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勇者が村を灼きに来る ~七の勇者と第二の法~  作者: 浅海亜沙
Ep.20: 凶弾、狂暴、狂犬と狂人のその暮れ行く夕べ
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20.3 「奴らよりも滅茶苦茶をやってやる」

×イグズスの駅

〇グラスゴの駅


「くそったれのトカゲ野郎! いきなり撃つなんて!」


 ジャックは床に空いた大穴を車椅子で避けながら、毒()いた。

 自ら立てた作戦ではあったが――いきなり火球を撃ち込まれるとはジャックも予想外だった。

 穴と壁のギリギリのところを両方の車輪で攻めつつ、慎重に乗り越えてゆく。

 穴から下を見ると下階にはコインが散らばって、机の上にハマトゥが落ちている。

 生きているのか死んだのかは判らない。

 セブンスシグマには直撃したように思うが、見えるところに姿はなかった。

 どうにか部屋の扉に至る。

 大窓の方からギャアギャアと(わめ)く声がした。

 一瞬だけ振り向くと、ドラグーンが次から次へと中へ侵入してくるところだった。

 ジャックは扉から出て廊下へ出た。

 隣の部屋の扉から、先ほど避難していた市民達がこちらを覗いている。


「ドラグーンが侵入した! 全員下へ降りて避難しろ! 下の奴にも伝えろ! 外へ出て部隊を突入させろ!」

「外はもう安全ですか?」

「相対的にな! 奴らも三時間は飛び続けられない! それとヘラヘラ笑いの男には近寄るな! 遭遇したら全員バラバラに逃げろ!」


 ジャックは狙撃銃のボルトハンドルを起こしながら、警告する。


「もう一つ。大会議室には来るな。見かけたら間違えて撃っちまう」



***



 三階、カスパー執務室の机の上で、ハマトゥは(うめ)いた。

 机の上にあったものだろう、ペンが二本背中から突き刺さり、腹から飛び出していた。

 痛みはそこら中からしている。

 寒気で手が震えているのに、流れ出す血液がとても温かい。

 気絶したいが、日ごろから気絶したような日々を送っていたせいかそれとも老化であらゆる感覚が鈍ったためか、意識は視界の隅々までクリアだった。

 穴の上からドラグーンが羽を拡げて覗いている。

 もう一人、執務室に誰かがいた。


「……お前か、聖痕の男よ」

「……」


 スティグマは穴の上や、執務室をゆっくり見回していた。


「……ミールを探しているのか? あいつは死んだ。火炎に押しつぶされてぺしゃんこだ」


 スティグマはハマトゥを見る。


「安心しろ。お前の秘密は守った」


 スティグマはハマトゥの首元に手を掛けた。


(ひと)思いに頼む。痛くないようにな。友達だろ」

「……」

「思えば長い。マルケスは元気か? 奴とは合わなかったし今でも犬猿の仲だが、殺されそうになって浮かんだのは奴の顔だ」

「……」

「……そうか。変わらんな。ワシはこんなジジイになったのに、お前は少しも変わらん。羨ましい限りだな。ワシにもそんな力があったら」


 ――あったら?

