表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
15/27

15. 真実を知るはぐれ者

いつものように朝を迎えた。身体中がまだ痛ぇ……流石に一日じゃ治らなかったか。


そんな痛みを堪えながら起き上がり、俺は朝の支度をした。珍しく朝飯を二日連続で食った。これまた珍しく、カップ麺じゃなく食パンだった。カップ麺とは勝手が違い真っ黒に焦げちまったが、それはそれでまた美味いもんだと感じたのは、それ程俺の食生活に偏りが生じているという事なんだろうと、我ながら不摂生だなんて感じた。


 朝飯を終えると程なくして、家のインターホンが鳴った。恐らく有栖川だろう。


 アイツも飽きないもんだな……俺はもう不良を辞めたってのに、毎日毎日俺の家にまで寄ってよ……、扉を開けるとまたいい笑顔で「おはようございます!」なんて言って迎えるんだ。ああムカつくムカつく。


 待たせるとまた勝手に上がってきそうだから俺は急いで学ランを羽織り、玄関まで向かった。扉の前で一旦立ち止まり、深呼吸。そして俺はゆっくりと、扉を開けた。


「おはようさん」


「………………」


「………………ん?」


 初めて挨拶ができた――というより最後まで言うことができた。いつもの流れなら、「おはようさん」の「お」が言い終わるか終わらないかくらいのタイミングですかさず「おはようございます!」と朝っぱらから近所迷惑にならんばかりの声で挨拶されるのがお決まりのパターンだったんだが、まさか今更ながら羞恥心が芽生えたか?


 結論から言うと、有栖川は確かにそこにいた。だがいつものあのいけしゃあしゃあとした態度はとらず、悪気のない毒舌も吐くことなく、黙ってその場で直立不動していた。


 その表情は暗く、伏し目がち。今まで見せたことのない顔をしていたんだ。

 滅多にお目にかかることができないものを見た俺は少しばかり気分が高揚したんだな。


「おい、今日は随分と大人しいじゃねぇかよ、どうしたんだ? 珍しいな、お前にそんな顔ができるなんて思わなかった」


 嘲笑じみた笑みを浮かべながら俺はそんな風なことを言った。すると有栖川は、伏せていた目をこちらに向け、これまた今まで見せた事のないギロリとした目つきでこちらを睨み、


「不謹慎ですね。場を弁えて発言を行って頂きたいものですね。非常識にも程があります」


 なんて毒を吐かれた。前言撤回。こんな感じになっても、やっぱりこいつはこいつだったぜ。


 いやいやそれにしても、何で俺は怒られてんだ? 俺昨日何かしたっけ? まさか昨日喧嘩していたのがバレたのか? いやまさかな……アイツらがチクったなら未だしも昨日の今日だぞ? 

そんなに早く情報が行き届くもんかね?


「おいおい何怒ってんだよ? 朝っぱらからお前がそんなんじゃ気分が悪いぜ」


「それはこちらの台詞です。あなたこそ何なのですかその態度は? わざとやっているのであればそれは質が悪いですね。本心であるならばもはや病的とも言えます」


 抑揚のない単調で一オクターブ低い声から止めどくなく毒が吐かれていく様を、俺は訳が分からず全て正面から真面に受け止めていた。


 解らん……喧嘩をしたのがバレただけでこんなに怒る奴だったか? 不謹慎だとか言われたが、そりゃ小さな公園とは言え公の場で人目も憚らず堂々と喧嘩をしたのはどうかと思うけどよ……。したくてしたんじゃねぇんだからそこまで言われる筋合いはねぇな。

 そう思ったらだんだん腹が立ってきたぞ……! 


「おいおいおい委員長さんよ! 俺は昨日確かに喧嘩をしたけどよぉ、あれはどっちかと言えば俺がやられてた側なんだよ! ほら見ろよこの絆創膏の数! コレを見ても――」


「喧しいですね! やはり馬鹿なのですかあなたは⁉ そのような下らないことなど今はどうでもよいのですよ! 非常識且つ不謹慎の極みですね! この愚か者の不良風情が!」


「…………!」


 身体が拒否反応を起こしたというか、反射的にのけ反ってしまった。


 だって、想像してみろ。普段ニコニコして周りに笑顔を振りまいているようなクラスのマドンナ的存在の女子生徒がよ、額に血管が浮き出んばかりに眉間に皺を寄せながら鬼のような形相と怒号で迫られたらよ、男に限らず女だって思わず絶句しちまうだろ?


 俺もまた例外なく、絶句しちまったわけだ。

 有栖川が普段絶対に見せることのねぇ鬼気迫る表情を見たこともそうなんだが、そんな暁月が、自分でも思わず感情的に激情にかられるくらいに怒っている理由が、昨日の俺の喧嘩じゃないだと……? 


