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魔術師団長の契約結婚  作者: Hk
番外編
22/22

誤解


「疲れた……」


 昨夜は散々であった。

 寝不足で痛む頭を押さえてなんとかいつも通りに家を出たレイは、ふらふらと魔術師団へ向かっていた。



 他国の使節団がやってきたのは一週間ほど前のこと。

 魔術師団は歓待に関わりないことからいつも通り仕事をしていたのだが、昨日帰りがけの夕刻、文官が慌てた様子で駆けてきて「師団長、お願いします! 来てください!」と懇願された。

 宰相も呼んでいると言われたのでなにかトラブルかと思って着いて行ったら、そこは夜会の後の場であった。


 王族たちはすでにおらず、使節団と文官たちが少人数で酒を飲んでいる。葉巻を吸っている者もいて部屋の空気は悪く、レイは空咳をローブで隠した。

 中心には使節団の一人であろう派手な服の女性が大声で笑っており、隣ではこの国の宰相が余所行きの顔を酒で赤くしていた。


「師団長、使節団のキーマンがあの『女帝』なのですが、どこからか師団長の噂を聞きつけたようで呼んで来いと」

「女帝?」

「あっ、師団長ようやく来たか!!」


 手招きする宰相の安堵した顔を見て、レイは自分が見世物として呼ばれたことに気付いた。


 そこからは接待であった。

 どのような噂を聞きつけたのか分からないが、見た目で『女帝』にいたく気に入られたレイはその場を離れることが出来ず、宰相と同じように余所行きの笑みを顔に張り付けて時間が過ぎるのを待った。


 既婚者カードも通用せず、ひたすら褒められ、口説かれてやんわり拒絶を繰り返して夜半。

 ようやく解放されたレイは自宅に帰って湯を浴び、よろよろとブリジットの隣に潜り込んだのだった。




「せめて先に言ってくれたらよかったのに……」


 自分を拉致するように連れて行った文官への恨み言を呟いていると、反対側から文官服の見慣れた男がやって来た。


「おっ、レイ」

「アレン」


 宰相補佐のアレンは同年齢で気安い間柄だ。

 昨日の懇親の場に彼はいなかったが、話は聞いたのだろう。疲れた顔のレイを見て苦笑した。


「昨夜は大変だったようだな、レイ。すまなかった、私は他の仕事の方に行っていて」

「本当に、散々だった、ねむい、つかれた」


 わざと一言ずつ呪詛のように区切って言えば、アレンが肩をすくめる。


「でもレイのおかげで、女帝の機嫌は良かったようだ」

「その女帝というのは?」

「使節団の中の最高権力者。よほど面食いなんだと。気に入られたろ?」

「なるほど、宰相に報酬を求めようかな」

「そうしろ」


 法外の報酬を求めたら、真面目な宰相はどんな顔をするだろうかと想像したら、少し溜飲が下がった。見た目だけを評価されることを複雑に思うところもあるが、役に立ったならそれは悪いことではない。


 アレンと別れようとしたところで、彼は「そうだ」と立ち止まった。


「レイ、昨日女帝から羽をもらったんじゃないか? さっさと捨てた方がいいぞ」

「羽?」

「扇の。あの国では、女性からアプローチするときには扇の羽を渡すんだそうだ。見たら奥さんが誤解するかも」

「えっ」


 知らなかった。

 と同時に、昨夜、羽などもらっただろうかと思い返す。いや、もらったような気がする。

 「あなた本当に綺麗ね」と女帝が言い、持っていた豪奢な扇の一番端の羽を引き抜いて、それをレイの服の胸ポケットに挿した。

 そしてその後、どうしたか記憶がない。


「もらったような気もするけど……、そんな意味、この国で知っている人いるかな」

「私は知っているし、宰相も知っていた」

「えっ!?」


 あの真面目で堅物で男女の駆け引きなど全く関係なさそうな宰相も知っている他国の文化。

 であれば、ブリジットも知っている可能性はある。そうだ、彼女は本をたくさん読むし、知識が豊富だ。


「それは誤解されたら嫌だ」

「そうだろ、見つけ次第捨てろ」


 とはいえ仕事をほっぽり出して帰るわけにもいかない。

 レイはその日の最低限の仕事だけ片付けて、いつもよりも早く家に帰った。




 昨夜は疲れて帰ったので、羽をどこかに置き忘れたとしたら自室か寝室だ。

 コニーたちへの挨拶もそこそこに、うろうろと家の中を探したら、それは寝室で見つけた。


 派手な桃色に染められた羽が、ブリジットの本に挟まっている。レイはぎょっとして、見つけた羽を二度見した。


「しおりにされている……!?」


 本の片側からひらりとはみ出しているそれは非常に目立った。

 見れば、ブリジットの愛読書である『裏金と女』シリーズ。その真ん中あたりで女帝の羽がしおりにされていた。


 恐る恐るそのページを開くと、そこに『不貞』の文字を見つけて瞠目した。羽を抜き取ることなく、レイは一度本を閉じた。


「これは……」


 目を閉じる。

 困惑。ブリジットの意図が読めない。

 彼女はこの羽の意味を知っていたのだろうか。あるいは全くそんなこと知らず、単純にその辺にあったからしおりにしてみた?

 いやしかし、挟まれていたページ。

 あれは夫への疑惑を表したなど、なんらかの暗喩──?


