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明日、書き取りテストをします

 そこは石の採掘場…の中にある掘り尽くされた一角。小さな部屋のようになっているが、天井には空気抜きの穴がある。そこから日の光が入るため、意外と石室の中は明るい。その中で片手に教科書、片手に白墨を持って、ひたすら書き取りの練習をしている。


 本当に、どうしてこんな場所で書き取りの練習をしなければならないのか。それもこれも、教室でボール遊びをしているあのガキどものせいだ。明日は書き取りのテストがあると先生に言われたから、私は一生懸命スペルを覚えようとして、自分の黒板で練習をしていた。

 …私はあまり頭は良くない。わかっているから、勉強するしかないのである。頭の中からこぼれ落ちようとするスペルを少しでも留めようとしていた。私はひたすら書いて覚える。書いて、書いて、書きまくる。それでも、取りこぼされるスペルの多いこと。いくつも並ぶ間違いに思わずため息をついた。その時に。

 ボールが黒板に直撃した。

 派手な音が教室に響き渡り、私の目の前で黒板が木っ端微塵になった。私の悲鳴がさらに追い打ちをかけた。


 うん、教室でボール遊びをしていた男の子達は怒られたよ、先生に。でも、私の黒板は戻らない。個人用の小さな黒板は一人に一つずつあるけれど、これって学校から生徒に貸し出されているもの。そして…予備の黒板がなかった。

 どうして遊んでいた奴の黒板は無事で、まじめに勉強していた私の黒板が壊れなくてはならないのだ。謝るくらいなら、そっちの黒板寄越せと言ったが、それは先生に止められた。普段勉強していない私が悪いんだと。

 してるわっ!物覚えが悪いだけなんだよっ!

 黒板はない。テストは明日。私、暗記物は書いて覚えるタイプ。紙?そんな高級品、使えるわけがない。私達はひたすら黒板で勉強するしかないのだ。


 だから、私は採石場まで来た。ここ、村の裏手にあって、安全に行くことが出来る。さらに、ここの石は黒っぽいので、黒板代わりに出来る。私は石が掘り尽くされた通路でカリカリとスペルを綴り始めた。掘り尽くされた通路は黒い石と白い石が混じっている。なるべく黒いところで練習していたが、通りすがりのおじさんにスペルの間違い指摘されて笑われた。

 ううっ、だから練習しているんじゃないか、笑わないでよ。


 ということで、人気のないまるで洞窟のような採石跡を見つけて、そこでカリカリと練習をしていた。私が手を広げれはそれで一杯になるような小さなスペース。そこに入りこんで書きこんでいた。スペル間違い?雨が降れば流してくれるよ、きっと。

 私は書きやすい平面から始め、床から壁から天井へととにかく書き殴った。小さなスペース見つけては書きこんだ。その書きこんだスペルを見て、何度もため息をついた。


 間違いが多すぎる。


 やがて、この小さな石室一杯に私のスペルが埋まった。これ以上書くスペースはない。日もかなり傾き始めている。空気穴から入ってくる光もだんだん少なくなっていき、半分以上影になって書いた字が見えなくなっている。私はこの辺で家に帰ろうと、最後に一つ、スペルを書いた。


 その瞬間、ごごごっと言う音とともに、大地が揺れ始めた。私はその揺れに飛び上がり、天井で頭を打った。けれど、地震は収まらない。私は必死に震える足を動かし、石室から這い出した。外へ出たとたん、つんのめり、ばたりっと倒れてしまった。膝がひりひりする。でも、もっと広いところに行かなくてはと這いながら少しでも石室から遠ざかろうとする。その時、背後からごっごっごっと唸るような音が聞こえ、背後から押し出されるような風の圧力を感じた。地震とは違う空気の震えに私は怯え、情けない泣き声をあげていた。暴風に飛ばされてしまう。空まで吹き飛ばされたらどうしよう?と思った時、私は腕を掴まれた。見上げると、私のスペルの綴りの間違いを笑ったおじさんが立ち上がらせてくれた。地震があって、ここに私がいることを思い出したおじさんは心配して駆けつけてくれたのだ。大丈夫かと問いかけようとしたその言葉が途中で止まる。おじさんの驚愕に満ちた目を見て、その視線の先を辿ると…石室への入り口が真っ黒に光り、風がそこから溢れ出ていた。細かい振動はその石室から発生しており、大地を、空気を震わせていた。


