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第二章その16(エストザーク王国王都フォヴァロス・枢密院議場控室)

よろしければ文章評価・ストーリー評価、ご感想等いただければ幸いに存じます。

 会長が枢密院の建物の前で車を停めると、まるでおれたちの到着を見計らうかのように入口の扉が開き、エプロンドレス――俗な言い方をすればメイド服に身を纏った一人の女性が車から降りるおれたちに近付きながら一礼する。よく見てみると彼女は普通の女性――否。彼女は普通の女性ではない。


 頭上からは白から黒のグラデーションの毛で覆われた左右一対の耳が生え、臀部のあたりから生えている、耳と同様に白と黒の毛で覆われた長いしっぽが彼女の右脛にまとわりついている。ただ、その耳やしっぽは実際の猫のそれよりも大きい以外は猫そのもので、アニメやライトノベルのイラスト等で見るけもみみと異なる質感におれたちは妙なリアリティを覚えていた。


「お待ちしておりました。メルキオーレ・ワイズマン女史、ソフィ・シグルーン大尉、シン・ワタセ殿、ミチ・クラナガ殿そしてこちらのお二方につきましてはお話しをいただいていないのですが……」


「この二人はマーガレット・ワドルとアイシャ・ビンティ・ハフィス。人手が足りぬ故急遽供にすることとなった。悪いが君も荷物を運ぶのを手伝ってくれ給え」


 メルが驚いた表情を隠そうとしない会長とアイシャ先輩を猫耳メイドに紹介する間、ミチはおもむろに彼女に近付いている。


「うわぁ、初めて近くで見たけど、やっぱ絵とは違うし耳もカチューシャじゃないね。ねえねえ、頭の横ってどうなってるの?」


「ええっと、それは……」


 猫耳メイドは返答に窮している。頭上の猫耳が飾りではなく、耳としての役割を果たしているのなら、スマートフォンで通話するときはハンズフリーにしなければならないはず。よくよく考えてみたら難儀な身体である。


「何か、ぬいぐるみみたいな質感かと思ったら、ハリウッド映画とかの特殊効果(SFX)で作ったかのような感じだな」


「あ、あのう……。どうかなさいましたか?」


 率直な感想を言いながら猫耳メイドのまわりをぐるぐる回って耳やしっぽをしげしげと見つめるおれとミチに彼女はおそるおそる話しかける。


「予想はしていたが、けもみみって本当にいるんだな」


「語尾に『にゃ』とか付けないんだね」


「そりゃそうだろ。今おれたちはメルから掛けられた魔法とやらでこの世界の言葉が分かる仕組みになっているんだからな。そう都合良く意訳されないだろ」


「ねぇねぇ、あとでモフってもいい?」


「あっ、あのっ!」


 猫耳メイドは緊張の面持ちのまま少し強い口調で言いたい放題のおれとミチを諫める。


「ああ、ごめんね。ワタシたちの世界では動物の耳としっぽを持った女の子って『空想上の生き物』なんだ。初めて見たからつい見とれちゃって……」


「そう……なんですね。ところで、お荷物を運ばなければならないんですよね」


「ああ。ひとまず後ろに積んである荷物を控え室に運び込んでくれ。重たいものは無理しなくてもいいから」


「あっ、はい。かしこまりました」


 おれの指示に猫耳メイドはラゲッジスペースに積まれている荷物の中で最も重たいスーツケース二個に手をかけると顔色ひとつ変えることなく軽々と持ち上げ、建物の中へと消えていく。


「さすがだな。けもの要素が入っているだけのことはある。おれたちも続くぞ。あの階段があると思うと地獄だけどな」


 すべての荷物を降ろし、予め用意された来客用控室に運び込むと会長は疲れた様子を隠さぬまま長椅子で横になる。


「メグは一体どうしたのだ? まるで主をなくした操り人形ではないか」


 メルの言葉におれは彼女の左肩に自分の右手を置くと、彼女に向かってゆっくりとかぶりを振る。さすがに無防備となった会長を独りにするわけにもいかないので、アイシャ先輩には会長に寄り添ってもらわなければなるまい。


