お前の知らない世界に連れてってやろう(10分短編シリーズ)
これは私がまだ大学生の時の話しだ。
場所は福岡県中洲。当時はコロナも皆無で、夜の店はどこも華やかな賑わいを魅せていた。
通りには屋台が軒並み連なり、行列の出来る店に行こうものならニ~三十分は並ばなければ辿り着けない程の人が溢れていた。
中洲の大通りを歩けば十メートル刻みでキャッチの兄ちゃんに呼び止められ、居酒屋からエッチなお店のABCまでご丁寧に案内してくれる。
酒に、女に、旨い物の三拍子。田舎出身童貞チェリーボーイの私にとって、まさにそこは桃源郷。知ってはいけない欲望言うの名の玄関口に思えたのだ。
しかし私、二十代と言う大人の肩書を手に入れたはいいが、童貞の無垢の私にとって、心臓は小鳥がピヨピヨさえずる程度の肝っ玉しか備わっていない。
無知な私が一人で乙女とチョメチョメ出来るお店なんて行ける訳がない。
大学の四回生だった私は策を練った。
そして研究室の同じ四回生の仲間を連れ、お酒を嗜むと言う体で皆と中洲の居酒屋で飲む計画をした。
勿論、その後のトゥナイトを目論んで財布にはアルバイトで必死に貯めていた複数人の諭吉を用意していた。
学生全員で行ければさぞ楽しかろうが、皆、苦労学生。金の無い奴は一次会で切り捨てる気持ちで私は乾杯の音頭を取った。
私も若かった。飲みはとても楽しかった。
まだ酒の飲み方をあまり知らない我ら四回生。安い大衆酒場のような一面畳張りの店だったが、周りのお客の迷惑も顧みず、持ち込んでいたトランプまでもを取り出しては飲んで騒いで遊んで、皆この一時を謳歌していた。
そして、話は「二件目はどうする?」 と言う事になり、私はトゥナイト計画を皆に話した。
私の計画を聞いてテンションの上がった学生達。中には消費者金融に金を借りて戦いに行く! とか馬鹿な事を言っていた奴もいたが、丁重に断りし、持ち合わせのある連れだけを募り、猛者達の目星を経てた。
よし!出陣だ!
と、私は胸を高ぶらせていた時。屈強な鍛え抜かれた巨体の男達が五~六人、居酒屋に入店し、我が学生達の隣の席に座った。
……なんだ?なんだ?
これが同じ人族と呼べるのか? 身長が百八十から、二メートルはあるマッチョの男達だった。
だが、何故か男達は体格など関係無しに皆弱っていた。顔面蒼白。足元は覚束ない。席に着いた途端、数名の男が酔いつぶれるように大の字になって畳の上で倒れ込んだ。
大丈夫か?
私が心配する気持ちを無視するように、一人の男の怒号が店に響き渡った。
目に映る、死に掛けの男達の中で唯一元気な長髪の男。切れ長の瞳に整っている顔の男だった。
きっとこの男集団のリーダーであろう男、「おい、おい、だらしねーぞお前ら!」と倒れた男達の胸倉を掴んで彼らの頬に強烈なビンタを次々と食らわせていった。
強烈なビシっと言う音が大衆酒場に響き渡る。
こわ……。学生ら皆引いていた。私も引いていた。
だが、もうベロンベロンだった男達は一向に起きようとしない。いや、起きれない程に衰弱していた。
恐怖した我々は、とりあえず見て見ぬふりをして、関わらないようにとその場をやり過ごそうと残りの酒を啜り飲んでいた。
長髪の男は仕方ないと思ったのか、起きない男達を放置し、席に胡坐かいて座り。孤独の中、チビチビと焼酎をロック飲み始めていた。
すると、目の前に居る我々学生が、楽しそうに見えたのだろう。
「なんだか、にーちゃん達楽しそうだな、俺も混ぜてくれよ」と、我が学生達のテーブルにグラス片手に入って来たのだ。
七割は嫌な気持ちはあったが、皆、柔軟性の高い若者だった。一人が口を滑らせ、「いいっすよー!」と言う軽いノリで男を受け入れてしまったのだ。
「にーちゃん達いくつ? 学生? 若いなー」
皆酔いが回っている酒の席だ。社交性が緩くなっている。長髪の男性とは直ぐに打ち解けた。
なんでも男の話によると、彼らは有名なプロレスの団体の方だそうで、有名な政治家さんだったり、あけ〇のさんだったり、多くの著名人とのツーショットだったりと自慢げに写真を見せてくれた。
遠征で福岡に来ていて、打ち上げに飲んでいたらしく、今、現在四次会との事。
