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第二章その14(エストザーク王国・ヘサックの丘)

よろしければ文章評価・ストーリー評価、ご感想等いただければ幸いに存じます。

 遠くから何かの殺気を覚えたおれはいきなり会長を突き飛ばす。


「マコト! What are you doing……って、これは……」


 おれに突き飛ばされ尻餅をついた会長は、おれの右手に握られている物を目にすると驚いた表情を隠さぬまま絶句する。なぜなら右手に握られていたのは茂みの中のどこかから撃ち放たれたと思われる、木と鳥の羽で作られ、鏃には何らかの獣の骨が使われている弓矢だったからだ。


「シン、よく掴めたな」


「よく分からないけど会長に向かってまるでスローモーションのように弓矢が飛んできたからそのまま掴み取っただけだ。むしろ弓矢がゆっくりと動いていることのほうが不思議なんだが」


 メルの言葉におれは自分が感じたことをそのまま伝える。


「ほう……実に興味深いな」


「感心してる場合じゃないよメルちゃん。森の中に十人くらい分散して弓矢か何かでこっちを狙ってるみたいだよ」


「見えるのか?」


「よく分かんないけど前より目がすごく良くなってるような気がする。来るっ! みんなひとまず車の後ろに隠れて!」


「ダメだ! パスパルトゥが矢面に立たされる!」


 ミチの言葉にソフィがかぶりを振ると、馬の前に立って飛んでくる矢を剣で払いのける。あの馬はパスパルトゥという名前なのか。いや、今は名前などどうでもいい。


「ソフィ! 三つ数えたら脇へ逃げろ!」


 メルが車の影からソフィに向かって声を掛ける。


「それではパスパルトゥが!」


「大丈夫だ! 私を信じろ!」


「一!」


 メルが車から外に飛び出す。


「二!」


 瞬く間にパスパルトゥの左脇に寄る。


「三!」


 そして右手で作った握り拳をパスパルトゥの左脇腹にねじ込ませる。


 その瞬間パスパルトゥは大きくいななき、ソフィが道の脇に飛び込んだ瞬間空の荷車とともに全速力で走り出すと数人の弓使いを跳ね飛ばしながら森を駆け抜けていく。


「さぁ、パスパルトゥが露払いをしてくれている隙に我々も続くぞ」


 おれたちはこくこくとうなずきながら車に乗り込み、会長がエンジンをスタートさせた瞬間、弓矢が右のドアミラーを飛ばす。


「誰なんだ! いきなり弓矢をぶっ放す奴は!」


「私にも分からん。だが少なくとも私と君たちのことを良くは思わない連中の仕業であることは確かだ。次の弓矢の装填には時間がかかる。逃げるなら今のうちだぞ」


 激怒するおれにメルは落ち着いて答える。おれは運転席で身体を震わせている会長に声を掛ける。


「会長、運転できますか?」


「あ、あぁ、少し落ち着いた。どこまで行けばいい?」


「ひとまず森を抜けた先にあるヘサックの丘か、できれば王都に入る手前のライ麦畑のあたりまで行ければいいです。誰かは分かりませんが、さすがに開けた場所で弓矢を放つことはしないでしょうから。さ、今のうちに行きましょう」


 ようやく車が動き出した刹那、おれたちに向かって第二波が撃ち放たれる。そのいくつかはフロントガラスに当たって傷を作るも、矢の進行方向に対して斜めであることが幸いしてかそのすべてがあさっての方向へとはじき返されていく。気を取り直した会長はヘサックの丘に向かって一直線に走らせる。


 大陸向けに作られた高級大型SUVなだけにサスペンションによってある程度の揺れは抑えられているはずだが、なだらかに見える路面でも地面はかなりボコボコなのか、それでも車は左右に大きく揺れながら前に進んでいる。もし車がセダンやハッチバックだったらとっくに車ごとひっくり返っているか、車高が低すぎるがゆえに地面をこすりまくってすぐさま故障してしまったことだろう。


