第三章その1(東京都渋谷区南平台町)
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「ここがワタセ殿の屋敷か……。建物は大きいが、その割に庭は無いのだな。ええっと、ミス・メルキオーレはここにおられたのですね」
「いかにも。あと、ミス・メルキオーレとはよそよそしい。もういい加減、私のことはメルで良いぞ」
「ではミス・メルキオーレ。馬よりも速く、僅かな時間で都へ向かう電車とやらにも驚きましたが、都は夜にもかかわらず外が昼間のように明るく、多くの人々が街に繰り出し、大小様々な馬なし馬車が行き交う姿はあらかじめメイジア少佐やイリハン大尉から話には聞いていたとは言え、いざ実物を目の当たりにするとやはり圧倒されますな。それに先ほど我々が閉じ込められた大きな箱――そう、エレベーターとやらにも驚かされましたな。ワタセ殿、あれは屈強な男どもが下から押し上げているものなのか?」
「ソフィ、君は人の話を聞いているのか?」
王国から戻った日曜日の夜。鉢山町の渡瀬家所有のマンション五階で半ば興奮気味に言葉をまくし立てる女剣士ソフィ・シグルーンと、この世界に少し慣れたせいか落ち着いた様子でソファに腰を下ろす賢者メルキオーレ・ワイズマンの姿におれは小さくため息をつく。
「で、どうするの? 一人増えちゃったけど」
ミチはため息をつくおれの顔を覗き込みながら尋ねる。
「今日のところはひとまず空いてる部屋があるから二人にはそこで寝泊まりしてもらえればいいと思うけど、問題はこの先なんだよなぁ……」
「うん。日本政府とどうやってコンタクトを取るか。だよね」
「まぁ、色々考えても仕方がない。今日のところはひとまず寝て、続きは明日にしよう。ちょっと調べてみたいこともあるし」
「ということは、何かいい案でもあるの?」
「今の段階では確証があるわけじゃないんだけど、もしかしたら使えるかも知れないというのがあるからまずはちゃんと調べてみようと思うんだ」
「そういう言い方をするということは、何かアテがあるということだよね?」
「あまり期待されても困るんだが……まぁ、無いよりかはマシっていうレベルかな」
翌朝八時四十五分。大学のキャンパスに到着し、図書館棟でミチと別れたおれは独り図書館の中へと足を踏み入れ、日本語の書籍が収められているエリアに移動すると、学内イントラネットで公開されている蔵書データベースや実際に書棚を見て題名や副題に『宇宙人』『地球外生命体』あるいはそれに類するきな臭い単語が入った本を選び出し、次に外国語の書籍が収められているエリアに移動すると英語でもまた『Aliens』や『Extraterrestrial Life』といったキーワードが含まれる本を手当たり次第に取り出し、閲覧スペースでこれらの本の目次の部分を舐めて当たりを付け始める。
別におれはどこかの惑星に宇宙人がいるのかいないのかを調べたいのではない。知りたいところはもっと別のところにあるのだ。
「もしかして、このあたりがそうかな……」
おれは小声で独り言をつぶやきながらある洋書の目次をなぞり、『Protocols for an Extraterrestrial Intelligence Detection』と記された項目で指を止め、該当するページを開いてその章を読み始める。
「よし。ビンゴだ」
数行を読み、自分が求めていた情報にたどり着いたことを確信したおれは、時々出てくる分からない単語をスマートフォンの英和辞典で調べながらむさぼるように文章に夢中になる。もしかしたらこれは使えるかも知れない。
「ねぇ……」
「ねぇ……」
「ねぇってばぁ!」バシーン!
「痛ぇ!」
静謐な図書館で資料の読み込みに夢中になっていたおれは急激に襲われた背中の痛みに思わず大声を上げてしまう。
「何するんだよいきなり……って……」
おれは声量をセーブしながら周囲に頭を下げつつ、いつの間にか目の前にいるミチに文句を言おうとした刹那、その横にいる会長、アイシャ先輩そして黒と白のゴシック・アンド・ロリータに身を纏ったメルと、白いブラウスに黒いレディス・スーツ姿で顔を真っ赤にしたソフィがおれの様子を窺う素振りを見せているようすが視界に入る。
「メル、ソフィ、どうしたんだその格好?」
「凄いだろう。私とアイシャで渋谷と原宿を引き回して取っ替え引っ替え試着しまくった挙げ句、服を買ってあげたのだ。やはり私の目に狂いは無かったな。とはいえ、店にあった服を端から端までごっそり買ったから試着するまでも無かったんだがな」
「一体どこのセレブだよ!」
「失敬だな。何を着ても似合うのだから仕方がないだろう。それはもう逆に憎たらしいほど服の神様に愛されていると言っても過言ではない」
「あ……あのぅ……メグ殿とアイシャ殿はこの格好はこの世界で仕事をする女人が纏う服だと言い張るものだから着てはみたのだが、これは本当にここの世界の感覚では似合っていると見做されているものなのだろうか……」
ソフィはおそるおそるおれに尋ねてくる。おそらく長いこと軍服に慣れすぎたせいか、会長とアイシャ先輩の言葉を完全に信用しきることができないのだろう。ゆえに少し照れくさいがおれはソフィにこう声を掛ける。
「本当によく似合ってるよ。日頃から軍隊で鍛えているからだと思うけど、ソフィはスタイルがいいからこういう身体のラインが出やすい服がよく似合うと思うんだ。特におなか周りがくびれている女性はこの世界では良しとされている。だから自信を持っていい」
「そ、そうか……。そういうものなのか。だったらその……いい……」
ソフィは真っ赤になったその顔をさらに紅潮させながら、小刻みにこくこくと頷いている。
バシーン!
