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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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18. はぐれ者、真の真実を知る

「おい一、俺の分のお茶はまだか?」


「………………図々しいってレベルじゃねぇぞおっさん」


 シリアスシーンからの場面転換としてはとても台無しな感じだが、取り敢えずあれから何があったのかの説明から始めよう。


 とにかく俺たちは、それが真実かどうか信じるのかをさておき、驚いた。あの先公は確かに恨みを買いやすい奴ではあった。誰かに殺されても仕方ないと思えるくらいに。

 交通事故で死んでくれたって言い方はおかしいかもしれないが、とにかく誰かの魔の手に掛かる前に事切れてくれてよかったなんて思ってたら、実はそうじゃなかった。


 やはり誰かに殺されていたんだ、奴は。だったら話は変わってくるっつー話よ。

 それなら合点がいくぜ。病気や今回のような殺人なら未だしも、交通事故だなんていう間抜けな死に方、あいつ自身も望んでなんかいない最期だもんなぁ……。


――だからこそ不可解だ。あの、小テストのカンニングでさえも血管を浮き上がらせながら怒るような堅物で真っ直ぐな野郎が、何故そんな交通事故を――いや、殺され方をしたのか?


 そもそもこれは本当に殺人事件なのか? そうだとしても、俺の無い頭を何度働かせたところで、解決には至らねぇ。冷静になった今、改めてそう思ったんだ。

 その真意を詳しく聞くために、俺はおっさんを俺の家へと招き入れることを決めたんだ。

 そして状況が状況――元々は、ツヅやリュウと遊ぶためにこいつらと一緒に帰ったんだが、そんな様子でもねぇから二人を帰らそうとしたんだ。ここから先の話を聞くのは、自己責任が伴われるかも知れねぇからな。

 だが二人は帰ろうとはしなかった。二人とも、「こんな貴重な話は二度と聞けないだろうから、先生の死の真相が知りたい」などと言い聞く気満々だったんだ。

 確かに、刑事関係者の口から事件の概要なんて、テレビの報道陣くらいしか聞く権利を持ってねぇからな。たとえ面白半分であっても、そりゃ聞きたいと思うのが人間の性ってもんだ。

 よってツヅたちも同様、家へと招き入れ、そして今に至るわけだ。俺は今、台所のキッチンで湯を沸かしている。一応客人がいるわけだから、粗茶くらいは出してやらねぇとな。


「おらよ。生憎出がらししかなかった、出してもらっただけありがたいと思いやがれ?」


「いや、ありがとよ一。頂くぞ」


 そう言うとおっさんは、煎じたのかどうか疑わしい程うすーい緑色に染まった緑茶(お湯?)をズルズルと啜った。熱々の筈だが、全く熱がる様子もなく啜る。


 一通り啜った後、嗚呼……と、おっさん臭い溜め息をついて、おっさんは湯呑みを置いた。長いこと啜っていた割には量が減っていないのに疑問が湧いたが、今そんなことはどうでもいい。一息ついたところで、早速俺は間髪入れずおっさんに質問を浴びせた。


「なあおっさん。色々訊きたいことは山ほどあるんだが、一番気になんのは、何でもう刑事でも何でもねぇただの無職野郎であるあんたが、例の極秘の情報とやらを知ってんだよってことだ」


 その時、横に座っていた二人の幼馴染が「えっ⁉」という声を上げた。

「何だよおっさん! あんた警察じゃねえの? だったらその極秘情報は「絶対に後で返すから!」って言っておいて結局借りパクしていく奴と同じくらい信じられねえな」


「おじさん、警察の人じゃなかったんだ。安心したような……騙されたような……」


 そう言えば急だったからこいつらに説明してなかったな。さあどうするおっさん? これであんたの話の信憑性は一気に地の底だが? 


「………………実を言うとだな――」


 肩をがっくりと落とし、ようやく口を開いたおっさんの顔はどこか申し訳なさそうだった。そして、その先の言葉を聞いた俺は、思わずおっさんに殴りかかりそうになった。


「これが殺人事件かどうかっていうのは、俺の勝手な見解なんだ……」


「⁉」


「警察どもも恐らく殺人事件に切り替えて調査を進めていることだろうが、捜査は難航することだろう。最悪迷宮入りなんてことも……」


 まあもちろん殴り掛かれるわけもなく、その前にリュウが片手で俺を制したんだがな。情けない。図体は誰よりもデケぇのに、力がねぇだけでここまで無力なんだな。俺は。


「落ち着けイチ! 気持ちは分かるぜ! このおっさん、商店街にいるいかにも近付き難え易者並みに胡散臭いからよ! 元刑事かどうかってのも実は怪しいもんだぜ!」


「おじさん、嘘はいけないよ? 嘘をつくとツヅのパパもママもすごく怒るんだから」


「待ってくれお前たち! 確かに俺は少々嘘をついたかもしれない。だが、これは紛れもなく殺人事件であると、元刑事である俺の勘がそう言っているんだ! それに第一、勘とはいえ俺が何の根拠も無しにこんなところまで出張ってくるわけないだろ!」


