第二章その6(エストザーク王国王都フォヴァロス・枢密院議場)
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数時間の仮眠ののち、象牙の塔を出たおれたちはメルを先頭に徒歩で王城に向かう。しかし別にこの国の王様だか女王様だかに謁見するのが目的ではない。この国の政がどのような場所で行われるのか、この目で確かめたかったのだ。
「何だか静かだね。ワタシたち以外誰ともすれ違ってないし」
「無理もない。今日は安息日であるし、そもそもここは王城に近いこともあって役人街だからな」
「そっか。日曜日の霞ヶ関みたいなもんなんだね」
メルの説明にミチは納得の表情を浮かべる。
大通りの向こうにそびえ立つ王城に近付くにつれ、徐々に一軒一軒の屋敷が大きくなっていくのが分かる。おそらく高級官吏や将校クラスの軍人たちが王城の近くに住み、距離が離れるにつれ現場の役人や下士官クラスの住まいになっているのだろう。
王城の城門前までたどり着いたおれたち四人は、背筋をピンと伸ばしたメルを先頭に水堀に架かる跳ね橋を渡り始める。
橋の向こうにある城門は開いているが、両脇に立つ二人の近衛兵が身を動かさぬまま王城に近付くおれたちを虎視し始める。そしておれたちが何食わぬ顔で橋を渡りきり、門をくぐろうとした刹那、近衛兵たちはおれたち――否、正確にはメルとソフィに向かってうやうやしく敬礼してみせる。
「枢密院顧問官メルキオーレ・ワイズマン閣下、およびソフィ・シグルーン大尉。お疲れ様であります。此度は如何なる所用でありますでしょうか」
「うむ。お務めご苦労である。だが、枢密院顧問官であったとしても逐一君たちに所用を言わねばならぬものなのか」
「いえ、決して閣下を疑っているわけではございません。しかしながら本日は枢密院の招集がなされておりませんが何ゆえ王城に……」
「ああ、某としたことが議場に忘れ物をしたみたいでな。此度雇い入れた下男下女とともに参じた次第だ」
メルの説明に二人の近衛兵たちは黒いローブを身に纏ったおれとミチに近付き、各々の顔をうかがっている。下男下女とは随分な説明だが、おそらく滞りなく城内に入るための最適解なのだろう。王城のような国の最重要施設にあまり外国人を入れたがらないことくらいさすがのおれでも想像や理解はできる。
「かしこまりました。それではお通りください」
近衛兵たちの注目を浴びながら一つ目の城門を通過し、二つ目の城門をメルとソフィの顔パスで通り抜けると、敷地内に建ついくつかの建物の中のひとつに入り、最上階へ階段を上がる。覚悟はしていたが、エレベーターがないのは地味にきつい。
「さぁ、着いたぞ。ここが枢密院会議の議場だ。中に入りたまえ」
おれとミチはメルの案内で議場だという部屋に通される。
議場は目測でおおよそ二〇メートル×一五メートルと教室四つ分ほどの広さに天井まで八メートル、おおよそ三フロア分というスペースが確保されており、顧問官を務める四十名分ほどの机と椅子が『コ』の字状に並べられ、正面の一段高い位置には議長席と書記席が設置されている。
「ここのほかに立法諮問機関である元老院があるのだが、私が属するこの枢密院は属領を治める貴族や軍の将校、そして私のような諸事情に明るい者たちで構成され、女王陛下の権限に対する諮詢に応える役割を担っており、国難にある現在においては王国における事実上の最高決定機関となっている」
「ねえねえ、シジュンってどーゆー意味?」
ミチが肘でおれの脇腹を突きながら小声で尋ねてくる。
「王や女王が何かしようってとき本当にそれでいいのか、誰かに意見を求めることだよ」
「まぁねぇ、『好きにしていーよ』って言われても、選択肢がありすぎて結構迷うことってあるしね。三十二種類あるアイスの味とか」
この女、本当に意味を理解したのだろうか。
