友人から婚約者の愛人志願を相談されました。〜ハンス視点〜
2020.8.18リーリア視点の【友人から婚約者の愛人志願を相談されました】が短編部門で3位を獲得していたのでお礼にハンス視点を書き上げました。お楽しみ頂ければ幸いです。
やっと彼女と結婚出来る。
あと1ヶ月もすれば私の婚約者であるリーリアは私の妻として隣に立ってくれる。リーリアとの婚約が調ったのはリーリアが12歳の時。私は17歳で少女の面影を残しつつニコニコとした笑顔の可愛い子だった。朗らかで明るい声は聞き惚れた。自分がこんな少女に惹かれるという部分で少し気持ち悪く思えたが一目惚れなのだ。仕方ない。そこから私はリーリア一筋だ。それまでの女性関係の事はリーリアには決して言えないし聞かないで欲しいと願う。リーリアと私の結婚はリーリアが貴族の令嬢が通う花嫁勉強の為の学園卒業を待って。2年間の勉強が終わり17歳を迎えたら直ぐに結婚の準備だ。そして卒業1年後にリーリアは私の妻に。婚約してからずっと私達の関係は良好だった。少なくとも私はリーリアを好きだったしリーリアも私を好きだと思っていた。
ーー今日までは。
結婚の打ち合わせでリーリアの家を訪ねたところでモリドーがやって来た。モリドーとは2回くらい夜会で顔を合わせていたがその鬱陶しい前髪が印象的で1度で覚えていた。そのモリドーが何故リーリアの家に? リーリアに問いかけてもニコニコと笑うだけ。可愛いけど。更にリーリアの友人ナッチェ嬢もいるようだ。どういう事だろう。応接室で4人で顔を合わせてリーリアの話に驚いた。
はっ? 私とナッチェ嬢が恋仲? えっ? 確かに私達は何度か会ったが口付けなど交わしていない。というよりも……
「ねぇリーリア。それを聞いて君はどう思ったの?」
そこが肝心では無いだろうか。まさかとは思うがリーリアは私がナッチェ嬢と恋仲である事に嫉妬しないどころか応援している……わけじゃ無かろうな⁉︎
「どう? ハンス様とナッチェが結婚出来なくて申し訳ないので愛人関係は認めようか、と。私はハンス様を愛しておりませんし。2人が恋仲なら応援しようかと。ハンス様は婚約者として素敵な方ですし結婚すれば穏やかな生活を紡げるかと思っておりましたが。愛し合う恋人がいるならそちらを優先するのは当たり前ですものね」
応援されていた……。いや私とナッチェ嬢が恋仲だと信じられていた……。いやそれ以前にリーリアは私を愛していない、と言わなかったか⁉︎ いやいやまさか。リーリアは私を好きなはずだ。うん。そう、だよな? だけど私のそんな不安な気持ちにも気付かずリーリアはモリドーに私とナッチェ嬢の関係を認めるかどうか確認している。……違う。私はリーリア一筋だっ! それなのにリーリアは……
「ではナッチェ。ハンス様。結婚した後で楽しく恋愛をしてくださいな」
と笑顔で宣言した。……何を言っているのだろう。私がナッチェ嬢と恋愛? 何故。私はリーリアを愛しているんだ。どうして他の女と恋愛しなくてはならない。私はリーリアとの仲を深めたいんだ。
「ふざけるなっ!」
気付けば怒鳴っていた。リーリアが驚いたように私を見る。
「リーリア! 君は私の気持ちをちっとも分かっていない! ナッチェ嬢と何度か会ったのは確かだが別に口付けを交わしてなどいない! 私は友人だと言うナッチェ嬢にリーリアの話を教えてもらっていただけだ!」
「私の?」
「私の知らないリーリアの事を教えて欲しいと頼んだだけだ」
「……それは私に訊ねれば良い話では?」
うっ……それを言われるとその通りなのだが。だが私にも男としての意地がある。リーリアにはサプライズで可愛い顔を見せてもらいたかったのだ。
