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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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6. 水たまりを踏んだはぐれ者

同日の放課後、俺は抜け殻のような状態でフラフラと千鳥足で帰路についていた。


 そうなった理由など話すまでもねぇが、俺が話したくてうずうずしているから話すとしよう。

 あの女――有栖川愛梨栖が俺の隣の席になったことで、俺が今まで通りならば居眠りできている時間帯に悉く俺を起こしてきやがって一種の寝不足状態だからだ。ウトウトすれば肩に手を置き揺さぶり、机に突っ伏すれば両手を使いグラグラと揺さぶり、授業はちゃんと受けれているのかと逆にこっちが心配になるくらいに俺から一切目を離さなかったからな。


 それだけならまだいいんだが、起こした後その都度必ず、

――ニコっ!

 ……って無言で笑顔を向けてきやがるんだ。「目が覚めましたか?」と言わんばかりに。


 ああ……ムカつく! 何なんだあの女のあの顔! あんなにほっこりも癒されもしねぇ笑顔をつくる女は初めてだ! あれならツヅの幼い感じが残るあどけない笑顔を四六時中見せられた方がまだマシだ! 

 挙句の果てに授業中居眠りしていたりその他学校内でその日起こした問題は全て貫木の野郎に報告しやがった。そのせいで今回も呼び出されてしまいまた帰りが遅くなった。


 今の時刻は……午後六時過ぎ……。昨日より遅いじゃねぇか! このペースで行ったら日を追う毎に遅くなって終いにゃ日付替わる勢いだぞ⁉


 大声で怒鳴られて耳も痛えし寝不足だし……。くそぉ……、とんだ学校生活の始まりだなぁ……。

 だからと言って俺は自分の今の現状を改善する気などさらさらない。確かにこうなってしまった以上もう自由とは言えなくなってしまったかも知れんが、そこで折れちまったらこう……なんか敗北を喫した屈辱感を感じずにはいられねぇんだ。


 勝ち負けとかそんな問題じゃねぇ気がするがとにかく俺は今のままの状態をそれでも維持し続けてやるんだ。そうすればいずれあいつらも昨日の腐れ縁共同様に諦めるだろう。もう手の施しようがないとな……。

 余談だが、今日の腐れ縁共の俺に対する対応なんだが、リュウはいつもなら教室に這入るなり俺に向かって手を大きく振って挨拶するんだが、今日は違った。俺に見向きもせずにそのまま自分の席に着きやがったんだ。


 ツヅは……教室に来て俺の顔を一瞬見はしたが、その後顔を俯いてスッと自分の席に着き、ホームルームが始まるまでずっと肩を窄めていたな。

 それぞれ反応に違いこそあったが、二人共放課後まで俺に話し掛けるどころか近付くことさえしなかった。


 フフフ……そうだよ。それでいいんだよ。どうだ? これが十五年間築き上げてきた友情ってもんが、俺のたった一言で崩れ落ちた瞬間だ。

 所詮あいつらの俺を想う気持ちはその程度のもんだったってことだ。脆い……脆過ぎる。

 あの二人でこの有様だ。貫木や暁月達の心が折れるのも時間の問題だろうな。もしかしたらもう明日からでももうこの監視生活は終わりを迎えるかも知れん……!


 などという余談もそこそこにして、そんな胸算用は皮算用というものだな。本当にそうなるかどうかなんてあくまで俺の希望でしかないのだからな。あいつらも昨日あんなことがあった後だ、喋り難かったという可能性も考えられる。


 さっきの言葉を撤回する訳じゃねぇが、所詮は俺の思い込みだってことかもしれないんだ。俺は読心術を心得ているわけじゃねえしな。飽くまで、そうであってほしいっていう……ただの――俺の自己満足だ。


「……………………」


 はぁ……妙に湿っぽくなっちまったな……。サッサと家路につくとしよう。日もほとんど暮れて辺りも薄暗いしな。今日はあんまり寝られなかった分、よく眠れそうだ。


 と、意気込んだはいいが千鳥足なのは変わらない。自分なりに早歩きをしているつもりだったが傍から見れば速度的にあまり変化などなかっただろう。

 くそ、暗くなる前にこの道を通り抜けたかったところだがそうもいくまい。実は俺がいつも使う通学路の途中の道には街灯が一本も立っていない俺泣かせの場所があるんだ。


 暗くなっちまえば勿論視界は極端に遮られてしまいちゃんと道の上を歩けているかどうかも解らなくなる程だ。しかも俺の場合右前髪のせいで視界の半分が見えず普通の奴よりも非常に歩きづらくなってしまうんだ。


 だから俺はいつも早めに帰りたいというのに! あの道を通りたくないから! 


 などと心の中でぼやいている内に例の道の始まりへと辿り着いてしまった。道の終わりが見えない……というかすぐ先の足元の道も見えやしない。当に『一寸先は闇』――だな。


 回り道をするという選択肢もあるんだが恥ずかしいことに俺はこの通学路以外で自分の家に帰る道を知らない。俺は他人のことだけじゃなく道すらもろくに憶えることができねぇんだよ。


 状況的にも、視覚的にも、他に道はない――俺はこの見えざる道を片目のみで探り探り進むしかもう家に辿り着く方法はねぇんだ! 