「うわっ、誰か出てきた!」


 目の前に突如として現われた兵士に会長が驚く。


「避けてください!」


 おれの指示に会長はハンドルを右に切る。


「はぁ……何とか避けることができた……って、今度は三人いる!」


 今度は目の前に弓を構えた軽装の兵士が三人、車に向かって矢を放たんとしている。


「そのまま轢き殺せ! 私が許可する」


 メルは会長に対し幼いその姿に似合わぬ残酷な指示を出す。


「でも……」


「君は死にたいのか! 殺らなきゃ殺られるぞ!」


「無茶言わないでくれ! マーダーにはなりたくない!」


「だったら会長! 多少遠回りになってもなるべく不規則に、かつ少しずつ海が見えるほうに向かって走ってください!」


 メルの叱責とおれの言葉に彼女の中の何かが切れたのか、会長は何かに取り憑かれたかのように駆動方式を後輪駆動に戻すと、一切の躊躇もなくアクセルを深く踏み込み、なだらかな丘を不規則にドリフト走行することによって何も知らないが故に勇敢である何人ものの兵士をすんでのところで避けながら車を走らせる。車が右へ左へと滑るたびに強い重力がかかり、後部座席の三人は自らの体重に押しつぶされそうになっている。


「会長! あのライ麦畑の農道――農業用道路に入ってください。あそこなら隠れることができるっ」


「分かった!」


 ライ麦は小麦や大麦と異なり成長期には二~三メートルまで伸びるため、うまくいけば大型SUVでもすっぽり隠れることができるはずだ。会長がステアリングを切って農道に向かって一気にスピードを上げた刹那、急に眼前に現れたひとりの兵士がフロントグリルに取り付けられた強固なカンガルー・バーによってライ麦畑へと飛ばされ、フロントガラスやワックスで光沢がかかっていたボンネットが赤く染まる。ガラス越しに見えるその風景はまるでおれが高校時代に年齢を偽って購入したZ指定のゲームの如くである。


 会長は急ブレーキをかけて車を止めると運転席から降り、大柄な会長の身長よりも大きいライ麦をかき分けて血まみれの兵士のもとへと駆け寄る。


「大馬鹿者! 死にたいのか!」


 後部座席の窓を開けたメルは会長に向かって大声で叫ぶが、ライ麦畑のほうから聞こえてくるのは「大丈夫か! しっかりしろ!」という会長の声。


「会長!」


 おれがライ麦畑に向かって大声で叫ぶと、「まだ息があるみたいだ! どうすればいい!」という声が返ってくる。会長の言葉でおれの腹は決まった。


「メル。悪いが会長のところへ行ってあの兵士に回復魔法を!」


「何馬鹿なことを言っている! そんなことしたら我々の命もないぞ!」


「そんなことは分かってる! 追っ手はおれとソフィで食い止める。ミチは敵の潜伏ポイントを教えてくれ。メルとアイシャ先輩はその間に会長のところへ!」


 助手席から降りたおれは自分でも驚くほど自然かつ的確に各々への指示を出す。


「シン……殿、悪いが勝手に指図をしないでいただき……癪だが正論だ。行くぞ!」


「うんっ。ソフィ、一緒に行こう!」


「諦めろ。どのみちあの兵士は助からん!」


 おれの指示にメルはかぶりを振るが、それに構うことなくおれは話を続ける。


「別に全回復させろとは言ってない! 魔法をかけるのは命が助かるギリギリのところまででいい! さっさと行って戻って来い! おれたちだってここで討ち死にするつもりはない! アイシャ先輩、メルをお願いします」


「分かった。少し怖いけどやってみる。行きましょうメルちゃん」


「まったく。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ! いいか! 何人たりとも麦畑に近付けるな!」


 メルは仕方無いと言わんばかりの表情を隠そうとしないままおれたちに悪態をつくと、アイシャ先輩とともにライ麦をかき分けて会長と手負いの兵士のいるほうへと向かう。


「シン君、七時と八時の方向にひとりずつ、ソフィ、十時の方向にひとり、こっちに向かって矢を引いてるから気をつけて!」


「分かった!」


「ミチ殿! もしかして貴殿は本当に遠目が利くのか!」


「来るっ! いいからワタシを信じて!」


 その刹那、ミチの予告どおり七、八、十時の方向から一斉に矢が放たれ、大きな放物線を描きながらおれたちに向かっている。


 見える。見えるぞ!


