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第一章その2(エストザーク王国王都フォヴァロス・王城正門)

 朝の喧噪も一段落し、多くの者たちが行き交う昼前の王都フォヴァロス。背筋をピンと伸ばした一人の小柄な女が王城の外堀に架かる跳ね橋を渡っている。


 平時の昼間であるため橋の向こうにある城門の扉は開いているが、両脇に立つ二人の近衛兵が身を動かさぬまま王城に近付く女を虎視し始める。そして女が何食わぬ顔で橋を渡りきり、門をくぐろうとした刹那、近衛兵たちは各々の槍を十字に重ねて女の行く道を阻む。


「此処は神聖なる王城である。故に允許無き者の立入はまかり成らん。今すぐここから去ね!」

 王室の威厳を示威するかの如き近衛兵たちの傲岸な態度に女は彼等に負けじと強く睨みつける。


「たわけ者! 某は此度陛下の勅により、枢密院顧問官を拝命したメルキオーレ・ワイズマンである。疑義があるならこの勅許状に心ゆくまで目を通すがいい!」


 小柄な女ことメルキオーレ・ワイズマンは二人の大男に怯むことなく一枚の文書を突きつける。すると門番たちの顔はみるみるうちに青ざめ、慌てて目の前に突き出していた二本の槍を引っ込める。


「こっ……こっ……これは……大変失礼いたしました。新しき賢者ワイズマン殿。議場にて議長殿がお待ちにございます。どうぞ中へお進み下さい」


「うむ。名前と顔を覚えられていないと言うことは、某もまだまだか。まぁ、この件について近衛隊長には君たちから多大に世話になったと申し伝えておこう」


「「ひいいっ! も、申し訳ございませんでした!」」


 ミス・ワイズマンの言葉に青い顔をさらに青くした近衛兵たちは門をくぐり抜ける彼女に向かって頭が地面に着くのではないかと思えるほど深々と頭を下げるが、彼女は決して後ろを振り返ることなく一つ目の城門を通り、二つ目の城門をくぐり抜けると、宮殿の周囲に建ついくつかの建物の中のひとつに入り、最上階にある部屋に入る。すると中にいる者たちが一斉に立ち上がり、拍手を以て彼女に最大限の歓迎の意を表する。


「おめでとうミス・ワイズマン……いや、新しき賢者殿。此度の顧問官への就任、若き貴殿へ知己を相承させた先代の大賢者殿も草葉の陰でさぞかしお喜びであろう」


 中心の一段高いところで鎮座している一人の初老の男はおもむろに立ち上がると彼女に近付き、両手で彼女の手を握る。


「ありがとうございます議長殿。此度我が祖父の逝去につき喪が明けたのち陛下より顧問官を拝命し、長きにわたる国難を乗り越えるべく御国のためにこの命を捧げる覚悟にございます。しかし、『賢者』なる呼び名には未だ慣れておらぬ故、まるで夢現の際を歩んでいる気分でございます」


 若き顧問官の言葉に他の顧問官たちからどっと歓声が沸き上がる。


「なるほど。夢現とは言い得て妙。しばしの間はこの珍妙な感覚を愉しみたいところかと察するが、賢者殿はこの時より陛下とともにこの国の行く道を指し示す枢密院顧問官のおひとり。このまま彷徨うことはなりませぬぞ」


「はい。この議会の末席にて、この国難を乗り越える一助となるよう、身を粉にして汗をかかせていただきます」


 決意のこもった彼女の言葉とともに握っていた両手を離した二人がそれぞれの席につくと拍手はぴたりと止み、最初の議題に入る。


「では、賢者ミス・メルキオーレ・ワイズマンを無事にお迎えしたところで早速今日の議題に入ることにしよう。今回は軍と役人の混成による新世界調査団の一員として当地の調査にあたった三名からの報告をもとに議論を重ねることになっているが、初登院のミス・ワイズマンもいらっしゃることから、その前に私から簡単に経緯を説明させていただこう。


 ご存じのとおり、我がエストザーク王国は海に面した南側を除き三方を大国に囲まれている上、天然の要塞かつ良港と謳われた王都フォヴァロスもまた、海を挟んで大国と向かい合わせており、辛うじて独立を保っている現在でも隙さえあらば日々虎視眈々と領土的野心を持った勢力から我が祖国は狙われている状態が長きにわたり続いている状態である。北方の山岳地帯で採掘される僅かな金属を除き、資源に乏しい我が国は沿岸部の農業、漁業そして王都フォヴァロスを中心とした中継貿易により、一定の繁栄を享受するまでにはなったものの、残念ながらその利益がすべての臣民へと行き渡っておらず、依然として多くの者たちが貧困にあえいでいる状況を陛下はお心を痛めていらっしゃる状態である。


