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第一章その11(神奈川県川崎市高津区溝口)

「で、ここなんだ」


「ああ。家から一番近い神奈川県の図書館だ。連休中も開いていて良かった」


 自宅から池尻大橋駅まで山手通りを越えて目黒川沿いを歩き、メルが巨大なでんでん虫を彷彿とさせる大橋ジャンクションに釘付けになった時間込みで二十分。国道二四六号の地下にある池尻大橋駅に潜ることに不安そうな面持ちのメルをなだめ、自動改札機に行く手を阻まれてフラップドアから強烈なビンタを喰らい、通過する急行電車に怯えるメルの姿に「キュンキュンする」などと言いながら彼女をぎゅうぎゅう抱きしめるミチを諫めつつ東急田園都市線に乗ること同じく二十分。さらに駅から歩いて五分。合計四十五分かけてたどり着いたのは川崎市立の図書館だった。


「ねぇ、ここって川崎市民以外も使ってもいいの?」


「基本的には川崎市民と在勤在学の人だけだろうね。だからここにいる間は極力川崎市民のような顔をしてやり過ごしてくれ」


「川崎市民みたいな顔ってどんな顔よ?」


「静かに。ここは図書館なんだから」


 おれたちは図書館の建物の中に入り込むとカウンターに近付き、職員に声を掛ける。


「すみません。カナニチの記事を調べたいんですけど」


「でしたらこちらにご記入をお願いします」


 おれは申込用紙に住所・氏名・年齢・電話番号を入力する。ただし住所は神奈川県川崎市川崎区富士見二―一―九と記し、電話番号も固定電話ではなく携帯電話の番号だ。


「それ、どこの住所?」


「ああ、川崎球場」


「さいですか。それにしてもよく覚えてるね。むしろ感心する」


「予め調べておいたからな」


 ミチは少し呆れたような表情で、申込用紙にすらすらと記入するおれの様子を窺っている。


「で、キーワードはどうするの?」


「そうだな。新聞だから『黒ローブ』じゃなくて『黒装束』でいいだろう。時期は……そうだな。去年の十一月から十二月にしよう」


 おれは申込用紙を書き終えて職員に手渡す。すると、職員が申込用紙をもとにデスクトップパソコンに向かい、キーボードを叩き始める。


「ええっと、十一月から十二月にかけて四十八件ありますね」


「そうですか。一番古い記事でいつくらいですか?」


「勤労感謝の日の前あたりですね」


「であれば、一番古いものから五つの記事を用意していただけますか」


「はい。ただいま印刷の準備をいたしますのでこちらの番号札を持ってお待ちください」


 番号札を受け取ったおれとミチは備え付けの椅子に腰を下ろす。一方メルは図書館を利用する人々を不思議そうな表情で眺めている。


「ねぇ、シン君はどうしてメルちゃんのために色々してあげてるの?」


「その質問、そっくりそのままミチに返すよ」


「質問を質問で返すのはちょっとズルくない?」


「ズルくねぇよ。たまたまだ。たまたま。だったらうちのマンションの階段でひっくり返っていたアイツを外に放り出したほうが良かったか?」


 おれの言葉にミチはかぶりを振る。


『番号札一番でお待ちの渡瀬信さーん、準備ができましたのでカウンターへどうぞ』


 数分後、レーザープリンタで印刷された記事を受け取ったおれとミチはメルとともに二階の閲覧室に上がると、記事を古い順に吟味し始める。記事はすべて社会面に掲載されており、おれの読みどおり記事は数行と小さく、写真すら掲載されていない。


「『丹沢湖に謎の黒装束集団』か……。ええっと、未明に三十人前後と思しき黒装束の集団が県道七十六号線北側から現われて交通が乱れたため、駐在所から警官が駆けつけたが話が噛み合わず応援を要請。パトカー数台が駆けつけるも無視され、追いかけていくうちに夜が明けると誰もいなくなっていた――とある。さすが地方紙。全国紙と違ってこんな些細なことも載るんだな」


 おれはバッグから昭文社刊『県別マップル 神奈川県』を取り出すと、山北町付近のページを開いて記事の隣に置く。


「と言うことは、メルちゃんは丹沢湖とかいう湖からやって来たということ?」


「いや、おそらく丹沢湖から来たんじゃなくて正確にはある場所から丹沢湖を経由してここに来たんだろう。そしてページをめくったここが昨日動画で見た新二子橋そしてギリギリ載っている二子玉川駅がここだ」


 おれは地図を覗き込むミチとメルに分かるよう丹沢湖と新二子橋に蛍光ペンで○をつける。


「徐々に大きくなっていく他の四つの記事によれば黒ローブ集団は県道を南下し、国道二四六号との丁字路にぶつかると左折して小田急線新松田駅付近を通過していることが確認されている。あとは二子玉川まで道なりというわけだ」


 おれはさらに地図上にある県道七十六号と国道二四六号の新松田駅付近までの道のりを蛍光ペンでなぞってみせる。


「でも丹沢湖付近の地図によれば、黒ローブの人たちが向かった南を除いて三方向に県道が分かれてるけど、どこから来たのかな?」


「それはさっきの記事を見ればおおよそ察しがつく。記事には『県道七十六号線北側から現われて――』とあるから、記事が正しいのであれば彼等はここを経由した可能性が高い」


 おれは丹沢湖から見て北の方向にある、とある施設に蛍光ペンで大きく○をつける。

「そういうわけで明日は急遽ハイキングだ。動きやすい服装と靴で朝五時集合な。あと、雨天順延ということで」


「うん。それはいいんだけど、メルちゃんのウェアはどうするの?」


「ああ……」


 確かにミチが指摘するとおり、山に行くなら彼女のお下がりを着せるわけにはいかないということをおれは悟る。


「分かった。帰りは渋谷に寄ってコイツが着るウェアを買って帰ろう」

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