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第二章その3(神奈川県足柄上郡松田町松田惣領)

よろしければ文章評価・ストーリー評価、ご感想等いただければ幸いに存じます。

「それじゃ、終点についたらこのカードを機械にかざすんだよ」


「分かっておる。これが金子(きんす)の代わりなのだろう?」


 メルは首からぶら下げたパスケースの中に入っているPASMOをミチに見せつけている。


 十七時四十分。おれとミチは小田急線新松田駅前ロータリーのバス停でビジターセンター行き最終バスに独り乗り込むメルを見送らんとしている。おれとミチが王国まで行かず新松田駅で見送るのは、これ以上先に進むと今日中に戻ることができないからである。


「行き方は先日と同じだから分かっているだろうけど、川沿いを歩いているとき万が一誰かに声を掛けられたら『奥のキャンプ場にいる友人のところに行く』と言えばまず怪しまれることはない。あと野生動物には気をつけろ。毒蛇もいるし、鹿も草食動物だと思って舐めてかかるとお前の体重なら簡単にはじき飛ばされるぞ」


「心配するな。魔力はまだ残っておるから魔法で脅かせば良い」


「だが傷つけたり殺生したりするなよ」


「『鳥獣保護法』のことを言っているのだろう?」


「そうだ……って、よく分かったな」


「図書館の書架にある『六法全書』に目を通したからな」


「さいで。さすが賢者様だ」


 メルの言葉に軽くため息をつくと、バスの入口付近に備わっているスピーカーから「ビジターセンター行き最終が発車いたします」という運転手のアナウンスが流れる。


「では、隧道のところで待っているぞ」


「バイバイ! またね」


 まるでその言葉に合わせたかのようにバスの扉が閉まると、バスは国道二四六号(ニーヨンロク)に向かってゆっくりと走り出す。


「さてと、バスも行ったところでおれたちも帰るぞ」


 おれは二人以外誰もいないバス停で身体をストレッチしながらミチに声を掛ける。


「うん。でもメルちゃん大丈夫かなぁ」


「大丈夫なんじゃないか。アイツ、順応性はかなり高いしみたいだしな。故郷で賢者を名乗っているのなら、その国の役人がポンコツだらけか逆に異常なまでに狡猾でない限り何があってもうまく切り抜けるだろうし」


「だったらいいけど……。あと、金曜日までワタシたちは何をしておけばいいのかな?」


「アイツからは別段何も言われなかったけど、資料ぐらいは準備しておこうぜ」


「資料? 具体的にはどういう種類の?」


「そうだな。何となくだけど、もし地球に宇宙人が現われたとして、彼等に自分たちのことを知ってもらうにはどうすればいいかという観点で考えていけばいいと思ってる。まぁ、実際にそれを披露するのはもう少し先の話だろうから、細かいことは実際にエストザーク王国とやらを見てから考えようぜ」





「やぁ、二人とも今日は午前中だけかな?」


「シン君、ハナちゃん。こんにちは」


「あっ、お疲れ様です」


 金曜日の昼過ぎ。午前中の講義を終えたおれとミチはトロリーケースを引きながら駅に向かって大学構内を縦断していると、会長とアイシャ先輩に声を掛けられる。ミチのことを本名の倉永花の『花』の別の読み方をもじった『ハナちゃん』と呼ぶのは原則として高校以前からミチを知る者に限られるが、大学入学を機に日本にやって来たアイシャ先輩が斯様な呼び方をするのはおそらく会長がおれたちの与り知らないところでミチのことを幾度となく『ハナちゃん』と呼んでいることに影響を受けたからなのだろう。


