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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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12. 喧嘩売りのはぐれ者

こいつも同じ高校だったのか……! 首元に校章があるから間違いない。


 案の定俺はその不良どもに絡まれてしまい、公園の隅の方に追いやられている訳だ。追いやられているとは言っても、身長は俺の方が高いから逆にこいつらは俺を見上げる形になっているというシュールな構図が出来上がってるわけだが。


「あの女の子は元気か? あの時はよくも邪魔してくれたよなぁ? ええ? おい?」


「元気だったら何だってんだ。報告でもしろってのか? 俺はお前の召使いか何かか?」


「あんな可愛い子が小さい頃から傍にいるってのに、未だにお前がいつまでも手を出さねえから、俺がお前に成り代わってお付き合いをしてやろうと思ってな! で、あの子はどこにいんだよ?」


 まだ諦めてなかったのか……! 一応ツヅはてめぇとは一つ年下だがもう隣に並んだ時点で客観的にアウトだ。児童ポルノと勘違いされるのが目に浮かぶわ!


「教える必要なんてねぇし義理も無い。お前みたいな野郎には、夜に隣町うろついている場末の風俗を営んでいそうな淫売婦がお似合いだ。どうせ童貞なんだろ? お前」


「な……⁉ 何だとてめぇ⁉ 童貞で悪いかよ!」


「そうだそうだ! 先輩はなぁ、どうせ童貞捨てるんなら巨乳で小っちゃくて可愛い子が良いんだってまるで小学生が将来の夢を語るみたいな感じで常日頃から言ってんだよお!」


「それの条件に見合った子がさ、まさか一つ下の俺たちの同級生にいたんだぜ? 先輩一目見た瞬間人目も憚らず大喜びしてたもんなぁ……欲しかったおもちゃを手に入れられた幼稚園児みたいに」


「お……おい、お前ら。少々、言い過ぎだぞ……?」


 駄目だ。これでもう完全にこいつがロリコンだって事が解明されちまった。

 尚更だ、ツヅは高校生になった今でも悪というものの存在をよく解っていない。


 俺は不良を今日で辞めた身。理由のない暴力は災害みたいなもんだが、正義のための暴力は、それを暴力とは言わん!


「ぶほおぉ⁉」


 肩慣らしに一発頬を殴ってやった。男は無様に仰向けに倒れた。


「あ! こいつ殴りやがったぞ⁉」


「おい一! お前そんなことしていいのかよお⁉ 委員長様と先生様と先輩様が黙ってねえぞ⁉」


「バレなきゃ大丈夫だ。後は、お前らが告げ口できねぇくらいに少々痛めつければ完璧だ」


 とは言ったものの、数週間ぶりに殴ったからか、拳が痛ぇ……。

 たったの一発でこれだ。あと二人、何とかできるのか? 


「うう……むう……! 痛てて……、くっそ……油断したぜ……」


 前言撤回。やっぱりあと三人だ。痛がってこそいるが、頬は押さえる事なく起き上がってきやがった。

 くそ……やっぱり威力もそれ程じゃなかったってことか。頬こそ赤くなってはいるが、腫れてるって感じじゃねぇ。強いて言うなら、つねられたと言われても疑わないだろう。

 よくよく考えりゃ、俺は有栖川の監視生活が始まる以前の喧嘩と言えば、手なんて一切出さない口喧嘩ばかり。水掛け論で終わるような事さえあった。


 何度も何度もくどくど言っているようだが、俺はここ最近、運動不足だった。運動もしていなければ、当然筋肉も衰える。それに加えて、安定しない食生活。

 朝飯を抜き、昼は空き教室で昼寝、挙句の果てに夜飯はほとんど冷凍食品かカップラーメン。体力も高校一年生の男子の平均値を下回っている。

 そんな不健康極まりない身体の状態の俺は、恐れ多くも自分から喧嘩を売ったんだ。押し売ったと言ってもいい。

 またしても俺は、灯火の中へ飛び込んでしまったんだ。真夏の羽虫の如く。


「先輩! 大丈夫っすか⁉」


「ああ……、いきなり殴られて油断しただけだ。あんなもやしみてえな細い腕から放たれたパンチなんざ、紙で指を切った時の痛みと較べりゃどうってことないわ!」


 俺のパンチは紙の切れ味にも劣るのか……。比喩だったとしても、流石に凹む。


「で、おい一! 一体俺らをどうするんだって? あんなペラペラパンチじゃ俺ら三人をボコボコにするのはとても無理があるんじゃないか?」


「手を出してきたのはお前からなんだぜ? こりