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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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13. はぐれもの、異端者に助けられる

「お前たち、早くそいつから離れるんだ。とても仲良く遊んでいるようにも見えんしな」


「解ってないなおっさん。これは今時の高校生のスキンシップってやつだぜ? おっさんみてえな歳の大人にゃあ解るわけねえよなあ」


 平然と嘘を吐く不良。

 血が流れるスキンシップがあってたまるか。何分何秒に何回輸血する必要があるんだよ。


「言い訳するのか。まあお前みたいな輩とは言葉で語り合うというのは最初から無理な話だとは分かっていた。どうだ? 今度は俺とやり合ってみないか?」


 拳でな。と、男は持っていたジャケットを投げ捨て、にやりと笑みを浮かべてそう言った。

 おいおい待て待て、いい大人が高校生とはいえ子供同士の喧嘩を止めるどころか混ぜてくれってか? リスクしか感じられないこの状況で見ず知らずのこの俺を助けてくれんのはありがたいが、色んな意味でそれは大人としてどうなんだ? 

 第一こいつらが乗ってくるとは――、


「上等じゃねえかおっさん! こんなもやし野郎相手じゃあ一方的で退屈だったところだ!」


「おお! 流石先輩! 俺も丁度同じこと考えてたところなんすよ!」


「おいおいおい! それを言うなら俺こそだ! 俺の方がお前の何倍も思ってたよ!」


 …………何なんだお前ら。完全に趣旨変わってんじゃねぇか。

 お前らは喧嘩がしたいのか? それともツヅを辱めたいのかどっちなんだ? 


「さあかかってこい。安心していいぞ? 拳とは言わず、この指一本でお前らを大人しくさせてやるからな」


 おっさんはおっさんで何余裕ぶっこいてんだよ! 大人しくさせるだぁ? それはどういう意味でだ⁉ それも指一本で⁉ どこの超人的体術の体得者だよあんたは! 


「その余裕を俺たちに見せたことをボコられた後で後悔するんだな! 行くぞてめえら!」


「おお!」


 なんて心の中で突っ込んでたら、不良とその掛け声に応じた取巻きどもが一斉におっさんに飛びかかった! くそ……身体が痛くて動かねぇ……! 謝るのもおかしいかもしれないが、済まん……見ず知らずで通りすがりのおっさん……! 


「おっと!」


 と、諦めかけたが、不意を突かれたような掛け声を発しながらではあったが、意外にもおっさんは不良どもの攻撃をひらりひらりと躱していた。その表情もどこか涼しげだ。


 まるで不良どもをあしらっているようにも見えるその動きには、掛け声とは真逆でおっさん臭さなんて微塵も感じられなかった。


「へへ……、動きだけはいいようだなおっさん……。だが逃げてばかりじゃ勝てねえぞ!」


 そうだ、おっさんの動きは確かにいい。ここまで不良三人の攻撃を見事に往なしている。なのに呼吸も乱れていない。表情にも余裕が見られる。

 だが、おっさんは逆にここまで――一切攻撃をしていねぇんだ。


 相手が高校生だからという刑事訴訟になり兼ねない理由もあるんだろうが、これではいつまで経ってもいたちごっこだ。


 いくらディフェンスが強くても、オフェンスをしなければゴールは決められねぇ。

 どうすんだおっさん? このままこいつらの体力がなくなるまでずっと逃げ回っているつもりなのか? 引き分けにしようってのか? こいつらのしつこさは俺が一番よく知ってる。そんなんで決着を付けさせてもらえる相手じゃねぇぞ。


「どうしたお前たち? そろそろ疲れてきたか?」


「はあ……はあ……、抜かせ……! まだまだ闘えるぜ……はあ……!」


「はあ……先輩、そんな息が切れ切れの状態で強がっても……はあ……説得力ないっすよ……」


「お前も切れてるじゃねえか……! 俺も他人の事……言えねえけどな……はあ……」


 予想通りというかもう絵に描いたような体たらくだ。息もそうだが今すぐ水分補給が必要なんじゃねぇかって心配したくなるくらい汗もだくだくになってやがる。


 一方おっさんの方は相変わらずだ。これ見よがしにフットワークまで披露している。


 なんておっさんだ。正確な年齢は解らねぇが恐らく見た目的に三十代は絶対にいってる――所謂、アラサーくらいは絶対に。

 たばこくらいはこの歳くらいにも吸ってるだろうし……それを踏まえたとしてもとてもおっさんのスタミナとは思えない。俺は、このおっさんのことが……気になりだしている。

 このおっさん――マジで何者なんだ?


