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第一章その16(HND)

よろしければ文章評価・ストーリー評価、ご感想等いただければ幸いに存じます。

「まるで旅に出るかのような大きな荷物を持った者がたくさんいるな。それに天井も高い。ここは一体何のための建物なのだ? まさかこんな陸地で港ということもあるまい。となれば乗合馬車の発着場か?」


「さすが賢者様といったところか。こういったことには勘が鋭い。だがそれだけでは完全な正解じゃない。正解は、屋上に行けば分かるだろうよ」


 おれたちはエレベーターで最上階に上がるとそのまま屋外に出る。するとメルは一目散に柵まで駆け寄り、ある物体に釘付けになる。


「何だこれは? まるで大きな羽根を持った巨大な鯨ではないか! 一体何のためにあんなものをこさえたというのだ?」


「まぁ、よく見てみな」


 おれがメルの質問に対する答えを焦らしていると、乗客を機内へと送り込むボーディングブリッジが飛行機から離れ、滑走路に向かってタキシングを始める。しばらくすると滑走路の端に到着し、両翼のジェットエンジンが唸りだした瞬間、滑走路を高速で走り出すと、そのままふわりと浮かび上がり、やがて空の彼方へと消えていった。


「そうか……爺様の言っていたことは本当だったか……」


 次々と離陸し、また次々と着陸する数多の飛行機を眺めながらメルは独りつぶやく。


「メルちゃんのおじいちゃんってどんな人だったの?」


 ミチは買ってきたペットボトルをおれとメルに手渡すと、自分もまた、ペットボトルの紅茶を一口飲んでメルに尋ねる。


「ああ。かつて王国で賢者として枢密院顧問官を務め、政を支えてきただけではなく、前国王陛下や現女王陛下、大臣たちの助言者として絶大なる信頼と信用を得ており、その高い地位にもかかわらず身分の上下の分け隔てなく接し、偉ぶったり奢ったりする様子を微塵も見せることなく、あまり忙しくないときは臣民からの相談を受けたり、農地の境界争いといった臣民同士のいざこざの仲裁をも買って出て知恵を貸すなどあらゆる人々に人格者として慕われ、愛されてきたのだ」


「へぇ……すごい人だったんだねぇ」


「私が幼きとき、爺様は時々私をヘサックの丘――先日君たちも見たあの丘に連れ出し、紙で模した鳥を作り、魔法を使わず風上から風下に向かって飛ばし、麦畑の手前でくるりと方角を変えて再び爺様の手の中に収まるという芸当を見せてくれたのだが、私にはそれが不思議で仕方無くてな。どうして魔法なしでそんなことができるのかと何度も尋ねたものだが、ついぞ教えて貰うことはなかった。だが、その代わり爺様は『今でこそこの程度のものしか飛ばすことができぬが、時が来れば人々は翼を手に入れ、大陸と大陸、島と島そして街と街を飛び交うことができるやも知れぬ』とも言っていてな。私は爺様の言葉を信じることができなかったが、今その答えを見せてもらったよ。爺様は間違っていなかったということをな」


「ところで今メルちゃんのおじいちゃんはどうなさってるの?」


「ああ、最近鬼籍に入った。爺様は隠居することなく最後の最後まで賢者としての務めを全うするものだと思っていたが、私が齢八つのとき、国元を離れ国境を二つ越えた帝国のアカデミアにて考究を重ねていたある時突然王国に呼び戻し、私が止める暇を与えず、命と引き換えに一生に一度しか行うことができないすべての知を私に委ねる『譲与の儀』を執り行ってしまった。数多の知が否応なく身体中に注ぎ込まれる間、私は爺様――先代の賢者が国を憂うとともに己の死期を悟り、国を導くことが叶わなかった無念とともに次の代で最も若い私に託すべく腹を括ったことを知った。それから爺様は日に日に衰え、一月と経たぬうちに亡くなり、それ故に知を譲り受けた私が賢者の地位を引き継ぎ、枢密院顧問官となった。賢者といっても私は駆け出しの新米さ」


「あっ、ごめん……」


「謝ることはない。爺様は大往生であった。それに王国で公に『空飛ぶ馬車は実現できる』などと言おうものなら変人扱いされた挙げ句にすべての地位が剥奪されて蟄居する羽目になりかねないからな。だがそれは今日で崩れた」


 メルは意を決したかのように深く一回首肯すると、おれとミチの目の前で二人に跪き、両手でおれの左手とミチの右手を軽く握りしめる。


「シン、ミチ、エストザーク王国直属賢者兼枢密院顧問官メルキオーレ・ワイズマンとして正式に要請する。日本国との外交および通商関係樹立に向け、陛下および枢密院との合意形成および日本国との事前交渉に着手したい。そのために是非ともお二人の力を貸していただけぬだろうか。もちろんタダとは言わない。まずは王国の意見がまとまった暁には王国から報酬を出すよう便宜を図ろう」


 メルは少しばかり低い声で切願しながら、いち民間人である日本人の男女に頭を下げている。二人合わせて滞在時間数十分の王国のためと言うより、一分一秒でも他の見学者たちの奇異な目から逃れたかったおれたちには、王国直属の賢者兼枢密院顧問官殿の依頼にこくこくと頷く以外の選択肢はなかった。

次回より第二章に入ります。

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