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BLACK BOX  作者: 油方武良
第1章 遭遇
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第5話 猛獣狩り

 勢いよく飛び挿してきたアルルパは弓を引き、さらに赤毛熊(レッドベア)に矢を放とうとしていた。カイルは固唾を呑んでその様子を見つめる。アルルパなら本当に一人であの赤毛熊(レッドベア)を仕留めるかもしれない。緊張と興奮でカイルの体は震えた。


 アルルパが放った次矢は残念ながら赤毛熊(レッドベア)が振り回した前足に当たって弾かれダメージを与えることは出来なかった。アルルパは舌打ちし、さらに矢を抜こうとするが、体を倒した赤毛熊(レッドベア)が突進してきたためそれを避けるのが精いっぱいで弓を構えることが出来なかった。


 突進を躱したアルルパはそのまま木々の間に飛び込み、カイルの視界から消える。それを追うように赤毛熊(レッドベア)もバキバキと音を立てて茂みに走りこんで行く。アルルパは距離を取り、もう一度矢を射かけるつもりなのだろう。カイルはどうすればいいかしばらく考えていたが、やはり気になってその後を追うことにした。霧が相変わらず立ち込め視界は悪い。下手に動き回るとアルルパより先に自分の方が赤毛熊(レッドベア)に襲われかねない。カイルは慎重に木々の間を進んだ。しばらく行くと木々が途切れた場所に出た。そのすぐ先は崖になっている。開けた場所にいるとすぐに見つかってしまうため、カイルは茂みに身を隠した。耳を澄まし、襲撃に備えて慎重に矢を番える。と、いきなり少し離れた茂みから音が聞こえ、アルルパが姿を現した。驚くカイルを尻目に脇目も振らず崖の方へ歩を進めたアルルパはそのまま崖ぎりぎりのところで弓を構えた。そこが周囲の全方向の茂みから最も距離がある。赤毛熊(レッドベア)を誘い出す気なのだ。しかし少しでも足を踏み外せば崖から真っ逆さまだ。いかな名手でも矢を放つのは一度が限界だろう。危険極まりない賭けである。


 風が吹き付け、霧が少し晴れてきた。沈黙した時間が流れ、カイルは緊張したままアルルパを見つめる。


 ザザッ!


 カイルの右手から音がした。ビクッとして身構える。次の瞬間、赤毛熊(レッドベア)が茂みから現れた。アルルパが弦を引く。雄たけびを上げて赤毛熊(レッドベア)がそこへ向かって走り出す。が、先ほどより明らかに動きが鈍い。カイルは知らなかったが、先ほど刺さった矢の毒が効いてきたのだ。アルルパは当然それを理解している。それを計算しての誘い出しだったのだ。しっかりと狙いを定めて矢を放つ。ガアアアアッ!矢は右前脚に命中し、赤毛熊(レッドベア)は雄たけびを上げながら倒れる。それを見て次の矢を用意し、アルルパがゆっくり近づく。もう片方の前足に矢を射れば赤毛熊(レッドベア)の機動力はほぼ殺せる。それから宝刀でとどめを刺すつもりだった。


 『流石はアルルパ様だ』


 茂みに身を潜ませたカイルはアルルパの手腕に感心しながらそれを見つめる。アルルパが次に矢を放とうと弦を引く。と、その時カイルの右手、先ほどアルルパが姿を現したあたりの茂みが揺れ、ザザッと微かな音を立てた。振り向くと、茂みから何かが姿を現す。


 「!」


 カイルは驚いて息を呑んだ。灰色の体毛に特徴的な額の短い角。森の危険な猛獣の一種、「一角狼(ホーンウルフ)」だ。赤毛熊(レッドベア)に意識を集中しているアルルパは一角狼(ホーンウルフ)に気付いていない。


 「いけない!」


 一角狼(ホーンウルフ)は音を立てず獲物を襲う。そして今その狙いはアルルパに向けられていた。


 ダッ!


 一角狼(ホーンウルフ)がアルルパに襲いかかろうと地を蹴るのと、カイルが茂みから飛び出すのはほぼ同時だった。その時になってやっとアルルパが異変に気づき、カイルの方に視線を向ける。


 「カイル!?」


 アルルパが驚いて叫ぶと同時にカイルが一角狼(ホーンウルフ)に矢を放つ。しかし素早くアルルパに向かって飛びかかる獣に命中させるのは難しく、カイルの矢はその背をかすめ、崖の下に消えていった。それでも一角狼(ホーンウルフ)の動きを止めることには成功し、注意をこちらにひきつけることが出来た。


 「一角狼(ホーンウルフ)だと!?ちっ、カイル余計なことをするな!」


 「も、申し訳ありません。ですが……」


 カイルが矢を射なければアルルパは不意を突かれ危険だったろう。アルルパ自身もそれはわかっている。しかし半端者(バスタード)のカイルに助けられたなどということは彼のプライドが許さなかった。


 グアアッ!