「そして六日後の同じ刻に女王陛下御前による枢密院会議が招集され、君たちに話をしてもらうことにした」
「ふーん、そうか……って、えっ! 今何て言ったんだよ!」
メルの宣言におれは思わず彼女に聞き返している。
「言うも何も今しがた一義的に齟齬の無いよう言ったはずだ。再びこの場に来て今ひとつ危機感の薄い顧問官どもの尻に火をつけてもらいたい」
「そういうことじゃなくて、一体何を話せばいいんだってことだよ!」
「無論そんなもの一つしか無いではないか。彼等を言向けて日本国への侵略を止めさせるのだ」
「「侵略っ?」」
「一体どういうことだメル」
「そうだ。我が国の先遣隊の調べと報告により結論は侵略へと傾きつつある。あの世界のほんの一部分しか見ず、ろくに全体を見てもいないくせにな。こういうのを君たちの世界では『木を見て森を見ず』というのだろう? だが誤解するな。私はこの侵略に反対している。なぜなら君たちの住む日本国はこの国が制圧するにはあまりにも規模が大きすぎるからだ」
日本政府との平和的な接触は多数派により合意形成が為されていたのではないのか? いや、それはメルによってミスリードされたおれの勝手な思い込みだ。それどころかメルの話に今まで得てきた情報のすべてが線で繋がる。
そうか。年末に国道二四六号を練り歩いていた黒ローブの連中は隧道で繋がった日本を調査するためにやって来て、侵略の野心を内々に抱いたというわけか。そしておそらく連中が作った報告に何らかの疑問を抱いたメルが再調査と称して時間稼ぎをしながら自分なりに調べを進め、疲労と空腹そして高熱を出してうちのマンションに流れ着いたということか。
「なぁメル。まさかお前さんの調査のデッドラインってもしかして次の衛星が完全に満ちる夜までで、その夜というのが六日後ということか……?」
「いかにも。もしその時、彼等を納得させることができなければ数日のうちにこの国は特別戦時体制に入り、日本国への侵攻を開始するだろう。だが私は理解している。こんなことなどして我が国に一切の利益などないということを。だから頼む。君たちの力で枢密院のジジイどもの戦意をまるごと削いでもらいたいのだ」
この世界の衛星の月齢が地球と同じであると仮定した場合、十数日前に行われていたであろう紛糾した会議でメルが啖呵を切ったのが目に見えるようだ。どっちにしろ、おれたちが行動を起こさなければ双方に大きな犠牲が出ることは目に見えている。そしておそらく最初の犠牲者は丸腰で暢気にバーベキューなどを楽しんでいるキャンプ場の来場者たちであり、二番目の犠牲者は自衛隊か何かに制圧されたこの王国の兵たちだろう。それだけではない。この軍事衝突により王国の軍隊が弱体化したという情報が周辺各国に出回れば、彼等も指をくわえて様子を窺うだけでは済ますことはないはずだ。そうなると被害者は時間の経過とともに芋づる式に増え、最悪おれたちのいる世界で起きているような、複数の大国の思惑に翻弄された紛争が発生する引金にもなりかねない。
「分かった。だがその前に約束してくれ。これからおれたちはフォヴァロスの市とここから一番近い兵站を見て回る手筈となっているが、それ以外にもおれたちが見たいと望むものをすべて包み隠さず見せてくれると約束してくれ。この国の現状を知った上で、彼等に響く説得の材料を考えていきたい」
「そうか……。ソフィ、この二人に兵站を見せることに問題は無いか?」
おれの要求にメルはソフィに質問をぶつける。
「まったく無いといえば嘘になりますが……メル様のご指示とあらば上官に分からぬよう手引きをするくらいであれば可能かと存じます」
「シン、ミチ、これでどうか?」
「それで構わない。今からそこに連れて行ってくれないか?」
「分かった。では、その途中に市が立っているからそこに寄ってからここから一番近い兵站に向かうことにしよう」




