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第一章その3(エストザーク王国王都フォヴァロス・枢密院議場)

 おもむろに挙手したミス・ワイズマンが議長に発言の許可を求める。


「何ですかな? ミス・ワイズマン」


 証人たちの話に聞き入っていた顧問官たちが何かを言わんとする新入り顧問官に注目する。


「今しがたお話しいただいた、『肩に担いだ大砲のような物』が武器の類ではないという結論に至った経緯をお聞かせ願いたい」


「それについては私からお答えしよう」


 イリハン大尉の上官にあたるメイジア少佐がおもむろに立ち上がり、彼に代わって説明を始める。


「確かに形状は大砲を小さくした物に酷似していましたが、結論から申し上げると彼等の目的や狙いは分からなかったもののそれは明らかに大砲或いはそれに類する武器ではないものと判断いたしました。なぜなら砲身と思われる箇所に玻璃が填められており、仮に武器であった場合、砲弾が打ち放たれるたびに玻璃が粉々になり、玻璃が存在する意味そのものが無くなるからであります。また、移動中は終始その『肩に担いだ大砲のような物』を向けられておりましたが、警告を含め砲弾の発射は一度も行なわれなかったことも併せて報告いたします」


「ありがとう少佐殿。それでは話を続けていただきたい」


「では、ミス・ワイズマンの許しをいただきましたので続きをお話ししましょう。我々は原則として夜間に移動し、周囲の調査は専ら昼間に行なわれました。昼間は一人ひとりが気配を消し、極力目立たぬよう慎重に行動しておりましたが、行方不明者を出さぬよう集団で移動していた夜間はどうしても我々の存在が土人たちに知られることとなり、沿道には数多の人数が集まるようになっていました。しかしながら彼の土地の官吏と思しき者たち数名が我々の後をつけるのみで、特に好戦的な態度を取られることは一切ありませんでした。そして我々は件の建物よりもさらに背が高い建物が建ち並ぶ谷へとたどり着き、そこには数多くの鉄の馬車と人々が秩序立てて僅かな時間を区切りながら行き交い、沿道には多くの店が建ち並び、昼間のように明るい地の下では市が立っており、大いに賑わっていました。これらを見る限り、この地は我々の想像以上に栄えており、人々は憂虞の色もなく豊かな生活を送っているように見えました。ところがここで一つの疑問が湧いてきました。それは、斯様な大きな街であるにもかかわらず、街を守るような兵士の姿もなければ、蛮族の侵入を防ぐ城壁の類すら存在していなかったからです。故に私はこう結論づけました。この者たちは戦を知らぬと」


 メイジア少佐の答弁を静聴していたミス・ワイズマンはこの段階で彼の言葉に、言語にし難い違和感を覚えていたが、その理由を探るべく引き続き少佐の言葉に耳を傾けている。


「そして私は……いや、我々エストザーク王国軍はこれらの状況を鑑み、枢密院および元老院に対し、彼の地に進軍して王国の統治下に置き、その富を享受することを進言いたします。もし陛下のご決断を賜ることができるなら、すぐさま戦の準備を整えて見せましょうぞ」


 少佐の好戦的な言葉に顧問官たちは一斉にざわつき始める。


「何を馬鹿なことを言っているのだ! 職業軍人だけでは足りず、国中の若い次男坊三男坊を徴兵したり少年志願兵を募ったりして防人をさせることでようやく成り立っている軍隊が他国に進軍でもしてみろ、我らの聖なる地が手薄になったところからいとも簡単に第三国から攻め込まれるぞ!」


「そうだそうだ!」


「それに戦の準備を始めようものなら周囲の国々が目ざとくその動きを察知し、国境で緊張が起きることは必至。商人が寄りつかなくなり、(さき)の戦から立ち直るべく獅子奮迅の働きをした先人たちか築き上げたこの美しき王都フォヴァロスは今以上に寂れますぞ!」


