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魔術師団長の契約結婚  作者: Hk
番外編
14/22

横恋慕 2

 おかしなデートの当日、ブリジットは珍しく浮かれた様子で身支度をしていた。

 レイはその様子を不満気に眺めていた。ブリジットは鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。自分と出かけるときよりもずっと時間をかけている気がする。


「…私との時よりも気合が入っていませんか?」

「そうですか?女の子とお出かけするのは久しぶりですから、楽しみです」


 それからレイを振り返って、上から下まで眺めた。レイはまだラフな格好で、半身で部屋の扉に寄りかかり、腕を組んで立っている。


「いまみたいな気だるげなレイ様も素敵ですが、でも今日は思い切りめかし込んでくださいね。セリーナさんは勇気を出していらっしゃると思いますから」

「ブリジット様、任せてください」


 なぜかミランダが返事をしたので、レイはため息をついた。


 落ち着いた淑女らしい姿になったブリジットは、うきうきと出かけて行った。レイはそれを見送り、部屋に戻った。


 少し前に、魔術師団で待ち伏せていたセリーナに今回の予定を伝えると、彼女は非常に困惑していた。

 好きな相手の妻が出てくるというのだ。ブリジットがセリーナを害するとは思えないが、セリーナから見たら、なにをされるのかと身構えて当然だ。

 しかしブリジットが監査官であることを伝えると堅い職業に安堵したのか、セリーナは一日デートを了承した。

 ブリジットが今日、外でセリーナとどのようなデートをするのかは聞いていない。

 彼女は17歳だという。若い女性を家でもてなすといったって、いったいなにをすれば良いのだろう。



 予定の時間を少し遅れて、馬車が帰ってくる音が聞こえた。とりあえずミランダにされるがまま身支度を整えたレイは、その音を聞き、玄関を開けて外に出た。

 すると、門の外に止まった馬車から転がるようにブリジットとセリーナが出てきて、それを見たレイはぎょっとした。二人は顔を見合わせて、なにが可笑しいのかきゃっきゃと笑いながらこちらへ向かっているのだ。今日初対面のはずなのに、とても仲良くなっている。


「レイ様、遅くなりました。あとはよろしくお願いしますね」


 玄関に着いたブリジットはそう言うとセリーナを残し、自分はまた門に止まった馬車へ向かった。

 玄関に残されたセリーナはぽーっとレイを見つめて立ち尽くしている。とりあえずブリジットから言われた「めかしこむ」ことには成功したようだ。


「えーっと…」


 レイがどうしようかうろたえていると、後ろからコニーが案内のため声をかけた。

 するとレイに見とれていたセリーナは我に返り、コニーに着いて、家の中へ入った。



「今日はお時間を頂いてありがとうございます。無茶なお願いをごめんなさい」


 応接室に案内されたセリーナは大人しく座り、優雅な手つきで目の前のカップを持ち上げた。まだ幼い顔つきだが、頬が上気している。


「いえ、おかしな話で驚かれたでしょう。ご要望を叶えられなくて恐縮ですが、ご理解ください」

「いいえ、驚きましたが…ありがたいです」


 応接室の扉は開いており、コニーは扉のそばで控え、ミランダも同じ部屋の中で茶菓子の準備をしている。セリーナの名誉のためにも、二人きりになることは避けなければならないことは皆、分かっていた。


「えーと…」


 部屋ではミランダが茶菓子を準備する音だけが響く。

 早速、レイはなにを話せば良いのか悩んだ。セリーナはうっとりと自分を見つめているため、観賞用としてはこのままでいいのかもしれないが、さすがに気まずい。


 特に会話もなくしばらく黙っていると、きらきらした目のセリーナが口を開いた。


「あの、私がミラー師団長にお会いしたのは先日待ち伏せしていたのが初めてではないのです」

「はあ、そうなのですか」

「以前、出仕している兄に物を届けようとしてあの辺りで迷ってしまい…、それで道を教えてくださったことがあるのです。もう覚えていらっしゃらないでしょうが」


 確かに、魔術師団から王宮や国の関連機関が並ぶ通りは似たような建物が多く、迷いやすい。道を尋ねられることもよくあるが、レイはセリーナのことを覚えていなかった。


「それであまりにも素敵な方だなと思って…、気になったことは調べないと気が済まないたちなのです。ミラー師団長のことはすぐに分かりましたが、そうするとなんとか好きと伝えたくなってしまって。待ち伏せしてすみませんでした」

