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第一章その10(東京都渋谷区南平台町)

「うわぁ、カワイイ! 超カワイイ! 何てカワイイ身体つきなの! お肌も赤ちゃんみたいだし、発展途上なちっぱいもホントたまんない! もふもふっ! もふもふっ! さぁ、背中をゴシゴシ流したら一緒に肩までバスタブに浸かろうね」


「×××! ××、×××! ××! ×××××××!」


 扉の向こうにある脱衣所兼洗濯室の、さらに向こうにある風呂場のほうから聞こえてくる二つの言語を背中で聞きながらおれは夕食の後片付けをするべく食器や鍋を洗っている。


「言語によるコミュニケーションができないとなると、おれたちだけでは限界になってくるかも知れないな……」


 遠くから聞こえるメルの言葉の意味は正確に理解できないが、言葉のトーンからミチとメルの間にはまだ大きな壁――正確にはメルのほうが築いた壁が存在していることが推察できる。


 無理もない。メルは自分を保護してくれたおれを味方と定義する一方、おれを攻撃するミチのことを敵とみなし、幼女とは思えぬパワーでみぞおちに一発食らわせてノックダウンさせてしまったのだから。


 おれは小さく溜息をつくと、水で洗剤を落とした最後の食器を水切りカゴの中に入れてシングルレバーを下へと動かす。


「はぁ……先にお風呂をいただきました。とゆーわけでアイスもらうね」


 さっぱりとした表情で洗いざらしの髪にルームウェアに身を纏っているミチはおれの許可が出る前に冷蔵庫の冷凍室のドアを開けて表面にチョコレートがコーティングされたアイスクリームバーを二本取り出すと、一本は自分に、もう一本は憔悴しきった表情のメルに手渡し、リビングルームの三人掛けソファに腰掛ける。


 ミチがアイスクリームバーの包装袋を開けてその中身にありつくと、ミチが昔着ていたパジャマ姿のメルもまた、ミチに倣って包装袋を開けてアイスクリームバーを取り出し一口、二口とかじり始めると、あまりの冷たさに驚いたのか急に口をすぼめ、空いている左手で自分の大腿部をバシバシ叩いている。


「うわぁ! アイス食べてて慌てるメルちゃんも超カワイイ!」


 ミチは暢気なことを言いながら自分のスマートフォンでメルをバシバシ撮影している。


「アイスもいいけどそろそろ本題入るぞ」


 おれはタオルで濡れた手を拭きながらミチとメルが座る長いソファに対して直角に置かれた一人がけのソファに腰を下ろす。


「て言うかさぁ、メルちゃんを最初に見つけたときに着てた服って無いの? 手がかりと言えばもうそれくらいしか無いんじゃない?」


「確かにそうなんだけど、いいのか?」


「いいのか……ってもしかしてシン君、まさかと思うけど、その服を思いっきり『くんかくんか』してたとか……」


「何言ってるんだ! むしろその逆だ。汗と埃で鼻が曲がるほど臭い上に素材が分からないから洗うに洗えなくて仕方なくアマゾンの箱に入れてガムテで隙間を塞いでいたんだ。せっかく風呂に入ったばかりなのに変な臭いがつくのは嫌だろ?」


「でもメルちゃんのためでしょ! いいから持ってきて!」


「分かったよ」


 おれは渋々部屋からアマゾンの箱を持ってくると、シュールストレミングの缶を開けるかのようにガムテープを剥がし、中から黒いローブを取り出す。


「ほら、これだぞ。うわっ、まだ臭いな」


 テーブルの上にローブを置くと、ミチの表情がみるみるうちに驚愕するような表情に変わっていく。


「ミチ、何か分かったのか?」


「シ、シン君。これと同じ服を着た人たちを去年の年末あたりにテレビで見たことがある!」


「テレビ? コントか何かでか?」


「ううん。ニュースとか朝の情報番組とかで見たやつだよ!」


「ニュースや情報番組って……って、もしかして国道二四六号(ニーヨンロク)を練り歩いていたアレのことか?」


「そうそう。受験勉強の真っ最中に見に行こうってシン君を誘ったら速攻却下されたやつ。あの時のシン君は本当に鬼だったからよく覚えてるよ」


「鬼は余計だ」


 ミチの言葉におれは当時のことを思い出す。確かどこからともなく黒ローブの集団が現れて約一ヶ月もの間国道二四六号(ニーヨンロク)を練り歩き、一時はマスコミと物好きなギャラリーを引き連れていたが、突如六本木だか溜池だかで姿を消して、それ以降報道がぴたりと止んだはずだと。


 おれは自分の部屋からノートパソコンを持ってくると動画サイトを開いて『黒ローブ』という単語を入力し、検索結果の最上位に『黒ローブ@二子玉川』という動画を見つけ、あらかじめ紐付けしてあるリビングルームのテレビで再生する。するとテレビの画面上にギャラリーが撮影したと思しき、歩道を陣取るマスコミ越しに数多の黒ローブたちが列をなして車道の左側を黙々と歩いている動画が映し出される。その映像が流れた瞬間、メルは一瞬呆然としたような表情を見せるとおそるおそる画面に近付き、液晶パネルの黒ローブを映し出している部分を優しく撫でると、おれたちに向かって「×××! ××××!」と叫ぶ。


「どうやらビンゴのようだな」


「うん……。メルちゃんはこの人たちの仲間だったんだね。そうと分かったらどうする?」


「そりゃ、彼等のもとに返すのが筋だろう」


「でもどうやって?」


「そうだな……過去の報道を調べるのが手っ取り早いと思うけど、政治経済や国際情勢とかと違ってこういう社会面に載るような報道ってセンセーショナルな刑事事件でない限り、ある日突然全国的に流れるんじゃなくて最初は小さく、そして徐々に取り上げられていくものだと思うんだよな。それに、おれたちは東京に住んでいるからなかなか気付きにくいけど、こういう珍奇だけど毒にも薬にもならないニュースって最初は都道府県レベルで取り上げられて、そのうち全国ネットで取り上げられるはずなんだよ。となれば、調べる必要があるのは神奈川――おそらく横浜を本拠にしている地方紙……確か『神奈川日日新聞』だったと思うけど、そのバックナンバーかデータベースを洗い出す必要があると思うんだ」


「でもどうして神奈川県なの?」


「今の動画を見ただろ? 黒ローブ集団は新二子橋を渡って都県境を越えて世田谷区に入っている。つまり東京都に入る前は神奈川県にいたということだし、道路が繋がっている静岡県の御殿場や沼津あたりでの目撃情報がないようだから、そこから調べればいいだろう」


「うーん、言っていることは一理あると思うけど、『神奈川日日新聞』のバックナンバーなんてどこにあるの? たぶん大学や区の図書館には置いてないんじゃないかな」


「そりゃあ神奈川県のことを調べるんだ。神奈川県に行くのが手っ取り早いだろう」

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