「リーリアが好む物を教えてもらって驚かせようとか思ったんだ……。だが君が好きなはずの赤い薔薇の花やサンゴのネックレスを贈ってもあまり驚いてもくれないから。喜んではくれるがなんだかあまり嬉しそうではなかったから……。ナッチェ嬢のアドバイスに従っていたのに……。それまでの贈り物は君の好みを知らないから流行物を贈っていたが、それを喜んでいても嬉しそうではなかったから……。だからナッチェ嬢に好みを聞いていたんだ」
「……ええと。ハンス様のお気持ちは分かりました。婚約者として大切にして下さっているのも分かりました。ですがやはり私に聞いて欲しかったですわ。私の好きな花はカサブランカですの。好きな宝石はエメラルドですわ。好きな色は緑ですのよ?」
そんな全く違うじゃないか。どういうことだ。
「そんな……私は間違えていた、のか?」
「サンゴも赤い薔薇もナッチェの好きな物ですわ」
「なっ……」
私はもしや騙されていたのか⁉︎ と思っていたが本当に騙されていたのか……。
「ナッチェ。どうしてハンス様を騙したの?」
「だってあなたズルイのよ! ハンス様に好かれているくせに気づいてなくて。伯爵なんて高位の貴族の妻に収まるし。顔もカッコいい男なんて。私なんかいくら金持ちでもたかが子爵だしモッサリとした髪の毛で垢抜けない男が婚約者なのよっ! だからリーリアの婚約者を奪ってみようと思ったのよ!」
なんて身勝手な。私が愛しているのはリーリアだけだ。そんな事を思っていたらモリドーとナッチェ嬢の婚約が解消するのに結果的に立ち会いついでにモリドーの素顔を見て唖然とした。というかリーリアは何故知っているんだ? えっ? 幼馴染み? 正直顔だけで言えばモリドーの方が上だと思うがそんなモリドーにも見惚れる事が無いのか。……それでは私の顔に惹かれるわけはないな。
実は少しだけモテる事を意識していたのでリーリアも私の顔に惹かれてくれるのではないか、と考えていたのだが……。どうやら顔ではリーリアは落ちてくれないらしい。いやそうか。顔に惹かれてくれていたならナッチェ嬢の愛人志願の話に悋気を見せてくれているだろうからね……。そんな事を考えている間にもモリドーとナッチェ嬢は帰ってしまった。リーリアは何事もなかったかのように結婚の打ち合わせを……と言う。多分本当にリーリアにとっては私に愛人が居ようと居まいと関係ないのだろう。それは酷く寂しい。
「それも必要だけど。今は2人の仲をもう少し進展しようよ」
だから結婚の打ち合わせも大切だけどそれよりも先にリーリアを口説く事にした。考えてみなくても私と彼女は政略結婚で彼女からすれば家同士の契約なのだから愛など生まれなくても構わなかったのかもしれない。でも私はリーリアに一目惚れしたのだ。まだ少女と言ってもおかしくなかった出会った日から私はずっとリーリア一筋なんだよ。
それをリーリアに理解してもらいたい。
そのためには時には言葉を惜しまない事も必要なのだろう。今まで私が言葉にせずとも女性から近寄って来るのが当たり前だったから私はリーリアも言葉にしなくても大丈夫だと思っていた。
けれどリーリアは他の女性と違う。私の外見に何の興味も抱いていない。私の外見に興味がない女性が私の心を打ち明けていないのに私を愛してくれるわけがない。だから私は言葉を尽くさなくては。
「私の気持ちが伝わっていると思ったのにリーリアには全く伝わってなかった。だから言葉にするよ。リーリアが好きだ。初めて会った日、ニコニコと話す君の笑顔も声も好きになった。贈り物は次から失敗しない。だから私の事を見捨てないで欲しい。もちろん愛人を持つ気はないし持たない。リーリアも持たないで」
