第二章その7(エストザーク王国王都フォヴァロス・王立市場)
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王城の敷地内にある枢密院議場をあとにしたおれたちは、メルの案内で王都フォヴァロスを巡っていた。
メルから資源の乏しいエストザーク王国の主たる産業は農業、水産業、林業、酪農といったいわゆる第一次産業で成り立っているという説明を聞いてはいたものの、メルに連れてこられた王立市場は人もまばらで物もなく、閑散としていた。
「今年は不作なのか? あの麦畑を見る限りそうではないようだけど。それとも今日は市場が休みなのか?」
「違う。作物のほとんどはこの市場には出回らないんだ」
おれの問いにメルはかぶりを振り、話を続ける。
「生産された農産物の多くは収穫された段階で租税として王国の役人や諸侯が押さえ、周辺の国々に売ってカネを稼いでいるんだ」
そうか。本来であれば租税として押さえられた穀物や野菜、肉や魚といった食料の数々はこの王立市場へ買い付けに訪れた商人たちによって現金化され、王国や自治領を治める諸侯の歳入となるはずが、輸出したほうが高く売れるし外貨も入ってくるという理由でここを通さず直接国外へ流れてしまっているというわけか。となるとこの国の国内総生産は他国と比べ相対的に低い可能性が強い。ならば考えられる原因の一つはアレだな。
「もしかしてこの市場に出す作物って王国か何かの命令で価格の上限が決められているんじゃないのか?」
「説明もしていないのに何でそんなことまで分かるのだ? 実は前の国王陛下の治世の頃大きな戦があり、食うや食わずの生活を強いられた時期があってな。当然物価は昇り龍の如く上昇を続け、数多の餓死者を出してしまった。そのことに心をお痛めになった前の陛下は領民をおもんばかって物価の上昇を制限する勅を出し、それが今なお残っているのだ」
メルの説明におれは小さなため息をつく。もしメルの言うことが事実なら、消えた作物は具体的な所在地こそ分からないが、ある特定の場所にまとまった数の作物が存在するはずだ。
「そうか。だったら兵站に行く前にもう一ヶ所行きたい場所があるんだけど」
「どこだ?」
「ここではない、もう一つの市場に連れて行ってくれないか?」
メルの後を追って王立市場の外に出て歩くこと十数分。おれたちはある広場のような場所に到着する。
「うわぁ! こっちには野菜や果物がいっぱいあるね! あっ、あっちにはニワトリがたくさんいる! このお店は見たことがない種類のお魚があるね。お刺身とかにできるのかな?」
数多の店に並んだ色とりどりの農作物や肉、魚、卵といった農畜産物のみならず、生きたまま並べられている動物や甘いにおいを漂わせる菓子、家具や工芸品、刀剣や防具、はたまたこんなもの誰が買うのかと疑問に思うがらくたの数々を目の当たりにしたミチが目をキラキラ輝かせ、興奮する様子を隠そうとしない。
「ねーねー、どうしてこっちの市場は賑やかなの? 新鮮で安いから? それとも五十日にカードで払うとポイントも二倍ついてさらに五パーセント安くなるから?」
「たぶんそんなプロモーションもやってなければVISAやAMEXも使えないと思うぞ」
「やだなぁ、冗談だって。ところでメルちゃん、ここってもしかして闇市なんじゃないの?」
軽口を叩いたミチが、その流れのまま核心を突いてくるが、その問いかけにメルはこくりと首肯する。
「そうだ。特権商人が王国や諸侯から買い取った本来輸出用の作物が横流しされたり、王国の役人が把握していない山間部の闇農地で作った作物が並んでいたりするのだ。本来は違法だが諸事情により事実上黙認されている。だが値段はすこぶる高いから一般庶民にはなかなか手が出せない状態なのだ」
「えっ? でもあそこのお孫さんを連れたおじいちゃんおばあちゃん、何か買ってるみたいだよ。向こうの派手そうなおねえさんも果物を物色してるし、本当に高いの?」
「ああ。それでも買うことができるのはそれなりの収入があるからだ。この老夫婦はおそらく息子夫婦が他国へ出稼ぎしていて、その仕送りで生計を立てているのだ。あの幼い子どもも両親と会えるのは年に一度か二度会えれば御の字といったところだろう。そしてあの若い女は身売りした商売女だな」
「身売り? 商売? 経営してた会社の株をどっかに売ったの?」
素っ頓狂な言葉を言い放つミチにおれは本当の意味をそっと耳打ちすると、彼女の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「そしてああいう女を買うのはこの国で財をなした特権商人や他国で稼いだ仕送りから擦りを取った為替屋、本来の禄を上回る賄賂を受け取った悪徳役人そして金に物を言わせて女を買いにわざわざ国境を越えてやって来る他国の下品な男どもだ。あの女も世が世なら……」
メルは努めて落ち着いたような声でおれたちに現状を説明するが、彼女が無意識に両手で拳を作っていたのをおれは見逃さなかった。領民をおもんばかって出した勅令が却って領民を苦しめる結果になるとは、何とも皮肉な話だ。




