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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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7. 介抱するはぐれ者

「おい! 勝手に死ぬな! これじゃまるで俺がお前を殺したみたいじゃねぇかよ!」


こんな歳若くして刑務所になんか入りたくねぇ!

俺は男の元に駆け寄り蘇生を試みようとした。男の体温、そして脈を形だけでも確かめてみたんだ。あっているかどうかはさて置き。

まだ温かい……そして息もある。

どうやら気絶してしまっているだけのようだった。


 しかしよく考えたら、こんな大けがを負って話せる状態じゃねぇか……。だがこのままコイツを放っておくのは色々ややこしい。見捨てたみたいでなんか後味も悪ぃし。


 救急車を呼ぼうにも色々事情を訊かされそうだ。どう説明していいかも解らんし面倒臭ぇことこの上ねぇ。

 これこそ乗り掛かった舟だ。仕方ねぇが、不本意ではあるがコイツを負ぶって家に運び入れるしかねぇだろう。

 俺は鞄の取っ手を口で咥え、道端で横臥している男を背中に負ぶった。小柄な体格通り体重もかなり軽い。これなら運動不足の俺でも何とか運べそうだ。

 今思えばコイツの着ている学ランはうちの高校の制服だった。詰襟の部分に校章があったから間違いない。


 まさかまさかだ。ここで一体何があったかは知らんがうちの高校の生徒が被害者だとは。とにかく今はこいつを俺の家に連れていきできる限りの手当てを施すことが先決だ。何があったかを訊くのはそれからでも遅くはあるまい。


 さっきの道を通り抜けてしまえば俺の家までは遠くない。五分程度で辿り着くことが出来た。さて、家の前まで来たのだが、ここでまた一つ新たな問題が生じた。

 それは――俺の家の一階の灯りが窓から煌々と照っていたんだ。むー……おかしいなぁ。俺の家にまさか今度こそ泥棒が? それだったら幾分かマシだったが犯人は解っている。


 両手が塞がっているから背中に背負っているコイツを一旦降ろし鞄から鍵を取り出して玄関のドアを開ける手間は省けたが……、これはこれで由々しき事態だぞ。


 憚られることだが俺は背中にけが人を背負ったまま血が付着した利き足を使いドアの取っ手を手前に引いて家へと飛び込む様に這入った。

 乱雑に靴を脱ぎ捨て居間へと駆け込んだ! そしてそこに居たのは案の定――、


「あ! イチ兄お帰りなさ――へ……?」


 ツヅが勝手に台所を借りて料理を作っている真っ最中だったんだ。そしてその場に昨日の様にへたり込んでしまった。当たり前だろう……家に帰ってきた幼馴染が、あろう事か背中に血塗れの人間を背負って帰ってきたんだからな。