 俺は覚悟を決め……一歩その道に足を踏み入れた。普通のアスファルト舗装された道路だ。一歩一歩……足裏で確かめながら、踏みしめながら、俺は暗闇を恐る恐る進む。

 犬の糞とか、動物の死骸とか、トラクターが通った後に落としていった畑の土とか、そんなもん絶対に踏みつけたくねぇ! その一心で俺は冷や汗をかきながら歩む。するとその時――いきなり前方から前触れも無く激しい突風が吹いてきたんだ。


「うおッ!」


 まるで芭蕉扇を一振りしたかのような勢いのある風に俺は身体をのけ反ったがここでこけてしまえば右も左も解らなくなってしまう! 俺は必死に強いとは言えない体幹をフル活用し痩身を支えたのだった。

 そして漸く突風が止んだ。俺は取り敢えずこけなかったという安心感をこの身に感じつつ、再びこの暗黒空間から抜け出す為に歩み出した。


――よし! 奥の方から民家の光が見えた! この道を通りきるまであと少しだ!

 そう安堵した瞬間、早くこの道から抜け出したいと思う逸る気持ちを抑えることが出来ず、気が付けば俺は忍び足から徒歩へとギアチェンジしていたんだ。

 圧倒的に速い! 俺はどれだけ歩みを慎重にしていたんだ。徒歩というよりは競歩に近いスピードが出ていた気がする。依然フラフラとした歩みではあったがそれでもこの道に這入る前に歩いていた千鳥足とは比べ物にならない程だ。


 そして、民家と街灯の灯りが更に近くなり、漸く俺はこの恐怖の道を歩き切ったのだと自分を褒め称えようとした――その時だった。


――ビチャン!


 と、水溜りらしきものを勢いよく足を踏み入れた水音が辺りに響いたんだ。足元に湿っぽい感触があったのでこれは俺が踏み入れてしまったのだと煩わしくもすぐに解ったのだが、俺はこの時一種の違和感を覚えていた。


 ーーむ? 水溜り? おかしいな……ここ数日の間に雨なんか降ったか? 今日だって雲なんてそれぞれ疎らで陽の光が諸に出っ放しで暖かく非常に過ごしやすかった。

 これで昼寝さえできていれば最高だったんだけどなぁ……。


 などと思っていたんだが、俺はどうも不思議でならん。雨なんて降っていないのに何で水溜り(?)を踏んでしまうんだ? そんなものは一切ある筈がない。

きっと気のせいだと信じていたものの俺はやはり気になってしまい、制服のズボンに掛かった液体に指先を触れてみた。


――むう……まだ周りが暗いから視認することは出来ないが確かに液体だ……。

何故液体と表現し物質を限定させないかというと、俺はまたしてもこの触れた物に関して違和感を覚えてしまったからだ。また俺はその違和感により、眠気も覚めるような恐怖も覚えてしまったからだ……!


――この液体、妙に生暖い……常温の水にしては温度が高い気がする。それにこの感触……全然サラサラしていない……指先同士を擦り合わせるとこの液体が固まる感覚があった。


 一つ解ったことがある……俺が踏んだこの水溜り、そして指先で触れた謎の液体……。これは明らかに水じゃねぇ! 正直見るのが怖え……この液体が一体何なのかを確かめるのが怖ぇ。


 だがどうせ家に帰ったら遅かれ早かれ見ることになる。乗り掛かった舟だ……、この指に着いた謎の液体(というよりもう既に固体化している)を確かめねぇわけにはいかねぇだろ。


 俺は懐に入れておいた携帯を汚れていない左手を使い取り出した。

 そして携帯に搭載されている懐中電灯を起動しようとするが、左手での操作に慣れてねぇから少しもたついた。そしてやっとこさ懐中電灯の機能まで辿り着き、起動した。

 早速俺は右の指先を照らした――、


「な……なんじゃこりゃぁ⁉」


 往年の某刑事ドラマのある刑事の殉職シーンのような叫び声を上げてしまったのだが、当にそのシチュエーションに合致した光景が俺の眼前に飛び込んできたんだ。

 俺が踏んだ水溜り、そして手にこびり付いた元液体の正体は、薄々予想していた通り――血液だったんだ。

虫とか野良犬とかの動物のじゃねぇ……この血は人間のだと俺の勘がそう言っていた! 


 俺は自分の足元も照らす――裾には斑状に飛び散った血液、その横には俺がさっき踏んだと思われる水溜りならぬ血溜まりが液体のままの状態で残っていた。


 む……そのままの状態? おかしい……例えこれだけの量の血液でも時間が経てば乾いて今の俺のズボンのように染みたような状態になる筈だ。


 それが固まっていないという事は……この血液は誰かの身体から流れてまだ新しい。ということは、どっかにまだこの血を流した奴がいる筈だ! 


「うう……!」


「!」


 と、被害者を探そうとしたら、割とすぐ近くから男の呻き声が聞こえてきた。恐らくこの血を流した張本人だろう。俺は手に持った携帯の灯りで辺りを照らしてみた。


 その人物を探すのにそう時間は掛からなかった。血溜まりから約五メートル程離れた道の隅っこに、学ランを来た小柄の男が俯せの状態で横臥していたんだ。

 それだけじゃねぇ……身体中傷だらけで血塗れだ。あんなに固い素材で作られた学ランの布地がいとも簡単に切り裂かれている。自然の力でこうなったとは思えん。これは明らかに殺人事件の類だ……‼ いや、殺人と決めつけるのは早計だな、さっき呻き声をあげていたから少なくともまだ息はある筈だ。


「おいお前! しっかりしろ! 一体何があった⁉」


「…………」


俺の問いに、男は答えることはなかった。

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