 メイジア少佐は次々と非難の言葉を投げつける顧問官たちの姿に一切の動揺を見せることなく、野次が一巡したのを見計らったかのような時機で口を開く。


「日に日に寂れゆくフォヴァロスを『美しき王都』とは笑止千万。この国の知の集合体たる枢密院顧問官の皆様に問いたい。このまま大した手も打たず、大国の脅威に怯えながら座して死を待つのが運命(さだめ)とお考えか。これこそ国の安寧と発展を願う陛下のお気持ちを愚弄するものであり、愚者の言い訳に他なりません。これは千載一遇の好機なのです。目の前に宝の山があるのもかかわらず、それに手を出さないのは愚かなる者のすることだとは思いませんか。彼の地をこの目で見てきた私を含めた特別中隊の連中すべてとの共通認識だから言える。彼の地はたとえ世界のすべてを敵に回したり、一時的に防衛が手薄になって臣民に一時的な痛みを与えることになったりしても、長い目で我が王国の将来を考えたら手に入れる価値のある場所にございます。そしてこの計略が成功した暁には、世界での我々と他国との立場が逆転し、我が王国が肥沃の地となることも夢ではなくなるでしょう」


「確かに、一時的には厳しくなるかも知れないが、長期的に考えれば我が王国に寄与するかも知れない」


「どっちにしろこのままでは我が国は駄目になる。ならばここで勝負を賭けたほうが良いのではなかろうか」


「それはあまりに無謀ではないか!」


「では座して死を待てとでも!」


 少佐殿の言葉により彼の言葉にちらほらと同調する顧問官たちが現われ、枢密院の風向きが徐々に変わり始める。そんな中軽く目を瞑り、右手を眉間にあてていたミス・ワイズマンは目をかっと見開き、顔を上げて胸を張ると、議長に対し右手を挙げて発言の許可を求める。


「ミス・メルキオーレ・ワイズマン。ご意見があるなら伺いましょう」


「ありがとうございます。僭越ながらお話しさせていただきます」


 水を打ったように静かになった議場でおもむろに立ち上がったミス・ワイズマンが話を始める。


「某は此度のメイジア少佐の提案につき、時期尚早と考えます」


 少佐にとっては心外とも取れるその言葉に彼は軽く彼女を睨みつける。


「素朴な疑問なのですが、彼の地の広さ、土人の数、殖産、政といった仕組みについて調べはついていらっしゃいますでしょうか?」


「商いは潤っているようだが、彼の地の広さは具体的には分からない。しかし見た限り政が動いている様子は見えない上に兵と思しき者の姿もなく、土人たちは皆丸腰であった。それらを鑑み怖れるに足りない相手であり、長の首を一つ獲れば土人どもは我々の力に平伏すだろう。それに町なんぞ一つか二つ見れば彼の地を理解したも当然である」


「果たしてそうでしょうか」


 メイジア少佐とミス・ワイズマンの丁々発止の渡り合いに議場は大いに湧き上がる中、彼女は話を続ける。


「今は亡き大賢者は、この世界のどこかで戦が起きると、まだ幼かった私に対し『戦というものは心が奢り、偏り、そして知見を疎んじたほうが必ず負ける』と言い切り、戦が終わると大賢者の言葉のとおり心が奢り、偏り、そして知見を疎んじたほうが敗れ、ある国は滅び、またある国は政が乱れ、民が彷徨いました」