 その振動は唐突に終わった。


 石室の入り口は闇に包まれていた。天井に開いた空気穴のおかげで、そこは明るい空間だったし、狭い室内はすぐに壁になっていた。

 でも、今は何があるのかよくわからない。

 おじさんと私は顔を見合わせ、おそるおそる中をのぞき込んだ。


 中は広かった。


 入り口が黒く感じられたので、中も暗いのかと思ったらそうでもなく、壁が鈍い光りを放っていた。私とおじさんが並んで入れる広さ。おじさんが立って入ることが出来るくらい天井も高い。おじさんも頭をひねっている。

 中央に開けられていた空気穴もなくなっている。私がそう言うと、おじさんは笑いながら、違うと説明してくれた。ここは上から掘り進めたのだと。あれは掘削穴。入り口と思っていた横穴が出来たのは偶然こちら側の坑道と繋がったからだと。


 知らなくても仕方ないよね、女の子だもんっ!


 しかも、壁はなめらかで、そっと手でなぞってみても引っかかりが感じられない。その壁は横にずっと続いている。おそるおそる進んでみると、T字通路になっていた。左右に分かれている。おじさんは迷路みたいだと呟いた。

 左側にゆっくりと進んでいくと、上からぴたんっと音がして、水が落ちてきた。その水がぐぐっと盛り上がる。

 水じゃない、スライムだ。なんで採石場に?疑問が形になる前におじさんに片手に抱えられ、穴から飛び出した。おじさんは奇声を発しながら村へと一目散に逃げた。


 私をおいていかなかったことには感謝するけれど、お腹部分に腕を巻き付け、小脇に抱え、荷物のように扱われた私は、もう少しで命の恩人のおじさんに胃の中をぶちまけるところだった。


 お腹…痛かった…。


 それから村は大騒ぎになった。元の石室とは全く様変わりした迷路のような構造の内部。あちこちに徘徊しているモンスター達。

 ダンジョンである。

 突如として現れたダンジョンにみんな驚き、喜んだ。ダンジョンって儲かるんだって。知らなかったよ。それに、このダンジョン、どう考えても私の書き取り練習のせいだよね?そんなことがあるのかと、村のじいさん達も頭をひねったけれど、自分達の手に負えないと早々に考えることを放棄して、とりあえず都に連絡した。

 どちらにしても、ダンジョンは報告しないといけないからね。

 その報告が都に届くと、魔導士さん達が大興奮しながら飛んできた。私は興奮のあまり早口になりすぎて何を言っているかわからない魔導士さん達に囲まれて泣きそうだった。やっと落ち着いた魔導士さん達に、ダンジョンを作ろうとして作ったわけではなく、書き取りの練習をしていただけだと伝えられた。書き取りの教科書を差し出しながら。

 あの時の微妙な魔導士さん達の顔が忘れられない。

 そりゃそうだろう、高度な呪文でも何でもなく、子供が習う初歩的な書き取りの教科書なのだから。それを石室一杯に書きこんだだけなのだ。自分でもどういう配置で書いたとか全然思い出せない。というか、それが覚えていられるくらい記憶力があるのなら、書き取りの試験にここまで苦労していない。どうしてそんなところで書き取りの練習をしていたのか白状させられ、さらに自分はスペル間違いが多いからひたすら練習するしかないのだと言ってしまったのだ。それを聞いた時の彼らのぎらりとした目は今でも夢で見てうなされる。

 私は彼らに囲まれて、書き取りのテストをさせられた。黒板ではなく、高級な紙に。しかも、スペル間違いがあればあるほど喜ばれるのだ。私の書き取りをみて、新しい間違い方だと、これはさっきと同じだとわいわいと話している。


 お願い、もうやめて。泣いても…いいですか?


