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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
19/27

19. はぐれ者、思いつく。

「では、考えておいてくれよお前たち。これはもう俺だけの問題じゃないんだ」


「期待はしないでくれよおっさん。俺たちはまだ学生なんだ。命はまだまだ全然惜しい」


「そうだぜおっさん。俺はこの先あと七十年は生きてえからよ。ビクビクしながらでもいいから、生きてみせるんだぜ……!」


「ごめんねおじさん。ツヅたちじゃ、おじさんの役に立てそうもないかも……」


 あの後俺たちは、三人の気持ちが落ち着いた後、おっさんと少し『ある話』をして、その日はもう引き取ってもらった。


 これ以上はもう時間も時間で遅ぇし、俺たちの精神にグサッと来るような生々しく刺激の強い話を聞く気にはなれなかったってのもある。

 おっさんの話を信じるか信じないかで言ったら、信じない方が難しいかもしれない。直接事件に関わっていたわけじゃねぇと思うが、あんな妙にリアルな話を作り話として話せるのであれば、おっさんは警察よりも脚本家や噺家の方がよっぽど向いていると思う。


 十中八九、この案件は殺人事件と見ていいだろう。

 何てことだ。まさかこんな小さな町でよもや殺人が起きてしまうなんて、流石に恐怖と不安を禁じ得ることはできねぇぞ。これから俺は、学校の行き帰りを警戒しながら登下校をしなくちゃならないのか? またも俺の自由への道が遠のいていく……。


「あーあ……お前らと久々に楽しく過ごせるかと思ったのに、とんでもねえ話を聞く羽目になっちまったな。にしても話が飛び過ぎだろ! 何だよ殺人事件て! 最初から読んでいた単行本を途中巻から読んだら訳が分からなくなるのと同じ現象を味わったぜ!」


「ツヅ、とっても怖いよ。自分から話を聞きたいなんて言っちゃった後だけど、聞くんじゃなかった……」


 こいつらも動揺を露わにしてやがる。すっかりおっさんの話を真に受けちまっているみたいだ。


「だいたいイチ。あのおっさんは何で今回の貫木の件を、俺たち見ず知らずの高校生に話してきたんだ? もっと話すべき奴なんて沢山いただろうに。共通の友達とかよ」


「俺が訊きてぇくらいだそんなの。昨日たかだか小一時間あのおっさんと共にいた程度で友情なんて芽生えるはずもねぇだろ。なのにあんな込み入った話をしてくるなんて」


「……その後ちょこっとだけ話した『あの事』についても、何か関係があるのかな?」


 『あの事』……か。関係は確かにあるのかも知れねぇ。今回の事故が殺人事件であるという話をしたあとに、『あんな話』を持ちかけてくるってのは、相当おっさん自身焦ってんのか、それとも他に頼れる人が他にいねぇのか――どちらにせよ、何の見込みも立てずに『あんな話』を持ちかけるほどおっさんは浅はかな男じゃねぇ――と、信じてぇ。


「くそ! 考えても解らねぇよ! とにかく俺はもう帰るぜ」


「気を付けろよリュウ。あのおっさんの話を鵜呑みにするわけじゃねぇけど、お前は『男』で『十代』なんだから、殺人犯のいい獲物だぞ」


「い、言うんじゃねえよイチお前え! せっかく忘れかけてたのによお!」


「都合の悪い記憶消し去ろうとしてんじゃねぇよ。お前にそんな器用なことができるなんて十年以上の付き合いで初めて知ったぞ? そのやり方俺にも教えてくれよ」


「アホか! 嘘に決まってんだろ! 忘れたくても忘れられねえよあんな鳥肌ぞわりものの話! それじゃあなイチ、ツヅ! 明日会えたらまた会おうぜ!」


 そんな縁起でもない言葉を言い残して、リュウは日がほとんど落ちた薄暗い道を走り抜けて行った。その後ろ姿の見っともなさは何度見ても滑稽だ。とても運動部に中学の頃から連年所属しているとは思えない。


 だが長年鍛えた俊足は本物だ。あれだけの脚力があれば、殺人犯の手に掛かる前に家へと帰れるだろう。だから何の心配も無い――ある一人の人物を除いてはな。


「イチ兄……、ツヅ怖いよ……」


「いや怖いって……。お前は『女』なんだから関係ないだろう?」


「違うんだよ……。イチ兄やリュウ兄が死んじゃうんじゃないかって考えると……怖いんだよ……」


「………………」


「ツヅ、イチ兄から離れたくない……! せめてイチ兄とだけでも一緒にいたい……!」


 無神経にも、ツヅは俺に抱き着きながらそんなことを言ってきやがった。組まれた両腕はがっちりとロックされており離してくれる気配がない。

 見た目は幼くても、幼馴染のしっかりと『女』に育った特有の柔らかさを纏った身体が諸に俺の細身に密着している――お前はそうでも、俺は無神経じゃいられねぇぞ……!


「わ、解ったからよツヅ。一旦離れてくれねぇか……、俺もほら、男だし」


「? う、うん……」


 はあ……素直に離れてくれてよかった。まだまだ思春期の俺には、何ともキツイ時間だったぜ。もっとこいつにゃ、俺が『男』であるという認識を強めてほしいもんだ。


 そんでもってどうするか? 俺の身体からは離れてくれたが、俺の家から離れてくれはしないぞ……。また一昨日みたいにツヅを泊まらせるか? いや、それはもうできねぇ!


 あの委員長に酷い目に遭ったばかりじゃねぇか。しかも今はなんか向こうは俺のこと嫌ってるし今度は反省文何枚書かされることやら……! 連帯責任でツヅにもその処罰が降りかかってくる可能性も否めねぇ。


「ねえイチ兄お願いだよ。ツヅと一緒にいてよ……。ツヅから離れちゃいやだよ……」


 そんな顔で懇願されてもな。気持ちは解るが反省文なんてもう書きたくねぇんだよ。

 俺だって一緒にいられるもんなら一緒にいてやりてぇけどよ……。


――ん……、一緒にいる……か。共に暮らす――そうか! その手があった!


『俺としたことが』この上ないぜ全く。何でこんな事に気が付かなかったんだ!

 俺が長年続けてきたことを今まで忘れてたなんて、この方法なら殺人犯に狙われる可能性もグッと無くなるし有栖川に反省文を書かされることもない――何よりツヅの願いも叶えてやることもできる。若干気は進まねぇが、一石二鳥どころじゃねぇ話に背に腹は替えられんだろ? 


 そうと決まりゃ実行だ。今の時間帯だと殺人犯がうろついていてもおかしくないからな。


「おいツヅ。俺の話を聞いてくれ。いいことを思いついた」


「? 何?」


「今日久し振りによぉ……、お前んとこの親父さんとお袋さんに世話になってもいいか?」

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