!お前のせいで……一緒に……アタシは……」
「お前こそ何時迄駄々こねてんだ!!いいか?泣きながらお前を連れてってくれって母親は言ったんだ。片腕の千切れたお前を絶対助けてくれって言ってな!!」
「ぐぅ………」
「いいか?サイキ……お前は捨てられたんじゃ無い。唯一血を分けた、その大切な母親に助けて貰ったんだ」
「知ってるよ!!事あるごとに昔話を言うんじゃ無い!!」
「分かってねぇから言うんだよ。人生を再度歩むチャンスを……半身が倒壊した壁で潰れても尚、必死に食い下がった母親に助けて貰った事を……お前は絶対に忘れるな!!」
『バタン』
サイキは眠気がすっかり飛んでしまった。
机の上に無造作に置かれた、金属製の義手のロックを外す。
義手は特殊加工された『シナプス・アーム』と呼ばれる軍用試作品だ。
脳波を感じ取り、その義手をある程度自由に動かせる代物だ。
しかし、多くの身体欠損した怪我人がこれを持つわけでは無い。
軍事関係で働いていた『グレゴリの伝手』で貰えた、名前さえまだ曖昧な試作品だった。
そしてグレゴリから今言われたことも、自分で痛いほど理解できている。
しかし口からつい出てしまうのだ……グレゴリが相手では……
そしてそのグレゴリは、事あるごとにちょっかいを出してくる。
サイキは彼には言わずにいるが、グレゴリがそうする理由を知っていた。
グレゴリの妻と娘は、39番コロニーと共に死んだのだ。
それも自分と母親のせいでそうなった可能性は大きい。
グレゴリは家族を助けに行く途中、サイキとその母に出くわした。
そして母親の最後の望みを聞いたグレゴリは、メディカルキットで応急処置した後に、気絶したサイキを伴い自分の家に向かった。
だが一足遅く、家族は既に避難した後だった。
そしてグレゴリの妻と娘のその避難場所は、最悪なことに腐敗した連邦の兵士によって破壊された。
戦意が無い民間人のいるエアロックの破壊……それは戦争犯罪であることは間違いない。
しかし宇宙移民者は先の大戦で大敗した。
その事はでっち上げられた嘘の情報で、犯罪報告が姿を顰めてしまうのは目に見えて分かった事だった。
罰を受けない兵士に連邦の現状……グレゴリの怒りや無念な思いは、如何程まで膨れているだろう……
K.B0010年……魂を地球の重力に縛られた人間と、自由を求めて宇宙へ旅立った人間の軋轢は、その形を変えて長き戦争となっていた。
新しい派閥が出来ては滅び、連邦の体質も何度も変わった。
しかし宇宙移民者を毛嫌いする連邦評議会は、その歴史に根を張り続けたのだ。
グレゴリは、自分に起きた事でサイキを責めたことは一度だってない。
何故なら大人である自分が、選んでとった行動だったからだ。
そして奇しくもサイキの歳は、死んだ娘の歳と同じだった。
自分が選んだ行動で、グレゴリは間違いなく苦しんでいる。
そんなグレゴリはサイキを引き取ってからも、自分の娘として生きる事を強制はしていない……
しかし普段から見せるその愛情は、父親が見せるものと同じなのはサイキも気がついていた。
「くそ……アタシもコレがなきゃ………ああ!もう………そもそもローテ間違えたのは奴じゃんかよ!!」
サイキはそう言うと、取り外した義手を部屋の隅へと放り投げる……
『ガチャン……ガラン……ドサドサドサ……』
「くそ……何で義手に八つ当たり……馬鹿みたい……」
そう言ってサイキは慌てて義手の方へ向かう……
「コレがこわれたら……あれ!?もう……なんだよー!!せっかく買ったグレゴリへのプレゼント……凹んじゃったし!!」
偶然義手を投げた先には、給料を貯めて買ったグレゴリへのお礼のプレゼントがあった。
義父は軍事関係の仕事をしているのだ……
軍事絡みなので詳細こそ教えてもらってないが、危険と隣り合わせなのは間違いない。
だからこそサイキは、その命を守れる装備を買っていた。
『Bフィールドクロースアーマー』……防弾チョッキと防刃チョッキの性能を併せ持つ上、兵士が持つ小銃型のビーム兵器も、その威力を弱め防げるインナー装備だ。
流石にタイタンの攻撃は防げないが、対人であれはかなり生存率が上がる。
そして何よりこの品は、軍事用に開発された戦闘装備品なので、決して安いものでは無い……
「……外箱だけだから……ってか凹んだって知るか!!お義父の自業自得だ。そうだ……そうに決まってる……」
サイキはそう言いつつも、心では感謝していた……
今は思い出すことさえ出来ない実の父親は、死んだ母の説明では人型兵器TITANと言う兵器の乗り手だった。
その父は顔を見る前に他界した……知っている顔は写真だけで、その写真さえもう無いのだ。
グレゴリと暮らして8年……もう父の顔さえ思い出せない。
かろうじて母の顔だけが、壊れたメモリーフォンに残っていただけだ。
「母さん……新たらしい父さんに謝ってくるね……あと1月遅れの誕生日プレゼント渡してこないと……」
そう言ってサイキは、紙ベースに写し取った母の遺影に手を合わせる。
「お母さん大丈夫!今度は素直に渡してくるから……そっちでしっかりワタシを見張ってて!」
そう言ってサイキは勢いよくドアを開けて、グレゴリの後を追いかけた……