 ソフィは右手で柄を握ると剣を抜き、十時の方向から放たれた矢をあさっての方向へと弾く。


 今おれたちがいる位置と敵がいる丘との高低差がこれくらいで、矢の初速があれくらいで、角度がああなら、風の強さを考慮に入れると――。


 おれは七時と八時の方向から来る二本の矢の動きを確かめると、駆け足で到達予想地点まで動き、両手でそれぞれの矢をフライングキャッチしてみせる。


「何っ! 矢を素手で取った……だと……」


 おれの一挙手一投足にソフィは驚きを隠そうとしない。おそらくソフィは軍人としての経験と勘を頼りに矢を弾いたのだろうが、このような経験のないおれは斜方投射された矢の運動を計算し、着地点を予想したに過ぎない。


「ボサッとするな! 第二波が来るぞ!」


「分かってる!」


 おれの言葉にソフィはすぐさま気を取り直し、ここからでは小さな人形にしか見えない敵に向かって再度剣の切っ先を向ける。敵はおそらく矢を撃ち放った瞬間、おれたちが矢に対応する隙を狙って徐々に距離を詰め、最終的には近接格闘に持ち込むつもりなのだろう。だがそうなってしまってはおそらくおれたちに勝ち目はなくなる。だが、一体どうすれば……。


「シン君、ソフィ、来たっ!」


 敵兵の様子を窺っているミチが再び声を上げると、再びソフィは剣で矢を打ち払い、おれは矢をフライングキャッチする。その瞬間、おれの脳裏に衛星放送で観たメジャーリーグ中継で小柄な日本人外野手が自らの強肩を生かしてホームベースに突っ込む相手チームのランナーを捕殺するさまがプレイバックする。


 そうだ。これだ。


 成功するかどうかは分からない。だが、試してみる価値はあるだろう。

「ミチ! そこら辺に落ちている矢をおれの側に集めておいてくれ!」


「分かった! 何か思いついたんだね」


 おれはミチに向かってこくりとうなずくと、キャッチしたばかりの矢を右手で握り直し、大きく振りかぶる。そして敵兵に向かってその矢を投げつける。


「って、何でアンダースローなのよ!」


 ミチのツッコミとは裏腹におれがアンダースローで投げた矢はレーザービームの如く七時の方向に向かって一直線に軌道を描くと、新たな矢を放たんとしていた敵の右肩にヒットし、その場にうずくまる。


 おれは七時の方向にいる敵の異変に気付き、彼のもとに駆け寄ろうとした八時の方向にいたもう一人の敵に向かって七時半の方向に矢を投げ込み左肩にヒットさせると、彼奴がそのまま丘を転がり落ちていく。おそらくどこかに潜伏する他の敵は丘の上からおれが弓を使わずアンダースローで投てきした様子を見ておれたちが簡単に手出しできる相手ではないということを理解したのか、さっきまでの騒ぎが嘘のように急に静まりかえる。だが、ここでモタモタしてしまえばいつまた攻撃が再開するやも分からない。おれはあえてライ麦畑に向かって英語で「Are you okay?」と尋ねる。すると茂みの向こうから「We are okay. She has saved him! Wow! Absolutely so great!」という会長の声が返ってくる。どうやら意識して話をすると一時的に言葉の壁を越える魔法は無効になるらしい。


 おれたちは峠を越えた手負いの兵士を農道の側に寝かせると、再び車に乗り込み王都へと向かう。会長はフロントガラスにウオッシャー液を噴出させ、血をワイパーで拭う。バックミラー越しに手負いの兵士たちが懸命に追いかける姿が見えるものの、車のスピード故に両者の距離は徐々に広がっているが、兵士たちはおれたちが農道に寝かせた手負いの兵士の姿に気付くと追跡を諦め、彼を中心に円を作り始めている。


「ここまで走ればもう大丈夫だな。メグ。そのまま道なりに走ってくれ」


「う……うん……」


 会長は顔を真っ青にしながらも気丈にハンドルを握り、左右を麦畑に挟まれた農道の、馬車の往来で作られたであろう轍の上を走る。


「メル、今のは反対勢力が送り込んだ刺客ということか?」


「ああ。そう判断して差し支えないだろう」


 おれの確認にメルはこくこくとうなずきながら答える。


「ねぇ! 何でこんなことになるの? どうしてシン君もメルちゃんも落ち着いて話ができるの? 両手を挙げて歓迎されると思ったら矢の雨は降ってくるわ人を跳ね飛ばしてホイミだかベホイミ的なやつを始めるわ、アンダースローで投げた矢がヒットするわ、わけが分からないよ!」


