22.1 「イグズスの侵攻をここで止めます」
オレ達は無事に国境を越え、ウェガリア入りを果たした。
ウェガリア最初の街、ノ・モス・アスマルに僅かに停車した後、再び出発した。
予想されたイグズスの攻撃はここでも起こらず、あとはウェガリア駅までノンストップだ。セス達も胸を撫で下ろしていた。
「ベリルの攻撃は昨夜から止んでいるようです。お仲間のジャックさんも無事に保護されました。ですが……」
ノ・モス・アスマルでベリルと交信したセスの報告を聞いて、オレ達は耳を疑った。
「――新王朝を宣言!?」
シドニア一世を名乗る男と武装集団が庁舎を掌握した。
「それで、民王様のヤサや姫陛下のお家のほうは無事なのかい」
ミラが言うのは民王宮殿と皇室宮殿のことだ。
「無事のようです。民王様はご不在でした」
「皇女陛下を無視して新王朝を宣言か。一体どういうつもりなのだ。何か策があるのか」
ロウが言うのも尤もだ。神聖パルマ・ノートルラントの二大巨頭、国民の選んだ民王と神聖皇室をまるっきり無視して新王朝とは。
普通なら狂人の戯言だ。長い歴史の中にはクーデターを企てたり国家転覆を狙った者もいただろう。モートガルドとかに較べれば平和と言われるパルマでさえ、ロウやセス達がこんなに精鋭なのは裏を返せば平和なんかどこにもないって意味だ。
しかし。
「ならベリルを攻撃したのは――そのシドニアっていう奴なのか? 勇者じゃないのか?」
「――そう考えておりましたが、ジャックさんの報告によると、シドニアは勇者なのだそうです。勇者としての名は別にありまして」
真実のセブンスシグマ。
それまで一度も知られていない、言うなれば七勇者の八人目だ。
「そんなのってありなのか? 勇者は政治に関わらないんじゃないのか?」
「疑問は尽きませんが我々もその疑問に対しての答えを持っておりません。ベリルでの調査を待つべきかと」
それはそうだ。質問すれば答えが出て来るなんてことはない。
「愚痴と質問は分けたほうがいいぜ」
ミラにありがたい言葉を頂いてオレは席の上で小さく委縮した。
考えても何も判らないまま、気が付くと車窓の景色が都っぽくなっていた。
何を見て都っぽいと思ったかはわからないが。建物が増えたからだろうか。その建物も、ただ石を積んだような粗末なものはなくて、概ね同じような建築様式のものが目立った。
驚くような高層建築も並ぶ。サイラスの家のあの塔ほどじゃないにせよ、とにかく立派だ。
「モダンな街だなぁ」
オレが何気なく言ったことで、ミラが盛大に噴き出した。
「おめえ幾つだよ。ジジイか? モダンって。モダンっていうかね、普通」
「悪かったな。二百歳の爺さんに育てられたからだよ!」
黒縁眼鏡の客室係がぴくりとこちらを見た。
――いかんいかん、あまり大声で言うようなことじゃない。少しかわいそうな子供だと思われてしまう。
「かのマーリーン様がご存命だったというのは本当だったのですか」
ロウが珍しく好奇心を剥き出しにして聞いてきた。
この強面は、武骨なようで鉄道とか伝説の賢者とか子供っぽい話に目がないのだ。
「嘘か本当かなんて知らないですよ。ただウチの爺さんは勇者やら姫様からそう呼ばれてたってだけです」
オレは若干ムッとしながらも、穏やかなムードのままウェガリア駅に到着した。
***
ウェガリア駅で列車を降り、伸びをした。
列車も充分快適だったがやはり地面が動かないのはいい。
地に足がついてるってやつだ。
「ノヴェルさん、ミラさん、ここからは馬車に乗り換えて御所を目指します。今後の予定ですが――」
セスは歩きながらテキパキと日程を説明した。
彼女の説明は詳細で綿密で、正直なところ全部覚えられる気はしなかった。
要するにここで昼食を済ませても夕方には着くということだった。
地形は険しいが、ロマン街道という夢のある名前の街道をスーッと馬車で行くだけ。楽勝だ。
