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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人形の街

作者: ツナ

「ボクは人形だ」


 なんて、ひとりぼっちの電車のシートの上で、意味もないのに声に出してみる。もうすぐ夜になるかどうかと言った夕方の車内には本当に誰もいない。それはボクも含めて。


 この列車には誰もいない。何せボクは人形だから、どちらかと言うと忘れ物の類だろう。


 色々と思い返せばボクが人形であることを証明しうる色々なエピソードが浮かんでくるはずなんだろうけど、あいにくボクは人形であるために思い返すなんてことをするはずがない。


 地球という名の回送列車に心を置いて行ったボクは、紛れもない人形なんだ。


「終点か」


 終点だ。ボクの家があった街。桜が咲いて、セミが煩くて、紅葉が綺麗で、雪が積もって、もう一度桜が咲いて、最後に散って、毎日毎日人形が生まれる。そんなどこにでもある普通の街。だけれども、たった一つのボクの故郷だ。

 なんて、適当なことを考えてみる。


 故郷だ。ボクを人形にした街。ボクを忘れてしまった街。賑やかで、元気な子供がたくさんいる下街。


 アナウンスと共に、ドアが閉まる。何回、何十回、何十万回も見た光景だ。そして、何度も見た景色をもう一周。これだけが楽しみだったんだ。


「お父さん見て見て! お人形さん」


 それなのに、ボクは終着駅で下ろされた。そして、首の根っこを掴まれて連れられていくのだった……。



「ただいまー!」




 ドアが()き、どたどた元気なただいまが、フローリングの地面を揺らす。

 この光景も初めてじゃない。既視感というわけでもなく、けれども、ボクは本当にこの光景を何回も見たことがあった。

 それはいつのことだったか。ボクはもう覚えていない。じゃあ、何でこの光景を見たことがあると断言できるかというと……。


「ほら、帰ったら手を洗いなさい」


「うん!」




 元気なお返事と共に全身を包み込む浮遊感。お腹の綿を吐きそうになるほどのそれは、確かに何回もボクを玩具箱の中に叩きつけていたからだ。そして、今回も。ボクはガシャリとガラクタの海に飛び込んだ。硬いおもちゃが身体中に食い込むけれど、特に痛いわけでもないのが救いだろうか。この時ばかりは、ボクが人形でよかったと心の底から思える。いや、そんなわけはない。


 あいにくボクは人形だから、心なんてないんだった。

 電動のおもちゃじゃないけれど、これが始まりのスイッチなんだなってことは容易に想像できた。


 こうやって、ボクはまたもや勝手に人形にされたのだった……。



 ボクを拾ったのは、元気な女の子だった。頭の左右に赤いツノみたいな髪飾りをくっつけた勝気な子供で、よく外に行っては他の子供と遊んでいた。

 雪合戦をしたり、お花見をしたり、虫取りをしたり、どんぐりを探したり。いちいちボクを連れ出すもんだから冷たかったり暖かかったりで大忙しだ。ただ、泥んこになって駆け回るのだけはやめて欲しい。肌が茶色くても、泥の汚れはやけに眩しくて目に染みる。