 知るかそんなこと! 誰がいつこの事故が殺人事件であるかないかって訊いたんだよ。それもまあ気になるところではあるが、何より気に障ったのは――俺のこのマイホームを「こんなところ」と抜かしたことだ。上等だぜおっさん、ワンルームのボロ屋に住んでそうな面してよぉ!


「じゃあ聞こうじゃねぇか。これが殺人事件であるとあんたが考えた見解、そしてその根拠をな。元刑事さんよぉ!」


 この時の俺はもうほとんどキレてたな。冷静さを欠いていたんだと思う。一応俺の恩師でもあった男が死んじまった理由を有耶無耶にされるのがどうも嫌だったんだ。正直あいつが死んだ理由なんてたかが知れているだろうが、それがただの事故死だったのか、はたまた殺されたのかが解らないままだったら、あの野郎も死ぬに死に切れんだろうからな。


 怒りで冷静さを欠く俺とは一方、おっさんはさっきから至って真剣だ。俺たちに嘘がバレて取り乱したりもしたが、何故だがおっさんは茶を一啜りして一息ついた時から気持ちが安定しているかのようにシリアスな態度を崩していない。

 頭に血が上っていた俺でさえも次第に背筋が伸びる。自然と頭が冷え上がる。

 気が付けば俺たち三人は、おっさんの空気に飲まれちまってて、話を聞く体勢に入っていたんだ。

 おっさんの熱い真剣な眼差しはまっすぐ俺たちに向けられている。

 そして、順を追って、この事件のあらましを開示し始めた。


「一、昨日は済まなかったな。不躾に別れてしまって。だが悲しいかな、刑事として勤めていた時の性というもので、事件や事故が起きたら現場に急行せずにはいられない質なんだ」


「今となっては別にいいさ。んで? その後あんたはどうしたんだ?」


「ああ、事故が起こったと思われる国道へ急いで走っていったさ、自慢のこの脚でな。そして現場に到着したんだ……酷い有様だった。何回も横転したんだろうな、害者の車は元の形が判らないくらいボロボロになっていたよ。ガラスやら部品やらがそこいらに散らばっていた。あれで他の車を巻き込まなかったのがもはや奇跡だ」


 これがその時撮った写真だと言い、おっさんは携帯を取り出し画像を見せてきた。

 遠目から撮ってあり、原型も確かにほとんど留めていなかったが、この黒色のセダン車を、あの高校に通う者の誰が見間違うだろう。紛れもなく――貫木の愛車だった。


 あまりの生々しさにツヅやリュウは画面を直視できていなかった。そりゃそうだろうな。事故直後に撮られたものだろうから、この残骸の中に貫木の死体も入っていることになる。

 それを想像したら、むしろそんな画像なんて見せてほしくなかったくらいだ。


「現場が近かったということもあってか、野次馬が多少はいたが、警察はまだ来ていなかった。そこで俺の悪い癖が出ちまってな、写真を撮った後、車に近付いて現場検証を行った」


「おいおい、それ大丈夫だったのかよおっさん……」


「安心しろ、変な頭の小僧。腐っても元捜査課の刑事だ。現場の現状維持はきちんと遵守しながら行ったから何も問題ない」


 大ありだ馬鹿もん。

一歩間違えりゃ罪に問われかねねぇぞそれ。だが今おっさんがここにいるってことは、完璧に事を遂行させたってことだ。流石と褒めてやりたいところだが、悪いことをしているわけだから、素直に称賛することはできねぇな。


「ここからが重要だぞ。俺がこの事故を殺人事件だと思った訳が確かにそこにあったんだ」


「それだよおっさん。それって自分でもおかしいと思わねぇか? もしこれが殺人事件だとしてよ、犯人がいるはずだろ? 犯人は一体どうやって貫木の野郎を殺したんだ? 走ってる車の中に潜り込んでいたという結末は通用しねぇぞ?」