男の話で状況の合点があった。周りで倒れる男達を察するに、この長髪兄ちゃんに付き合わされ、潰れてしまった後輩達なのだろう。
長髪男も四次会と言うのに、焼酎を浴びるように飲む。胃は四次元ポケットにでもなっているのかと疑ってしまう程だった。
乾杯の音頭を取ったはいいが、正直、プロレスラーの飲むお酒の量なんて、素人が関わっちゃいけない量だった。倒れている周りの後輩を見る限り、とても迷惑な先輩だ。
だが、長髪男は言葉を交わすと実に面白い。フットワークの軽い言葉を流暢に話す、とても明るくて気さくな男だった。プロレスラーとしてではなく、人として人望もあるのだろう。
男は気前の良く、気に入った私達の会計も奢ってくれると言う。その替わり、倒れた後輩達をすぐ近くにあるホテルに運ぶまで手伝ってくれと提案してきた。
奢られる事に慣れてない我が学生達は「やったー!」「ありがとうございます!」と男の提案を受けた。
約三十分の時間は要したか、学生全員で十五人は居たので、男を担いで行くのはそう難しい事では無かった。
後輩男達を担ぎ終えると、「そして君たち、この後どうするの?」と長髪の男は我々に尋ねた。
そして一人の学生が私のトゥナイト計画の全てを口走ってしまったのだ。
すると、長髪の男は大きく笑い、ある提案をしてきた。
「どうせチョメチョメするだけだろ? そんなの勿体ない。これの何なの縁だ。俺がもっと良い所に連れてってやる。でももう、持ち合わせがあんまりないから、この中の一人だけ、お前達の知らない世界に連れてってやるよ」と提案してきたのだ。
知らない世界?
私も皆も胸を躍らせた。ここ中洲で知らない世界と言うのなら、さぞ高級な泡娘の所ではなかろうか? そんな高級な絶世の美女様でロストチェリーが出来るのなら、人生未到達の最上級の至福ではないか!
十五人に若侍達は己の刀を振るう為に、じゃんけんと言う名の無慈悲な選抜に挑戦する。皆、己の魂を込め、全力で拳を掲げた。
「最初はグー! じゃんけん! ポン!」
私は歓喜した。強く力んだ拳を開けなかった事にこれ以上喜べた事は多分今後一生涯無いだろう。
「すまん、皆、こう言ってはなんだが、私の酒池肉林話を楽しみに待ってておくれ!」
首謀者である私が居なくなってしまった学生達は、興が冷めたのかトゥナイト計画を破棄し、二次会はボーリングにと切り替えたそうだ。
申し訳ないと言う気持ちは一切ないが、私は、白い目で私を見る彼らに平謝りをし、長髪の男と中洲の奥の奥へと道を進めたのだった。
さて、これからどんな美女が私のジョニーと夜のチャンバラを交わってくれるのか。高鳴る鼓動は有頂天。震えあがる一物はジーパンのファスナーから突き破るかと思う程に力んでいた。
私は液だれしそうな先端に力を入れながら、気持ちをホップ、ステップ、トリプルアクセルさせ、男の案内する店へと入った。
だが……これが悲劇の始まりだった。
入った暗めの店内。目に映るのは良くあるバーカウンター。良くあるカラオケセット。良くあるミラーボール。
お世辞にも絶世の美女とは言えない、少し老いたマダムが席に着いた私と男にブランデーを注ぎ、提供してきた。
「いらっしゃーい。 あら! また来てくれたの嬉しいー♡」
「はは、又来ちゃった♡」
長髪男とマダムは何だか嬉しそうな表情を浮かべ、会釈を交わす。
え? これが……言ってた知らない世界?
結論から言うと「知らない世界」とはただの口文句。
長髪の男はただ、口説きたい女性が在席する、行きつけのスナックに行きたかっただけなのだ、しかも美魔女系ではなく魔女系。
男は一人で行くと、あざとい感じがするので、連れが必要だったという事。そして運悪くジャンケンに勝ってしまった私。
確かに、知らない世界と言えば知らない世界だった。だが、言ってしまえば、私にとって知らなくてもいい世界でもあったのだ。
畜生め! これでは詐欺ではないか! しかもなんだそのウブな性格は!? てか、熟女好きなのかよ! 童貞である私が言うのもなんだが、女をくどくなら一人で花くらい持って行く度胸を出せ!