 王都へと向かう車の中、ミチはぶつけようのない怒りをおれにぶつける。


「ミチ……ここは日本じゃないんだ。日本ではまず起きないようなことや、犯罪とされている行為がここでは平気で起きる可能性があるし現にもう起きている。ここに来て怖じ気づくな。頼むから腹をくくってくれ」


「でも……」


 おれの言葉にミチはうつむき加減になりながら言葉を濁す。するとミチの隣の座席に座るメルが両手でミチの右手を握る。


「君たちは大馬鹿者だ。自らの命を省みず、我々の命を奪おうとしたあの兵の命を救おうとした。一歩間違えていたら我々全員あそこで犬死していたところだったのだぞ!」


 メルはおれたちに向かって一喝すると、小さくため息をつき、一転して落ち着いた口調で話を続ける。


「解せない。どうして君たちはたかが一兵卒の命にそこまでこだわるんだ?」


「だったらメル、逆に質問して悪いが、お前は東京で何を見てきたんだ?」


「見てきたも何も、君たちはパンケーキや元老院、空飛ぶ鯨に天を突くような巨大な塔を私に見せたであろう」


「そういう表面的なことではない。なぜおれたちの世界にはああいうのがあって、この世界には無いのかということだ。おれたちや、おれたちの前の世代、そして祖先と呼ぶべき人たちはいきなりあのような世界を作り上げたわけじゃないんだ」


 車は時速二十五キロ程度の速度で王都へと向かっている。メルが何も言わないと言うことは話を続けろという意味であると解したおれは話を続ける。


「おれたちの世界は、何千年にもおよぶ血塗られた歴史の上に成り立っている。その間に大小様々な争いが起き、時には世界のすべてを巻き込み、焼き尽くすほど大きな争いもあり、今でもその争いは局地的ではあるが起きている現実がある。だが、その争いを終えるたびに人々は悲劇を乗り越え、世界をより良いものにするため考えと思いを巡らせ、特にここ二百年でその速度を急激に速めて高度化した結果が今のおれたちの世界なんだ。そしてその中の反省のひとつとして、大を生かすために小を殺してはならない。頭を使って大小双方を生かす道を考えろというのが今のおれたちの世界の多くを占める考え方だったりする」


 何も言わないままおれの言葉を聞いていたメルは、数分ほど考え込むと、ようやく再び口を開く。


「もし私が何も知らずにこの話を聞いたら『生ぬるいことを言うな』などと言って激高していただろう。だが、あの世界を知った今となっては、今常識とされているすべてのことをひっくり返すような覚悟を持たざるを得ない。私はあの手負いの兵士とは面識は無いが、『あの者は兵士なのだから国のために命を捧げることは当然である』と言うのはたやすい。だが里に戻れば母がいて、もしかしたら妻や子どもがいるやも分からぬ。残された家族に『国の栄華のために耐え忍べ。むしろ名誉である』という言葉を投げかけるのは酷なことなのやも知れないな。


 人は潜在的に知らないことに畏怖する。それ故に『未知』を排除することはある意味人として正常な行為とも言える。それは君たちから見たら異世界であるこの地もそうであり、逆もまた然りなのだ。故にあの者たちは『未知』である君たちを排除すべく矢を放った。だが私は君たちとの邂逅と先ほどの行いを通じ、たとえ言葉が分からなくとも『未知』を『既知』に変えることによってその恐怖を乗り越えられることを知った。だからこそミチ、シン、メグそしてアイシャもまた、我々の世界を知り、恐怖を乗り越えて欲しいと思っている。とは言え君たち――特にミチとアイシャには辛い思いをさせてしまって済まなかったな。あの者たちに代わり、詫びの印として『もふもふ』とやらを少しだけやらせてやってもいい」