 奇襲に失敗した一角狼(ホーンウルフ)は牙をむき、改めてアルルパに襲いかかる。アルルパはその攻撃を躱したものの、崖の端まで後退させられてしまう。


 「アルルパ様!」

 

 カイルは次の矢を抜き、一角狼(ホーンウルフ)に狙いを付ける。

 

 「余計なことはするなと言ったぞ、カイル!」


 アルルパも弓を構え、迫ってくる一角狼(ホーンウルフ)を狙う。勢いよく飛びかかったその口の中に見事に矢が命中し、声も上げずに一角狼(ホーンウルフ)は崩れ落ちた。


 「ふん」


 絶命した一角狼(ホーンウルフ)を一瞥してからアルルパはカイルを厳しい顔で睨みつける。


 「俺を助けたつもりかカイル?ずいぶん立派なもんだな」


 「い、いえ、そのような……」


 「まあいい。不意を突かれたのは事実だ。この一角狼(ホーンウルフ)はお前の手柄にすればいい。『成年の試練』の成果としては申し分なかろう」


 「い、いえ、そのようなわけには……」


 「半端者(バスタード)に借りを作るなど俺の誇りが許さん。この辺りには監督者もいないようだし、問題はなかろう。いいから言う通りにしろ。俺はあの赤毛熊(レッドベア)を……」


 そう言って目をやったアルルパの顔が瞬時に引きつる。先ほど倒したはずの赤毛熊(レッドベア)の姿がない。一角狼(ホーンウルフ)に気を取られているうちに逃げられたのか。しかしあの傷ではそう遠くへはいけないと思うが……。


 いつの間にか霧がまた濃くなってきていた。完全に赤毛熊(レッドベア)から目を離したのは失敗だった。アルルパは舌打ちをし、矢を背中から抜く。ザザァ、と葉が擦れる音がして、カイルはその音に驚き、アルルパの元に駆け寄る。


 「くそっ、どこへ行った」


 忌々しげにアルルパが呟く。急に霧がその濃度を増してきた。さっきまで見えていた周囲の茂みが白く霞んでくる。すぐ後ろは崖だ。この場所にいるのは危険だと思い、カイルが移動を提案しようとしたその時、


 「!?」


 いきなりアルルパの背後に黒い影が現れた。すぐにそれが前足を振り上げた赤毛熊(レッドベア)であることを認識し、カイルが飛び出す。


 「アルルパ様!」


 カイルの叫びにアルルパが振り向いた次の瞬間、赤毛熊(レッドベア)が前足を振り下ろす。一瞬動きが固まったアルルパの体をカイルが掴み、崖と反対方向に突き飛ばす。


 「うわあっ!」


 アルルパを突き飛ばしてバランスを崩したカイルを赤毛熊(レッドベア)の爪が襲う。直撃は避けたもののカイルの体はアルルパと反対方向に突き飛ばされ、崖から足を踏み外してしまった。


 「カイル!」


 ガラガラッと崖の石が落ちていく音がする。アルルパは急いで体を起こし崖に駆け寄るが、赤毛熊(レッドベア)がその前に立ちふさがり、怒りの声を上げる。


 「どけ、ケダモノが!」


 アルルパは腰の短刀を抜き、赤毛熊(レッドベア)の懐に飛び込む。それを爪で襲おうとする赤毛熊(レッドベア)だが、二本の毒矢を受けたその体は確実に本来の速さを失っていた。爪が振り下ろされるよりも早く、地を蹴ったアルルパの短刀がその喉元に突き立てられる。


 グアアアアアッ!!


 村に伝わる宝刀は抜群の鋭さで赤毛熊(レッドベア)の硬い皮膚を貫き、深々と突き刺さる。そのまま首を掻き切り、動きを止めた巨体の胸にさらに力の限りに宝刀を突き立てる。ドオッと音を立てて、さしもの巨獣も倒れこみ動かなくなった。はあはあと荒い息を吐き、アルルパはさらにとどめを刺すべくその首にもう一度短刀を突き立てた。


 「カイル!」


 赤毛熊(レッドベア)が完全に絶命したことを確認したアルルパは崖に駆け寄り、カイルの名前を叫んだ。霧で崖下の様子は全く見えないが、水の流れる音が聞こえるので川があることがわかる。とはいえこの高さから落ちては無事ではいられないだろう。


 「カイルー!」


 途中の岩に引っかかっている可能性もあると思い、アルルパは目を凝らして崖の下を覗き込みながら何度もカイルの名を呼んだが、返事は一向に返ってこない。いくらなんでもこの崖を下りていくというわけにもいかず、アルルパは歯ぎしりをした。


 「余計なまねをするなと言ったぞ、カイル」


 一度ならず二度までもカイルに助けられたという事実がアルルパの心に大きなしこりを生む。が、ここにこれ以上いてもどうにもならない。監督者を呼ぼうにもアルルパの土笛はカイルのものと同じく赤毛熊(レッドベア)を追う途中で紐が切れ、紛失してしまっていた。大体ここまで全く監督者の姿を見ていない。本当に配置されているのか疑わしいくらいだ。やむを得ずアルルパは村に戻ることを決め、試練の成果として赤毛熊(レッドベア)の首を切り取ることにした。ぐいぐいと短刀を押し込みながら少しずつ刃を動かし、太いその首を切断していく。霧の立ち込める中、アルルパの呼吸音と、血が噴き出す音だけが響く。いかに切れ味の鋭い宝刀といえど赤毛熊(レッドベア)の首を完全に切り落とすのは重労働だ。やっとのことで切断すると、それを持って歩き始める。が、アルルパもこれほど深くまで森に立ち入ったことはない上、霧が視界を悪くしているため正確な方向が掴めない。


 「む?」


 焦るアルルパの目に木の幹に出来た不自然な傷が映る。よく見るとそれは刃物で彫られた矢印だった。道に迷わないようカイルが付けてきた目印である。アルルパはすぐそれに気づき、ぎゅうと拳を握りしめて木を叩く。


 「またお前に助けられるというのか!くそっ!!」


 プライドが傷付けられた怒りと命がけで自分を助けたカイルへの後ろめたさが入り乱れ、行き場のない激情が全身を駆け巡る。


 「カイルーーーーッ!!」


 霧に煙る森の中にアルルパの叫びが長く長く木霊した。



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