 スティグマは手の力を止めて、ハマトゥの言葉の続きを待っているようだった。


「――いや、言うまい。むしろ力などなかったら。ワシにこんな、国なんて重石(おもし)がついていなかったら。お前と一緒に旅ができたのにと思うよ」


 スティグマは手首を捻って、その黒い力でハマトゥの主要な神経を切断した。

 ハマトゥはぐったりと、眠るように死んだ。



***



 バキバキと幾重もの木材や石材が弾ける酷い騒音、そして振動。

 ランプの炎が揺れて、天井が(きし)んだ。

 それから少しして、スティグマがゆっくりと入って来た。


「――どうだった?」


 スティグマは気落ちしたように見え、力なく首を横に振った。


「駄目かぁ。また一人やられた。思ったより手練(てだ)れだ」


 三階カスパーの執務室の附室。

 資料を集めたその部屋で、セブンスシグマは手を止めて天井を見ていた。

 ドラグーンの吐いた火球が着弾したのだ。


「ここも長くはもたないかも」

「……」


 スティグマは沈黙し、こちらをじっと見ている。


「――わかってる。続けるよ。すぐ終わる」


 瞬間――彼の姿に重なるように、何千、何万、何億ものセブンスシグマが現れてはまた消え――ほんの数呼吸のうちに計算を完了した。


「――見つけた。この数列だ」


 手元の紙にびっしりと書き出された多桁の積算の結果。それは十六桁で、勿論正しかった。

 書架にはめ込まれた金庫のナンバーロックをその数列に沿って合わせる。

 カチャリと音が鳴って、ロックが開いた。


「やっとだ。彼らのうち一人でも、正しい番号を覚えていてくれたらこんな手間は省けたんだけども」


 元老院のメンバー二十一人を次々と殺害して回ったのは、単に彼の報復のためだけではなかった。

 尋問、拷問、そして彼自身の能力の実験でもあった。

 老人たちは何も覚えていなかったが、実りはあった。

 セブンスシグマは自身の能力を理解し、より効率的にその力を引き出せるようになったのだ。

 彼の能力は攻撃には向かなかった。

 だが時間さえかければ決して負けない。

 ――そう、スティグマにさえ。

 金庫を開くと、中には沢山の紙束が収蔵されている。

 いずれも重要作戦の文書で、勇者に関するものが多数を占めている。


「スパイ、兵器、調査報告――おっと、これはハースさんの報告書だ。君について書かれている。あとでジャック君にあげてもいいかい」

「……」

「冗談だよ。彼は捕まえる。僕の能力なら簡単なことだって知ってるだろ? もし僕が失敗したら、そのときはどう考えたって君の旗振りが悪い」


 書類を(めく)りながら言って自分で笑ったが、スティグマは眉ひとつ動かさずにハースの報告書を手に取った。

 黒い炎でそれを跡形もなく燃やしあげる。

 おやこれは、とセブンスシグマは手を止めた。

 文書の中で、一つだけ非常に異質なものがあったのだ。


「――これは、軍事機密――? 元老院のサインがないな。カスパー個人のサインはある。民王も」


 無言で、セブンスシグマは文書に目を落とす。

 内容を理解するうちに――笑うことすら忘れていった。

 知的興奮。いや、恐怖に近いものだろうか。

 これが、一体どんな結果を(もたら)すものか、彼をして想像の範囲外であった。


「こ――これって……こんなことが、本当に、この国で――? 一体いつ?」


 スティグマは(かたわ)らに来て、文書を一瞥(いちべつ)した。


「理論上はあり得るのかしら」


 その背後から滑り出たインターフェイスが、耳障りな声で問う。


「さ、さぁ、持ち帰って検討しなきゃって奴だ。ああ、いや、会議用語だけどさ」

「わからないということ?」

「まぁそういうこと。でも、添付の実験結果は――実験だって? いつ? どこで?」


 セブンスシグマは実験報告の概要を探して書類のページを戻った。

 実験概要には、そのあらましが記されていた。


「そうか、ウェガリアだ」



***



「中継所によると皇室と連絡がついたようです。皇女陛下はご無事です。ベリルの地下施設に避難なされたようです」


 良かった、とオレは胸を撫で下ろした。

 それにしてもグラスゴ出発までに連絡がついて良かった。

 二時間ほど前、オレ達はグラスゴ駅に到着した。グラスゴは高地にある小さな町で、都会というわけじゃない。

 それでも大変な騒ぎだったと思う。

 オレ達の列車は動力もコントロールも失い、慣性と位置エネルギーの転嫁だけで山を下りてきた。

 ロウは脱線はしないと言っていたけど、グラスゴで線路が空いてるかは祈るしかなかった。

 もう九回死んだような気持ちで――オレ達の乗った列車はグラスゴの一番線を通り過ぎた。

 幸運にもオレ達は何キロかオーバーランしただけで済んだし、グラスゴから回してもらった機関車に牽引されて入線を果たした。

 バタバタと派手なトラブルを起こして駅に着いたせいか、牽引されてるときには逆に落ち着いていた。

 そんなわけで、グラスゴでの短い時間をオレ達はもうこれからどうするかに集中することができた。

 まずはグラスゴ駐在の通信係に頼んで、ベリルへの報告と状況の確認を打診していたわけだが、返事はすぐには来なかった。


「ベリルは大丈夫なのか」

「ドラグーンの大多数は部隊が倒したとのことです。残るドラグーンは四十機余。庁舎上空に集まり、膠着(こうちゃく)状態が続いているようですので油断なりませんが――ドラグーンもいつまでも飛べるわけではありません。時間の問題です」

「首謀者は?」


 ミラが不機嫌そうに足を投げ出して聞いた。


「不明です。おそらく首謀者の判明よりドラグーンの殲滅(せんめつ)が早いかと」

「被害はどれくらいなんです」

「細かい情報は入っていません。まだそういう時期ではないのです。ノヴェルさん、今はベリルより我々の任務を気にされるべきかと」


 皇室権限で動かせる御用列車の座席で、オレ達は出発を待つ。

 他の乗客は全員グラスゴで下車となった。

 ハックマンだけは乗せろと騒いだが、取り付く島もないというやつだ。

 奴はオレを懐柔しようと近寄ってきて、身の上話などをしてきたがオレは全然聞いていなかった。

 なんでもウェガリアにいる恩師が急病でどうしても会いに行きたいんだとか、前にも少し聞いたような話だ。

 オレ達はいつ発狂したイグズスが追いついてきてグラスゴの駅を破壊し始めるか気が気じゃない――のが当たり前だろう。

 ミラは終始不機嫌そうにあのゴードンから出た首と向き合っていて、セス達はすごく心配していた。でもあれは、オレから見るとただ他の奴と話をしたくないんだと思っていた。

 首を連れてゆくか棄ててゆくかは意見が分かれたが、ミラが「どうでもいい」というのでオレは連れてゆくことにした。彼女が「捨てちまえこんな生ゴミ」と言わないってことは、つまりまだ何か気がかりがあるっていうことなんだ。


「地理と路線から、イグズスの移動ルートを何通りか予測しました。結論から言うと追いつかれる可能性が高いです。途中駅での宿泊の予定はキャンセルし、最速でウェガリアを目指します。大丈夫ですか?」


 いやですとは言えない。皆命懸けなのだ。

 オレとミラは待っていれば殺される。だからやる。

 でも彼らは? 命を懸けて、全てを犠牲にしてまで、どこへ行こうとしている?

 オレは自分に言い聞かせるように言った。


「いいですよ。出発しよう。何が待ってるとしてもね。奴らよりも滅茶苦茶をやってやる」


 ロウとセスはニヤリとした。


「そう言って頂けるから、我々もやってやろうってものですよ」


 ホームに発車ベルが鳴り響く。

 ロウは車掌帽を被りなおして立ち上がった。


「さて。ご乗車の皆様――」



第四章も残すところ一話。年度内に終わらなかった!

一足先にノヴェル達はシーズンフィナーレっぽい区切り気分となりました。

評価、ブクマなどお待ちしております。

次回更新は明日15:00頃を予定しております。


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