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魔術師団長の契約結婚  作者: Hk
本編
3/22

3

 宿舎までの帰り道、ブリジットはとんでもない美丈夫の隣を歩いて居心地の悪さを感じていた。

 とにかくレイが目立ちすぎるのだ。道行く人々、それも老若男女が皆、彼を見る。レイはそれに慣れているのか、特に気にしていないようだ。


 魔術師団で初めて挨拶をした時も美しい人だとは思ったが、黒いローブを着ていたのであまり気に留めなかった。

 しかし今日現れた際は、整えられた金髪に太陽の光が反射してキラキラと輝き、かつパリッとした白い貴族服だったので、とにかく眩しかった。

 結婚に縁がなかったというのも分からないでもない。魔術師は職人気質だけれどもこの外見では女性たちが放っておかないだろうから、それはそれで大変なのだろう。

 

 今朝宿舎を出るときには面倒臭くて仕方なかったが、思いの外、楽しく話し込んでしまった。


「ここで結構です。今日はありがとうございました。申し訳ありませんが、今後については師団長からお断りしておいてください」


 宿舎の前に着いたブリジットは、レイに向かい合いお辞儀をした。しかし、レイは下を向き、何やら考え事をしているようだ。


「師団長、なにか?私のことならお気になさらず結構ですよ」

「――あの、提案なのですが」


 レイは顔を上げてブリジットを見た。


「はい」

「私もテイラー監査官も、結婚する気がないけれども家の圧力が面倒、という点で一致していると思うのです」

「はあ」

「――それでですね、お互い形式上結婚してしまえば、合理的なのではないかと」

「えっ?」


 ブリジットは驚いてレイを見上げた。確かに一度結婚、離縁してしまえば楽だと言ったのは自分だが、筆頭魔術公爵家出身で、しかも王宮魔術師団長がそんなこと許されるのだろうか。


「それは仮の結婚ということですか?」

「そうです。お互い譲れない部分もあると思いますから、条件を決めて。周りから結婚にとやかく言われないための策です」


 ブリジットはこの美しい人と結婚した場合を思い浮かべようとした。これだけの男性だ。彼を想う女性も一人や二人ではきかないのではないか。その場合、自分は女性陣から妬まれないだろうか?


「あの、結婚したとして、私、師団長を慕う女性達から刺されませんか?」


 レイは慌てて手を振った。


「そんな女性はいません。それに危険がないよう対策を打ちます」


 ブリジットが考え込むと、レイは懐から紙を出して何かを書き留めた。


「もしご検討頂けるようならこちらに連絡ください。不躾なお願いをしてすみません。それでは」


 レイは紙をブリジットに押し付けると、さっさと帰っていった。



 結局その二日後に、ブリジットはもらった紙に書かれた住所へ手紙を出した。その手紙には、提案された契約結婚の詳細を話したいとしたためた。



 ♦︎



 レイの自宅の応接室で二人は話し合っていた。仕事帰りのブリジットはいつものズボン姿の黒い制服、レイは黒いローブ姿だ。

 二人は契約結婚にあたり、二つの決まりごとを設けた。


 一つ目は仕事を優先すること。ブリジットは仕事を辞めず、そのため貴族夫人としての仕事は最低限に留めること。レイもそれを強要しない。


 二つ目はどちらかに好きな人ができたら離縁すること。ただし婚姻中は不名誉な噂は避けるよう、不貞はしないこと。


「まあ、上手くいくか分かりませんが試しにやってみましょう。上手くいかなかったら離縁すれば良いですしね」


 レイの言葉にブリジットは頷いた。

 それからレイはブリジットに、家紋の入った大振りの指輪を渡した。


「指につけなくても結構ですので、身に付けておいて頂けますか。お守りのようなものです」

「先日仰っていた、危険を避けるための対策ですね。しばらくは夜道に気をつけなくては。それにしても国一番の魔術師さまのお守りだなんて、効果が凄そうですね」


「私の自意識過剰かもしれませんが、結婚に対してテイラー監査官が一部の女性から悪口などを言われてしまう可能性はあります。襲われることはないと思うのですが、一応その指輪は物理的攻撃からは守ってくれます」

「自意識過剰ではありませんよ。先日宿舎前で一緒だったところを同僚に見られてしまい、質問攻めにあって大変だったのです」


 ブリジットは指輪をはめた手を眺めた。大振りで普段使いには難しそうなので、首から下げておこうと思った。


 その後、レイはブリジットを家の皆に紹介した。

 コニーにだけはあらかじめ契約結婚であることを話してある。彼は意外にも抵抗を示さなかった。


「家同士の政略結婚だってある意味、契約結婚ですしね。お子さまが望めないのは残念ではありますが」


 まったく結婚する気のなかった主が、形だけでも結婚することになったことを良かったと思っているようだ。

 ミランダの方は感激し、涙を浮かべた。


「こんなにとんとん拍子に話が進むなんて。ブリジット様、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 結婚にあたり、挙式はせず、とりあえず婚姻書類だけ提出することにした。しかし挙式を回避するとしても、親への報告は避けられないだろう。