「………その話の続きを語るには、ある出来事が関係してくるんだが……」


 と、急に話を変えてきた。が、決して都合が悪くなって変えた風ではない。何か考えあってのものだと俺は直感的に感じ、俺はその事について言及した。


「お前たちは知っているか? 五年前に起こったとある連続殺人事件を」


「五年前? つーことは俺たちが小学四、五年ぐらいの時の事か?」


「そんな昔のことは俺憶えてねえなあ……。小学生と言えば遊び盛りだし」


「ニュースへの興味なんてなかったと思うよ、おじさん」


「そうか……、なら説明しよう。その事件とは――」


 おっさんは次のように説明した。まるで作戦会議を取り仕切る進行役のように。

 その事件は今より約五年前、東日本に位置するとある都会の片隅の町にて、凄惨な殺人事件が相次いで起こったという。被害者の数は十本の指ではまず数えることができないほど多く、殺された人たちには共通点があったという――それは、


「何故だか全員男だったんだよ。標的になった男たちの年代はバラバラだったが、強いて統計するとしたら――十代という若い世代が目立っていた」


「…………!」


 共通点はまだあるらしい。それは殺害方法だ。犯人は鋭利な刃物のようなもので被害者の殺害を図っていたらしく、被害に遭った男性たちは皆判で押したかように刃物のようなものでズタズタに人体を切り裂かれていたらしい。

 それだけの物的証拠が揃っているにも関わらず、警察の捜査は難航し、日に日に被害者は増えて行くばかり。町の住民たちは恐怖に震える生活を送ることを強いられたという。


「犯人はまるで風のように、自然現象の如く殺戮を淡々と繰り返していた。決め手となるような証拠や形跡など一切残さずに……な」


「話を遮るようだがおっさん。その犯人は結局どうなったんだ?」


「……理由は解らんが、ある日を境にその町にて殺人が起きなくなったんだ。無論、捕まったなどという情報は入っていない。自然消滅という言い方は……おかしいかもしれんが、当時の警察もそれ以上の捜査の必要はないと匙を投げてしまったんだ」


 それが丁度今から五年前だ。とおっさんは付け足した。

 一通り聞いてみたが、何か引っ掛かる。犯人は『風』のように殺人を遂行していた? 何だろうな……、これに似たような状況をどっかで見たことがあったような気が……。


「んでおっさん。結局その過去に迷宮入りしてしまった事件と、事故で死んだはずの貫木とどういう関係があんだよ?」


「おいおい変な頭の小僧。ここまで聞いておいてまだ解ってないのか? それとも解っているけれど口に出すのが怖いってか? 怖いのはお前の髪型のセンスだけにしとけよ」


「………………」


 リュウの真意は解らんが、俺の隣にいるツヅはおっさんのその話を聞いてからというもの、ずっと顔を俯かせている。心なしか身体も小刻みに震えていて、両手を交差させて肩を掴み、必死にバレないよう押さえつけようとしていた。

 そうか、お前も解ってしまったようだなツヅ。実は俺もそうだ。

 俺もさっきから額にかいた脂汗が止まらねぇんだよ。


「では解ってないことにして訊くが変な頭の小僧。その事件がもし、迷宮入りしていなかったとしたら、どう思う?」


「何……⁉」


「もう長々と話をしている暇なんてないから単刀直入に言わせてもらうが、俺は昨日事故を起こした男の車を調べに向かい、男の遺体を確認した時、我が目を疑ったんだ! その男の遺体には――数え切れないほど大量の切り傷擦り傷抉り傷が刻まれていたんだ!」


「⁉」


「ただの交通事故を起こした人間がこんな不自然極まりない――いやもう不自然の塊でしかない傷を負うと思うか⁉ あの傷はガラスの破片で付いたものじゃない! あれは明らかに人為的に付けられたものだった!」


 そのあまりに鬼気迫った表情と大声に、俺は反射的に身体をのけ反らせた。

 リュウはリュウで相当驚いたようで、オーバーリアクションともいえるような体勢をとり椅子から転げ落ちんばかりだった。せっかく用意した湯呑みも倒してしまっていた。


 ツヅに至っては遂に嗚咽を漏らし始めた。「イチ兄……怖いよお……」と言いながら俺にすり寄ってくる始末だ。そりゃどっちの意味でだツヅ? どちらにせよ、俺たちの恐怖のボルテージは最高潮にまで達していた。


 そんな俺たちの恐怖を煽り高ぶらせるかのように、おっさんは最後にこう締めくくった。


「その例の殺人事件の犯人が、五年の沈黙を破り、この町へとやってきたのかもしれない」

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