18.4 「今できなくともいつか誰かが可能にする。予言の自己実現さ」
「説明を求める! 暴走機関車はどうなった!? さっきの爆発はなんだ !? その男が犯人だな!」
新聞記者を名乗る奴がいきり立った。
どうして最後だけ疑問形じゃないのか。
ゴードンがあまりに暴れるのでセスが拘束し、ぽっかり空いた眼窩が無残なので目隠しをした。その結果、どう見ても逮捕監禁され拷問中の犯人が出来上がってしまった。
列車に戻ったオレ達はまずハムハットの遺志を伝え、減速するよう話した。
ゴードンを連れて食堂車を横切ったとき、オレ達は食堂車に集まった客に囲まれてしまった。
列車の減速と共に常客も落ち着くかと淡い期待を持っていたのだが――どうやら逆だった。
見たところ一等客車の客ばかりだ。
「車掌代理のロウ・スナイデルです。落ち着いてください。順番にお話しします。現在、我々に差し迫った危機はありません」
車掌代理は他の乗務員を差し置いてロウが名乗りを上げた。
鉄道が好きで、実は憧れていたのだという。
――お前もか、ロウ係官。
ロウは落ち着いたトーンで、しかし有無を言わさぬ毅然とした物腰で状況を説明した。
追ってきた列車は無害化したこと、正規の車掌が行方不明なこと、生存者を一名救助したことなどだ。
その生存者・ゴードンは相変わらず酷い顔色で腹を抱えていた。
車掌が――と、殆どの乗客らは黙り込んだ。
それでも一人だけ絶対に納得しない勢いで噛み付いてくる男がいた。
「爆発物があったんだよ! 石炭や蒸気であんな風になるわけがないだろう! 我々は断固として説明を求める!!」
大勢集まったりするとこういう変なスイッチが入ってしまう目立ちたがりさんもいるわけだ。
いや我々というからには、この記者が乗客らを扇動して集めたのかも知れなかった。
ロウは男を無視して乗客に語り掛ける。
「申し訳ありませんが当列車は次駅グラスゴに停車後、回送列車に変更致します。午後四時四十分着予定です」
「それは全員に降りろということか!? 横暴だ! お前達は皇室の人間だろう! 何の権利があって市民の移動を妨げる!!」
逆に聞きたいが、あんた達はこの列車に乗っていたいか?
オレ達は降りられない。
「いやーオレは一刻も早く降りたいなぁ」
そうねぇ、仕方がない、と乗客らは次々納得してくれた。
でも新聞記者はそれが気に入らなかったようだ。
「こ、子供は黙っていたまえ! 振替は? 補償は!? 何も決まっていないのだろう!」
「それでは皆様、残り僅かの旅となりました。ご安全にお過ごしされるよう、ご協力の程お願い申し上げます」
ロウは記者を無視して車両を移ろうとした。
記者は尚も「待て!」と食い下がり、ゴードンを真っすぐに指差した。
「その男は爆発した機関車から連れて来たのだろう! その男と話をさせろ!」
面会は許可できません、とセスが割って入った。
「負傷者です。後日、入院先を通じてお尋ねください」
「逃すか! これは正当な取材だ! 俺は『サン・モーニング』の記者だぞ! 今でなければ鉄道テロの容疑者を皇室が匿ったと書いてやる!」
「お好きなように書いてください」
「女ァッ! お前も破滅するぞ! 俺への暴力も忘れていないぞ! 破滅させてやる! ペンは剣よりも強いんだ!」
あんたを昏倒させたのはミラだ。
へぇ、とミラが男の背後に一歩近寄る。
まずい。今度こそ殺される。
「ロウさん、早くゴードンを寝台車へ――」
オレが言うまでもなく二人の係官がゴードンの両脇を固め、寝台車へ連れてゆこうとしていた。
しかし――突然、その脇で二人の男が椅子をガタッと鳴らして立ち上がる。
ゴードンは椅子の音に怯え、暴れた。
その隙をついて男は無言で係官を殴り、ゴードンを引き離す。
――誰だ?
