優しい香り
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長いこと進み、いつしか降っていた雨も止み、黄昏時になっている。集落にはボーマンと妻のエリエス、幼女のアンナが住んでいるそう。周りにある家々には夜になっても明かりが灯らず、ボーマンに聞くと顔を顰めながら「夜になると魔物が出るからすぐに寝てしまう」と渋々答えた。その態度にエルピオンは不信感を覚える。アンナはエリエスと共に、食事の準備をする。エリエスは初め、エルピオンのことに驚いていたが、すぐに解釈してくれて一晩だけ泊めてもらえるようになった。
「さあ、食事が出来ましたよ」
エリエスは鍋つかみで鍋を持って木で出来た鍋敷きの上に置く。中には肉がゴロゴロと入ったシチューの様なスープを持ってくる。
「おばあちゃん、パン焼けたよ」
幼女は籠いっぱいに入ったパンを持ってくる。
「ありがとう」
丸パンを少し厚めに切ったパンにチーズが乗っている。なんとも美味しそうな見た目。エルピオンは思わず、喉がなる。
「それでは、頂こうか。エルさんもどうぞ」
「それではお言葉に甘えて、いただきます」
エルピオンは胸に手を当てて、祈りを捧げるようにポーズをとってからパンに手を伸ばす。この作法はリオン国出身の人の食べる前の動作。リオン国出身の人なら誰でも知っている。その姿に、エリエスは目を見開く。そしてエルピオンに話しかける。
「貴女、もしかしてリオン国出身?」
「?はい、そうですが…」
エルピオンは口に含んだパンを一気に飲み込み、答える。
「そう、貴女も…」
エリエスは懐かしそうに目を細め、笑顔を見せる。エルピ オンは何の事だろうかと、エリエスを見つめる。
「あら、ごめんなさいね。実は私もリオン国出身なの。15年
前に、あの国を出たんだけどね…」
この様子だと、あの惨劇のことはよく知らないのだろう。
「私知らないけど、リオン国ってたった半日で無くなったん
でしょ?なんで無くなったの?」
ねぇねぇねぇ、とアンナはしつこく聞いてくる。
エリエスは「アンナ!」とアンナを叱る。アンナはしゅんと縮こまる。
「アンナは知りたい?リオン国のこと」
アンナは小さく、頷く。
「だって、誰も教えてくれないの。おじいちゃんもおばあちゃんも。隣の家の人も教えてくれなかったもん。『聞くもん
じゃない』って」
アンナは不満そうに話す。その姿に、エルピオンは昔の自分を思い出す。昔の自分も、この子と同じ無邪気な感じだった。
エルピオンはできる限りアンナに分かりやすく、リオン国の惨劇を物語った。人を食らう、魔物や魍魎の姿。死んだ人を操る魔族などの事を。その後のことは、話すまでも無い。全員が言葉を失った。アンナは顔を青ざめたまま、首を傾げるのみとなってしまった。なんだか申し訳ない気持ちになった。
◆❖◇◇❖◆
それからエルピオンは濡れたタオルを貰い、体を拭く。この世界にはお湯なんて、貴族や王族が使える貴重な物。そんじゃそこらの農民には使えない代物。
身体の汗や汚れを拭き取り、エルピオンは貸してもらったベットで就寝する。
「………。………ねぇ?………起きて………!」
自分の近くで誰かの声がする。
「……起きて!………エルピオン。起きて……!エル!!」
エルピオンは勢いよく目を開き、脇に置いておいた剣を持ち、相手の攻撃を阻止する。
奴らは見た目は豚だが、ただの生き物では無い。
ー砂漠豚ー
その名の通り砂漠地帯に生息しているが、まれに平原に出没する。平原に居るもの達は多くが強いもの。
「なぜこの中に?こいつらは夜中には動かないんじゃ…!」
エルピオンは剣の鞘を抜き、砂漠豚を斬る。奴らは泣き叫ぶようにキーキー泣く。エルピオンは驚きながらも、前にいる敵を次々倒していく。エルピオンが驚くのもそのはず、砂漠豚は夜は滅多に動かない昼行性なのだから。
こいつらが夜動くのは自分らの巣が何者かに襲われたか、誰かの命令なのか。
いや、今考えている暇なんてない。そんなもの、こいつらから聞き出せばいい。
エルピオンは目をギラつかせ、獲物を見つけた獣化とする。
彼女の持つ剣が真っ赤な炎を上げて、燃え上がる。
「さぁ、聞かせてもらうぞ。私を襲った事を!」
エルピオンは廊下でうようよする砂漠豚を炎で焼いていくように切り刻んで行く。
エルピオンは2階で寝ていたので、階段を使って急いで降りていく。下ではあの家族が居る。まだ殺されていなければ良いのだが。
エルピオンは急いで、各部屋をくまなく探す。彼女はあの家族がどこで寝ているのか知らない。最後の一室を開けると、幼女、アンナが老夫婦を見つめていた。
「アンナ!無事だったのか?!」
アンナは何も言わず、俯いたまま。右手には、砂漠豚が持っていた剣を持っている。その姿にエルピオンは違和感を覚える。普通、幼女が剣なんて見たら驚いて持とうも思わない。もし持ったとしても、片手で持ってられるはずが無い。
「アンナ?」
エルピオンはもう一度アンナの名前を呼ぶ。
アンナは気づいたのか、エルピオンに近づく。ふらついた足取りで。
ゆっくりと歩くアンナにエルピオンはなぜだか恐怖を覚える。いつもの違う雰囲気に胸が、鼓動が上がる。
アンナがエルピオンに近づいた瞬間、その場の空気が一変する。アンナは持っていた剣をエルピオンに向かって突き刺そうとしたのだ。エルピオンは間一髪で避ける。微かに頬を掠める。薄らと血が滲む。エルピオンはアンナから距離をとる。この瞬間が、どこかで見た事のある。エルピオンのトラウマを思い出させる事となった。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
次回もお楽しみに