 ああん? 謎だ。普段のコイツだったら

――「始末書もので御座いますよ! 先生に報告させて頂きます!」なんてことを大して怖くも無い、愛想笑いならぬ愛想怒りの表情を作って言ってくる筈なんだが、それを下らないことだと言って切り捨てやがった。そんなの例え天地が三百六十度一回転したとしても考えられんことだ。


 じゃあ何が原因で、有栖川は機嫌が悪いんだ? 人が変わってしまったかのように。


「はっ……! 失礼、少々感情的になってしまいました。とにかくあなたのことは見損ないました。しばらく顔も見たくありません。お先に失礼いたします」


 と、毒舌とまではいかないが、女子に言われたらそこそこ傷付く言葉を言い残して、有栖川は一人で先に学校へと行ってしまった。


 顔も見たくないって……席が隣同士なんだから嫌でも横顔くらい見ることになんだろうが。まあそれで監視役を放棄してくれんだったら、むしろ願ったり叶ったりなんだがな。


 ふん。しかしまあ何だってあんなに怒ってたんだ。普段本気で怒ってねぇくせに、いざ頭に血が上るとあそこまで豹変するかね。よっぽど気に入らねぇことがあったんだな。

 あいつも私情をまじえて怒ることがあるんだなぁ。そんな人間らしいところがあって、俺は逆にちょっとだけてめぇのこと、見直したぜ。


 さて……俺が登校するには、まだ早い時間だが、たまにはきちんと――っていうか、もう俺は真面目に生きると決めたんだ。たまにではなく、毎日ちゃんとこれくらいの時間には登校するようにするか。有栖川の後を追うわけじゃないが、俺も学校へと向かうことにした。


 夜になると周りが真っ暗になって何も見えなくなる長い一本道――道中で渡ることになる妙に待ち時間が長ったらしい歩行者信号のある交差点――それらの通学路を歩きながら、俺はふと思った。


――そう言えば最近、良い天気が続いてんなぁ……。


 有栖川に監視される生活が続いていたせいで、ろくに空き教室で昼寝もできなかったが、何だこの雲がまばらで、昼になったら気持ちよさそうな陽だまりができそうな天気は。


 こんな日に昼寝ができたら、気持ちよすぎて、五時間目に遅刻しちまうかもな……――って、そんなの何度もあったじゃねぇかよ。何言ってんだ俺は。

 だが俺はいつか有栖川の監視生活が終わったとしても、昼休みの昼寝の時間を止める気はねぇぞ。不良は辞めてもな!


 でも今日は有栖川があんな感じだし、あわよくば昼休みの昼寝くらいはありつけることができそうだ。今日は始まったばかりだが、昼が来るのが楽しみだ!

 なんて与太を述べていたら、学校の近くまで来ていた。普通に歩いて行けば、なんてことない短い通学路だ。この数日、帰りも然り疲れて通ることが多かったからな。これじゃあ必死に勉強して近場の高校へ入学できた意味がないじゃねぇかって話だぜ。


 そんな文句を垂れつつ正門まで辿り着こうとした時、そこが妙に騒がしいことに気が付いた――何だ? 俺は遠くに見える正門に目を凝らし、耳を澄ませた。


「今回の件、学校側は一体どちらだと思われますか⁉」


「一言だけでもよろしいので、どうかご意見を!」


「こ、困ります皆さん! これからホームルームなんですよ!」


 そこにいたのは、スーツを着てはいるが明らかに学校の先公どもには見えない何人かの大人たちと、そいつらを一人で止める教頭らしき壮年の男の攻防が行われていたんだ。


 よく見りゃスーツの奴らはメモ帳やらレコーダー、それに小型のカメラみてぇな機器を持ってやがるな……矢継ぎ早に次々と、聖徳太子でもなければ聞き取れないような数の質問もしてやがる。素人の俺が見ても解る――ありゃあ、『報道陣』って奴らだな。


 …………ん? 今サラッとそんなことを思っちまったが――報道陣? 


 何故うちの学校に? うちの学校のOBかなんかが偉業を達成したとかか? だったら喜ばしいことなんだが、報道陣と教頭(仮)の様子から考えてそれは有り得ないな。


 取り敢えず、関わり合いになるのは危険だ。奴らは教頭(仮)に質問するのに夢中で俺には気付いていない。通るなら今だ……、サッサと通り過ぎちまおう!


「今の先生方の心情をお聞かせください!」


「今後の学校の教育方針に影響はございますか? 生徒たちへはどう説明を⁉」


「お話しできることなど何一つありません! お引き取り下さい!」


 横にいる報道陣の追い詰めるような質問攻めの声を聞きながら俺は正門を突破した。十五年間生きてきて、ここまで姿勢を低くして学校へ登校したの初めてだった。


 何があったのか気にはなるところだが、教頭(仮)よ、健闘を祈る! 後ろで引き続き行われている攻防戦を背に、俺は急いで教室へと向かった。別に遅刻していたり、後ろめたいことがあったわけじゃないが、自然と足が速く動いていたんだ。


