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第一章その15(東京都渋谷区道玄坂・宇田川町・神宮前)

よろしければ文章評価・ストーリー評価、ご感想等いただければ幸いに存じます。

「人が……多いな。今日はこの国の祭祀か何かか?」


「いや、いつもこんな感じだ。いや、昼に近くなればもっと多くなるぞ」


 おれとミチに連れられ、渋谷駅前のスクランブル交差点を目の当たりにしたメルは驚いた表情で声を上げる。


「あの者たちは何をしているのだ? どうやらアカデミアでも目にした、君たちとは異なる民族のようだが、何だが動きが怪しく見える」


「いや、あの人たちは違う国からこの国を見物するために来たんだよ。あれは青信号の隙を狙って写真を撮ってるんだね」


「シャシン?」


「うん。こーゆーことだよ」


 ミチは前屈して目の高さをメルに合わせると、スマートフォンを取り出しメルを撮影する。


「今、何をしたのだ?」


「ほら、これを見てみて」


「ほう。これはまた面妖な……一体どうやって……」


 メルは不思議そうな表情のままスマートフォンの画面を覗き込む。


「ここのレンズと呼ばれる丸い硝子の穴の向こうに組み込まれているCMOSイメージセンサが光や色を読み取って、その読み取った情報を内蔵されている不揮発性メモリに記録していくんだ」


「メルちゃんにいきなりそんなこと言っても分かるわけないでしょ。そーゆーバックグラウンドが無いんだから」


 ミチのツッコミは正論ではあるが少し癪なのは何故だろう。


「よく分からないが魔力の痕跡がないから少なくとも魔法ではないということは分かる。だが、いずれ如何様な仕組みになっているかは知っておきたいものだ」


「あっ、写真と言えば……行こっ。メルちゃんとアレもやってみたかったんだ!」


「おい、一体どこに行くんだ?」


 ミチはメルの手を引いてスクランブル交差点を渡り、おれはその後を追う。


「ほらっ、こうやって横に並んで、目の前のフレームに合わせて……」


 宇田川町にあるゲームセンター最奥にあるプリントシール機のブースの中でミチとメルは一緒になってポーズを撮っている後ろで、おれは男性単独では足を踏み入れることが許されない女性だらけのこの場所に対する居づらさを覚えながら独り溜息をついている。


「ほら、これは撮ってからが大事で、これをこうやって、こうやると……」


「おおっ、目が大きくなった。そして心なしか肌も白くなっているな」


「よしっ。それじゃ印刷するね」


 ミチが操作パネル上のOKを選択すると、すぐさま取り出し口からプリントシールが吐き出される。


「なるほど。こうやって紙の上に色つきでうつされるのか。不思議なものだな」


「これは針よりも細いヘッドに熱したインクを送りつけて噴射させ、紙に色を付けている。基本的にはシアン・マゼンタ・イエロー・ブラックの四種類のインクを組み合わせて総天然色に仕上げていくんだ」


「もぉ! シン君ったら、分からないことをいちいち解説しなくてもいいんだよ! 天丼やってんの? こーゆーのはそんなこと気にしないで楽しむものなの」


「ミチ、今日は深夜アニメのような百合百合した展開を再現するためにここに来たんじゃないんだぞ。今日はこの世界の本質をこのガキに教えるために来たんだからな!」


「分かってるよ。でもこれだって世界の本質を知る活動のひとつでしょ?」


「それは否定しないけどさぁ、優先順位ってもんがあるだろう。ええっと、エストザーク王国だったか? その連中に戦なんかやったら返り討ちに遭うどころか国が滅ぼされることを説明できる材料をこのガキに……グフッ!」


「あまりガキガキ言うな。不愉快だ。それに私はガキではない。もし君が王国で同じことをしでかしたら事によっては打ち首にもできるのだぞ」


「さいで……ゴホッ! ゴホッ!」


 メルの右手の拳がおれのみぞおちにめり込んだ瞬間、彼女の不意打ちに膝から崩れ落ち、思わず咳き込む。


「ところで、今朝はどうしてこの男の家で朝食を摂らなかったのだ? そろそろ腹が減ってきたのだが」


「それはねぇ……JDになったら一度は行ってみたい場所があってね。今からそこに行こうと思うんだ。ほらっ、シン君もいつまでも倒れてないで行くよ!」


「あ、ああ……て言うか自分でJDって言うなよ……」


 おれはようやくおもむろに立ち上がると、再びミチとメルの後を追ってゲームセンターを後にしたのだった。



「うわーっ、すごーい。一度ここのパンケーキを食べてみたかったんだ!」


 神宮前の交差点角のファッションビルのテナントとして入っている店でミチは興奮を隠しきれぬまま目の前のリコッタパンケーキに入刀し、メルもまた同じリコッタパンケーキをナイフとフォークで一口大に切り、口の中へと入れている。ミチはそんな二人の様子を眺めながらオーストラリア式朝食(ブレックファスト)セットの到着を待っている。


「うむ。味は悪くない。王国は慢性的に品不足であるが故に砂糖はなかなかの貴重品でな。市井の者たちがこうやって手軽に甘いものが食べられるとは、完璧な調査をしたと言い張る馬鹿どもの目は節穴だらけと言わざるを得ないな」


 メルは甘いものに舌鼓を打ちながら独り悦に入っている。


「まぁ、気に入ってくれたのは全然構わないのだが……」


 おれはようやく目の前に置かれた朝食セットのスクランブルエッグとマッシュルームを口の中に入れて飲み込み、話を続ける。


「このままのペースじゃ全部を回るのに何日かかると思ってるんだ。次からはおれが選んだ優先順位が高そうな場所に行くぞ。いいな」


「えーっ、次は竹下通りに行こうと思って……」


「問答無用だ。このガ……じゃなかった、こいつ――メルは遊びに来たわけじゃないんだぞ」


「ああ。私はいわば王国そして臣民の名代としてここを訪れていることになる。そして時間が限られている故、できればすべてを回りたいとは考えているがそれは無理な相談であり、重要度が高そうな場所から順に訪れたいと考えている。但し、この甘みを含んだパンケーキとやらは別だ。この味を知ってしまった以上、すべてを食べ終わるまで何人たりともこの場所から私を動かすことはできまい」

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