 彼らは私のスペル間違いたくさんの書き取りテストを手に持って、喜び勇んで都に帰っていった。学校の書き取りテストは別だった。


 あれから一年。


 私は畑のすみっこを箒でならしていた。明日はまた書き取りのテストがあるのだ。この綺麗に平らにした地面で練習するつもりだ。ちゃんとここの畑の持ち主のおじいさんには許可を取ったよ。今、畑を休ませている時だから、野菜は植えていないから書き取りの練習をしてもいいよと。

 こんなところで書き取りの練習をするのも一年前と同じ理由。教室でボール遊びを始めた男子達。それを見た私は黒板を机の中にしまい込んだ。またボールの直撃を受けて、破壊されては堪らない。しかし、奴らは更なる暴挙に出た。ボールを追いかけ、私の机を足がかりに飛び上がったのだ。私の机は周りの机をいくつも巻き添えにして吹き飛んだ。机の中に入れていた黒板はその反動で吹っ飛び、粉みじん…。私のだけが…。

 …あいつらには学習能力というものがないのだろうか?同じことを何度も繰り返して先生に怒られる。それなのに、私より成績がいいのは納得がいかない。

 さらに先生は採石場での書き取り練習を禁じてきた。ならば黒板下さいよ。あいつらの一つ、もぎ取ってよ。予備の黒板くらい常備しておいてよ。

 私の要求は一切聞き届けられなかった。一年前と同じく理不尽だ。


 ぴぃぴぃと私の足下で黄色い鳥が鳴いている。翼がなくて、細い足でそのまん丸い体を支えている。扁平な顔に小さな嘴。その嘴で器用に土の中からミミズを突っつき出している。

 この子はダンジョンのモンスター。

 あのダンジョンは今でもちゃんと存在する。ただ、村の大人達が期待したようなお宝にはならなかった。なぜなら、出てくるモンスター、無茶苦茶弱かったのだ。私のデコピン一つで戦意喪失するくらいの。さらにあそこのモンスター達は戦意喪失すると大きな瞳をうるうるさせ、命乞いをするのだ。スライムにつぶらな瞳があるって何の冗談だ?でも、あるんだよ。弱いモンスターが必死にする命乞いを無視するして殺すことなんて出来ず、ここのダンジョンは役立たずのダンジョンとなってしまったのだ。もちろん、冒険者達が望むようなお宝とかドロップ品とか素材とかは全く手に入らない。だから、冒険者達は来てくれない。冒険者相手に商売できると期待していた村の方も肩すかし。来るのは研究したい都の魔導士さん達だけ。

 ただ、このダンジョンのモンスター、戦意喪失した奴を連れて帰ることで、ペットとして飼うことが出来た。あくまでもペットである。冒険者達が連れている従魔とかにはなれない。

 だって、私のデコピン一つで降参するモンスターだよ?戦闘に向いているとは思えない。

 ということで、村の人達はダンジョンからペットモンスターを連れ帰っている。各家庭に一匹、ゴミ処理用にスライムがいるのは当たり前の風景になっていた。

 そして、私のペットはひよこ型モンスターで名前はポポ。タンポポのような黄色だから。小さな雑草を食べてくれるかわいい子である。この子は危険な外見的特徴はないが、角とか牙とか持っているモンスターは人を傷つけないように切り取られた。もはやモンスターなのかウサギなのかわからない。どの子もおとなしく、危険な部位を切らせてくれる。本当にモンスターなのだろうか。

 ということで、ポポに見守られながら、私は書き取りの練習をしていた。地面に小枝で書いている。ポポはその上を歩いて、時折つんつんと小さな嘴でつついている。ある程度書くと、箒で地面をなぞる。そして、最初から書き始める。

 相も変わらず、誤字ばかりである。

 やがて日が傾き始め、向こうの畑で作業していたおじいさんが、そろそろ帰ろうと声をかけてきた。私は立ち上がり、地面の書き取りを消そうと箒に手を伸ばした。この間違いだらけのスペルなんて見られたくない。歩き回っていたポポがその書き取り部分のほぼ中央辺りをつんつんとつついた。力を込めすぎたのか、ちょっと深く穴が開く。その穴から光が溢れ出した。

 光は波紋のように広がり、一つの円を描き出した。その中に含まれた文字達が点滅を繰り返しながら光っている。

 異常に気がついたおじいさんが駆けつけてくる。光に驚いたポポは私のスカートの中に頭を突っ込んだ。

 円に含まれていた文字は光っている時間の方が長くなり、やがて全部の文字が輝いた。


 その瞬間、光の柱が空へとそそり立ち、その光の中央に…。

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