 レイもブリジットも面倒だなと思っていたが、社交シーズンのため両家とも王都に滞在している。さっさと済ませてしまおうと、二人は両家に連絡を取り、日程調整を行った。



 ♢



 次の休日、二人は結婚の報告のため、まずはテイラー侯爵家を訪問した。

 縁談から急な展開なので説明に時間がかかるとブリジットは考えていたが、予想外にあっさり済んでしまった。なぜなら母のみならず、父と兄も、レイを見てぽーっとしてしまい、話にならなかったためである。

 それでも父は一家の主として、汗を拭いながら口を開いた。


「ミラー師団長様、今回のお話、我が家としては願ったり叶ったりではありますが、娘が過去に二回破談となっておりますことをご承知でしょうか」

「承知しております。いずれもブリジット嬢には非のないことです。お気の毒でしたね」


 レイににっこりと微笑まれた父は顔を赤くしてうろたえ、懸念事項を確認できた安堵感もあって、その後は一言も発さなかった。



 テイラー侯爵家を辞した二人はそのまま馬車でミラー公爵家を目指した。


「家族がまともに話せず失礼しました」

「いえ、仲の良さそうなご家族でしたね」

「ありがとうございます。…それにしても、本当に会う人皆が師団長に見惚れてしまいますね」


 レイはブリジットの顔を覗き込んだ。


「そんなことありませんよ。テイラー監査官は初めてお会いしたときから私に全く興味ないじゃありませんか」


 ブリジットはにやりと笑ってレイを見つめた。


「私は仕事柄、見目の良い男性には厳しいのです」

「そうなのですか?」


「ええ。いいですか、美しい男性は裏金を得るのが上手いのです。不正を女性に行わせて貢がせるんですね。ですから師団長にお会いしたとき、この人は詐欺、脱税、横領、どれかしらと思いました」


「そんな風に見ていたのですか!」

「でも先日の監査で魔術師団があまりにも健全だったので、詐欺師ではなさそうだなといまは思っていますよ」


 馬車の中で二人は目を合わせて笑った。



 ミラー公爵家に着くと、ブリジットはその様子に圧倒された。

 筆頭魔術公爵家だ。調度品は美しく高級そうで、年代を感じさせるものばかり。何に使うのかわからない物品も多く置いてある。ブリジットは契約結婚する上でこの格差が急に不安になってきた。


「私、師団長のお宅に見合わない人間ですが大丈夫でしょうか…」


 通された応接室で席についたブリジットは不安そうに呟いた。カップを壊しそうでお茶に手をつけるのが怖い。


「大丈夫です。古いだけですよ。ああ、ただそのお茶は飲まない方が良いです。なにか、まじないがかけられているかもしれない」


 ブリジットはぎょっとしてお茶を眺めた。

 すると部屋の扉が開いて、レイの父母らしき男女が入ってきた。レイとよく似ており、特に母は非常に美しい女性で、彼は母親似なのだなとブリジットは思った。


「ブリジットさん、今回は急な縁談を受けてくださって本当にありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 ブリジットは慌てて頭を下げた。


「レイ、おばあさまに感謝なさい。おばあさまのお力がピシャリと当たったのですからね」

「そのおばあさまはどちらに?」

「急ぎのお客様がいらしてお出かけされています。くれぐれもブリジットさんに逃げられないよう努力なさいと仰っていました」


 レイを見ると苦虫を潰したような顔をしていた。彼も自分と同じで、家族からよっぽど圧力をかけられていたことがわかる。

 今回の縁談はミラー公爵家から是非にと持ちかけられたと父が言っていた。少なくとも自分は結婚相手として忌避されてはいないことが確認でき、ホッとした。


 その後もレイの母は、彼が幼い頃からいかに女性に縁がなく、不器用なのかをつらつらと語った。


「とにかく外見は良いので昔からお声はかかるのですけれどね、こう見えて息子は非常にぼんやりしてますし、気の利いた言葉一つも言えないのです。幼い頃から魔法書を読んだり薬草を育ててばかりで篭りがちですしね」


 これだけ美形の息子を前にして「ぼんやり」とは。ブリジットは笑いを堪えるのに必死だった。


「大変不器用な息子ですけれども、ブリジットさん、よろしくお願いしますね。男性としてはイマイチかもしれませんが、魔術師としての実力は確かです」

「ひどい言い草ですね、私だって必要なときには気の利いた言葉くらい言えます」


 レイは反論したが、彼は絶対出来ないだろうなと思い、ブリジットは我慢できずに吹き出した。それが出来るならとっくの昔に結婚できていたはずだ。


 レイの父は黙って話を聞いていたが、最後に二人に対して言った。


「レイもブリジット嬢も重要な仕事に就いている。きっちり仕事して国を支えなさい。家のことは気にしなくていい」


 ブリジットはどきりとして、魔術師であるレイの父に心を読まれているのではないかと不安になった。

 お互いの親は自分たちのことを本当に案じてくれている。ブリジットはこれが契約結婚であることを少し心苦しく感じた。

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