「そうか。彼女にはかなり強い負担を掛けてしまったからな。私とソフィは顧問官控室で自分たちの準備をせねばならないから一旦中座するが、二人だけで大丈夫か?」


 ようやく荷物を運び込むことはできたが、これですべてが終わったわけではないのだ。


「そうだな。別に二人だけでもできなくはないが……ああ、猫のおねえさん、ちょっと手伝ってくれるか?」


 猫耳メイドはおれの呼びかけに少し困ったような表情を見せながらおれとミチとメルの顔を順番に窺っているが、その理由を察したメルが彼女に「某のことはよい。それよりこの二人の命に従ってくれ」と声を掛けるとようやく納得したような表情で「御意にございます」と答えた。


 おれとミチと猫耳メイドは荷物とともに控室を出ると、未だ誰もいない議場に足を踏み入れる。


 議場は目測でおおよそ二〇メートル×一五メートルと教室四つ分ほどの広さに天井まで八メートル、おおよそ三フロア分というスペースが確保されており、顧問官を務める四十名分ほどの机と椅子が『コ』の字状に並べられ、正面の一段高い位置には議長席と書記席そして最上部には女王が座る玉座が設置されている。中心に置かれている椅子と机はおそらく今日のために用意された参考人席なのだろう。


「さぁ、始めようか」


「ええっと、何を始められるんです?」


「そう言えば猫のおねえさんの名前を聞いてなかったな」


「ラムダです。あの……答えになっていませんけど……」


「ラムダか。ああ、悪い。ここで何をするかだよな。今からここで使う道具を設置し、議会が始まったらそれを使う。それだけのことだ。どこに何を置くかはおれとミチ――そこでスーツケースを開けようとしている髪の短い女が指示を出すからそれに従って欲しい。まずは……そうだな。スピーカーを設置しようか」


「詳しいことは分かりませんがかしこまりました」


 おれたち三人は大学の備品であるワイヤレススピーカーを皮切りにスクリーンやプロジェクター、アンプにミキサーを設置する。発電機は重量物なのでおれとラムダの二人でバルコニーに運び出し、おれが赤いガソリン缶から発電機に給油する様子をラムダは興味深そうに見つめていると、建物の中からミチが顔を出しながら「こっちは準備できたよ」と声を掛け、電源コードのプラグを差し出す。


「それじゃ、通電してみようかな」


 おれはバルコニーに置いた発電機のワイヤーを引っ張ってスターターを回す。すると発電機は駆動音と黒煙を出しながら接続された電源コードを通じて電気を流し始める。


「シン殿、これは一体何のためのものにございますか?」


「これは発電機といって電気と呼ばれるおれたちの世界で使われる動力の源。まぁあくまで簡易的なものだけど」


「あの、おっしゃっている意味がさっぱり……」


「まぁ、そうなるよな」


 ふと外に視線を動かすと、あたり一帯に一点鐘の鳴る音が響きわたる中、何両もの馬車がひっきりなしにこの建物の横に乗りつけては数人の人々を吐き出すという行為を繰り返しているのが見える。


「ラムダ、もしかしたら彼等も枢密院顧問官なのか?」


「はい。この鐘の音には会議の招集を伝える意味がありまして、一度顧問官控室でご歓談やご休息を取られたのち、この議場へとお見えになる手筈となっております」


「シン君、ラムダちゃん。全部繋がったよ」


 窓から顔を出したミチがおれとラムダに声を掛けてくる。


「そうか。じゃあテストを始めるか。ラムダ。さっきの疑問の答えを教えるから中に入ろう」


 議場の中に戻ったおれは持ち込んだノートPCを起動し、ワイヤレスでPCの画面をプロジェクターに映し出し、Bluetoothを使って接続したアンプを経由してiTunesに入っている音楽を再生し、すべてのスピーカーから音が出ていることを確かめると一旦PCを閉じる。


「あちこちから音が聞こえてきましたが……」


「とまぁ、こういうものを動かすためにバルコニーにある発電機が作ったエネルギーを使っているんだ。たぶん分かっていないと思うけど。それじゃ、顧問官たちが議場に着く前に一旦控室に戻るぞ」


