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BLACK BOX  作者: 油方武良
第1章 遭遇
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第1話 半端者

本編開始です。キーワードにロボットとありますが、もうしばらくロボットは出てきません。すいません。


 その村は深い森の中にあった。


 広大な森の一部を切り開いて作られたその村がいつからあったのか定かではない。しかしかなりの年月を経ていることは確かだった。


 「おい、どけ!ボーっとしてんじゃねえ!」


 日課の水汲みを終え、二つの桶を担いで歩くカイルの体が突然後ろから蹴られる。バランスを崩したカイルはたたらを踏み、桶の中の水が少し零れてしまう。


 「わ、あっ」


 何とか転ぶのを免れたカイルは桶を下ろし、後ろを振り返る。


 「あ、アルルパ、様」


 そこに立っていたのは漆黒の肌をしたカイルと同年代の少年だった。後ろにやはり同年代の二人の少年を引き連れている。カイルは慌てて地面に伏して頭を下げた。


 「道の真ん中をちんたら歩いてんじゃねーよ。邪魔だろうが!」


 「も、申し訳ありません」


 「けっ!お前、姉ちゃんが兄上に嫁ぐからっていい気になってんじゃねえだろうな?」


 「そ、そのようなことは……」


 「嫁ぐったって、第五婦人だ。勘違いすんなよ!お前らみてえな半端者(バスタード)が族長の跡取りを産めるなんて思いあがるな」


 「は、はい」


 自分ばかりか姉までを侮辱されて、それでもカイルは何も言い返すことが出来なかった。自分たち浅黒い肌の人間が一族の中で下位の存在なのは確かであったし、まして今目の前にいるアルルパは前族長グリアの末子であり、新族長ガイアスの弟だ。年は一つしか違わないが、身分に絶対的な差がある。


 「けっ!」


 平伏したままのカイルを忌々し気ににらみつけ、足でその頭に砂をかけると、アルルパは立ち去っていく。その背中が遠くなるのを見て、カイルはようやく起き上がり、再び桶を担いで歩き出した。


 『ガイアス様のお傍に召されることになったの』


 夕べの姉パネラの言葉が頭に何度も木魂する。新族長ガイアスには既に正夫人がいる。その他にも側室が何人かいると、数少ない友人から聞いたこともある。さっきのアルルパの言葉からすると第四夫人までいるのだろう。総人口が決して多くないリザド族は一夫多妻制を採っている。近親婚を出来るだけ避け、子供も多く作ることが目的だが、それが実際に出来るのは深い色の肌をした有力者だけであって、カイルたちのような浅黒き者、(一族では侮蔑を込めて半端者(バスタード)と呼ばれる)はほとんどが一夫一婦の家族形態であった。


 確かにパネラは村でも評判の美人だ。しかしまさか族長の家に召されるとはカイルは思っていなかった。族長は世襲制で肌の深き黒さを貴ぶため、夫人は漆黒の肌の有力者の家から選ばれることがほとんどなのだ。


 「お姉ちゃん……」


 ボロボロの草鞋を見つめながらカイルが呟く。カイルとパネラは早くに両親を亡くした。まだ今のカイルの年になる前に、パネラは下働きとして働きに出、カイルを養ってくれた。カイル自身も数年前から違う家に働きに行っている。先ほどアルルパの後ろに付き従っていたうちの一人の少年の家だ。暮らしは貧しく、祖父の代から住んでいる今の家はあちこちガタがきていたが、カイルはパネラがいてくれればそれだけで幸せだった。優しくて美しい自慢の姉。しかし族長の家に嫁げばもうカイルとは暮らせない。カイルがもっと幼ければ一緒には暮らせなくとも、身の回りの世話を誰かに頼んでくれるかもしれないが、もうすぐカイルは「成年の試練」を受ける。これはリザド族の風習で、男子は一定の年齢に達すると一人で狩りに出かけ、森に棲む猛獣を仕留めなければならない。これに成功すると一人前の部族の男と認められ、村の様々な行事や大規模な狩りに参加して分け前を貰えたり、集会での発言などが認められる。しかしもし達成できなければ村八分にされ、実質村で生きていくことが難しくなる。だから村の男子はそれこそ命がけでこの試練に臨む。


 「はあ……」


 思わずため息が漏れる。姉のこともそうだが、試練のことも考えると気が重い。カイルはどちらかというと狩りが苦手である。父は弓の名手だったらしいが、教えてもらう前にその父は他界してしまった。内気な性格のカイルは修練場(村の学校のような所)でも上手く他の子供とやっていけず、積極的に教官役の村人に教えを乞うことも出来なかった。実習という形で何度か森に入ってはいるが、小動物を一匹狩るのがやっとという有様だった。


