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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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3. はぐれ者ともう一人の……

時は流れ放課後。あれから俺は携帯のタイマーを掛けた筈なのに結局寝過ごしてしまい、当然の事ながら教室に戻った頃には授業中であり、その時の担当教師とも一悶着が起こってしまい、五限目が最後の授業だったから俺は仕方なく、面倒臭くはあったが、貫木に言われた通りあいつの元へ行ってやったよ。


 そしたらどうだ……あいつ俺が職員室に這入るなり室内に響き渡る程の怒鳴り声を発し、最初は五限目の授業遅刻についての説教をしてきやがった。確かこれが時間にして三十分くらい、長過ぎる……たかが授業遅刻くらいでガミガミガミガミガミガミ……!


 そんで本題の俺の将来についての説教が約一時間半。生活態度や服装、髪型、その他諸々。自分でも解りきったことをこれまた長々とガミガミガミガミガミガミガミガミ…!


 結局いつもよりも遅い時間に帰宅する羽目になってしまったんだ。五時間授業はいつもより早く帰ることができ家でゆっくり休めることが出来る日だと言うのに、六時間授業の時よりも遅いじゃねぇかよ。ふざけんなよあのバーコードヘッド!


 あと怒鳴るにしてもちゃんと自分の肺活量考えろよなぁ……時折むせてたんだよ。もうすぐで定年だってのに無理し過ぎなんだよなぁ……。


 授業中に寝ている奴なんて俺だけじゃねぇだろ。パッとあの時周り見たら寝ているかどうかはさて置き二、三人くらい机に突っ伏していたし。どいつもこいつも俺ばっかり目の敵にしやがって……不公平にも程があるだろう! 


 不良の数だってそうだ。この高校はそこそこの進学校だと聞いて入学を希望しいざ入学して見たらどうだ……不良の数もそこそこ多かったじゃねぇかよ。俺みたいな新米の不良を指導するよりも三年生になって未だに突っ張ってる奴の方を何とかした方がいいと俺は思うね。


 はぁ……ま、幾らそんな事を嘆こうとも後の祭りってやつだ。俺も担任である貫木の授業で眠っちまったのが悪い。

あいつはかなりプライドが高いからな、私語を話そうものなら授業終了まで起立させられたまま受けることになるし(因みに話し掛けれた奴も連帯責任)、提出物や宿題をやり忘れたら放課後全てやり終えるまで徹底的に見張られやらせられるし(酷い時には夜の九時までやらされた奴もいたそうだ)、考え方が古いんだよな……いつの時代の教師だよ。


 それに較べりゃ、今日は軽く済んだ方なのかも知れん。

 今は家に帰り、サッサと今日の疲れを全て取り去ることだけを考えよう。


 因みに俺がこの高校を選んだ理由は他にもある。それは家から高校までの距離がそんなに無かったからだ。確か徒歩十分くらいの距離だった筈だ。だから朝早く起きる必要もないし、ゆっくりと登校できるんだ。進学校がどうとかほざいたがそんなの正直どうでもいいんだ。

バイトする時や就職する時だってそうだろう? いかに近い場所で仕事が出来るか……それが一番の志望理由であると言っても過言ではない筈だ。

 だから俺は何としてもこの高校に入ろうと勉強したさ、入学できた頃は本当に嬉しかったさ。あの口煩い担任教師も笑顔で迎え入れてくれたしな。


 まあ、そんなの最初だけだ……。

学校の雰囲気も、教師の態度も、慣れ合っちまえば最悪なもんさ。よくもあんな学校が進学校の地位を守り抜けたものだと、今更ながら思うよ。

 さて、などと話を繋いでいる内に俺のマイホームに辿り着いた。うんうん……いつみても大きくて壮観だ。こんな家に一人で住みたいと何度夢見てきた事か。

 とか言っても、もう一カ月も前から住んでいる訳だが。


 腹も減ったし、適当に何か食ってサッサと寝るか……。

 俺は玄関のドアに鍵を差し込み回し、鍵を開け、ドアを手前に引いたのだったが――開かなかった……。


何故だ? おかしい……もしかして鍵を掛け忘れていたと言うのか⁉ 

 そんな筈はない! 俺が十五年もの苦痛を耐え抜いて漸く手に入れたマイホームだ! 泥棒どころかゴキブリ一匹入れてなるものかと完全に戸締りをして出て行った筈だ……!