「あ、いえ…」

「もうすぐ学校も卒業するので、最後に思い出にと、告白させて頂きました。ありがとうございました」


 セリーナはそう言うと頭を下げたので、レイもつられて頭を下げた。よくわからないが、学生生活の思い出作りに貢献できたのならそれはそれで良かったのだろうか。

 それからセリーナは顔を上げると、明るい声でレイに尋ねた。


「それにしても、ブリジット様は素敵な方ですね!普段、お仕事はお忙しいのでしょうか?」

「あ、ええ…、時期によりますが、忙しそうなこともあります」

「まあ。それはミラー師団長は寂しくありませんか?」

「えっ、うーん、いや、仕事ですし…」


 セリーナはやたらとブリジットのことを聞きたがった。正確には「ブリジットの夫の気持ち」を質問してきた。それから二人の出会いや普段の結婚生活を問われたため、答えられる範囲でレイは回答した。


 しばらく話しているとコニーが、そろそろ、と促してきたので、セリーナを庭に案内した。セリーナは植物に詳しく、庭の小さな薬草園で魔法薬の原料の草花の説明をするレイに、非常に高度な質問を投げかけた。

 しかしそういった話の中でも、ブリジットが休日どんなふうに過ごしているのかだったり、どんな話をするのかといったことを聞いてくる。

 レイ自身のことは全然聞かれない。

 ブリジットのことばかりだ。おかしい。


 庭を一周したところで、予定していたデート終了時間になった。すると、ぴったりのタイミングで馬車が家の前に着き、ブリジットが降りてきた。


「お庭のご案内は終わりましたか?セリーナさん、少し待っていてくださいね」


 ブリジットはそう言うと、足早に家の中に入っていき、すぐに出てきた。手には分厚い本を数冊抱えており、それを袋にぎゅうぎゅうと詰め込んでいる。


「はい、セリーナさん。返却はいつでも構いませんので。重いですけどどうぞ」

「ブリジット様、ありがとうございます」


 セリーナはぱんぱんにはち切れそうな袋を受け取ると、ブリジットに促されて門の前の馬車に乗った。このままセリーナの自宅まで送ってやることにしていたのだ。


「ブリジット様、ミラー師団長。今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったです。また遊びに来てくださいね」


 レイが口を挟む余裕もないまま、女性二人は別れの挨拶を済ませ、馬車はあっさりと出発した。手を振って見送ると、ブリジットはうーんと伸びをして、レイを振り返った。


「楽しかったですね!」


 レイ自身は楽しかったかどうかといえばなんとも言えない。やはりなにを話して良いのか分からなかったし、観賞用としてまっすぐな視線に耐えるのは居心地が悪かった。セリーナがブリジットについて質問してこなかったら、きっと会話のない嫌な雰囲気で終了していただろう。


「今日、ブリジット殿はどんなデートをしてきたんですか?」

「ええと、まず美術館に行って、いまやっている期間限定の絵画の展示を見てきました。その後、おばあさまの占いに」

「ええっ?」

「早めにお願いしたので予約が取れたんですよ」


 『おばあさまの占い』というのは、レイの実家の祖母のことだ。祖母は占いに特化した魔術師で、貴族女性に人気だ。自宅で占い業をしており、女性たちがこぞって予約を取る。

 つまり、ブリジットは夫に横恋慕する若い女性を義実家に連れて行き、祖母に会わせたということだ。場合によっては修羅場ではなかろうか。


「それ、実家の反応は…?」

「いえ、特にご説明しませんでしたからなにも。その後は大通りに新しく開いた喫茶室でお昼を食べて、それから本屋に行っておすすめの本を紹介し合いました。私のおすすめは家にもあったので、それを先ほどお貸ししたんです。とても充実したデートでした!」


 それはそうだろう。よく半日でそれだけ遊べたものだと、ある意味レイは感心した。祖母の占いは別にしても、レイとだってそんな完璧なデートはしたことはない。


「レイ様は?どんなことをお話ししました?」

「…あなたのことばかりですよ。もう降参です、教えてください。なにをお考えに?」


 レイは前髪をかきあげてぐしゃぐしゃと頭をかいた。

 同性だから若い女性が楽しむことが分かるのかもしれないが、今日でセリーナは間違いなくブリジットの方に夢中になった。自分の長所が見た目しかないことが再確認されたようで、レイは少し悔しく感じる。