「おや、今日はメルちゃんはいないのかな?」


「ええ、まぁ……ちょっと……」


「そうか。それはとても残念だ。もしいるならこれから一緒に学食で食事でも――と思っていたのだが」


「すみません会長。ご期待に添えなくて」


「ところでこの荷物は何だい? この時間からと言うことは泊まりがけで旅行か何かかな?」


 会長はおれたちが転がしているトロリーケースを一瞥しながら問いかける。


「ええ、まぁ、そんなところです。日曜日の夕方には戻ってきますから」


「そうか。二人きりで初めてのお泊まりか」


「いや、メルがいるので、そういうのとは違うんですけど……」


「そういうことを言っているのではない。私が言いたいのは、くれぐれもノーヘルで乗るなと言うことだ。これ以上幼女が増えても困る」


「いや、おれたち電車で行きますし、そもそもバイクの免許なんか持ってませんよ」


「まったく、冗談の分からない男だな。私はバイクのことを言ったのではない。ハナちゃんに乗るとき(・・・・・・・・・・)の心得を言ったんだ」


「「乗らねぇよ!」」


 ようやく会長の言わんとする意味を理解したおれたちは同じタイミングで突っ込みを入れる。


「まったく、勘弁してくださいよ。まさかそんなこと言うなんて思いもしないから調子狂うじゃないですか」


「何を言っているんだ。小粋な下ネタは日本の学生の嗜みなのだろう?」


「そんな嗜み無ぇよ!」


 おれは思わず声を荒げてしまう。その一方でアイシャ先輩は褐色の肌を真っ赤に染めているのでどうやら意味は分かっているらしい。


「兎に角、電車に乗り遅れるとまずいんでもう行きますね」


 おれたちは会長との会話を切り上げると大学前の駅から井の頭線に乗り込む。前回同様、小田急線と富士急行バスを乗り継ぎ、林道をしばし歩けばあのトンネルの入口だ。


「今さらこんなこと言っても仕方がないけど、やっぱり先日ワタシたちが最後まで送っていったほうが良かったんじゃない?」


 日がとっぷりと暮れ、照明灯すらなく、木々の高さも相まってすっかり暗くなってしまった林道をLEDランタン片手に歩く中、おれのすぐ後ろを歩くミチが声を掛ける。


「しょうがないだろ。『国境』まで行ってたら終バスには間に合わないんだから。それともビジターセンターのところで野宿でもしたほうが良かったのか?」


 おれは前方を真っ直ぐ見ながらミチの問いに答える。


「いや、そうじゃなくてさぁ……キャンプ場に建ち並んでたかわいいコテージとか、確か『信玄の隠し湯』だっけ? 近くにある温泉。ああいうところに泊まって翌朝始発に乗って直接大学に行けば良かったんじゃない?」


「それも考えたけど、時刻表によれば始発のバスに乗っても朝イチの講義には間に合わない。とは言え結果的にこんな暗闇の中を歩かせることになってアイツには少し悪いことをしたと思ってるよ」


 トロリーバッグの重たさも手伝ってか、おれの言葉を最後に二人の会話が途切れる。暗闇と静寂の世界を、二人のランタンと足音だけが左右に引き裂いている。


 二時間近くかけて林道を歩き続けた二人はようやく犬越路隧道の入口にたどり着く。


「いよいよだな」


「うん。メルちゃん、ちゃんと来てくれているかな?」


「いてもらわなきゃ困る。いなかったら出口近くでビバークするしかないしな」


 つづら折りの林道とは対照的に一直線に掘られたトンネルを目に前に左右に並んだ二人は短い言葉を交わし、互いの顔を見合わせ、こくりと軽く頷くと、同じ速度の歩みでトンネルの中へと足を踏み入れる。もともと県道の一部として整備されたため、トンネル内には水銀灯が一定の間隔で設置されているが、依然として開通の目処が立っていたいため通電されることなく真っ暗なままである。


 ランタンと徐々に大きくなっていく坑口を頼りに歩くこと十分。前回同様二人の肌が露出した部分がうっすらと光り始める。しかも今回は夜のせいか、前回以上に強く光っているように見える。


「シン君、また光ってるよ! 一体何なんだろうこれ?」


「よく分からないけど、ここであれこれ考えるよりもメルに聞いたほうが早いな。前回光ってるおれたちを見て何か言ってたけど、言葉が分からなかったから知る由もなかったしな」


 まるで深海を思わせる暗闇の中でクラゲのように身体を青白く光らせたおれたちはひとまず疑問を横に置き、残り数十メートルを歩いてトンネルを抜けると、前回同様広葉樹が生い茂った森に出る。トンネルの中よりましとは言え、真っ暗な中おれたちは真っ暗な森の中ランタンを頼りに山道を見つけ、再び歩き出そうとしたその刹那、後方からザワザワと草木が揺れる音が聞こえてくるとともにおれは丸腰で訪れたことを後悔し始めていた。トンネルを抜けたここから先は日本ではなく他国の領土。日本だったら昔話や時代小説の世界にしかいないような追い剥ぎや山賊がいるかも知れないと言うことにどうして事前に気付かなかったのだろうかと。


 腹をくくったおれはおもむろに後ろを振り返るが、そこには誰もいない――否。少し顎を引くと、そこにはランタンを持ったまま荷馬車に寄りかかり少し不機嫌そうに軽く腕組みをしている幼女の姿があった。

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