 メルは自らの頭をミチに差し出す。ミチはメルの上半身をぎゅっと抱きしめ彼女の頭を胸の中へと埋めると、至福の表情を浮かべながら「うわーん、メルちゃんってふわふわ! もふもふ! まるでお日様とミルクの甘いにおいがくんかくんか! くんかくんか!」などと言いながら幼女のやわらかそうな感触とにおいを堪能している。一方ミチの胸に顔が埋まっているメルはうんうん言葉にならない声をあげながら辛うじて動かせる右手でミチの左肩をタップしている。


「ハナちゃんばっかりズルいぞ。目的地に着いたら私にももふもふさせろ……って、もしかしてここが門かな?」


 いつの間にか車は王都入口の門の前まで到達し、門の脇ではパスパルトゥが荷車とともに主の帰りを待っていた。そしておれたちが乗る車を一瞥するとパスパルトゥはおれたちに向かってヒヒーンといなないて見せたのだった。


「ごめんよ。怖い思いをさせてしまって。家に戻ったらたらふく人参を食べさせてやるからな」


 ソフィは涙目になりながらパスパルトゥの首を抱きしめる。メルもまた、殴りつけたパスパルトゥの左脇腹を丁寧に撫でている。


「それでは、ここから先は荷馬車に乗ったソフィが『象牙の塔』まで先導してくれるから、メグはあとから付いて来てくれ」


「うん。分かった」


 おれたちは再び車に乗り込むと、独り荷馬車に乗って門を通過するソフィの後を追って門の前まで車を進める。ところが、昼間ということもあるのか王都の門自体は開いているものの、門番と思しき二人の哨戒兵が槍を各々の槍を十字に重ねて車を停止させる。


「待たれい、怪しい奴め!」


「馬なき怪しい馬車(コーチ)め! 貴様らは他国の間諜か! 手形を出されよ!」


 運転席と助手席のパワーウインドを下げると、左右から二人の兵士が話しかけてくる。


 彼等からしてみれば怪しいことは否定できないが、どこの世界に都市の正門から堂々と闖入する間諜がいるというのだ。


「さっき前を走っていたソフィ・シグルーン大尉殿から話を訊いていないのか?」


 おれは左側の哨戒兵に問うとともに彼等が傲岸不遜な態度かつ自分たちを怪しんでいることを感じ取りつつも、後部座席を振り返り、ミチに声を掛ける。


「ミチ。そろそろ『もふもふタイム』は終わりだ。メルを解放してやれ」


「えーっ……今ちょうどいいところだったのにぃ……」


 ミチは頬を膨らませながらもおもむろにメルを服の上からでも十分形を視認できる胸から離すと、メルは息を荒げながら「ハァ……ハァ……ようやく息ができた。あと、死んだ爺様が見えた」などとつぶやいている。


「メル。お楽しみのところ悪いが、この門番を何とかしてくれないか?」


「誰がお楽しみだ!」


 おれの言葉にメルは強い突っ込みを入れつつ、窓越しに二人の門番を一瞥すると、パワーウインドを下げて哨戒兵のひとりと視線を合わせる。


「某は枢密院顧問官、メルキオーレ・ワイズマンである。此度枢密院議会の命により新世界について吟味立てを行い、その成り行きを上申するべく引き合い人とともに参じたものである。今すぐ前を開けよ」


「ハッ! 賢者様の御心のままに! しかし……」


 哨戒兵のひとりがうやうやしくメルに向かって敬礼するも、怪訝そうな表情を隠そうとしないまま何かを問いかけている。


「何だ。某の顔に何かついているか?」


「いいえ。そうではございません。この馬なし馬車のことでありますが、いかなればこのように血で染まっているのでしょう。さすがにこれを臣民の目に晒すのは……」


「確かにこのまま王宮に乗り入れるわけにもいかないからな。まずは象牙の塔に寄って洗い直すが故、ここは私の顔を立てて通してもらえぬだろうか」


「あっ、はぁ……分かりました。お進みください」


「メグ。通行の許可が出た。動かしてくれ」


 困惑の表情を隠そうとしない哨戒兵たちが槍を引くとともに会長が運転する車は門を抜け、道行く人々の注目を浴びる中、壁に囲まれた王都フォヴァロスの中へと進むと、数百メートル先を走るソフィの荷馬車に追いつくかつかないかのところでメルが住む象牙の塔に到着することができたのだった。

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