 そんな彼女は他の子供の前ではいつも笑っているけれど、実際は負けず嫌いで、とても悔しがりのようで。そして、たまにすごく泣き虫で……。


「赤鬼じゃないもん……あたしだって、可愛くなりたい」


 たまに男の子みたいだって言われて、真っ赤になって怒ったりして。そして、それを人一倍気にして、夜中にボクを抱えて泣いてたりする。

 人形のボクとしては、そんなに激しく泣いたり怒ったりできるのが少し羨ましい。けれども、汚れちゃうから、せめて毎日洗って欲しい。

 なんて、声に出していうことはできないのだけれど。



 みんなに人形にされた赤鬼の少女は、桜の下で小学校の門をくぐる。入学式にまでボクを抱えて持っていくもんだから、他の子供は彼女を指差して無邪気に笑っている。

 もちろん彼女も笑っている。みんなが笑ってる。


 それをみて笑ってないのは、笑えなかったのは、笑いたくなかったのは人形のボクだけだった。




 小学校に入った彼女は、いつしかボクを持ち歩かなくなった。

 まず最初に授業に必要ないものは持ち込むなと怒られた。その日、彼女はボクを抱えて泣いた。


 次の日も彼女はボクを抱えて学校に行った。もちろん授業中にはしまっていたけれど、帰りの道で他の子供にいたずらされてしまった。

 ボクは思い切り振り回されて泥水に放り込まれたけれど、それは彼女に初めて出会った時も同じだったから特に何とも思わない。いや、それはボクが人形だからだろうか。


 わからないけれど、一つわかる。その日の夜も、彼女はボクを抱えて泣いた。


 その次の日は、彼女はボクを抱えて学校に行かなかった。怒られたくなかったからだ。いじめられたくなかったからだ。きっとそうだ。虐められるのは、人形の僕だけで十分だから。


 その日の夜、彼女はお母さんに怒られた。泥だらけのボクがお母さんを困らせたんだ。こんな汚いもの捨ててしまえって。もう人形なんていらないだろうって。


 彼女はその日、夜遅くまでわんわん泣いた。


 そして、彼女は次の日、学校に行かなかった。




 あれからボクは小学校にいくことはなかった。

 彼女は学校に行かなかった日の夜にもっと叱られて、その次の日に泣きながら学校に行った。

 泣いた赤鬼は、それ以来ボクを抱えて泣かなくなった。




 彼女はあれから毎日勉強した。塾に行き始めて、学校で有名な優等生になった。

 彼女は赤鬼と呼ばれることは無くなったし、リボンを外してメガネをかけた。

 そして、あれから何年も、ボクは玩具箱の中で一人で眠ることになった。

 ボクは毎日電車の窓から見る景色を思い出した。



 ボクが眠ってるのか起きてるのかもわからない日々を過ごしているうちに、彼女は小学六年生になって、中学受験をした。頑張っていたのだから、どんな学校でも大丈夫だと他の子供は言っていたらしい。そして、実際にそうだった。

 彼女は当たり前のように合格して、当たり前のように中学校に通い始めた。


 そして、当たり前のようにボクのことを忘れて行った。



「……」


 ある日の夜、彼女は無言でボクのことを玩具箱から引っ張り出した。

 どうしたの? と言える口があれば痛い痛いって言っていただろう。彼女は叩きつけるようにボクをベッドの一辺に据え付けて、


「うざい。うざい。うざいうざいうざいうざい……」


 恨み節のような言葉を吐きながらボクの茶色いお腹を殴り始めた。

 赤鬼は真っ赤になって泣いてなんかいなかったけれど、その代わりに手の甲がだんだん赤くなっていた。

 その日、彼女は殴り疲れたのか、死んだように深い眠りについた。


 それから彼女は毎日遅く帰ってきて、たまに日が登り始める頃に帰ってきた。

 髪の毛はいつの間にか黄色になっていて、服装も派手になっていた。

 着せ替え人形みたいだなって。ボクは思った。


 彼女は毎晩、恨み節のように誰かの名前を呟きながらボクの茶色いお腹を殴るようになった。

 そして、たまにお腹を抱えて昔のように無邪気に笑った。たまにお腹を抱えて吐きそうなほどに苦しんだ。

 背中をさする手があれば、ボクは自分のお腹を抑えてさすっていただろう。




 また何年か経って、彼女は高校に落ちた。でも、誰も彼女を怒ったりしなかった。そして、彼女は泣いたりもしなかった。

 代わりに、彼女は今まで以上に外泊が多くなった。

 たまに帰ってきてはお母さんにひどいことを言って、口喧嘩になってはまた外に出ていくのを繰り返していた。

 彼女はひどいことを言ってお母さんを泣かせていたけど、ボクだけは知っていた。


 彼女は本当はすごく寂しがり屋だっていうことを。毎日彼女の泣き声を聞いてたボクだけが知っていた。知っていたけど、誰に伝えることもできなかった。


 ボクはこの日、初めて少しだけ自分が人形であることを後悔した。同時に、彼女をうらやましく思わなくなった。


 彼女は、ボクを拾ってから変わってしまった。


 元気で無邪気な女の子は、泣くことも笑うことも、ボクのことも忘れた人形になった。いつしか失敗して、誰にも慰められずに相手の好みに合わせた着せ替え人形になった。そして。



