序章 祭りの夜
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松明の火が夜の空を赤く照らす。
広場の祭壇の左右にずらりと並んだ男たちは一様に片膝を付き、目を閉じている。いずれも祭事用の草冠を頭に被り、上半身には何も身に着けていない。装飾を施された石槍を傍らに置く彼らは全員が闇に溶け込みそうな漆黒の肌をした偉丈夫ばかりだ。ドコドコと太鼓の音が響き、厳かな空気が広場を支配していた。
「族長様のおなりーっ!!」
村一番の大男が野太い声を轟かせると、膝を付いていた男たちが目を開けて石槍を持ち、一斉に立ち上がる。ドーンと銅鑼のような祭器が音を鳴らすと、広場の入り口から一人の男が現れ、左右に並んだ男たちの間を奥の祭壇へゆっくり歩いていく。その彼らよりもさらに深い漆黒の肌は、広場を照らす松明の明かりがなければそこにいることにも気づけないであろうと思われるほどだ。杖を突きながらもしっかりとした足取りで祭壇へ歩を進める男の額や口元に刻まれた深い皺は彼が高齢であることを物語ってはいるが、顔以外の肌はまだ艶があり、まさに黒光りした、という表現がぴったりだ。
ザッ、と装飾の布が音を鳴らし、石槍が天に突き上げられる。左右一列に並んだその石槍の間を歩ききった男は数段の石段を昇り、祭壇の中央に鎮座する立派な飾り付けのされた椅子に深々と腰を下ろす。と同時に突き上げられた石槍が下ろされ、そのまま槍を持った男たちは無言のまま直立不動の態勢になった。
「皆の者、ご苦労」
玉座、と呼ぶべき椅子に腰かけた男がややしわがれた、しかしよく通る声でそう言う。その言葉に応えるように、左右に並んだ男たちが石槍を一度持ち上げ、一斉に勢いよく地面に下ろす。ドンッ!という音が地面を揺らして響くと、玉座の男は満足そうに頷き、手をさっと振る。それを合図に、並んだ男たちが再び、片膝を付く。
「ここに族長様の誕生の日を寿ぎ、部族一同、心よりお喜びを申し上げます!」
先ほどの大男が大声でそう言うと、それに続いて広場に居る者全てが「おめでとうございます!」と大合唱する。よく見ると左右に並んだ男たちの後方にもそれぞれ数十名の人間が同じように片肘をついて控えている。男も女もみな一様に黒い肌をしているが、石槍を持って並ぶものたちに比べて肌の色が薄いものが多かった。
「うむ。皆の心遣いありがたく思うぞ。バノア」
「はっ!」
族長と呼ばれた男の言葉に、祭壇の傍らに控える細身の男が返事をする。族長に近いほどの肌の黒さを持つこの男が他の人間とは違う飾りのついた衣装を身にまとっており、族長に最も近い位置に坐していることが彼を特別な立場の人間だとわからせた。
「よく準備を整えてくれた。礼を申す」
「もったいなきお言葉。祭司長として当然の務めを果たしたに過ぎませぬ」
「ふむ。では例の物を」
「はっ!」
祭司長バノアは恭しく頭を下げると、傍らの台に置かれたものを持ち上げ、族長に差し出す。それは直径が30cmほどもある金属で出来た物体で、一見剣のようにも見えるが、刃に当たる部分が複雑な曲線をしており、およそものを切るには適していない形状といえる。彼らに「施錠」という概念があれば、それは紛れもなく「鍵」という名前で呼ばれただろう。尤もこれほど大きな鍵を使う場所などそうそうはないであろうが。
「族長の証、『聖なる矛』はここにあり!我、族長グリアは『闇よりも黒き者』の名においてここに宣言する。今日、七十回目の月の巡りをもって我は族長の座を次代に継承する!次なる族長、『闇よりも黒き者』の名を継ぎし者は……長子、ガイアスとする!!」
