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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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14. はぐれ者、異端者を探る

「おっさん……何で見ず知らずの俺を助けたんだ……?」


 日はもう殆ど西へと沈みかけ、辺りが薄暗くなったこの時刻。家路へ着こうと帰宅していく学生や社会人の奴らの見て見ぬ振りをする視線を諸に受けながらも、俺はおっさんにそう訊いた。


「うん? じゃあ逆に訊くが、お前は目の前で喧嘩している奴らがいたら、事の成り行きを遠くで見守り続けることができるのか?」


 できるが? というかあまり関わりたくない……お助け精神が異常なほど発達しているなおっさん。


「まあ、俺の職業病とでもいうべきか、何かトラブルがあったら、否応なしにそれを解決しなきゃならんからな」


 そう言えばさっきも気になることを言っていたな……、道案内はする身だとかどうとか。

 それがこのおっさんの職業と関係あんのか? 

てっきりサラリーマンだとばかり思っていたが……。


「さっきりから何かぼかしていやがるが、おっさんサラリーマンじゃねぇのか?」


「ふっ。残念ながらはずれだ。サラリーマンなんかよりもよっぽど給料が良いぞ? 俺の職業はそう――警察官だ」


「サツ……だと?」


 い、言われてみりゃあ確かにそれっぽい……。居そうだわ、こんな風貌の刑事。


 道案内……トラブルの解決……成る程、これで合点がいったな。


 と言うか危ねぇ……! あそこで俺やられてて良かった……、もし奴らの喧嘩に抵抗してたら、例外なしに連行されてたかも知れねぇからな……。


 ――ん? でもだったらなんかおかしいな……。


「サツ? だったらおっさん、あんたがそれだと証明できる物を俺に見せてくれよ。というか、あんたがそれをあの野郎たちに見せつけたら、あいつをあんな目に遭わせてやる必要だって無かっただろうに」


「………………」


 そんな怪訝そうな面されて黙り込まれてもな。何か気に障ることでも言ったか俺? 


「それが出来たらどれだけ楽だったか。情けない話だが、正確に言うと俺は『元』警察官なんだよ」


「ん?」


「本日付でクビを言い渡されたんだ。だから俺は本来警察官だと胸を張って自慢できる立場じゃないんだよ。無論、制服も警察手帳も全部没収されたんだ」


 んん……何というか――、


「――済まん……」


 心の声が出てしまった。事情を知らなかったから仕方ないが、取り敢えず謝りたくなった。働いたことなんて一度もないが、その日にクビを言い渡された後ほど気が落ち込むことなんてないからな。


 だがおっさんは「気にするな。俺が悪かったんだから」と逆に気を遣われてしまった。

 気丈だ。テレビで見るサツなんてのは、皆乱暴者だとばかりイメージづけられていたが、こんなおっさんみてぇな奴もいるんだな……もうサツじゃねぇけど。


「だが大丈夫だ。あいつの腕には相当なダメージを喰らわせてしまったが、二度と動かせなくなるほどじゃない、明日には回復しているだろう」


 それでも明日まで掛かるのかよ……いや、別にあの野郎を心配しているわけじゃないが、そう言えばだ。

一番気になっているのはそれなんだよおっさん。多分また言い難いことを訊くかもしれないが、俺じゃなくとも誰だって訊きたくなる。あの現象は流石にな。


「おっさん、公園でやってみせたあれは何なんだ? CGにしては妙にリアルだったが」


「………………バレてたか」


 いやバレるとかじゃなくて……むしろこれ見よがしに見せつけてたじゃねぇかよ。それでよくバレてないと思ったな逆に。多分あいつらも後日誰かに言いふらすぞ。


「仕方ない。教えてやってもいいが、その代わり条件がある」


「何だ?」


「一つ、絶対に笑わない事。二つ、絶対に馬鹿にしない事。三つ、絶対に引かない事だ」


 何だその条件。餓鬼か。ていうか教えてくれんのかよ。ガード緩すぎんだろ。


「守ってやるから早く言えよ」


「そうか、なら安心して言うことができる――俺が披露してみせたあれはな……」


「………………」


「名付けて——『天恵』だ!」


「………………ふっ」


「⁉」


 失笑だわ。いやいやいやいや…………そりゃあ、なあ? 笑うだろ? 笑ってしまうだろ? 笑わざるを得ないだろ? 笑いを禁じ得ないだろ? 