「一体何をおっしゃりたいのですかミス・ワイズマン? あいつらは丸腰ですぞ」


 少佐は新入りとは言え賢者である彼女に対し、辛うじて慇懃な態度で応える。


「彼等は本当に丸腰でしょうか?」


 前の大賢者の言葉を引き合いにしつつ少佐をやんわりと否定する彼女の言葉に議場は再び静かになる。


「スティラー卿や少佐殿そして大尉殿がおっしゃるように、彼の地が馬のいない鉄の馬車や王城を凌駕する建物が数多にあるような世界であるとするならば、政や軍隊といった仕組みもまた、普段は表には出ず、我々の想像を超える形で存在することも十分あり得ます。もしかしたらそれどころか我々よりも高度な魔法や魔術が発達し、遠く離れた地より爆裂魔法や雷魔法を打ち放つことができる可能性も考えられるでしょう。賢きドラゴンはそう簡単に火を吐いたり雷を落としたりと、己の力を容易く見せぬものです。もし彼等が我々に火を吐く姿を見せていないのだとしたら、我々はドラゴンの尾を踏むことになるでしょう。彼の地は我が国を囲む大国とは異なる、我々の常識が通用しない相手と思ってかからなければなりません。そもそも彼の世界の長なる人物は何処にいるのでしょう?」


 少佐はミス・ワイズマンの言葉に苛立ちを覚えつつ、普段彼が部下に対して罵るような言葉の数々を辛うじて喉の手前で止めると、己の言わんとすることを慇懃な言葉遣いに置き換え始める。


「確かに賢者殿のおっしゃるとおりその可能性は否定できません。なぜならもしかしたら土人どもはとんでもない武器や魔法を持っているやも知れないからです。しかしながらそのご指摘は、彼の地で徹底的な調査を実施した特別中隊を無能と侮辱したも同じ。仮の話を前提に議論を重ねても意味はありません。本来であれば不敬罪に問われかねないものであり、賢者様といえど決して許されるものではございません。さりとて私も鬼ではないし、そう簡単に不敬罪を行使しては元老院議員や枢密院顧問官がいなくなってしまい、政は成り立たなくなるでしょう。ここで私から一つ提案があるのですが、我々が率いた特別中隊が調査した内容をまとめた報告書の写しを賢者殿に差し上げます故、それをもとに自ら彼の地へ赴き、土人どもの本当の力とやらを調べてみては如何でしょう。もし貴殿に調べがつくのであれば、貴殿の報せを元に彼の地へ攻め入るのではなく、別の道を改めて考えることもやぶさかではございません。しかしながら我が国は周囲の大国と比べ貧しく、もはや調べに使える金銀の類はあまり残っておりませんので、残念ながらこれ以上兵を送る余裕は一切ございません。そこで人となり英気豪俊なる選ばれし顧問官の皆様、これより彼の地へと独り旅立つ若き勇敢なる賢者殿に多大なる拍手をいただきたい!」



「何なんですかあの茶番は! あの男は懐疑的な考えを呈した賢者様を体よく追い出して、やったこともない相手と戦をおっ始める気なんですよ!」


「まぁそう言うな。あの男はかつて君の上官だったのだろう?」


 枢密院会議が終わり、メルキオーレ・ワイズマンは枢密院顧問官にあてがわれる秘書兼護衛役である女剣士ソフィ・シグルーンとともに王都フォヴァロスのはずれにある象牙の塔に向かって歩みを進めている。


「ええ。貴族という地位と根回しとゴマスリだけで少佐まで登りつめた能なしだけじゃなく、気に入った女の兵に口にするのもおぞましいことを平気でしでかすあのスケベ野郎を上官だなんて一瞬たりとも思ったことはありませんよ」


 ソフィは両手を広げ小さくかぶりを振ることにより、この場にいないエロ少佐に対して『遺憾の意』を表している。


「ところで、『馬のない馬車』とは一体どんなものなのだろうな? それに街には地の上のみならず地の中にも市が立っているそうだ。どうして彼等はわざわざそんな面倒なことをしているのだろうな。実に興味深い」


「お言葉ですがミス・メルキオーレ。今は暢気なことを言っている場合ではないでしょう。早いうちに彼の地の本当の姿を枢密院に見せなければ、軍は一か八かの大博打に打って出ることになってしまうのですから」


「分かっているよソフィ。象牙の塔に戻ったら早速旅の支度に取りかかることにしよう。君も手伝ってくれるね」


「御意にございます」

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