「坊ちゃん」

「わっ!!」


 背中から急に声をかけられ、レイは飛び上がった。

 振り向けば、家政婦のミランダが座った目でこちらを見ていた。


「どういうことなのですか、坊ちゃん」

「な、なにが」

「昨夜はご連絡もなく深夜にお帰りに」

「ああ、急に仕事で呼び出されてしまって……」

「本当にお仕事なんですか? ローブはひどい葉巻と甘ったるい香水の香りでしたが?」


 棘のある言葉にレイは顔をしかめた。

 香水の香りは女帝の隣に座っていたからだ。むせかえるような香りは確かにローブにも移ってしまっていただろう。


「急に呼ばれた宴席で接待させられていたんだよ、そこに女性が」

「だとしてもこんなに香りが移りますか? ブリジット様が知ったらどう思うか」

「う……」


 レイは本に挟まった羽をちらりと見てからため息をついた。

 確かに、仮に仕事だとしても夫が他の異性からロックオンされていたら、ブリジットもいい気分はしないだろう。とはいえ昨夜は逃げられなかったわけだが。


 ミランダが「坊ちゃんは昔からはっきり断らないから」「女性に勘違いされないようにしないと」と小言を言い始めたので、レイは神妙な顔でおとなしく聞いた。

 ミランダは怒り始めてしまったらしばらく収まらないのだ。


「もうご結婚されたのですから、奥様に誤解されるような言動は控えるべきじゃありませんか?」

「はい……」

「大体、坊ちゃんがびしっと言わないから女性が寄ってきてしまうわけで」

「はあ……」


 しかし、聞きながらもだんだんうんざりしてきた。

 昔から争いごとは嫌いだし、自分ではきちんと断っているつもりなのに。

 それに結婚もしているのだ。

 中には結婚しても配偶者以外との恋愛を楽しむ人間がいることは知っているが、自分は決してそんなことは考えていない。


 そのことを付き合いの長いミランダだって知っているはずなのに。


「それとも坊ちゃん、ご結婚しても他の女性にちやほやされるのが嬉しいとか」

「違う! 私にはブリジット殿だけだ!」


 もやもやと考えながら聞いていたら、思わず大きな声が出てしまった。

 自分の口を押さえたレイに対し、ミランダは目を丸くした。慌てて弁解する。


「わ、悪かった、大きな声を出すつもりはなく……」


 すると寝室の入口で物音がした。


 仕事から帰ってきたのだろう。

 ブリジットが、ミランダと同様に目を丸くして立っていた。


「うわっ、ブリジット殿……」


 聞かれてしまっただろうか、いまの言葉を。

 売り言葉に買い言葉で口から出てしまったのだ。

 否定しようかと思ったが、しかし「いえ違うんです」と言うとそれもそれでおかしい。言った言葉は嘘ではないのだから。


 と、一瞬の間にそこまで考えたレイは、背中をバシンと叩かれて我に返った。


「もうっ! 坊ちゃんたら!」

「ぐっ」

「普段からそうやってはっきり仰ったらいいんですよ! もう、もう! そうですよね、分かっていますよ、坊ちゃんにはブリジット様だけだって!」

「はあ……」


 急に上機嫌になったミランダは、追加でレイをバシバシと叩いた後、浮かれた様子で「その調子でお願いしますよ」と言って出て行った。その調子とは一体。レイは遠い目になった。


「レイ様」

「あっ、ブリジット殿……、えーーーーーと、昨夜はなにも言わず遅くなってしまって申し訳ありませんでした。それから今朝も早く出なくてはいけなくて話が出来ず」

「いえ……」


 目をぱちぱちさせて、ブリジットがレイを見つめる。

 その視線が痛くなって顔を逸らした。

 疚しいことなどなにもないが、あの羽が挟まっていたページの文字が頭をよぎる。

 彼女は昨夜のことをどこまで知っているのだろう。あるいは何も知らず、ミランダと同じように感じていたのだろうか?

 レイはしどろもどろになりながら弁明した。


「あのですね、昨夜は急に王宮に呼び出されてしまって、そこで接待をさせられていたのです。そこに女性がいたわけですが、決して不安にさせるようなことはなにもなく」

「ああ、なるほど」


 閃いたとばかりに、ブリジットが手をぽんと叩く。


「理解しました。それでミランダさんが今朝から怒っていらしたわけですね。なにかしらと思っていたんです。ふふふ、なるほど、それで先ほどの言葉」

「ええと、まあ」


 昨夜のことをミランダのように疑っていたわけではないようだが、やはり先ほどはばっちり聞かれていたらしい。

 ブリジットは嬉しそうだが、少し恥ずかしい。


「レイ様、お仕事だったんですよね、分かります。お疲れさまでした」

「いえ……、連絡せずすみませんでした」


 話を終えて寝室を出ようとしたところで、レイは思い出した。

 そうだ、あの羽はどうしよう。


「ブリジット殿、あの桃色の羽のことなのですが」

「ああ、あれ! 今朝置いてあるのを見つけて、綺麗だったので勝手に使ってしまいました。ごめんなさい、レイ様のでした?」

「え、いや、そういうわけではないです。使ってください」


 頷き、上機嫌で部屋を出ていくブリジットを見たら、昨日のことはなんだかどうでもよくなってきた。

 レイも苦笑してその後を追う。


 そのまま、女帝の羽はブリジットのしおりになった。




 《 おしまい 》


2024/11/12 コミックス3巻発売です!

完結巻です!詳細は活動報告をご覧ください♪

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― 新着の感想 ―
ウフフ!2人を見ていたら、ささやかな日常が、素敵なたからものに見えてきますね。この物語たちをなにかに例えるとしたら、可愛とっておきのクッキー缶に大切になおしていた、子供の頃のささやかだけど、とってもお…
だと思いました!!!! さすがブリジットさん。 コミカライズ完結もおめでとうございます! これから読みますー!
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