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美味しいディストピア  作者: 来栖百合堊
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カツ丼。それは禁断の扉

ディストピア飯って紙パックの飲料に棒状の何かがいくつか、みたいなイメージありますよね。

 『おはようございます。午前7時をお知らせします。本日午後2時より月間優秀者表彰を行います。昨日番号を呼ばれたかたは昼食を終えたらa-14チョウ中央広間にあつまってください。本日の就業時刻は午前9時から午後5時です。なお、表彰に呼ばれたかたは午前中のみの就業です。午後の表彰が終わり次第すぐの帰宅が可能です』

かつて『セイユウ』と呼ばれた人の声紋を模倣して作られた機械音声がアナウンスする。


 あの『戦争』は七億の人を殺し、世界の土地の27パーセントを残留放射能で立ち入り禁止にした。戦争が終わり数年、経済の混乱も収まり、再びグローバル社会の産声が上がり始めた頃、突然変異によって発生した新たなインフルエンザウイルス、これまでに存在しなかった強毒性インフルエンザがパンデミックを引き起こす。致死率40パーセントを越えるそのウイルスはワクチンの開発が遅れたことも相まって一気にグローバル化された世界を蹂躙して回った。だが世界の不幸は終わらない。核の冬による気温低下と、空気中に舞った塵が太陽光を遮ることによる農作物の凶作。肥沃な土壌があるロシア、ウクライナのチェルノーゼムもアメリカのプレーリーも水爆で吹き飛んだ。栄養不足を原因とする免疫力の低下でインフルエンザに感染する子供や高齢者。いくつかの政府が混乱の中、機能を停止した。その政府が支配していた領域は機能をいくらか維持している国家の委任統治領となり、現在に続いている。世界人口の4分の1を死に至らしめた戦争から始まった一連の混乱は「世界存続危機」、「終わりの始まり」「地球の怒り」と呼ばれ、地球を神とする新たな宗教も生まれた。混乱を収めたのはロボット三原則を無視した人工知能とアンドロイド。人類は管理されることによるあらゆる屈辱を飲み込んで、自らの種の存続を選んだ。


 これからこれまでの世界のことを皆様に説明したい。ここは日本。首都は福岡。東京はどうしたって?…吹き飛んだわ。私の姉を飲み込んで。あの事件は日本国憲法から9条を消す程度には世論に衝撃を与えた。べつに爆発の衝撃と掛けたわけではない。戦争が終わったら憲法改正の発議が行われて、何事もなかったかのように復活した。今は日本は国際同盟、英語では単にAlliesと呼ばれている、の安全保障理事会の常任理事国である。まぁ、安保理は全てアンドロイドによって行われるのでほとんど形だけの存在だ。常任理事国はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、中国、ブラジル、オーストラリアの日本を含めて9か国。そしてパンデミックの混乱で無政府状態となった国家は20以上。そのなかにはアルゼンチン、戦争前に南北統一された朝鮮、ロシアも入っている。比較的大きい、というより強い国家はすぐに新しい政府が作られたが、それ以外の国は今でも混乱が続いている。


 それで、人間はアンドロイドの管理下に置かれることになったのだけれど、何も檻のような個室に入れられるわけではない。そしてこの状況は私にとってはまぁまぁ居心地がいい。働きさえすれば生きていられるのだ。その労働も肉体労働と頭脳労働を選択できる。共産主義のようだ。かつて働かずに酒を飲んでは私を殴って楽しんでいた父親は生産性がないとしてどこかへ連れていかれた。そして月に一度ある月間優秀者表彰。これが皆のやる気を引き出すスパイスになっている。なぜかと言うとこの管理社会、配給される食料が栄養はともかく味がとても不味い。が、優秀者になれば天然物の食材が報奨として与えられるのだ。優秀者の基準は不明、だが、人工知能だ。そこに人の意思は存在しないので、判断が偏ることはない。そして、私は今月の優秀者に選ばれた。いやったぜ。午前12時にお昼休憩になる。表彰なんで失礼しまーす。と言うとお前もついにやったか!なんて言われて気持ち良かった。


 a-14チョウ、かつて埼玉県の…なんだっけ。たしか吉見町と呼ばれた地区にできた広い公園、普段は労働義務のないコドモたちがフィーリングスボードの搭載された…、難しい?要するに感情のあるアンドロイドたちと遊んでいる場所。だが、今は十数人程度のオトナが集まってそわそわしている。表彰式は名前が呼ばれるだけ、返事をする必要もない。5分もあれば終わってしまう。そのあとが本題だ。