言葉を惜しんで伝える努力をして来なかった私の罪だ。でもまだ取り返しがつく失態。次からはリーリアの驚いた顔を欲するのではなくてリーリアの喜ぶ顔・嬉しそうな顔・幸せそうな顔を欲する事にしたい。だから素直にリーリアの欲しい物を聞く事にしよう。
そんな想いを込めて私はリーリアの額に目に鼻に頬に唇に口付けを落とす。どうかどうか私の気持ちが届きますように。あまりにも大切過ぎてリーリアに口づけるのは手の甲への親愛を表すものだけだった。それでも婚約期間中は手紙を交わし折に触れプレゼントを贈り都合を付けて会いに来ていた。でもそれが全てリーリアの中では婚約者としての義務だと思われていたのだとしたら……。
それでは言葉にしなくても大丈夫。
と思っていた私自身の怠慢だ。伝わっていると勝手に思っていた私の罪。もっと言葉にしてもっと態度に表して。私の気持ちを受け入れて出来ればリーリアも私を愛してくれると良い。大切だから嫌われたくなかったから一定の距離を保っていた。抱きしめる事さえ我慢していた。けれどそれが結果的に政略結婚だから……と思われるなら我慢なんかしている場合じゃない。
そんなわけで結婚式までの1ヶ月。私はリーリアに会う度に私の膝に乗せて抱きしめ口づけを贈り言葉を尽くした。最初は「はぁ、左様でございますか」と他人事のような態度だったしリーリアの好きなカサブランカを訪問の度に渡していたら「後少しでハンス様に嫁ぎますからそれからまた下さいな」と断られてしまったけれど結婚式の数日前からようやく私の気持ちをきちんと受け止めてくれるようになったようで、言葉を尽くす度に口づけを交わす度にリーリアが真っ赤になって可愛くなった。こんなに可愛いと初夜は手加減してあげられないかもしれない……とは思ったが、まぁ健全な男である私がリーリアと婚約してからずっと女性との必要以上の接触は断って来たのだから多少手加減無しでも構わないか、と直ぐに思い直した。
私とリーリアが結婚する頃には社交界でモリドーを追いかけ回すナッチェ嬢の噂がそこそこに駆け回っていたが、私とリーリアの結婚式を見た者達がモリドーとナッチェ嬢の噂を駆逐していた。まぁ噂など得てしてそういったものだ。
もちろん初夜は少しだけ手加減はしたもののリーリアにたっぷりと私の愛を捧げたしその後も蜜月期間中はずっと愛を捧げた。そんなある夜。
「ハンス」
「ん?」
リーリアには結婚を機に私を呼び捨てにするように徹底的に教え込んだ。夜に教え込んだので方法はまぁ……うん。その甲斐あってリーリアは私を呼び捨てで呼ぶ。
「その……閨はもう少し控えられないかしら?」
「何故?」
「赤ちゃんがビックリしてしまうわ」
「子ども⁉︎ 出来たのか⁉︎」
まぁあれだけ毎晩……いやいやいや。今はそれは置いといて。
「はい。本日お医者さまにそう言われましたの」
「そうか! ありがとう! 元気な子を産んでもらうために少しだけ控えよう」
私はリーリアとまだ見ぬ我が子のために今まで以上に仕事に打ち込む事と実母の浪費癖をキリキリと今まで以上に締め付けていく事になる。最も愛人を作って母を省みる事の無かった父への不満と寂しさを紛らわすための母の浪費癖だ。孫が見られると判ればもしかしたら少しは変わるかもしれない。そんな事を思いながら領地にいる母にリーリアの懐妊報告と浪費していないか確認の手紙を認める事にした。
お読み頂きましてありがとうございました。皆さまに感謝を込めて。また前後編で書き上げた【前世は夫が今世は婚約者が〜】もランキング入りを果たしていたのでお礼にオマケで来世編を執筆予定です。そちらを読んで下さった方はそちらもご興味がありましたらよろしくお願いします。