昼食は適当に済ませてくれとのことだ。
「セスさんたちも一緒に昼食にしましょうよ」
「いえ、せっかくですが私たちは――」
丸二日以上一緒にいて息が詰まるだろうか。
駅を出て広々としたメインストリートが広がっている。
メインストリートの両脇には、列車から見えた高層建築が並んでいた。
「ここにイグズスの防衛線を敷きます」
「防衛線って――ウェガリアの軍とか?」
「正式な要請は民王様と元老院の承認が必要です。ですがそれは叶いませんでした。それでも皇室家内内のお付き合いで、一部の助力を取り付けることができました。ご覧になりますか?」
「ご覧にって――え?」
セスはオレ達をメインストリートから一本入った、駅の裏側へ案内した。
殺風景な操車場が広がっているだけだ。
「ここです」
背の高い、とてもでかい車庫だった。
「ウェガリアは地下資源が豊富で。採掘には抗だけでなく、実に様々な副建築物を坑外、坑内に作る必要がありました」
そう説明するセスの背後で、車庫の入り口を覆うデカいシャッター扉が上に持ち上がってゆく。
「ウェガリアの鉱夫達はより深く、より広く採掘を進めるために道具を磨きます。他には出回らない掘削機械も山ほどあります」
すっかり開いた車庫の中を見て、オレは息を呑んだ。
掘削と聞いて手持ちドリルやスレッジハンマーのようなものを思い浮かべていたが――セスの背後に並ぶそれはまるで巨大魔獣の群れだ。
「ご紹介します。これがウェガリアの誇るメガマシーンです」
平たい鋼鉄のシャーシに乗せられた巨大な機械達。
大きな土台から伸びた長く太い腕。
その先端にはドリルが付いている。
「ドリルビット射出式掘削ガン――崖や岩盤にワイヤを打ち込むのに使用されるアタッチメントです。あぶれていたこの機材とオペレータを十機お借りできました。魔術を用いない火力式で、魔力適正を要求しません。ノヴェルさんにも操作が可能ですよ」
ロウがあんぐりと口を開け、「初めて見た」と言った。
「その奥にあるのがお馴染み杭打機。立抗の構築には不可欠ですね」
とても初歩的な質問を挟める雰囲気ではなかったので、ミラに小声で「立抗ってなんだ」と尋ねた。「鉱山で縦に掘った穴だ」とミラはやはり小声で答えた。
「立抗を中心にした掘削法は、炭坑やトンネルの構築を大幅に早く、安全に進歩させました。まだあります」
まだあるのか。
セスは倉庫の中を進んでゆく。
砂利でも掬って運ぶのか、前部に大きなバケットのついた亀のような車もある。
「お気に入りはこの油圧式ホイールローダーです。通常であれば前部のバケットで土砂を退かしますが、バケットを持ち上げて胴体を安定させれば、自走式の壁となります。水魔術を応用した油圧シリンダーを搭載し、パワフルな駆動と足回りでイグズスの侵攻を防ぎます」
「おいおいセシリア。イグズスは帝国の重戦車を撃ち飛ばしたんだぞ。乗組員ごと、森まで六十メートルもだ」
「このホイールローダーなら耐えます。左右六本の脚を地面に打ち込んで安定させますので。よその砂地では使えませんがウェガリアの地面なら大丈夫です。さらに掘削ガンの搭載もできます。重戦車などとは比較になりません。あれは乗り上げて潰すデザインですが、これは絶対に動かないためのデザインです。『乗り上げる』? ――フン」
オレは驚いていた。
何よりセスの変貌ぶりにだ。
「メガマシーンが、イグズスの侵攻をここで止めます」
「しかしセシリアよ。イグズスがここを通るとは限らないんじゃないか。奴は目立つ。市街地は避けるのではないか? これだけの装備、ここより御所寄りには配備できん。奴が追ってくるならせいぜい日没までの時間しかあるまい」
「ホイールローダーに乗せて展開できます。勿論スピードは馬車に劣りますから遠くまでは無理です。ですがここを通る可能性が高いと考えます。御所に至る道はここからのロマン街道のみで、街道の外は難所です」