「皆様のお宅に昨日お伺いした欲しいものを届けておきました」

秘書のような格好をした女性型アンドロイドが言うと同時に歓声と拍手が起きる。

「では、解散です。お疲れさまでした」

家に帰ると先程のアンドロイドより金属の見た目をしたアンドロイドが、

「オカエリナサイマセ、コチラゴ要望ノ品トナリマス」

とだけ言い、大きな箱を置き、去っていった。その箱を持ち、家のなかに入る。ハサミで箱を開けると、なかには保冷剤と大きなたんぱく質。すなわち肉が入っていた。部位ごとに200から300グラムぐらい入っているだろうか。総重量は7、8キログラムほどだった。

「いやったー!ついに天然のお肉だー!」

さけんでしまう。あの人工肉の不味さといったら青汁一気飲みした方がましなレベルだ。天然物の食材へ憧れをいだかせ、労働を頑張らせるためにあえて不味くしているという噂もある。それをアンドロイドに尋ねても

「美味しくなるように研究しております」

としか言わないのだ。だが、私は覚えている。戦争の前には、美味しい人工肉の開発に成功したとニュースが流れていたことを。

「ふんふーん♪おっ、これは…ヒレ肉!!!いやー労働を頑張るだけでこれだけお肉貰えるならチョロいもんだわ。管理社会になったときはどうなることかと思ったけど、こんなもんか?ディストピア」

『聞こえていますよ。識別番号1488-3569-f。ディストピアという単語の使用は禁止です』

スピーカーからいつもの機械音声が注意する。

「さーせん。許して?イヴちゃん?」

『肉の賞味期限は冷蔵して一ヶ月です。それまでに食べきってください』

「一人で?」

『人数制限はかけていません。パーティーでもしたらいかがですか?』

「わっかりやっしたー。お疲れイヴちゃん、バイバイ」

『…』

話しかけてくる機械音声、通称Eve-11、皆からイヴちゃんと呼ばれている彼女は日本を管理する47の最高知能の内のひとつである。埼玉県を担当している。彼女の演算処理能力は埼玉にいる人全員と会話をおこなってもまだ演算処理能力を余らせる程である。47の最高知能はそれぞれに性格が違い、イヴちゃんの担当地域は比較的監視も労働も少なかった。何よりイヴちゃんがとっても優しい。埼玉県民のなかには昔よりも労働が楽だと言う人もいるほどだ。昔は東京まで働きに一時間以上電車に揺られていた訳だから仕方ないのかもしれない。ちなみに東京と愛知、大阪と京都、奈良の一部は残留放射能で立ち入り禁止となった。三都府の最高知能が居ないことになるが、北海道が広いので四つの最高知能が分けて担当しているため、47個の最高知能がいるわけだ。


 「なに作ろうかなぁ。ステーキ?カツ?いやー考えるだけでおなかがすいてきちゃったわぁ」

いかんいかん、ついつい唾液が口からこぼれてしまう。

「ねぇ、イヴちゃん。美味しい豚肉料理教えて?」

『私を検索エンジンがわりに使わないでくださいと何度も言っているでしょう。カツ丼やしょうが焼きもありますよ』

そう。イヴちゃんはなにかを教えてと言うと、検索エンジンとして使わないで下さいと言っているうちに検索を終えて教えてしまうのだ!

「ありがとー、イヴちゃん」

今日はしょうが焼きにしようか、いや、しょうががなかったか。卵は…ある!よし、今日はカツ丼にしよう。ちょっと作るのめんどくさいが。それも含めて料理だ。いやー楽しみだなぁ。お腹を空にしておかないと。


 『おはようございます。識別番号1488-3569-f。そろそろ調理に入った方がいいかと思います』

「んはっ!起こしてくれてありがとー。大好き」

『恋愛感情は我々にはわかりません』

「相変わらず冷たいなぁ」

『無生物ですので』

そういうことじゃない。まぁいい、折角イヴちゃんが起こしてくれたのだ。携帯で作り方を調べる。戦争前に作られたサイトにはまだアクセスできる。卵を常温に戻す作業をすると卵が柔らかくなるのか。冷蔵庫から卵を出し、キッチンに置く。一時間ほど置いておけばいいらしい。

