叱られる二人
自宅の玄関前で、ブリジットはシャボン玉で遊んでいた。
だが、シャボン玉自体に大して興味があるわけではない。これは仕事なのだ。
一週間後、一般交流会と呼ばれる子ども向けの催事がある。国の関連機関のそれぞれの部署が子ども向けに店を出したり、バザーを行ったりするのだ。
普段何をしているか分からない機関が、一般市民と交流を持つために行われる催しである。
ブリジットの所属する会計監査院は国から独立した機関ではあるが、一般的には他の機関と一緒くたに見られるためついでにと一般交流会へ参加している。
今年はシャボン玉で遊ぶスペースを作ることになっており、ブリジットは試しに遊んでみてくれと部下から道具を渡され、このように一人シャボン玉を吹いているのである。
針金で作った大小様々な枠を液に浸し、それを吹いていると、庭の方からシャベルを持ったレイがやってきた。庭仕事を終えたところのようだ。
「何をしているんですか?」
「あ、レイ様。ええと、催事用のシャボン玉を……」
一人遊んでいたのがなんだか恥ずかしくなり声が小さくなる。しかしレイは目を輝かせた。
「へえ、液はこれですか」
そう言うと、人差し指をすい、と空中で振る。その途端、シャボン液を張った桶からもこもこと泡が立ち始めた。
「まあ」
シャボン液の中で空気の流れを操作しているのか、液の表面が激しく揺れている。
虹色の膜が次々と膨らみ、それが大小さまざまな大きさの泡となって桶から飛び立つ。ブリジットはあっという間にシャボン玉に囲まれた。
「レイ様、すごいです!!」
「綺麗ですね」
それから魔法でシャボン玉を強化したり、体の大きさほどもある泡を作ったり。逆に小さな泡をたくさん作ったりして二人は遊んだ。
きゃっきゃとしばらく遊んでいると、突然「こらーーー!!!」と怒鳴り声がして、びくりと二人は固まった。
声のした方を向くと、玄関の扉がばたんと開いて、怖い顔をしたミランダが出てきた。そのままつかつかと寄ってきてレイを睨む。
「なにしているんですか、坊っちゃん! 玄関が泡だらけじゃないですか!!」
はた、と気付いてブリジットは周りを見回した。確かに玄関前の石畳は泡だらけでびしょびしょだ。地面だけでなく、自分たちも服は濡れているし、シャボン液のせいでぬるぬるしている。
「もうじき人が来るんですよ! 片付けてください!」
そういえば来客予定だった。シャボン玉遊びに夢中ですっかり忘れていた。
隣のレイを見ると、彼は肩を落としてしゅんとしている。
「ごめんなさい」
その様子は母親に怒られた子どものようで、ブリジットはつい噴き出しそうになるのを耐えた。
昔からそうだったのだろう。もういい大人なのに、叱られてしょんぼりしている姿のギャップが可笑しい。
神妙にしている彼を笑ってはいけないと、ブリジットはにやつく頬の内側を噛んで俯いた。
「早く片付けてくださいね」
「はあい」
「ブリジット様もですよ!!」
「あ、はいっ!」
ミランダの怒りが飛び火し、ブリジットはぴしりと姿勢を正した。にやにやしていたのがバレていたのだろうか。
ミランダがぷりぷりしながら踵を返したので、ちらりとレイを窺う。すると、俯くレイと目が合った。
一緒にいけないことをしていた気分になり、二人は俯いたままくすくすと笑った。
それから二人は玄関前を水で流しながら泡を落とした。
「そういえば魔術師団は一般公開の日、何をするんですか?」
レイは水を流すついでに石畳をブラシで擦っている。
「ああ、占い小屋を毎年やるんです」
「それは人気がありそうですね」
「いやそれが毎年閑古鳥で。子どもからすると怪しくて怖いみたいなんですよね」
「まあ」
魔術師に占ってもらえるなんて特別なことだ。実際、レイの祖母は魔術師でもあり、大人気の占い師でもある。確かに黒いローブ姿で見た目は怪しげかもしれないが。
「じゃあ手が空いたら私が行きます。レイ様が占ってくれますか?」
「いいですよ。大魔術師である私がなんでも占って差し上げましょう」
デッキブラシを杖のように携えたレイが得意げな顔で恭しく述べたので、ブリジットは声を上げて笑った。
《 おしまい 》