 だが鍵を開けたのに閉まっていると言うのは紛れもない事実……俺とした事が……。

 俺は泥棒や羽虫が這入っていない事を祈りながら今一度鍵を開け、ドアを手前に引いた。


 そして一気にドアを全開にした瞬間だった――、


「お帰りイチ兄ィィ!」


 ずっとここで待ち伏せてと言わんばかりに暗がりから誰かに抱き着かれた。

 ぐ……この華奢な腕からは想像もできないくらいの膂力……そして胸に当たるこの妙に生暖かく柔らかい感触は……もしや――、


「ずいぶん長いこと怒られてたんだねイチ兄。ツヅ待ちくたびれちゃったよ」


 やっぱりそうだ……。おかっぱの黒髪、女のくせに俺よりも凛々しく綺麗に整った弓形の眉毛、高校生になると言うのにこの低身長、なのに制服の上からでも形が判るほどの巨乳の持ち主、あいつあいつと俺たちがはぐらかしていた張本人。


 俺と共に同じ屋根の下で約十五年間暮らしてきた――腐れ縁と言うよりも妹に近い存在。


 俺のもう一人の幼馴染――結文綴(ゆいぶみつづり)が俺の家に勝手に侵入していたんだ。

一体どうやって這入ったんだ? こいつじゃなかったらすぐさま住居侵入罪でサツに突き出してたとこだ。


「ねぇイチ兄! ツヅお腹空いちゃったよぉ。一緒にご飯食べよ?」


 そして注目してほしいのはこいつの俺の呼び方、「イチ」や「リュウ」という名前を縮めた呼び方はこいつの影響なんだ。なんでも一一(かずいち)という名前が餓鬼ん時に呼びにくかったらしく、今ではダチを呼ぶ時にもこの呼び方で慣れ親しんでしまっているくらいだ。

 それで一人称まで縮めて「ツヅ」と呼ぶようになってしまったんだ。


 名前の語尾に『兄』とつけて呼んではいるが、同学年であり同い年だから俺の方が年上というわけじゃないんだが、こいつ曰く、「相手の誕生日が一日でも自分より早かった場合、その人は年上」なのだと言う。


つまり俺はこいつよりも早く生まれたために、(こいつから見れば)年上のため、「イチ兄」という呼ばれ方なんだ。

 因みにリュウもツヅより早く生まれたから、「リュウ兄」と呼ばれている。全く……それだったらお前より年下の奴なんてかなり限られてくるだろ。三月生まれのくせに……。


「その前にどいてくれないか……重い。特に胸の辺りが」


「あ! ごめんねイチ兄! ――っていうか重いって酷い! ツヅは太ってないよ!」


 誰もそんなこと言っとらん。お前が太ったかどうかなんて解りゃしねぇよ。どうせ摂取した栄養は全部胸にいくんだからよ。その栄養が少しは脳天にいってほしいもんだ。

 最近こいつと一緒に並んで歩くとロリコンと思われて敵わんからな……。


「というかツヅ。何でお前俺の家に這入ることが出来た?」


「パパがイチ兄の家のスペアキーを持ってたんだよ。それ借りて這入った」


 あの親父……。そんな大事な物を俺に預けていなかったとは、というかスペアキーの存在自体初耳だ。また今度機会があれば取りに行こう。今回みたいに何度もこいつに家に侵入させられては色んな意味でマズい……。あんな物やこんな物がそこかしこにあるからな……。


「ねぇイチ兄! いつまでもそんな汚いとこで寝転がってないで早く起きて!」


「お前が転ばせたんだろ!」


 そう一喝するとツヅは「ごめんごめん!」と笑顔を浮かばせながら言い、両腕で俺の片手を支えながら起き上がる手助けをしてくれた。全く……気が抜けるよな、俺が幾ら大きな声で怒鳴ろうともこいつは一切物怖じしねぇ。怖いもの知らずと言えば聞こえはいいかもし知れんが、俺はただこいつは鈍感であると自信を持って断言できる。


 中学ん時、学校一の不良に絡まれ手込めにされそうになっていた時も泣き喚いたり抵抗したりする様子も無くただただ笑顔を浮かべ「そんな怖い顔しちゃだめだよ! 悩みがあるならツヅが聞いてあげるから」などと仲良くなろうとしていたくらいだからな。


 あんな事が二度と起きない為にも、こいつのこののほほんとした性格は直さねばならん。 

 ただでさえポルノ動画の乳臭え幼女みたいな幼い顔付とグラビア女優みたいなグラマラスな体系をしているのだから尚更だ。噂ではこいつを(性的な意味で)狙っている一部の男子生徒も何人か居るみたいだしな……。


「ささ! 早くリビングに来てイチ兄! 今日の晩御飯はツヅが作ったんだよ!」


「お前の料理か……まぁ不味い料理ではなさそうだが、いい加減飽きたんだよなぁ……」


「ああー、そんな事言ってるともうツヅイチ兄の為に料理作ってあげないよー? いいのかなあー?」


 ウゼェ……。何だこの余裕に満ちたドヤ顔は。まるで俺がろくな料理を作れないから私が作ってあげているんだよとでも言いたげな勝ち誇ったようなこの表情は……!


