横恋慕 1
「ミラー師団長!」
仕事を終え、魔術師団を出たレイは自分を呼び止める声に足を止めた。声のする方を振り向くと、若い女性が赤い顔でレイを見つめている。知らない女性だ。
「はい」
レイが返事をすると、女性は自分で呼び止めておいて臆したのか、下を向きもじもじと手を組んだ。それから意を決したように顔を上げ、大きな声で叫んだ。
「…好きです!デートしてください!」
「えっ」
突然の申し出にレイは面食らった。
結婚してからは女性に声をかけられることはなくなっていたので油断していた。昔は職場に待ち伏せされることは、ままあったのだが。
退勤する周辺施設の人々が二人の様子に視線を向けている。その中には部下である魔術師団の団員もおり、またか、という目でにやにやとこちらを見つめていた。見世物になってしまっている。
目の前の女性はずいぶん若いように見える。ふわふわとした明るい金髪に茶色の瞳で、大人しい淡い桃色のワンピース姿だ。ひょっとすると十代かもしれない。
レイは女性に向き合って咳払いした。昔であればどのように返答するか困ることもあったが、今はなにも問題はない。断るためのしっかりした理由があるのだ。
「…お気持ちはありがたいですが、私は既婚者ですので」
「存じております!ですので、デートだけでもお願いします!」
完璧だと思った断り文句を食い気味に遮られて、レイは言葉に詰まった。しかし「じゃあ了解の上ならデートしよう」というわけにはいかない。
「…あのですね、私はあなたのことを存じませんし、あなたはずいぶんお若いように見える。既婚者と会ったりするのは良くありませんよ」
「あっ!失礼しました。私はワイツマン商会の娘のセリーナと申します。お願いします!少しだけでいいのです!」
「ええー…」
名前を聞いても思い当たらない。仕事で会っていたりしたら覚えていると思うのだが。
セリーナは困惑するレイを見て少しだけ気まずそうに眉を下げた。
「突然すみません。でも、一度お考え頂けないでしょうか。また明日来ます」
セリーナはそう言うと、踵を返して去って行った。
また来ると言われてもどうしようもない。
もし本当に来たらどう返事しようかと、レイは困惑して家路についた。
♢
本当に、次の日もセリーナはやって来た。
レイが魔術師団から出てくるのを待ち、前日と同じことを叫んだ。ギャラリーがにやにやと二人を見ている。
レイは昨日と同様に、自分は既婚者であること、デートはできないことを告げた。しかしそれでも納得しないセリーナは、もう一度考えてくれと告げて去った。
そして、その次の日も来て、同じことを繰り返した。
同じことを三日繰り返し、さすがにレイも疲れてきた。もういっそ、騎士に連絡して彼女の家に回収してもらおうかと思う。いやしかし、だいぶ若い女性だ。酷だろうか。
「レイ様、なにかあったのですか?」
食事中、上の空のレイを見かねたブリジットが声をかけてきた。
この三日間のことはブリジットには言っていない。夫がほかの女性から横恋慕されているのを告げられて良い気分になる妻はいないだろう。
しかしその日のレイはぼんやりしていて、ぽろりと口にしてしまった。
「なかなか粘り強い女性がいて…」
「え?」
はっと自分の失言に気付いたレイは手で口を押さえた。しかし、その言葉を聞いたコニーやミランダが近寄ってくる。
「坊ちゃん、またなにか女性に良い顔をしたんじゃないですか?だめですよ、断るときはきちんと断らないと、ねえ」
「そうですよ、レイ様。昔からはっきりしないから。不誠実だと思われても仕方ないですよ」
「いや、違う、というか良い顔なんてしたことないだろう。それに全然知らない女性なんだ」
レイがしどろもどろになって釈明していると、三人のやり取りをみたブリジットはけらけらと声を上げて笑い始めた。
「全然知らない女性までも惑わすなんて、レイ様、さすがですね」
「ブリジット殿…」
ブリジットが嫌な思いをするだろうと思って黙っていたのに全く気にしていない様子だ。思わずレイは脱力した。
「ブリジット様、全然知らない女性の方が坊ちゃんに騙されるんですよ。実際にお会いすると、見た目と中身に差があることがばれてしまうんですから」
ミランダが酷いことを言うので反論したかったが、うまく言葉が出ない。過去に結婚話が進まなかったのには、確かにミランダの言うことも一理あったからだ。
ブリジットはまたくすくすと笑ってから口を開いた。
「どこの女性なのかは聞いたのですか?」
「ええと、ワイツマン商会というところの娘さんだそうです」
「えっ?」
ブリジットはレイの言葉に、食事の手を止めた。
「いま、なんと?」
「え、ワイツマン商会と」
「ワイツマン商会…」
「お知り合いですか?」
なにかを考え始めたブリジットに問うと、「いいえ」とだけ答える。
「それで、ここ数日、仕事の後に待ち伏せされていて、デートしてくれと…」
「まあ!」
途端に明るい顔になったブリジットは、フォークを置いて、なにかを思いついたように手をパンと叩いた。
「良いじゃありませんか、デートして差し上げれば」
「えっ」
ショックだ。ブリジットは夫がほかの女性とデートしても全然気にならないのだろうか。それは自分を信用しているのか、全く興味がないのか、どちらなのだろう。
「ブリジット殿はそれで構わないのですか?私がほかの女性と遊んでも?」
「いえ、条件があります。私ともデートしてください」
「はあ……、それは構いませんが、どこか行きたいところが?」
「違いますよ。レイ様とじゃなくて、そのワイツマン商会のお嬢さんと、私です」
「えっ!」
ほっとしたのも束の間、また意味が分からなくて、レイは混乱した。
ブリジットが嫉妬心から自分もデートさせろと言ってくれたのかと思ったのに、そうではない。ブリジットはセリーナとレイ、セリーナとブリジットでデートさせろと言っているのだ。
自分の妻がなにを考えているのか全然分からない。
「お嬢さんもご不安になるでしょうから、先に私と会って頂いた方がよろしいでしょうね。一日時間をもらって、半日ずつデートしましょう」
「…しかし、私が外で女性と会っていたら噂になってしまいます」
「確かに。…そうだわ、うちにお招きしたらいかがかしら?お茶をして、お庭をご案内して差し上げたらどうです?」
「はあ…」
「お誘いするときには、私が監査官であることを伝えてくださいね」
レイはもう、どうにでもなれという気になっていた。別にブリジットが嫌な思いをするわけではなさそうだし、なにか彼女なりに考えがあるのかもしれない。
結局、休みの日一日、セリーナを招き、昼過ぎまではブリジットが外でデート、それから夕方まではレイが自宅でもてなすということになった。




