第二章その1(東京都渋谷区南平台町)
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「で、どうしたものかなぁ……」
「うん……」
連休最終日の夜。マンション五階にある渡瀬家のリビングルームでおれとミチは二人して溜息をついている。
羽田空港のターミナルの屋上にて公衆の面前でメルことエストザーク王国直属賢者兼枢密院顧問官メルキオーレ・ワイズマンから跪かれた挙げ句に王国の開戦派や軍人たちを平和裏に押さえ込む手助けをするだけではなく、日本政府との窓口になって欲しいという依頼に思わずOKしてしまったが、何をどうすればいいのかまったく見当がつかない。
あの後メルのリクエストにより日本の元老院が見てみたいという理由で、外観を眺めるだけではあったが国会議事堂を訪れ、さらには日本国の都を俯瞰したいという希望により東京スカイツリーを訪れたのだった。当のメル本人は今、おれの部屋のベッドですうすうと寝息を立てて眠りについている。
「結局昨日今日の行動だけを見たら『田舎から来た親戚を東京見物に連れて行った人』みたいになっちゃったね」
「ああ。トンネルの向こうから見た城壁と海に囲まれた街――確かフォヴァロスだったか。今でもおれたちが見たあの風景が未だに信じられなくてさ」
「でも、今の時代にあんな城壁で囲まれている街なんか日本に無いし、本来なら方角的にもあんなところに海なんか無いじゃない。だからあのトンネルがどういう仕組みなのかは一旦置いておいて、あそこはワタシたちのいる世界とは違う世界だって認めざるを得ないよね」
「ミチ、あの時お前に『今日のことは二人だけの秘密にしような』って言ったけど、どうやらその約束はいとも簡単に破ることになるんだろうな」
「外交関係を結ぶということは、全世界にエストザーク王国やトンネルの存在を知られるということだからね。でも、これでいいのかな?」
「どういうことだ?」
「遠巻きに見ていたフォヴァロスの街って、城壁に囲まれて、石造りの建物がいっぱいあったよね。たぶんだけど、電気とガスなんて見たことすらなくて……。水道は辛うじてあるのかも知れないけど、様々な科学技術はあまり発達していないんじゃないかな。もし日本と外交関係を結ぶとなると、そういった技術が一気に王国に入ってくることになると思う。それはもしかしたら王国に多くの富が入ってくるのかも知れないけど、逆の言い方をすればたくさんの人たちの人生を変えてしまうんじゃないかって思うんだよね」
「そうだな。ミチの言うとおりあの王国――いや、王国のみならずあの世界全体には産業革命みたいなやつが起きてなくて、今もなお歴史の授業で習ったように家内制手工業みたいな家族経営で綿花から糸を紡いだり、鍛冶屋がたたら製鉄みたいな方法で刀や包丁を作ったりしている世界に、いきなり航空機の翼や胴体を構成する炭素繊維を作る工場を作ったり、大型の溶鉱炉を要した製鉄所を建てたりしてみろ。日本や欧米の会社が富を吸い上げて、街中に失業者が溢れることになるだろうな」
「それはメルちゃんたちにとって本当の意味で幸せなことなのかな?」
「分からない。でも、少なくともこれだけは断言できる」
おれはミチの素朴な疑問に正直な気持ちをぶつけ、そしてこう続ける。
「おれたちはあくまでメルの、そして王国の代理人に過ぎない。あくまで王国のことや王国の国益の何たるかは王国の人たちで決めるべきなんだよ」
「たとえ日本と戦争することになったとしても?」
「ああ。おれたちは彼等に助言や進言はできるけど、最終的な決定権は委ねなきゃいけないと思う。もし戦争なんてことになったらおれたちは王国と運命を共にするか、さっさとこの件から手を引き、無関係を装うかのどちらかを選ばなければならない」
「どうして? メルちゃんを見捨てるの?」
「そうじゃない。もし王国と関わりを持ったまま戦争に突入したら、日本政府はおれたちのことをどう考える?」
おれの言葉にミチはハッとする。
「もしかして……反逆者?」
「ああ。日本政府から見たら外国政府と結託して国家の転覆を謀った犯罪者として刑法で定められる内乱罪という過去にほとんど適用したことがない罪に問われる可能性があると思う。しかも裁判は地方裁判所じゃなくていきなり高等裁判所から始まる二審制になるから、重罪は免れないだろうし、未成年といえど週刊誌か何かを通じて実質的な実名報道もされてしまうだろう。唯一の例外は王国が日本に戦争で勝ち、国家を転覆させて傀儡政権が樹立したときだと思うけど、その可能性は万に一つも無いと思う」
「さすが法学部志望ね。何だかそう言われると少し怖くなってきちゃったなぁ……」
おれの言葉に花は不安そうな表情を浮かべる。
「そこでだ。これは明日になったらメルに提案しようと思うんだけど、今度の週末――正確には金曜日の夕方から日曜にかけてフォヴァロスに行ってみないか? 分からないことを案じて無駄な時間を過ごすより、現状をある程度見てから判断したほうがいいだろ?」
「うん。国交が無い場所に行くのは少し怖いけど、シン君とメルちゃんがいれば大丈夫だよね?」
「大丈夫かどうかはおれには分からないけど……安全に滞在する方法はメルに任せれば何とかなるだろう」
「あんなちっちゃい子に任せても大丈夫かなぁ」
「大丈夫も何も、あの賢者様に任せるしか術がないならそうするしかないだろう」