……そんな気持ちを私はグッと我慢した。奢って貰っているからには文句は言えない。
私は心を仏にし、男の恋路を応援するつもりで、脇役に徹しようと思いをふけながら、注がれたブランデーに舌を乗せる。
……度がキツイ。
舌が若かった私にはブランデーの苦みが合わない。とりあえず勿体ないと思った私は、チビチビとブランデーを啜り飲む。
すると私の姿をマダムは笑顔で見ていた。
「あらヤダ、可愛い。君いくつ?」
まだ青い私が、可愛く見えたのだろうか、私と長髪男の目論見とは裏腹に、マダムの好意は私へと向けられてしまったのだ。
グイグイ近づいてくるマダムと、その様子を見て次第に険悪な表情になっていく長髪男。
マダムも男もブランデーを体内にチャージし、酔いが回ったのか、二人共、態度があからさまに変わっていった。
マダムは積極的に私に近づき、しまいにはキャミソールドレスの隙間から垣間見える谷間をあざとらしく私に見せ、「なんなら触っても良いわよ♡」と言ってきたのだ。
その姿に長髪男は堪忍袋の緒が切れたのか、マダムの興味を引こうしたのか分からないが、男は「うおーーー!」声を張り上げ、プロレス技のバーニングハンマーを醸し出すかの如く、私を担ぎ上げ、クルクルと三回転って見せたのだ。
「ぎゃーー!」
「わー!すごーい♡」
私は悲鳴を上げ、マダムは歓喜を上げる。そしてマダムの笑顔を見て長髪男も喜ぶ。
一向に喜べないのは私だけである。
強い遠心力で回され、頭も胃の中のお酒もミルクシェイクされ、気分は最悪。しかも美女を口説く為についてきたのに、魔女に口説かれるありさま。
そして酔った長髪男にあからさまの敵意向けられているのだ。もう逃げ出したい思いで一杯だった。
冷静になれない長髪男は顔を真っ赤にしながら、お酒をチャージして怒りの感情を穴埋めする。
マダムを口説き落とす気持ちは何処へ行ったのか、マイク片手に半泣きで長渕を熱唱し始めた。
私は心を無にして、営業職の人間のように手拍子でノッて長髪男のご機嫌取りをした。
だが、マダムが私の腕を大事そうに掴んでいるのを見て、男の歌声にコブシが唸る。唸る。
男の感情が爆発しているのも束の間、遂に四次会から五次会のツケが回ってきたのか……、男は倒れるように眠ってしまったのだ。
「どうする?お会計は?」
なんとか男を起してお会計をしてもらったが、金額が足りなかったのか、ボッタくられたのかは分からないが、男はマダムに値切りを入れていた。
私は仕方なしに諭吉を生贄に捧げ、その場を張り過ごした。
長髪男はベロンベロン。仕方なし、タクシーに乗せ、肩を貸してホテルの部屋まで連れて行った。
男は私に謝りながら、諭吉を返す為にも連絡先を聞こうと私に尋ねる。
だが、私は連絡先を教える気にもなれなかった。もう勉強代として頂かないつもりだった。それほど、男と関わりたくなかったのだ。
だが、男にも仁義があったのだろう。私の手を絶対に放してはくれなかったのだ。酔っているが、華奢な私の腕は男にとって繋ぎ止めるには容易い事だったのだろう。
仕方なし、私は電話番号をメモ帳に記載した。その番号は我が研究室の四回生の一人の電話番号だが。
その番号を手渡すと、男はクシャクシャになった二千円札をポケットから取り出し、私に渡した。
「少しだが、受け取ってくれ。」
私は二千円札を受け取り、男と別れ、ホテルを後にし、待たせていたタクシーに乗った。そして仲間のいるボーリング場へと急いだ。
「割り増しで三千五百円です」
「……」
私は首里城に野口さんを足して支払ったのだった。
その後、仲間のケータイに電話が頻繁にかかったのは無理はない。
そしてあれから中洲に行くのが怖くなったのは言うまでもない。
私の教訓を教えるに、読んで頂いた読者にこう言うのもなんだが、
この話の内容は忘れてもいい。だが、知らない人にはついて行ってはいけないと言う事だけは覚えてくれれば幸いだ。