「おおっ!」というどよめきが一同から沸き起こる。皆の注目が祭壇に集まる中、バノアの背後から一人の男が姿を現し、族長グリアの前に進み出た。グリアに勝るとも劣らぬ深い漆黒の肌。左右に居並ぶ屈強な男たちを凌駕する隆々とした筋肉。自信に満ち溢れたその眼差しはまさに王者の風格を湛えたものだった。
「ありがとうございます、父上。このガイアス、『闇よりも黒き者』の名に恥じぬよう、しかと族長の務め、果たす所存でございます」
「うむ、頼むぞ。今年は予言にある『災厄の年』。このような時に役目を継がせるのは酷じゃが、年老いた儂の力では何か起きた時に皆を守れぬやもしれん」
「何をおっしゃいます。父上のお力は皆わかっております。しかし役目を継いだ以上、この私が何があろうとこの村を守りましょうぞ」
「頼りにしておるぞ、ガイアス。さあ、この『聖なる矛』を受け取るがよい」
グリアが差し出した巨大な鍵のようなものをガイアスが受け取り、天に向かい高々と突き上げる。
「我はガイアス!ここに父グリアの意思を受け継ぎ、リザド族の長となることを宣言する!この『聖なる矛』と『闇よりも黒き者』の名を継ぎし者として、我らリザドのさらなる発展を約束しよう!!」
「おおおおーっ!!」と地響きのような叫びが上がる。
「ガイアス!ガイアス!」
新たなる族長を称える声が何度も木魂する。ガイアスは「聖なる矛」を掲げた手を軽く振ってそれを制すと、父グリアの前に恭しく膝をついた。
「今宵はめでたい夜じゃ。皆の者、存分に騒ぐがよい」
グリアの言葉に広場中が歓声に包まれ、太鼓や銅鑼が激しく打ち鳴らされる。村人たちは用意された食べ物や酒を広場に次々と運び、グリアの誕生日と新族長誕生を祝う宴を催す。祭壇の左右に並んでいた男たちも隊列を解き、銘々に酒を酌み交わし、談笑を始めていた。
「はい、お料理持ってきたわよ」
盛り上がる広場の片隅、松明の明かりもあまり届かぬような場所で一人佇んでいた少年カイルの元に、大きな葉の上に芋をふかした料理を載せて、姉パネラがやってきた。カイルは12歳、姉のパネラは17歳になる。この村の者は皆黒い肌をしているが、この二人のそれは族長親子や先ほどまで祭壇の左右に並んでいた男たちに比べると大分薄く、浅黒い、という感じだ。祭壇を中心とした広場の中央には深い漆黒の肌を持った者が集まり、周囲にはカイルたちのような浅黒い肌を持った者たちが多かった。彼らリザド族はより黒い肌を持った者が優秀とされ、村の重要な役目を負うことになっている。カイルのように薄い色の肌をしたものは地位が低く、下働きをするものがほとんどだった。
「やっぱりガイアス様が跡をお継ぎなされたわね」
優しく微笑みながらパネラが料理を差し出す。
「う、うん」
カイルはそれを手で掴み、口に運びながら答えた。姉パネラは村でも評判の美人だ。肌の色が薄いため村の有力者の家で小間使いをしているが、彼女を嫁に迎えたいという者は多い。一方のカイルは優しいが引っ込み思案な性格で、同年代の少年たちからもあまり相手にされず、一人で過ごすことが多かった。
「もうすぐ『成年の試練』ね。大丈夫?」
料理を食べる弟を愛おしそうに見つめながら、パネラが尋ねる。
「う、うん、わからないけど……頑張るよ」
「……ごめんね、お姉ちゃん応援することしか出来ないけど」
「だ、大丈夫だよ。お姉ちゃんがいてくれればそれだけで」
「…………」
「お姉ちゃん?」
「ごめん、ごめんね、カイル。あのね、お姉ちゃん、カイルに言わなくちゃいけないことがあって……」
「な、何?」
嫌な予感を覚えながら、カイルは姉の顔を見つめる。
「実はね、私……ガイアス様のお傍に召されることになったの」
「え?」
パチッ、と松明の火が弾け、宴に酔う村人たちの足元に火の粉を飛ばす中、カイルはしばし姉の言葉の意味を理解できず、料理の乗った葉を地面に落として、ただ呆けたように姉の顔を見つめていた。