 だって、いい歳したおっさんがだぞ? いきなり所謂、中二病発言をバリバリのキメ顔で言ってきたら誰だって笑うだろ? 俺は悪くない! これは念を押したおっさんが悪い。


「おっさんねぇわ。大人になって社会人になっても中二病こじらせたままとかマジねぇわ。餓鬼のまんまで大人になったってやつ? そりゃいけねぇな、そりゃ仕事もクビになるわ」


「馬鹿にするなと言った筈だぞ! 引くなとも言った! 見事に全部の条件破ってくれやがったな⁉ それに仕事のクビはそれとは関係ない! 最後に、俺は中二病なんかじゃない!」


 何子供に向かってそんなにむきになってんだよ。元警察がそんな感じでいいのかよ。


 だがよくよく思い返してみれば、中二病って風じゃなさそうだ。技名も叫んでなかったし(今思えば、その判断基準もどうだろうか)、何よりこの俺が身を持って体験したんだ。

あの指に纏っていた電気は紛れもなく本物だった。普通に触ったらそりゃもうビリッときそうな感じだったぜ。


 にしても、『天恵』ねぇ……。そのネーミングに関してはちょいと突っ込まざるを禁じ得ないというか。いかにも触れてほしそうな感じだったしな。ちょいと訊いといてやるか。


「『天恵』って何だよ? おっさんはそんなもんいつから身に付けてたんだ?」


「それは言えんな」


「ああ? 何でだよ?」


「個人情報みたいなもんだ。安易に見ず知らずの他人に教えるわけにはいかん」


「じゃあ質問を変えよう。『天恵』って名前の由来みてぇなもんはあんのか?」


「それも言えん。理由はお前がまた馬鹿にしてきそうだから」


 根に持ち過ぎだろ。どんだけ馬鹿にされたりすんの嫌なんだよ。別におっさんが名付け親ってわけじゃねぇんだからそれくらいは教えてくれてもいいんじゃねぇのか?


 まあ知ったところでどうなるわけじゃなし、めちゃくちゃ話したそうにしてたからさ、俺は善意の気持ちで訊いてやっただけだ。いざ訊いたら訊いたで話しちゃくれなかったがな! どうやら俺には、人の心どころか、表情を読むセンスも皆無みたいだ。


「まあ要はおっさん、そいつは超能力みたいなもんなんだろ?」


「ああ、そう考えてもらっていいと思う」


「それだけは簡単に言っちまうんだな。いやでもよぉ、そういうのは漫画やアニメの中だけの話だとばっかり思っていたんだが、まさかこんな身近にいたなんてな。超能力者が」


「言っておくが、無論このことは誰にも口外無用だぞ。この町はそんなに大きい所ではないからな、噂などたちどころに広がって俺がこの町に住めなくなる」


「ああ、肝に銘じとくぜ――おっと、そこ左だ」


「あ、ああ」


 こうして俺はおっさんに道案内をしつつ、肩を借りる形で家へと送ってもらっているんだが、俺はここで一つ疑問を覚えた。このおっさんさっき――この町に住めなくなると言っていたが、おっさんは一体いつからこの町に住んでいるんだ?


 何てことない疑問だと思うが、おっさんがその、例の――超能力者であったのなら話は別だ。おっさんがいつからあんな不可思議な能力を身につけていたのかは解らねぇが、おっさんの性格上――公園で大っぴらにあんな風にいとも簡単に知られたくないであろう自分の能力を見せつけてきて、しかも断片的とはいえ今日出会ったたばかりの高校生である俺に力の正体について話してきやがったんだからな。そんな性格をした奴が今日初めて人前であの力を披露、若しくは露見したとは到底思えない。この時点で少なくとも四人にはバレちまっているわけだからな。


 だとすれば、おっさんが仕事をクビになった理由って……?