 でもいざ教室へと辿り着いて中へと這入ってみると、実は急いで来た方がよかったんじゃね? って思っちまう光景が広がっていたことに、俺は気付くのが遅かった。


 時刻はまだ七時半。ホームルームが始まるまでまだ一時間くらいあった――にも関わらずだ。教室の引き戸を開けたら、俺以外のクラス全員が揃っている状態だったんだ。

 クラスの何人かが俺の方へ視線を向けたが、そいつらは直ぐに視線を逸らして元の姿勢に戻った。そしてその元の姿勢ってのは――頭を俯く、頭を垂れる姿勢。中にはそんな姿勢を取ってなどいない奴らもいたが、そいつらは皆一様に難しい表情をしていた。


 悲しんでいるようにも、悩んでいるようにも見えた。

 普段は五月蝿く走り回っている男子共も、他愛のない談笑に花を咲かせている女子共も。それはツヅやリュウも例外じゃなかった。二人とも静かに、座っていたんだ。


――な、何だこれは? まだ授業は始まってなどいないだろ……? 

 状況が飲み込めず困惑しつつも、俺は一触即発になり兼ねない雰囲気の教室をゆっくりとした足取りで歩き、自分の席に着いた。その隣にはもちろん有栖川委員長さんもいた。目を合わしてくれようとはしなかったが。


 何があったのかを訊きてぇが、ついさっきあんな事があったばかりだ。訊くに訊けなかった。他の奴らも奴らで相変わらず何にも反応がねぇしよ……何なんだよ、くそ……。


 と一人で悩んでいたら、教室の前の引き戸の窓から、誰かが覗いているのが見えた。

 教室を見渡す様に目を動かした後、その人物は引き戸をゆっくりと開けて、中へ這入ってきた。

 

その人物はなんと――担任の貫木ではなく、副担任の鉾崎(ほこさき)だった。あの口うるさいバーコードヘッドとは違い、今年教師になったばかりで、実質俺たちと同じ一年生みたいな立場にある髪の毛フッサフサ(というより、サラサラという表現の方が適切かもしれん)で性格も恭しく礼儀正しい新任の若い女教師だ。


 何故そんな奴が教室に? 例え今からホームルームだとしてもいつもの鉾崎だったら教室の後ろの隅の方が規定ポジションであり、貫木の先公が前で行う筈だが……、その肝心の貫木は――居ない。今日は一体どういう風の吹き回しだ?


「ええっと……皆さん、今日は朝早くから集まっていただきありがとうございます」


 鉾崎は始めに会釈をしながらそう切り出した。感謝の言葉とは裏腹に、その声色と態度はまるで謝罪をしているような重々しいものだったが。頭を上げて鉾崎は更に続けた。


「昨日は夜遅くに連絡網を回して頂いた事、それに関しても感謝いたします。ええ……一さんには何故か連絡が行かなかったそうなのですが、来てくださってくれていますね……」


 連絡網? そんなものが回っていたのか? 夜遅くって言うとどれくらいだ? 八時以降にはもう俺は眠っていた筈だからな……。するといきなり、


「鉾崎先生、一さんは私が直々にお迎えに上がらさせて頂いたので、何の心配もございません。お気になさらず続けて下さい」


 話に横やりを入れんばかりのタイミングで有栖川がそう発言した。お迎え? ――そうか、ようやくあいつが今朝怒っていた理由が解ったぞ。連絡網が俺に回ってないと思ったのか、有栖川は俺をわざわざ足を運んで迎えに来てくれたのか。


 それを知らずに俺はコイツに対して失礼な態度を……。聞いてなかった俺のせいじゃねぇかよ! 事情も解ったことだ、後で謝っておくか。はあ……よかったよかったぁ……。


――ってそんなわけねぇだろ! 俺ん家に足を運ぶのはもはやコイツの日課みたいなもんで、そんなことであんなに目くじら立てて怒るわけがないだろう! 


 ってことはやはり何か別の理由があんのか? あんなに感情的になるほどの理由が! 

 だがいくら考えても、やはり答えなんて出なかった。無い頭でいくら考えたところで、無駄な努力だった。

 だがしかし、その答えは、これから知ることになった――いや、この俺でさえも、なるべくなら知りたくなどなかったと思ってしまう程の理由が、語られる事になったんだ。


 それは他でもない、鉾崎の口から。


「そうですか。では改めて皆さん、集まったようなので、お話しさせて頂きます。


「昨日の連絡網では内容を伏せさせて頂いて回してもらったと思うのですが、世間の情報というものは、時に残酷な程、矢の如く早いものです。


「今朝のニュースを見た人たち、そしてこの付近に住んでいる人たちは既にご存知のことだとは思いますが、


「この高校の前の道路は国道となっているのですが、昨日の夕方にて、その国道をここから約二キロ離れた先の交差点にて、凄惨な交通事故が起こりました。


「原因は未だ解っておりません。何故このような事故が起こってしまったのか……、今でも信じられません……。


「その事故を起こした車は他でもない、私たちの学校の教師であり、一年生の主任教師でもありました――貫木盾先生でした。


「単独でのものであり、事故の直後には、既に亡くなられていたそうです……。誠に傷ましい出来事です……、どうか貫木先生の安らかなるご冥福をお祈りましょう……。……以上です!」


ご冥福を祈りましょう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