「強がらなくてもいい。疲れたんだろう? 日も暮れてきたし、そろそろおねむの時間じゃないか? 今から俺が眠らせてやろう」


「うるせえ! 売られた喧嘩を買ったからには、もう返品はできねぇんだよ!」


「そんなことより先輩! このおっさん、今俺らを餓鬼扱いしやがったっすよ⁉」


「おいおいおいおいおいおっさん! どんだけ俺らに喧嘩を買わす気だおい!」


 買わなけりゃいいだけの話だろ。……そもそも何でこいつらはこんな見ず知らずのおっさんの喧嘩を買ったんだ? まさか常日頃から誰かに喧嘩売られたら買ってるわけじゃねぇだろうな? 俺には関係ないことだが、だとしたらこいつらやはり――餓鬼だな。


「あんまり大声出すんじゃない。近所迷惑だ。よってお前らは強制的に眠らせる」


 こいつでな。そういうと、おっさんは一本、人差し指を上に突き立てた。


 ――ん? まさか……遂に反撃か? そういや数十分前に指一本でこいつらを倒すとかどうとかハッタリをほざいていたが、本当にやるつもりなのか?


 普通ならここで、「突き指するから止めとけよ」と助けられている身でありながらも注意するところなんだが、それは杞憂と考えていいかもしれん。

 このおっさんは多分そこら辺にいる三平のサラリーマンなんかじゃない。この数十分間自分よりも一世代近く離れた高校生相手に全く息を切らすことなく猛攻を凌ぎ切れるほどのスタミナを持ち合わせているんだ。


 スタミナがあるという判断材料だけで決めつけるのは早計かもしれんが、俺的には十分だ。このおっさんならきっとやってくれる。俺に見せつけてくれるんだろう? 

 そして俺の想いが届いたのか、おっさんは突き立てた指に力を込めるように力み始めた――すると――!


「んんん……んんん! おおお!」


「⁉ な、何だそれは⁉」


 その場にいる三人の不良と一人の元不良が口をそろえてそんな驚きの声を上げた。


 今でもあれは忘れることは出来ねぇな。俺の想いが届き過ぎちまったのか――殴られ過ぎたから頭がどうかしちまってたのか――とにかく色んなことを一瞬のうちに考えたさ。だがあれは幻覚でも無ければ俺の頭がどうにかしていたわけでも無かったんだ。


 全て――現実だった。


 だからこそ俺はあれを信じることができなかったんだ。多分それはあの三人の不良どもも同じ気持ちだっただろう。


 一体誰が信じられる? ――おっさんの人差し指がバチバチと激しく弾ける音を立てながら、電気を纏っている情景を!


「あんまり下手に動くんじゃないぞ……、当たり所が悪ければ死ぬからな!」


「そういう問題じゃねえだろ! おっさんあんたそれ何なんだよ⁉」


「先輩落ち着いて下さいっす! あんなのただのトリックっすよ!」


「そうっすよ先輩! あんなので攻撃されたところで痛くも痒くもなさそうっすよお?」


 いや、一概には言えないが俺にはそうは見えねぇ。纏っている自分は痺れてこねぇのかとこっちが心配になるくらいの激しい音がここまで伝わってるってのに。


 あんなのを今から喰らわせるってのか? 眠らせるってのはそう言う意味か⁉ 見せつけてくれるんだろうとは思ったが流石にやり過ぎじゃねぇか⁉ 何でもいいから頼むから人死にだけは犯さないでくれ……!