「痛ぇ! 何すんだよ!」
背中に再び走ったその衝撃におれは涙目になりながら、届くような届かないような自分の背中に手を伸ばしてミチに叩かれた箇所をさすることを試みる。
「うっさい! 叩きたくなったから叩いただけなの。あとスケベ」
「訳分かんねえよ……って、あとどうしてスケベ呼ばわり?」
「それより何か分かったの?」
「おれのクエスチョンはガン無視ですか……」
背中を思いっきり叩かれたことを『それより』の一言で片付けられたことに対し釈然とはしないが、これ以上の抗議は無駄と諦め話を前に進めることにする。
「ああ。分かったも何も、やっぱりこういう取り決めは存在していたんだ」
「取り決め?」
「ああ。この本によれば、国際宇宙飛行士学会の地球外知的生命体探査分科会が地球外生命体を発見した際の手順について定義しているらしいんだ」
おれは本の向きを変えると、タイトルの部分を指差す。
「ええっと、でくられーしょんおぶプリンシプルズ……」
「「Declaration of Principles Concerning the Conduct of the Search for Extraterrestrial Intelligence」」
「日本語にすると地球外知的生命体の探索行動の原則に関する宣言といったところね……」
たどたどしく音読するミチを尻目に英連邦出身である会長とアイシャ先輩が流暢に読み上げ、会長はご丁寧に意味まで解説してくれる。
「でもどうして宇宙人――地球外生命体のことを調べたの? メルちゃんたちはトンネル通ってきたんだから宇宙関係ないじゃん」
ミチはおれに向かって素朴な疑問をぶつける。
「確かに宇宙は直接関係ないかも知れないけど、今まで存在が確認できなかった未知の生命体という意味では共通しているだろ。それに、学術的な観点で真面目に地球外生命体について扱った本は存在するけど、異世界について扱った本というのは存在しないから、必然的に近いのは宇宙人との邂逅ということになる」
「だったらうだつの上がらないスクールカースト最下層の少年や人生積んじゃったニートが異世界に転生したり召喚されたりして、現代日本の知識を使ってチートして、男にとって都合のいい駒と化したバカ女どもに囲まれてウハウハするようなクソラノベは?」
「あれは完全にフィクションだろ。しかも異世界の設定なんて文明レベルから魔法の有無まで作家の手加減一つで如何様にもなるわけだから参考にはならねぇよ。あと、女子大生がしれっとクソとか言うな」
おれは小さくため息をついて息を整え、話を続ける。
「で、いい加減本題に入るぞ。この本によれば九つにわたって地球外生命体が発見されたときの取り決めが書かれているけど、全部を紹介すると時間がかかるからざっくり四つに分けて説明する。
一つ目は『本当に対象が地球外生命体なのか、確証を得るまで徹底的に調査せよ』
二つ目は『本当に地球外生命体かどうか確証が得られない場合は公表してはならない』
三つ目は『本当に地球外生命体であることの確証が得られた場合、それを隠蔽してはいけない』
そして四つ目は『国際的な合意が得られるまでは相手に返答するな』ということだ」
「つまり、私たちの目的は日本と外交関係を結ぶということだから、メルちゃんとソフィが王国から来たという何らかの証拠を霞ヶ関界隈の役人とか外務大臣とか総理大臣、ここは東京都だから場合によっては都知事に向かってチラつかせつつ『我が国は日本と外交関係を結びたいのであります』とか言いながら徐々に近付けってこと? って言うか最後の項目は思いっきり破ってない? 国際的な合意もへったくれもなくワタシたちもう既にメルちゃんたちとがっつり関わっちゃってるし……」
「で、結局我々は具体的にどのような行動を取れば良いのだ?」
「済まないメル。結局振り出しに戻ってしまった」
「まあいい。いくら何でも一日二日で答えが出るとは私も思ってはいない。今日調べたことを踏まえた上でもう少し最適解を探っていくことにしよう。ところで君たちはこのあとどうするつもりだ?」
「今日は講義がないからこのまま帰ろうと思う」
「ワタシも講義がないから帰るよ」
「シンとミチが帰るのなら、我々もシンの家に戻ってしばし考えを巡らせることにしよう」
「私とアイシャはこの後講義があるからこのまま残るつもりだ。私たちでも色々考えてはみるが、何か困ったことがあったら大体ISWCにいるから声を掛けてくれ」
「ありがとうございます」
図書館棟のエントランスまで移動したおれたちは二手に分かれ、おれとミチとメルとソフィは駅に向かって歩き始める。行き交う人々のうち男性の多くがソフィに、女性の多くがメルに視線を奪われていくさまにおれはちょっとした面白さを覚えていた。