 ある日、彼女は久しぶりに学校に行った。珍しく、ボクを抱えて学校に行った。家を出る頃にはもう放課後だったけど、久しぶりの登校だった。電車よりも景色が変わるのが遅いけど、彼女が変わって行ったのよりは随分と早い。街の景色は随分と変わっていて、変わらないのはボクだけだった。

 閉まった校門をよじ登って学校に入り、彼女は久しぶりに下駄箱を開けた。開けて、真っ黒に汚れた上履きを履いた。


 足音が降り出した雨に消される代わりに、上靴の黒い跡が彼女の存在の根拠となって、彼女の後ろについて行った。



「今までごめんね」




 放課後の屋上で、彼女は昔みたいに無邪気に笑って言った。両の目には涙を浮かべて、屋上の柵の外側に立っていた。

 大粒の涙が玉になって浮かび、屋上の遥か下の地面に落ちては雨と一緒に弾けて消えた。

 ボクを抱える手の力が強くなり、ギュッとボクの胸が締め付けられた。ほつれた傷口に涙が滲みる。

 屋上では誰もが泣いていた。一人ぼっちの彼女は泣いていた。灰色の空も泣いていた。

 ボクだけは、ボクだけが泣けなかった。あいにくボクは人形だから、最初から涙は枯れ果ててるんだ。枯れ果てたから、人形なんだ。


 それなのに、どうして胸が締め付けられるんだろう。どうして傷口に涙が滲みるんだろう。


「……」


 そんなことを考えていると、ふと、始まりのスイッチを入れた時みたいに全身が浮遊間に包まれる。

 あの時と一緒で、腹綿が出ていってしまいそうだった。スイッチを入れる時も切る時も、気持ちが悪くて吐き気がする。ボクは人形なのに、不思議な話だ。


 そして彼女と一緒に落ちていく。涙を追い越して、風を追い越して、雨粒を追い越して。最後に楽しかった思い出を追い越して。


 人生の卒業式に、真っ赤な真っ赤な桜が咲いた。



「……ボクは人形だ」

 なんて、意味もないのに声に出してみる。

 電車のシートの片隅で、思い出すのは先ほどの夢。昔同じ小学校だったクラスメイト。赤鬼と呼ばれていた女の子の最後の光景だ。

 いつも人形を持って学校に来る変な女の子で、子供心におかしいなと思って少し意地悪をしてしまった。

 最近、あの日放り投げたクマのぬいぐるみになる夢をよくみる。電車に乗っているときに。


 あの日から彼女は変わってしまった。小学校の頃は地域でも有名な優等生だったけれど、中学校でいじめに遭って以来非行に走ってしまったらしい。

 結局第一志望の高校に落ちて、地方でも有名な不良高校に。最後はそんな高校でもいじめられて屋上から飛び降りて行ったらしい。


 そして、それはきっと。きっとボクのせいだ。そう思うたびに、胸が強く締め付けられる。夜も眠れず、電車に揺られていないと眠れない。眠ったところで、さっきみたいな悪夢にうなされる。何でこんな思いをしなければならないんだ。


 なんで……なんで……。


「何でボクは人形じゃないんだ」


 それはボクの心の底からの叫びだった。そして、心があるから人形じゃない。人形じゃないから心が痛む。吐き気がしそうだ。


「……終点か」


 アナウンスと共に電車が減速し始める。終点。彼女が飛び降りた街。彼女を人形にした街。元気な子供がたくさんいる下街。

 そして、たった一つのボクの街。


 桜が咲いて、セミが煩くて、紅葉が綺麗で、雪が積もって、毎日のように人が落ちて、桜がまた咲いて、散る。そんなどこにでもある普通の街だ。


「降りないと」


 電車がゆっくりと停車し、ボクは同じようにゆっくりと立ち上がる。


 こんなに胸が痛むなら、人形になった方が幾分かマシだ。彼女のように人形になって、別の街にでも引っ越そう。

 扉が開いてアナウンス。何回、何十回、何十万回も聞いたそれに従うようにボクは歩き出すと、


「お父さん見てみて! お人形さん!」


 なんだか見覚えのある女の子とすれ違ったような気がした。

深夜テンションの一発書きです。修正とかはする予定ないです。

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