 ブリジットはレイの様子を見て、ふふふと頬を緩めた。


「今日は、スカウトでした」

「スカウト?」

「ええ。セリーナさんのご実家はワイツマン商会ですね。彼女にはお兄さんがいます」

「ああ、言っていました」

「セリーナさんのお兄さんは今年新人で監査官になっているんです。私の班ではなく、別班ですが」


 確かに、兄に荷物を届けるために迷子になったところ、レイに会ったと言っていた。会計監査院に行くために迷っていたのか。


「セリーナさんのお兄さんは新人なのにとても優秀なんです。彼は実家の商会の仕事をいろいろ勉強してきたと言っていました。なので、セリーナさんも同じように教育されてきたんじゃないかと」

「なるほど」

「実際今日お話ししたら、とても優秀なお嬢さんでした。お兄さんと同じように育てられたようで、もうすぐ学校を卒業するようですが、首席だそうです」

「それは…、すごいですね」


 幼い頃から家庭教師をつけて学ぶ貴族の子女がほとんどの中、首席を取るのは相当のことだ。一部の科目だけでなく、万遍なく優秀な成績を修めないと首席にはなれない。

 それでブリジットは青田買いのため、今日のデートを計画したのか。


「ただ、卒業後は家のお仕事を手伝いながら縁談を探す予定だそうで。もったいないと思って、就職はいかがかとおすすめしました。できればうちに来てほしいですけどね」

「それで、彼女の反応はどうでしたか?」

「興味は持って頂けたようでした。就職して結婚できるのかどうかを心配されていましたが、私は結婚できましたし、ほかにも既婚者はいますから」

「ああ、それで…」


 それで、ブリジットの仕事の様子や結婚生活のことを聞きたがったのか。ブリジットの夫としてのコメントを求められたのは、将来の自分のことを想像した上での懸念点だったのだ。


「気になることは調べないと気が済まない性格だそうです。しかも優秀で、憧れの男性に気持ちを伝える勇気もあるなんて、素晴らしいですね!会計監査院(うち)に欲しいです!」

「そんなに優秀なら魔術師団(うち)に欲しいな」

「だめですよ、私が目をつけたのですからね。まあ、レイ様がセリーナさんを引っ掛けてくださったことは大変感謝しています」


 引っ掛けたという身も蓋もないブリジットの言葉に、レイは苦笑した。セリーナも、レイに声をかけたときにはまさかこんなことになるとは思っていなかっただろう。


 優秀な若者を見つけられたことは良いことだが、しかしやはりレイは少し不満が残った。若い女性に言い寄られて、妻からなんとも思われないというのはどうなのだ。

 悪戯心がわいたレイは、わざとブリジットに身を寄せて声をかけた。


「……あなたは今後も同じことを?夫に言い寄る女性をもてなすのですか?」


 耳元でレイの声を受けたブリジットはびくりと肩を震わせてから身を竦め、片手で耳を押さえて体を離した。気まずげに顔を赤くし、眉を寄せる。


「今回は将来有望な方でしたので。もしそうでなければ……」

「そうでなければ?」

「排斥します」


 ブリジットから物騒な言葉が出て、レイは固まった。しかしブリジットは真剣な目つきだ。


「せっかく結婚できた私の大事な旦那様ですからね。相手の女性を排斥します。自分の仕事の権力、実家の力、なにを使っても」


 ブリジットのことだ。きっとそうするだろう。

 『大事な旦那様』という言葉を聞いたレイは満足して息をついた。

 しかしブリジットはほんの少し不安げに言葉を続ける。


「…まあ、レイ様にほかに好きな方ができたらそういうわけにはいきませんね。その時は早めに教えてください」

「そんなことあり得ません」


 食い気味に、自信たっぷりに言い切ったレイを見て、ブリジットもほっとした表情をした。



 それからセリーナはたまに家に遊びに来るようになった。目当てはブリジットだ。二人は本の貸し借りをしたり、なにやら監査官の仕事の話をしたりと、交流を深めているようだ。

 なぜレイがよく知らないかというと、セリーナがレイに興味を失ったからだ。ブリジットを訪ねてきた彼女がたまにレイを見かけてぽーっとすることはあったが、あの一日デート以来、待ち伏せされることもない。若い女性の心はうつろいやすいのだろう。


 天気の良い休日、女性二人が仲良さそうにテラスでお喋りしている様子をレイは微笑ましく見つめた。



 《 おしまい 》


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― 新着の感想 ―
[一言] …二人の子供が見たかったですね〜(笑)
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