身なりも雑で一等客車にはいないタイプだ。
一人は係官を取り押さえ、もう一人はゴードンを羽交い絞めにする。
ゴードンは「なんだぁ!! やめろ!!」と必死に抵抗していたが――。
「おらっ! 大人しくしろ! 記者さんの話を聞けよ!」
やめろぉぉぉとゴードンは苦しそうに身を捩る。
ロウが殺気立つのが判った。
「――十九号車のお客様ですね――ここは一等客車です。二等客車のお客様は」
ご苦労ご苦労――と記者がせせら笑った。
「さっきみたいに暴力を振るわれては敵わん。取り急ぎ用心棒を雇ったんだ。――武器や危険物を持っていないか調べろ」
記者は二人組に合図をした。
ゴードンの首を締め上げながら、ズボンのポケットやシャツの下を探る。
困りますお客様、とロウが低く野太い声で言った。
「――切符を拝見」
言うが速いかロウはテーブルの間を動いた。
元々たった数歩でロウの間合いだ。人質を取っても鉄拳を免れない。
その拳は鋭く、ゴードンを捕まえた男の顔面へ向けて――。
でも一瞬早く――。
羽交い絞めにした男は、ゴードンの汚れたシャツの裾を捲り上げていた。
ロウは動きを停めた。
乗客は皆「ヒィッ」と短く叫ぶ。
視線はゴードンの腹部に注がれていた。
彼の腹は横に切り裂かれ、再度縫い付けられていたのだ。
腹部は膨張し、その中に何かゴツッとした丸い何かが埋め込まれているのが判る。
あれは――。
「ば、爆弾だ」
記者が、唖然とした声を上げた。
乗客らは騒然とする。
「ま……まさか、なぜだ、あれは……」
調べろと言ったはずの記者が一番驚愕している。
途中で攻撃を停止したロウが一回転し、背後の記者を掴みあげた。
「貴様、何か知っているな」
「し……知らん! この手を離せ!」
ロウの横にミラが並んだ。
ミラは記者の意識を読み取ったようだ。
「――こいつは嘘吐いてるぜ。ふぅん。ロンディアの――へぇ、爆弾魔? そうだよな、主任記者ビーン・ハックマンさんよ」
記者は目を剥いた。
こいつが爆弾魔――? と乗客らが悍ましそうな顔をする。
「い、いい加減な言いがかりはやめてくれ! 俺は爆弾魔じゃない!」
乗客らの顔色が変わり、その視線は一斉に吊るし上げられた記者に注がれる。
ハックマンだと――?
あの悪辣な捏造記事の――?
オレとは無縁の世界だが、金持ちともなれば色々あるのかも知れない。
記者は小声で「庶民が」とか「権力との闘争が」とか何か言い訳を並べる。
「俺は爆弾魔じゃない! 俺はただウェガリアに――!」
必死にそう訴えるが――どうだろう。
乗客たちはこいつが爆弾魔かどうかより、ビーン・ハックマンだということを責めているようだ。
「ハックマン。国に対して攻撃的な扇動記事を書いているな。かつて発禁にした恨みか? 爆弾について知識があり、国に恨みを持ち、事件を起こして得する人物が――御所に何の用だ?」
「御所じゃない! 恩師がいるんだ! 俺は恩師に会いに行くだけなんだ! 皇室批判は新聞の方針で、俺個人は別に皇室を恨んでなんかない! 民王も! むしろ尊敬してる!」
ハックマンは常客を見回して、「資本家の皆さんも」とへつらった。
剣より強いペンとやらが折れる音を聞いた。
あまりにも憐れな狼狽ぶりにオレは助け舟を出した。
「ロウさん、そいつは犯人じゃない。A50はオレ達より早く駅を出た。こいつが犯人ならこの列車には乗れない」
「お、おお、そうだ! この少年の言う通り! 俺は何にも知らん!」
「また嘘吐いたぜ」
ミラが嗤う。
「組織犯罪でしょう。犯人の一味とは考えられます」
「違うって! もしそうなら自分で列車に乗らん! 貧乏人を雇う!」
「……なぁ、自分で話したほうがいいんじゃないか? その、体面的にもさ」
オレはやんわりと言ったが、彼を取り巻く乗客の視線は傍目に見ても怖かった。
知っていることを全部話せという無言の圧力だ。
「ほら、知る権利がどうとか、あんたも言ってたじゃん?」
「――くそ! どうせもう賞味期限切れのネタだ! くれてやる!」
***
五年ほど前までブリタシア国の都ロンディアを騒がせていたある連続殺人犯がいた。
仕立て屋ギルバート。
夜な夜な女を攫っては、バラバラにしてから縫って繋ぎなおしてしまうという世界の変態ランカー第一位だ。
被害者の皮膚には「ギル」というサインが遺されていた。
サインから街の仕立て屋ギルバートが犯人と特定されたが、貧民街に雲隠れした彼を見つけることはできなかった。
連日話題になったそうだが、何せ遠い異国の話だ。パルマ辺りではあまり話題にならず、オレは知らなかった。
ただそれもロンディアの新聞が頑張って記事を売ろうとした結果で、あまり正確なものではなかったらしい。