「どうしたお前たち? さっきまでの威勢――いや、虚勢はどこへいったんだ?」


「………………!」


 おっさんが解りやすい挑発を行っても、不良どもは顔を顰めただけで殴りかかろうとはしない。奴らは言葉では強がっていても、尻込みをしてしまっているんだろう。


 殴ろうと思えば殴っている、だが命は惜しい。そう言った心情が顔に表れているようだった。


「だんまりか。なら質問を変えよう――お前たち……、覚悟はできたか?」


「!」


 そう言い終わったのと同時に、おっさんは奴らの返答を聞くまでもなく真ん中にいる不良――クズ野郎に向かって指を突き立てたまま走り出した。


 なんてスピードだ……! あれだけ激しく動き回ってたってのに、一体身体のどこにそんなスタミナが残って……。


「う……! くそお……!」


 動きが一呼吸分遅れたがために間合いを一気に詰められてしまったクズ野郎は、両腕を顔の前で交差させて防御の体勢を取るしかなかった。


 だがそんな防御もあってないようなものだった。おっさんは構う事無く電気を纏った人差し指をその両腕に向かって――ちょん、と軽く触った。


「ぐおおおおおおおおあああ!」


「先輩⁉」


 おっさんの纏っていた電気が奴の両腕に感電した。そして奴は無様に尻餅をついてしまった。だらんと地面に垂れた両腕が痺れてぶるぶると震えていた。


「ああーああ……、だから言っただろう? 下手に動くなって」


「先輩大丈夫っすか⁉ あんなちょっと触られただけで物凄い勢いで倒れたっすけど!」


「腕の方も大丈夫っすか? これから何かと世話になることになるっていうのに……」


「痛ててててて! さ……触るんじゃねえ……! 腕が……痛いんだからよ……!」


 相当な電流が奴の両腕に流れたらしい。痛いって感じるってことは、痛覚が機能しているから感覚はあると思うんだが、指先から肘、肩に掛けて一切手を動かす様子が無い。


 するとおっさんが、纏っていた電気が消えた指先を再び突き立て始めた。


「おい残りのお前たち、そいつの様になりたくなかったら今すぐにここから立ち去ることをお勧めしよう。じゃなければ眠ってもらうことになるが――」


「は……はい! 失礼しましたっす! 俺たち良い子! 今すぐお家に帰りまーす!」


「おい! 憶えてろよ一! 俺たちや先輩はまだ結文のこと、諦めたわけじゃねえからな! 今日は退いてやるぜ! ……先輩、行くっすよ!」


「痛てててててて! お前ら! 腕を引っ張るんじゃねえ……!」


 雑魚感丸出しの常套句というか、捨て台詞を吐いて、不良どもは公園から去っていった。

 残されたのはおっさんと、傷だらけになりながらも今起こった状況を整理しようとする俺だけだ。何とも言えない空気が小さな公園に一気に充満する。


 そんな空気の中行動を起こしたのはおっさんだった。おっさんは自分がさっき隅っこに放り投げたジャケットを拾いに行き、二、三回ほどジャケットに突いた砂を掃った。


 それを着ると俺の方に向き直り、こっちに向かってきた。あれだけの戦闘があったというのに、その表情に疲労の色は見られず、汗も一つかいていなかった。


 おっさんは俺の眼前で足を止めた。そしてしゃがみ込み、手を差し伸べた。


「大丈夫か小僧? 酷い傷だ、病院に連れてってやるから、さあ立つんだ」


 名前が解らないからそう呼んだのだろうが、あんたより背の高い高校生に対して「小僧」はないだろう。

高校生にもなって殴り合いの喧嘩なんかしてるから精神的な理由でそう呼ばれたのであれば、仕方ねぇっちゃ仕方ねぇのかも知れねぇが。


「病院……? いや、大丈夫だ。これくらいの怪我なら、家で手当てできる」


「そうか? お前がそう言うなら俺は別に要らん気を遣う必要がなくなるんだが、未だ立てもしないのにその言葉には説得力が皆無だぞ?」


 文字通り言葉も出やしない。わざわざ一行使って中点だけで表現するのも烏滸がましい程に。


「乗り掛かった舟だ。病院とは言わず、せめてお前の家まで送らせてはくれないか?」


「…………よろしく頼む、おっさん」


 俺は素直におっさんの好意に甘えることにした。正直な話、病院に行った方がいいんじゃねぇかと思うくらい身体の至る所が痛んでいたんだが、俺がいつか盛大に使う予定の親が残した金をこんな傷の治療代に充てるのは惜しかったんでな。

苦渋とまではいかないが、それに近い感情を抱いた苦しい決断であったのは確かだ。

 その返答を聞いたおっさんは、俺の腕を持ち、自分の肩に組ませ俺を立ち上がらせた。


「じゃあ道案内を頼むぞ。普段は道案内をしていた身だが、流石にお前の家までは……」


「?」


 意味深で気になる言葉をさらりと言ったな。まあ、それ以上に気になることはまだまだ沢山あるんだけどな。


 そう――俺はこのおっさんには、「助けてくれた上に家にまで送ってくれてありがとう」の一言で別れるわけにはいかねぇんだ。このおっさんに訊かなきゃならないこともたくさんあるんだ。

 俺はこれから、家に帰るまでの道筋で、それを訊き出していこうと思った。

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