「おい、また分かれ道だ。今度はどっちに行けばいい?」


「――あ、ああ! 済まん……今度は右へ曲がってくれ。そんでその突き当りを左に曲がって真っすぐ行けば俺ん家だ」


 よし解ったと言って、おっさんは再び歩き出した。

 物思いに耽り過ぎていた。もうそんなところまで歩いていたのか……。


 結局解ったのは、このおっさんは御人好しで元警官の超能力者ってことか。情報が多すぎる。

警官なのかどうかは証拠がねぇから怪しいところだが、超能力者ってのは信じてもよさそうだ。力の片鱗を見ただけだが、あんなことは普通の人間じゃあできねぇからな。


 そうこうしている内に家に到着した。電気がついてない(それが当たり前だが)、どうやら今日はツヅ、居なさそうだな。久しぶりにゆっくりできる――このけがさえなければ……。

「ここだ。俺の家だ」


「ほう……、立派な家に住んでんじゃねえか。真っ暗だが親御さんは? お前に何があったか説明しなきゃならんからな」


「ああ……結婚記念日ってことで、ちょっと一週間ぐらい旅行に行っててな。今は居ねぇんだ……」


 むう……そうか、とおっさんは渋い顔をしながらも頷いた。

 ほぼ初対面のおっさんに俺の家族事情は教えない方がいいと思い適当にそれっぽい嘘を吐いたが、案外騙せるもんだ。家まで送ってもらったってのに、これ以上余計な気を遣われるのは、それはこちらとしても心苦しいもんがあるからな。

そしておっさんは、表札を一瞥した。


「一……お前の名前か? 小僧」


「ああ、そういや助けてもらったってのに、自己紹介してなかったな。まあ憶えてもらう必要なんてないと思うが、俺は一一一だ」


「一一一……、何とも縁起の良い名前じゃないか。じゃあ一、お前には逆に、俺の名前は憶えておいてもらおう――とでも言っておこうか」


「はあ? 何で?」


「何でも糞もない。一応礼儀として名乗っておく上でのうたい文句と捉えてもらっても構わん。そんで、俺の名前は――」


 と言いかけた時だった。遥か遠方の方で、タイヤのスリップ音が鳴り響いた! 

驚いた俺たちは反射的にその方向へと顔を同時に向けた。そしてそのスリップ音が鳴りやんだと思ったら、何かにぶつかったと思われる激しい音が鳴った。


「! 何だ⁉」


「じ、事故か! 交通事故か⁉ この辺だと国道が近い……多分そこで事故が起きやがったな! こうしちゃおれん! それじゃあな一!」


 おっさんはそういうと、なりふり構わず国道の方面へと走り出してしまった。


「ちょ! 待てよおっさん! こうしちゃおれんてあんたもう警察じゃ――ったく、行っちまったか……」


 なりふり構わなすぎだろ……行ったところで野次馬扱いされるだけだろ……。だが何があったのかを確かめに現場に向かったり、おっさんを追いかけるだけの体力と気力はもう俺には残っていなかった。

何せこのケガだ、それよりも早く休みたいって気持ちの方が勝ったわけだ。自分でできる手当を済ませて、今日はさっさと寝ちまおう……救急箱の中身、まだ残ってたっけ?


 あのおっさん……名前聞くことができなかったな……。まあ聞いたところで、その後俺が憶えているかどうかは解らんが、せめて名前だけでも聞いとくのがセオリーだっただろうに。

 そう後悔じみたことを想いつつ、俺は家のドアを閉めて家路についた。


 その夜、俺は塗り薬を塗りその上から絆創膏を貼るという張りぼてのような手当を行い、それ以降は何もする気が起きず、ベッドに横臥し眠りについた。


――あれからおっさん、どうしてんだろうな……。


 そんな事をふと、俺はうとうととしながら思った。何でだろうな……俺はあのおっさんとあそこで出会ったのは、偶然じゃない――何か奇妙な巡り合わせによるものだと思えてならなかった。願わくば、それが合縁であることを祈りたいもんだ。


「また会えるかね……おっさん」


 そんな寝言のような独り言を呟いて、俺は眠りに落ちた。

願ったつもりじゃなかったんだが、そんな俺の言葉が後日――まさか現実のものになるなんて、とても思わなかったな。


……まあ言ってみるもんだとは、とても思えなかったがな。

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