第二章その9(エストザーク王国王都フォヴァロス・象牙の塔)
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「不況、貧困、格差、教育、労働そして汚職――前近代的な社会問題のフルコースと言っても過言ではないな」
四人で囲う夕食も中盤に差し掛かったところでおれは独りつぶやき、ため息をつく。
「対処療法としては今すぐ前の王様がやった価格統制を今すぐ止めさせることなんだろうけど、事はそう単純じゃなさそうだしな」
「ああ。戦時体制において前の国王陛下の勅は一時的に領民たちに恩恵をもたらした。だが戦が終わり、平時になるとともにそれが弊害となっていったのだ。具体的には統制価格と実勢価格との乖離に目を付けた貴族や役人、豪商たちが結託して裏で金儲けを始めたのだ」
「金儲けってたぶん、このお皿を貴族、このお皿を役人、そしてこのお皿を商人として、この温野菜を農作物とたとえると……」
ミチはテーブルの上に置かれた皿の配置を変えながら話の整理を始める。
「まず貴族が領地の農民から作物を年貢として取るでしょ。その作物は王国の役人があらかじめ国で決められた買い取り価格で買い取ります」
ミチは貴族のそばにあった温野菜を役人のそばに移動させると、小銭入れの中から十円硬貨を取りだし貴族のそばに置く。
「次に役人は作物を、王立市場で商売する許可を与えた商人に決められた価格、この場合は銅貨二枚で売却します。そして売値から貴族に支払った金額を差し引いた銅貨一枚が王国の歳入になります」
温野菜は王国を離れ商人のもとへと移動し、王国のそばには十円硬貨が二枚置かれる。
「そして商人はこの作物を銅貨三枚で領民に売り、貴族、役人、商人は銅貨一枚ずつの利益を得るとともに、町の人たちのおなかは満たされましたとさというのが王立市場の狙いだったんだろうけど……」
ミチは皿に盛られた温野菜を一口食べ、話を続ける。
「ところが王国の周辺にある各国ではインフレが進行し、外国では同じ作物が倍以上の値段で売れることが分かりました」
再び温野菜は貴族のもとへと戻り、六枚の十円硬貨は一旦回収される。
「さっきと同じように、貴族が領地の農民から作物を年貢として取るでしょ。その作物は王国の役人があらかじめ国で決められた買い取り価格で買い取ります」
さっきと同じように貴族のそばにあった温野菜を役人のそばに移動させると、一枚の十円硬貨を貴族のそばに置く。
「で、違うのはここからでね。役人は商人に作物の代金として銅貨二枚を受け取るんだけど、これから商人がやろうとしていることに目を瞑ることの見返りとしてさらに白銅貨一枚を賄賂として受け取るんだよね。銅貨は王国の歳入になるけど白銅貨は役人のポッケに入る」
ミチの手によって役人のそばには二十円が置かれ、皿の中に百円硬貨が置かれる。
「商売するのがバカバカしい王立市場の縛りから解放された商人は作物を外国に輸出するか闇市で売ることによって大金を稼いで、その利益の中から作物の供給元である貴族にマージンの一部が流れるってことだよね。そりゃこんなズブズブなシステムが出来上がっちゃったら誰もやめたがらなくなるよね」
商人のそばには五百円硬貨が置かれ、貴族のそばには百円硬貨が追加される。
「ああ、ミチの言っていることでおおむね合っている。この状態に対して王国が本腰を入れないのは表向き王国への歳入が変わらないからあまり危機感を抱いていないというのがある。だがこの仕組みで一番割を食うのが領民たちだ。ある者は異国で出稼ぎをして愛する我が子や家族と引き裂かれ、またある者は春を売って糧を得ているのだからな。いや、食べることができているならまだいい。あまりの値段の高さに手も足も出ず、山盛りの食べ物を目の前に指をくわえたまま飢えていくさまはどう考えてもまともな状態ではあるまい」
メルは苦々しい表情を隠すことなく嘆いている。
「ミチ殿、私には何のことやらさっぱり……軍ではまともに飯が食えるので、あまりこのことについて考えていなかったものでな」
「ソフィ、この二人はこの国の癌をしっかりと理解している。あと、我々王国の人間や軍人の腹が満たされるのは酒保で食料が格安に手に入れることができるからだ。だが今は戦を避けることが我々の最大の目的だ。ひとまずそれに注力しよう」
ソフィはメルの言葉にゆっくりと首肯する。
「ところで、二人は明日帰るまでに見ておきたいものとか会っておきたい人とかはいるか?」
「そうだな……」
メルの問いにおれはしばし考えを巡らせる。
「だったら、ここから行ける範囲で構わないから、風光明媚な場所に行ってみたいものだな」
「風光明媚? 言葉としての『風光明媚』の意味は理解しているのだが、具体的にはどういう場所だ?」
おれのリクエストにメルは首を傾げている。
「町やその近くでは見ることができない、自然が作り出した珍しい風景のことだよ。まぁ、メルやソフィが美しいと思ったりすごいと思ったりするものと、おれたちがそう思うものって違いはあるだろうから難しいだろうけど、そのあたりは二人のセンスに任せることにするよ」