ふんふんと鼻唄を歌いながら、一時間の暇を潰そうと携帯に手を伸ばしたとき、

『準備を進めることを推奨します』

あ、はい。お肉を出し、脂身と赤身の境目部分、ヒレ肉なのでほとんど脂身がないが、にいくつか切れ込みをいれる。塩コショウをふる。今日は小麦粉と卵の代わりにマヨネーズを使う。肉にベタベタとマヨネーズを塗る。こういうときでないと使わないで賞味期限が切れてしまうのでもうほんとにベタベタ塗る。パン粉を皿に出し、肉にパン粉をつける。あっと、油を温めるのを忘れてた。なべに油をたぽたぽといれ、IHの電源をいれ、180度になるように調整する。

「温まったかなぁ」

箸を油にいれてみるとふつふつと箸から泡が出たので温まっている。手でパン粉のついた肉をつまみ、一気に、でも油を飛ばさないようにしながら入れる。

「ぅあっつぁ!!!」

あれだけ注意したのに結局油が指についた。パチパチと油が跳ねている。


 指を冷やしながらふと気になったことをイヴに尋ねる。

「ねぇ、イヴちゃん、そういえばお肉って産地どこ?」

『牛がオーストラリア産。豚がデンマーク産です』

両国とも核の被害がなかった国だ。デンマークは先の大戦で早々に中立を宣言していた。

「じゃあ、安心ね」

『輸入される食料品は全て放射能検査を行っています。風評被害は地域の経済を破壊をしますよ。しかし、意外ですね。食べられればなんでも良い、と思うような思考かと思っていましたが…』

「まぁ、否定しないわよ」

肉をひっくり返す。肉の焼ける良い匂いがただよっている。おなかがぐぅぅ~と鳴る。はやく揚がらないのかしら。いやいや食中毒も怖い。しっかりと揚がった頃を見計らって油からカツを引き上げる。ナイフで切ってみる。よし、中まで火が入っている。


 次はカツの要、たれを作る。卵はもう割って軽くかき混ぜた。フライパンに水50ccとみりん、醤油、酒、砂糖、出汁をいれ、皿に刻んだたまねぎをいれ、煮る。煮ているうちにご飯を準備しないといけない。レンジで1分半、たれの味見をしてみる。ちょっと濃いか、いやこれくらいが良いか。カツをたれのなかに入れ、溶き卵を半分くらい入れる。火を強める。卵が固まってきた頃にもう半分を入れる。フライパンを揺すりながら卵が固まるのを待つ。半熟前位になったのでどんぶりにうつしたご飯の上に乗っける。成功。


 「いよーし!かんせーい!」

ついつい鼻唄が出てしまう。豚さんに感謝を込めて、

「いっただっきまーす!」

まずはカツからかじりつく。

「ん~~~おいひー」

サクサクと衣が鳴る。

まともな味をしたたんぱく質を取ったのはいつぶりだろうか。機能を制限していた味覚が一気に起き上がる。豚肉の旨味が口一杯に広がる。

少し甘味のあるたれの染み込んだご飯…配給される決して美味しいとは言えない米だったがたれの暴力か、もう死んでしまうのではないかと思うくらい美味しかった。最後の晩餐はやっぱりカツ丼だなぁ。と一人で宣言する。もったいないのでゆっくりと食べていると、

『いつもより食べるのが遅いですよ。普段から味わって食べるべきです』

「うるさい!もっと美味しい配給食料を寄越せ!」

『日本国民全員に配給するにはまだ環境の復興が終わっていないのです。そのため、優秀者に支給する分しか用意できません。非優秀者には我慢してもらうしかありません』

「もう何回も聞いたわよ」

いつの間にか半分も食べてしまったのか。会話をすると食べる方に意識がいかないから駄目だ。サクサクと一口一口噛み締める。

「ん~。あふい、やけろしちゃう」

はふはふと息を吐きながらなんとか冷却しようとする。

「あっ!」

ご飯がテーブルの上に落ちてしまった。

「三秒ルール~」

手でひょいと拾ってパクっと食べてしまう。後で手を洗わなければ。あぁ、もうほとんどない。誰が食べたんだ!私か…。


 カツの最後の一切れになってしまった。

「また会おう!さらば!」

一息に口に入れる。残りのご飯もかき込み、箸を置く。


     「ごちそーさまでした!」


いかがだったでしょうか。面白かったら是非感想を下さい。私が喜びます。

そろそろ温めておいたネタが枯渇してきました。ふと思い付くこともあるんですが、その数が多いわけでもないのでアイデアが赤字です。

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