ロマン街道は切り立った尾根の上を続く街道で、ウェガリア市街を入り口にしてそこから御所まで続いている。
地図で見ると街道の脇は殆ど崖や湖のようで、セスの言う通り街道を横から襲うのは難しいだろう。また空からの投下にはあまりにも見通しが良すぎるかも知れない。先に気付けばこちらも列車のときよりはまだ逃げようがある。
「何よりここには――」
セスはオレを見た。
「ノヴェルさんがいらっしゃいますから」
***
早朝のグラスゴ。
保線係のバートは、保線用スパイキハンマーを持って線路を歩いていた。
一日中鉄道網はマヒしていたため、昨日グラスゴを通ったのは酷く壊れて十キロもオーバーランしたあの列車と、その後出発した皇室の車両だけだった。
そんなときでも保線は欠かさない。
暇そうにポイントのボルトを叩いていると、外れの小屋の扉が半端に開いているのが目についた。
昨日は相当にバタバタしていたイレギュラーな一日で、あの小屋の扉がどうだったかは覚えていない。誰も気にしていなかったはずだ。
しかし規律正しいこの職場で、扉が半端に開いているところなど一度も見たことがない。それだけは断言できた。
――なんてことしやがる!
規律正しいのも長年続けていると強迫神経症染みてくる。
バートの場合は元々そうだった。あるべきものがあるべき場所にないのが許せない。ずれていたり解けていたり散らかっていたり、そういうものが全て許せないのだ。
だから彼はスパイキハンマーを肩に担ぎ、仇の頭を叩き割るかのような形相でつかつかと小屋へ近づく。
ところが近くまで来てバートは眉根を寄せた。半端に開いた扉の下から、予想だにしないものが見えたのだ。
それは人間の脚、それも裸足だ。
「おい! おめえどうした!」
先の細ったスパイキハンマーを構え、威嚇する。
扉の隙間から飛び出た足先が、それに反応して僅かに動いた。
ハンマーを構えたまま、バートは扉を開けた。
そこにいたのは見覚えのある鉄道員だ。
制服を脱がされ、パンツと下着シャツで縛られたまま小屋の床に倒れている。
目隠しに猿轡をされ腕を後ろ手に縛られていたが、それでも見覚えがあると感じた。
縛られていた脚は、どうやら時間をかけて少しずつ縄をずらしたようで右足と左足首が互い違いになっている。
もごもごと、男は猿轡を噛んだ口を動かし助けを求める。
「どうした! ちょっと待ってろ!」
バートはその場に座り込むと、まず足を縛った縄を解いて、左右を同じ高さにきっちりと正しく縛り直した。
そのままおそらく元居たであろう壁際まで引き摺って、背中を壁に靠れさせる。
この間、男は必死に何かを喚いていた。
乱れた下着シャツの裾を直すと、バートは「これで良し」と言い、ようやく猿轡を外した。
「外してくれ!! 外してくれ!! 手と足と目隠しと!!」
「待て。目隠しが先だ」
「おいっ、良かった! 助けてくれ!」
「おめえ乗務の奴だろ」
男は客室付きの乗務員だった。顔を見ると、やはり知っている顔だ。
何があった、とバートは尋ねる。
「わ、判らない! いきなり後ろから頭をガツンとやられた! 気が付いたら縛られて、声も出せなかった!」
「いつだ?」
「昨日、たぶん昨日だ! おれは搭乗する列車を待ってて……」
「おめえ客室係だろ。昨日は定時運行がなかったぞ」
「違う! 一本だけあった! 車庫から出してきた年代物の車両だ! 皇室の奴らが急に――」
「おめえあれに乗務予定だったのか」
納得したバートは、腕、足を順に紐解く。
それで帽子と制服まで奪われた。
「待て。制服なんか盗んでどうする」
「さ、さぁ。こっちが訊きたい。マニアに売るかそれとも――クソッ、眼鏡まで盗まれた!」
それとも。
思い当たることはたった一つだった。
客室係に成り代わった者がいる。
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