 確かにこいつの料理の腕前はそこら辺に居る一流料理人にも引けをとらない程なんだ。それもその筈……こいつの実家はイタリア料理店を営んでおり幼い頃から両親の仕事の様子を一番近くで見てきており、気付いたら両親も呻る程の腕前となっていたんだ。


 だがこいつの作る料理の特徴には欠点がある。

 それはイタリア料理しか作れないことなんだ。そらそうだと言えばそうかも知れんのだが、幾ら何でも極端だろう。せめて家庭科実習で習った野菜炒めくらいは作れろよ……。

 だからこいつの料理のレパートリーがマンネリ化してきた事を否むことが出来ねぇんだ。


「それともツヅの作った物は美味しくない? それだったらツヅ……悲しい……」


「む……。そ……そんな事は……」


 そしてあざといというか抜け目がないというか、何か自分に不利なことが起こるとこの愁いを帯びた表情を浮かべ相手の同情を誘うのだ。大抵の男はこの表情にイチコロなんだが、女受けはあまり良くない。

こいつ自身も悪気があってやっているわけじゃないことは解っているんだが、情けないことに未だに俺もリュウも慣れる事が出来ないんだ。


「別にお前の作った料理が不味いと言ったわけじゃねぇ。だからそんな顔すんなよ」


「そう? フフフ! やっぱりイチ兄はイチ兄なんだね! 不良さんになっても優しい!」


「…………」


 むう……昔から喜怒哀楽の激しい奴だとは思っていたが、なんと切り替えの早い……。


 いや、それよりもだ。「やっぱりイチ兄はイチ兄」だと? 

くそ。ということはまだ俺は今の俺になり切れていないという事か……。昔の俺の性格を完全に取り去らわなければ俺は完全で完璧で完膚なき本物とは言えないだろう。ツヅの甘い誘惑(?)やリュウのしつこさにも今の俺なりの対応をしていかなければな。


「どうしたのイチ兄? 顔が怖いよ?」


「む……いや、何でもない。それよりも飯だ。用意してくれてんだろ? いつものイタリア料理でも構わんから早く食わせてくれ」


「ウフフ! ツヅは今日頑張ったんだよ! イチ兄がツヅの家に居た頃、美味しそうに食べていた物を作ったんだ!」


 と、無邪気にそう言いながらツヅは、俺の手を引きながら居間へと導いた。俺がツヅの家で世話になっていた時には当然の事ながら寝食の世話もしてもらっていたのだが、その時に食わせてもらっていた料理の数々は本当に絶品だった。


とても自営業を営んでいる家族が作っている物だとは思えない品々ばかりだったことは今でも脳裏に濃く焼き付いている。


 その中でも当時俺が美味そうに食べていた物? ツヅが作ったと言う時点でイタリア料理であることはもう確定だ。という事はイタリア料理で俺が好きな物――いや、さっきこいつは俺の好きな物ではなく、美味しそうに食べていた物だと言っていたな……。


 必ずしも俺の好物である可能性はないということだな。だが、こいつも然り、親父さんやおばさんの作った料理にハズレと言えるような物は殆どなかったように思えた。期待してもいいだろう。


 居間に導かれると、料理が置かれているであろうテーブルの上に、クロス掛けがされていた。しかしこのクロスは俺の家にあった憶えはない。わざわざ家から持ってきたのか? 


「こんな演出いらねぇんだよ」


「見てのお楽しみってやつだよイチ兄。その方がいつもより美味しく食べられるよ?」


「気分の問題だろ。どうせ味は一緒なんだ。余計なことしてねぇでサッサと食わせろ」


 そう投げやり気味に答えると、ツヅは何も言わず頬を膨らませて不機嫌そうな顔を作った。実に餓鬼っぽい。とことん幼過ぎる。態度くらいは高校生らしくしてほしいもんだ。


 だが切り替えの早さに定評のあるこいつは直ぐにだらしなく顔を緩め笑顔になり、テーブルに駆け寄りクロスに手を掛け、それを一気に引き上げた。


「じゃじゃあーん! これが本日のメニュー、イチ兄の好きな物尽くしでーす!」


「…………!」


 ツヅが引き上げたクロスの下にあった料理の数々を見て、俺は凍り付いた。そこに置いてあった料理は計四品……名前をそれぞれ右から言っておくと、鯛のカルパッチョ……真鰯のマリナータ……真蛸のトマト煮込み……そして、金目鯛のアクアパッツァ。

 とどのつまり、皿の上に盛り付けられていたのは全て魚料理だったんだ、だが……

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