 ところが王都フォヴァロスから五十ミレス西方にあり、王室ゆかりの地であるヘサックの丘近くにある農村に住む若者たちが異なる時期に神隠しに遭い、十数日を経た後無事帰還したものの、神隠しに遭った者たちは口々に『馬なしで走る鉄の馬車を見た』『川沿いに奇妙な形の家が並んでいる』『王都を囲む壁よりも巨大な堤で水をせき止めている湖がある』『鉄の馬車は地面を走るだけではなくドラゴンの如く咆哮しながら空を飛んでいた』などと口走り、当初は神の仕業により頭がおかしくなったかと誰も相手にすることは無かった。しかし同じように神隠しに遭い、戻ってきた後斯様なことを口走るものが一人、また一人と増えていくに従い彼等の言動を無視できなくなった村人たちは村を統べる官吏にその旨を告げ、王都フォヴァロスから派遣された一分隊とともに彼の地へと向かったところ、驚くべきことに村の若者の言うようにそこには今まで我々が見たことがないような馬のない鉄の馬車が走り、奇妙な家が建ち並び、巨大な堤でせき止められた湖が存在していた。そこで我が軍はさらなる調べを進めるべく、ここにいるスティラー卿、メイジア少佐殿そしてイリハン大尉殿の三人を含めた各所の選りすぐりを集め急遽作られた特別小隊を送り込み、紆余曲折の末数十日にもわたった調べを終え過日無事帰還を果たした――というのがこれまでの経緯であるが、私の言葉に誤りはあるだろうか?」


「まったくもって相違ございません。議長殿」


 スティラー卿が議長の言葉に強く首肯しながら答える。


「では、改めて私から質問させていただこう。此度の調べにおいて、私が述べたこと以外新たに見知ったことはあるかな?」


「はい。最初にたどり着いたのは木々が生い茂った山中でしたが、山中には不釣り合いとも思えるほど馬車が通れるような幅が広く、かつ薄く伸ばした、轍ができなさそうなほど固い紺色の石でできた道をなぞり、川沿いを下った先には二本の鉄の棒の上を走る、鉄の馬車よりも大きくて細長いドラゴンのような物体がありました。更に歩みを進めていくに従い鉄の馬車のみならず家や建物の類そして人々の数も増え、やがて一五〇ヤルドものの幅がある川に架かる長大な橋を渡ると街に入り、そこには我が王城や象牙の塔を凌駕する巨大な建物の存在が確認できました」


 証人であるスティラー卿の『一五〇ヤルドものの幅がある川に架かる長大な橋』や『王城や象牙の塔を凌駕する建物』といった言葉に顧問官たちがざわつき始める。


「諸君! 静粛に! 静粛に!」


 議長はざわつく顧問官たちを鎮めると、「それでは、我々の姿を見た土人たちはどのような動きを見せたか、お話しいただこう」と言って彼等にさらなる証言を求める。


「分かりました。街道と思しき道を道なりに歩くとやがて老若男女多くの土人を目にするようになりました。彼等は男女ともに得てして大柄で、おおよそ我々よりも六~八アンチェ程背が高く、兵の多くは恐怖を抱いておりましたが、当初は一人の例外もなく遠目から眺めるだけで、我々に話しかける様子は一切見られませんでした。ところが、先ほど申し上げた王城よりも大きな建物が並ぶ場所に差し掛かったとき、街道の沿道には大砲をかなり小さくしたような、何のために使うのかよく分からない物を肩に担いだ男たちが我々に向かって狙いを定めるようにその先端を向け、その傍にいた複数の男女が先端の丸い棒状のものを突きつけ、我々には分からぬ言葉で話しかけてきました」


 スティラー顧問官に代わりイリハン大尉が答弁を引き継ぐ。


「それで、大尉殿はどうされましたか?」


「言葉が分からぬので彼等のことは差し置き、そのまま街道を進むことにしました。そして我々は……」


「お待ち下さい。お話しを進められる前に一つ確かめたいことがあるのですが」

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