おいおい……火が付きっぱなしだぞ。せめて火を消してから腰を抜かせ。ガス代が勿体ないだろう。


「うう……イチ兄ぃ……。いつかはヤッちゃうんじゃないかと思っていたけど、まさか……」


「おいおいおいおいおいおい? てめぇは一体何を勘違いしているんだ?」


「ツヅはイチ兄の事信じてたのに……。友達を殺しちゃうような人じゃないって……」


「殺してねぇし! っていうか何でてめぇはまたここに居るんだ⁉ それに友達って――」


「うう! 痛たたたたた!」


 と、他愛のない言い争いをしていたら、今まで屍の様に動かなかった男が急に意識を取り戻し、俺の背で身悶えする程に痛み出したんだ。


「おい! 暴れんじゃねぇ! 落しちまうだろうが!」


「うわあ! あれは何なんだ一体⁉ 僕は……僕はぁ!」


 意味不明な事を口走って錯乱状態だ。こんなことを言っては何だが近所迷惑だ。


「くそ……おいツヅ! 話は後だ! お前向こうの和室で布団敷いて来い! 今すぐだ!」


「う……うん。解ったよイチ兄! ――やっぱりイチ兄はイチ兄だよ!」


 蛇足とも思える一言を残してツヅは隣の部屋、和室へと駆けて行った。

 俺はと言うと取り敢えずコイツを落ち着かせなければならん。ケガの手当てもしなくちゃならんしやる事が帰るなり山積みだ。


「た……助けてくれよお……! またあんな目に遭うのは嫌だああああ!」


「五月蝿ぇ! 出来るかどうかは解らんが手当てしてやるから静かにしてろ!」


 一向に落ち着く気配がねえ――あの場所で何があったのか解らないという混乱に加え気が付いたら誰かの背に抱えられて知らん奴の家に連れ出されていたという状況も相まって余計に相乗しているのだろうな。


「医療技術はてんで素人だが、その場凌ぎにはなるだろう。包帯巻いて止血してやるからちょっと待ってろ!」


 と、俺は男をその場で寝かせ何処にしまったか忘れてしまった救急箱を探しに一旦居間を出た。うっすらとだが確かあれは二階の何処かにしまっておいた筈だが……。


「痛たたたたたたたたたた! 血があ! 止まらないよおおおお!」


 男の悲痛な叫びが一階の方から木霊している。聞きたくなくても耳に劈かんばかりに響いてきやがる。奴自身も相当な痛みが断続的に襲い掛かってきているんだ……。早いとこ見つけ出さねぇと!


 俺は引き続き、一回から聞こえてくる断末魔にも似た悲鳴を聞きながら、救急箱の捜索に専念した。二階は三部屋程度しかない。だが物置やクローゼットなどの収納スペースが倍以上の八つもあるんだ。住み慣れた筈の家を、財産を、ここまで恨んだことはなかった。

 そして結局三分ほど掛かって――俺のお気に入りのキングサイズのベッドが設置してある部屋のクローゼットの奥の奥。


 そこに合成樹脂製で取っ手の付いた持ち運びしやすい救急箱が埃を被って眠っていた。

 そんな救急箱を見つけるなり俺は取っ手になど目もくれず両手でその赤色の箱を引っ張り出し、二段飛ばしで階段を降り男の元へと舞い戻ったんだ。


 居間に着いた時、男の姿がなく一瞬焦ったんだが――廊下に何かを引きずった様な赤い血の跡が出来ていたのに気付いた俺は迷わず隣の和室に駆け込んだ。

 そして案の定、その血の跡はツヅが男の足を引っ張り和室まで運んだという行動を端的に表したものだったんだ。掃除し難い畳にまで血が付いてしまっていたな……。


 だが俺はツヅを怒る気力さえ無駄にはできなかった。目の前に死にそうな奴がいるというのにそんな無駄なことに気力を使ってしまってどうする。

 お掃除上等。後で染み一つ残らず綺麗さっぱり洗い流してやるさ。


「イチ兄! サイ兄は今疲れて眠っちゃってるから今の内だよ! 早く包帯を!」


 サイ兄? ツヅなりの独特な呼び方だから定かではないが『サイ』とはこいつの名前の一部なのだろう。それにしても『サイ』か――どっかで聞いたような気が……。


「――解った。早速始めよう」


 だが今の俺はそんなことを考えている場合じゃねぇ。この間にもこのサイ(仮名)という奴の命は刻一刻と削られているんだからな。


 俺とツヅは布団で眠っているサイ(仮名)を起こし学ランとワイシャツを脱がせた。学ランもそうだったんだが無論ワイシャツもズタズタに引き裂かれていた。露わになった男の肌も然り、抉られていたり切られていたりされており未だに血が流れ出ていた。だが不思議と何故か刺し傷だけが見当たらなかった。ナイフで切り付けられたにしてはやや不自然とも言える状態だ。刺し傷の一つや二つあってもおかしくはないと思うのだが…。


切痕の位置も目測だが学ランやワイシャツと一致する。貫通……という言い方はおかしいかも知れんが、口下手な俺はそう説明するしかないだろう。とにかくそれほどまでに深く強い力で切り付けられたということだ。