サン・モーニング紙はロンディアに本局を置く新聞だ。この国にも支局がある。
記者達はこの国でもなんとか記事を売ろうと、あることないこと書いて市民を煽り立てた。
『ギルバートはパルマに来ている』
『街にギルのサインが』
『次のギルバートはこの男』
これがあまりにやり過ぎだったため、サン・モーニング紙は前皇女により期限付き発禁処分を受けることになる。
仕立て屋ギルバードの犯行は五年前にぱたりと止んで、数か月後に突然手口が変わって復活した。
当時ロンディア本局の記者だったハックマンはその新しい手口に飛びついた。
それが爆殺だった。
「爆弾魔ギルバート! 覚えがあるぞい! バカバカしい記事だと思って読んだが、お前さんの記事だったんかい!」
乗客のコメントにハックマンは弱弱しく頷いた。
爆弾魔ギルバートは、仕立て屋ギルバートの売り込みに失敗した後でタブロイド『エブリデイ』紙に偽名で寄せた記事だったらしい。
一応名門のサン・モーニング紙ではもうギルバート関連の記事は扱ってもらえなかったようだ。
チャンバーレインというのも偽名というより、媒体によって使い分ける筆名だった。
「私は存じませんね……。パルマの事件ではなかったからでしょうか」
爆弾魔ギルバートは、被害者の体に爆弾を埋め込み、爆殺した。
随分趣向が変わったものだと思ったが、どうもただの爆殺ではない。
ギルバートのターゲットはホームレスや傷痍軍人、はたまた差別されていた人種だ。弱者ばかりを狙い、爆弾を埋め込む。
人通りの多いところで爆発させるのだそうだ。
「……やっぱり全然違うじゃないか。本当に同じギルバートなのか? サインも残らないだろそれ」
「正味なとこ、知らんね。本国じゃあ新聞はそうやって売ってた。プロモーションだ。『シリアルキラー・パート二』だよ」
真偽はいざ知らず、ハックマンはそのネタに乗ったわけだ。
彼はパルマ支局に異動して、この国で売るために新たにストーリーを盛った。
爆弾を埋め込まれた犠牲者が街で暴行を受けたり、酷い扱いを受けたり、身を護るために魔術を使うと周囲を巻き込んで爆発を起こすのだ。
オレはゴードンを思い起こし、扉の方を見た。
「……ふっ。安心しろ少年。それは俺が盛ったネタだ。フィクションだよ」
だが――とハックマンは冷たく嗤う。
「その記事はそこそこ売れた。本国じゃからっきしだったらしいがな。この国の変態にはウケたんだよ。それであのゴードンとか言うやつだ。あいつを見たときハッキリ判った。『これは俺の記事のパクリだ』ってね――」
「根拠は何だ」
「腹を横に割いていた。本物のギルバートはそんな割き方をしない。そしてチラッとだが……脇腹のところに、サインが見えた」
確認しろ、とロウが係官に指示した。言われた係官が二人、食堂車を出てゆく。
ゴードンは最後尾の十九号車に隔離されている。
元々の十九号車の客は十八号車以前に移動させられていた。
「しかしだとすれば、ゴードンを泳がせてこの列車を追わせた理由も納得できますね。体内に爆弾があると判れば乗客は彼の排除に動き、そして――」
ドカーン、か。
ならさっきの騒ぎはかなり危なかったことになる。
たまたまハックマン自身が見つけてしまったが、応急処置のためにゴードンを調べれば爆弾が見つかるだろう。これだけ乗客がいれば、誰かが爆弾魔ギルバートのことを知っていてもおかしくない。
でも肝心なところで納得がいかない部分もある。
「待ってくれよセスさん。幾らなんだって、そんな都合よく爆発する爆弾を作れるのか? 作れたとしても、そんなことをする意味はあるか?」
セスはわかりませんと答えた。
ハックマンも「知らんね」と嗤った。
書いた本人が知らないのではやはり作れないのではないか。
「知らんが、これだけは言える。そんな爆弾があろうとなかろうと、誰かが信じればそんなことは二の次、三の次。些細なことになる。模倣犯を生み、世界を変える。今できなくともいつか誰かが可能にする。予言の自己実現さ。それがペンの力だよ」
下衆野郎、とミラが詰る。
「そうさ、下衆野郎ばかりさ。そこへ人間爆弾を放り込んだらどうなると思うね? 忽ち諍いが起こる。法と統治の始まりだ。我々は法と統治を愛するからこそ、常に無法と無政府を……」
てめえの話だこの――と言いながらミラがまた前に出たときだ。
さっきゴードンを確認しに行った二人が飛び込んできた。
「ロウ代理! セシリア係官! 二等客車の乗客がゴードン氏を巡って――とにかく大変です!」
ほうらな――そうハックマンは俯いたまま、昏い笑顔を浮かべた。
エピソード18はもう一話続きます。
次回更新は明日15:00頃を予定しております。