「どうして? またここに戻ってくるのに?」


 ミチが怪訝そうな表情でおれに尋ねる。


「そりゃあ彼等にとっておれたちが初めて目にする『異世界人』だからな。初お目見えは盛大にやらなきゃ」


「そっか。あの人たちにしてみたらワタシたちこそが『異世界人』なんだもんね――って、盛大に何をやらかすつもり?」


「別に大したことをするつもりはないさ。ただ、限られた時間でおれたちのことをなるべく多く知ってもらおうとするちょっとした『工夫』さ」


 おれたちが議場から廊下に出ると、ちょうど顧問官控室から出て議場に向かわんとするメルと顔を合わせる。


「準備はできたようだな」


「ああ。悪いが議場やバルコニーにおれたちが設置した機器には触らないよう他の顧問官たちに言っておいてくれないか? この世界には存在しないものばかりだから誰かの目がないと興味本位で弄り回される可能性があるからな」


「分かっている。興味本位で触れさせぬよう徹底させておこう。間もなく枢密院会議が始まり、時が来たら下男か下女が君たちを呼び出し――そうか。ここではラムダがその役目を担っているのか」


「はい。さようでございます」


「そういうわけだ。シンとミチはそれまであの部屋で待っていてくれたまえ」


 メルはそう言い残すと一番乗りで議場へと足を踏み入れる。その姿を見送ったおれたちは一旦ラムダとも別れ、来客用控室へと戻る。


 控え室に踏み入れると、そこには長椅子に横たわりすうすう寝息を立てている会長とそれに付き添いながら寝落ちしてしまったアイシャ先輩そして安楽椅子に腰を下ろすも膝を揺らし、落ち着かない様子を隠そうとしない女剣士ソフィ・シグルーンの姿があった。


「ああ、シン殿、ミチ殿。少々問題が……」


 おれたちの姿を確かめたソフィが立ち上がり、両手を軽く広げて困惑の表情を浮かべている。


「もしかしてこれのことか?」


「ええ」


 おれはティーテーブルに置かれた飲みかけのティーカップと食べかけの菓子を指差す。


「どうやら我々がいない間に何者かが眠り薬か何かを混ぜた茶菓子を給仕したようだ。それを二人は……」


「分かってる。まったくもって手荒い歓迎だな」


 おれは持ち込んだ荷物の中から海老名サービスエリアで買い込んだアーモンドチョコレートやピーナッツがぎっしり詰まった南部煎餅そしてペットボトルのジャスミンティーを三本手に取り、ミチとソフィに一本ずつ手渡す。


「もしやあのラムダなる猫女の仕業では……」


「いや、ラムダはずっとおれたちと一緒にいたんだ。その可能性は限りなく低い」


 ソフィの推察におれはゆっくりとかぶりを振り、ミチに向かって話を続ける。


「それに今犯人捜しをしたところでどうにかなる問題ではないし誰が犯人だなんてどうでもいい。命に別状がなく、後遺症もないなら二人には悪いが準備を進めるぞ」


「う、うん……」


 おれとミチは生徒会長と向かい合わせの長椅子に腰を下ろすと、おれは再びノートPCを開き、一旦Bluetoothのペアリングを解除して今日の会議で使うファイルを確認し始める。


 ミチは不安そうな表情を隠そうとしないままペットボトルの蓋をゆるめてジャスミンティーに口を付ける。ソフィもまた、見よう見まねでペットボトルの蓋を開けて同じようにジャスミンティーを飲み、アーモンドチョコレートを口に運んでいる。


「もしかしてだけど、もしワタシやシン君が出されたお菓子を食べてたら、今日の計画は完全にアウトだったよね。もしかしてサービスエリアで人数分以上に食べ物を買い込んだのもこれを想定してたの?」


 ミチの問いにおれは小さくこくりとうなずく。ソフィはおれたちの会話にこいつらは何者だと言わんばかりに驚きを隠そうとしなかった。

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