「うわ……!」


「ツヅ……気持ち悪いなら見るな。俺一人でも出来る」


「ううん……我慢するよ……。友達が……ピンチなん……だもん……。うう……!」


 余談だがツヅは血液などのグロテスクなものを見るのが嫌いだ。直だと特に。だから俺はよく血まみれになったサイ(仮名)をここまで連れてこれたもんだと少し感心したんだ。


――が、よくそれで料理人が務まるもんだ。昨日作った魚料理もきっと我慢して作ったんだろうが、それで心を痛める程俺はお人好しじゃねぇ。嫌いな物は嫌いなのだから仕方ない。


「……ウプッ!」


「お前、マジで大丈夫か?」


 何かが込み上げてきたのか、押えきれなくなったツヅはそれを出すまいと必死に両手で口を押えながら便所へと直行していった。またも仕事を増やすような事をしてくれたな……。


 二日連続でこうも俺の家を汚されたのではいくら雑巾があっても足らんな……。――そう考えたらこの家に潜む汚れの根源はもしかしたらツヅ自身なのかもしれない。事が終わり次第早急にこの家から出て行ってもらおう。


 とにかく早くコイツがまた起きる前に包帯を巻いちまおう。それほど量はないが足りるか?

 何故包帯の用量を気にしなきゃならんのかといえば、コイツの下半身を見れば解る。上半身だけでなく下半身――つまり太腿から足首にかけてまで切り傷が入っていたからだ。

 俺の偏見かもしれないが、普通ナイフで切り付けられたのだとすれば下半身を切り付けられることなんてまず有り得ない。今回の場合特にそうだ。

 これだけ上半身、又は下半身を傷つけたにも関わらず何故両方傷つける必要があったのか? 完全に息の根を止める(止まってはいなかったが)にしてもこれは流石にやり過ぎだ。殺人事件のニュースでもこんな状態の被害者の情報は聞いたことがない。

 不可解且つ無理解ではある――あるんだが今はこいつに今出来る処置を施すことが先決だ。もし足りなければ買いに走ればいいだけの話だ。


 消毒液……なんて掛ければこいつに更なる負担がかかるだろうしそもそも傷痕の数が尋常ではないというのにそれこそ量が足りないだろう。元々の量もそんなにあるわけではないしな。

 ここは包帯を巻いて直接止血するしかないだろう。俺は包帯を手に取り慣れない手つきでサイ(仮名)に包帯を巻いていった。巻く時の力加減だとかそんなものは当然解らん、取り敢えず血を止めれればいいんだと思いやや力強く巻いていった。


 そして案の定……上半身と太腿あたりを巻き終わったところで包帯が切れてしまった。膝の皿から下にはまだ痛々しい傷口と血が流れ出ている。布団はもう当然ながら血だらけだ。


 別に俺が使うわけじゃねぇからいいんだが、これも洗濯しなければならないのかと思うと、流石に心が折れかけた。自業自得だな……、俺が連れてきたんだから。

 余談はさて置きどうするか……あと救急箱に残っているのは少量のガーゼくらいだ。


「…………」


 まあ、あとはこれで何とかなるだろう。手当が出来りゃあなんだっていいんだ。

 俺はガーゼを手で伸ばして面積を少しでも広げ、傷口が上手く隠れるよう貼り付けその上にさらにテープを貼り止めた。漸くこれで全身の傷口を止めることが出来たわけだ。


 全て終わってみれば、何とも気持ち悪い有様だ。ほぼミイラじゃねぇか。やり終えてからこんなことを言うのもなんだがやはりあの時点で救急車を素直に呼んでおくべきだったんじゃあ……、


「うう……ごめんねイチ兄……。ツヅ……途中で気持ち悪く――、!」


 と、トイレに籠りっきりだったツヅが漸く出てきて和室へと戻ってきたのだが、包帯でぐるぐる巻きになったミイラ状態のサイ(仮名)を一目見た瞬間ツヅは――、


――バタン!


 白目をむきながら、その場で卒倒してしまったのだった。

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