 「でも試練に合格しないと生きていけないしな」


 姉が族長の夫人だからと言って試練を果たせなかったものを村人が認めるわけがない。何としても狩りを成功させねばこの先カイルが村で生きていく術はないのだ。


 「よお、手伝おうかカイル?」


 いきなり声をかけられカイルは驚いて振り向いた。いつの間にか後ろに一人の少年が立っている。カイルの数少ない友人の一人、オルカだ。


 「オ、オルカか。びっくりしたよ」


 「はは、悪りー悪りー。いや、さっきの見ててさ。声掛けにくかったっつーか」


 「あ、ああ。そうか」


 「しかしひでーよなアルルパ様も。お前には何の落ち度もねえじゃんか」


 あっけらかんとオルカはアルルパを責めるようなことを言う。オルカはカイルと同じ半端者(バスタード)だが、明るく竹を割ったような性格をしている。流石に面と向かって族長や有力者の悪口は言わないが、平気で有力者の集まりに顔を出して意見を述べたりする。というのもオルカは去年「成年の試練」を見事な獲物を仕留めてクリアしているのだ。


 「うん……。でもいつもはあんなに乱暴じゃないんだよ、アルルパ様。何か機嫌が悪かったみたいだね」


 「はあん、なるほど、ね」


 「なるほどって?」


 「いや、こっちの話さ。それより桶半分持とうか?」


 「ありがとう。でも大丈夫だよ。家はもうすぐそこだし」


 「そうか。じゃあな。『成年の試練』がんばれよ」


 「うん、ありがとう」


 よたよたと桶を運んでいくカイルを見送り、オルカは少しにやけながら家路についた。彼にはアルルパの不機嫌の理由が判っていたのだが、それをカイルにいうのは少々憚られた。あっけらかんとしていても、デリカシーのない男ではないのだ。


 「さてさて。今年の試練、無事に済めばいいけどな」

 

 今年の参加者の顔ぶれを思い出して、オルカは独りごちた。





 「くそっ!」


 家に着いたアルルパはお付きの二人を追い払うように帰すと、自分の部屋に入り、苦々しい表情で壁を叩いた。カイルの言った通り、今彼は不機嫌だった。正確には昨晩の祭りの時からずっとだ。


 長兄のガイアスが族長を継いだのは致し方ない。武芸も学問も申し分がないし、村の者にも慕われている。早晩父グリアが後を継がせるつもりであることは周知の事実だった。しかし、それでも……


 「なぜあと少し!俺が『成年の試練』を成し遂げるまでお待ちいただけなかった!!大狩りに参加すれば俺の力をお見せすることも出来たものを!」


 アルルパは本来昨年に試練を受ける予定だった。しかし直前に体調を崩し、さらに日を改めて行うつもりが季節外れの嵐に見舞われたため、結局今年に持ち越しになっていたのだ。


 部屋に飾られた鏡に映る自分の顔を見て、アルルパはさらに険しい顔になった。アルルパの右の頬には大きな痣がある。小さい時からこの痣がアルルパのコンプレックスだった。族長の息子に対し、あからさまな嘲笑などは無論ないが、陰で痣もの、と呼ばれていることを彼は承知していた。だからこそ力を示し、村の者に舐められないようにしなければならないと、常に思い続けてきたのだ。


 「『闇よりも黒き者(リアル ブラック)』の名を継げば誰も俺を馬鹿には出来なくなる!もう少し、もう少し父上が現役でいらっしゃれば!」


 兄ガイアスを越え、立派に務めを果たして見せるのに、とアルルパは歯ぎしりをした、そしてそのガイアスのことでさらに彼をいらだたせることがあるのだ。


 「第四夫人まで持ちながら、今度はよりによってパネラを、だと!?仮にも族長を継いだ男が半端者(バスタード)の娘を!ちくしょう!」


 アルルパは怒りのあまり鏡に拳を叩きつけた。ピシッ、と罅が入り、拳から血が流れる。彼の言葉はパネラのことを蔑んでのものではない。むしろその逆だ。アルルパは密かにパネラに好意を持っていた。族長の座を兄に奪われるのは致し方ないにしても、その兄がパネラを娶るなどとは思いもしなかった。族長にはなれずともその血統として力を示せば誰にも遠慮することなく好きな女性を娶ることが出来ると思っていた。それなのに……


 「見ていろ!今度の試練で必ず俺の力を見せつけてやる!」


 割れた鏡に歪んだ表情を映し、アルルパは傷ついた拳を舐めた。



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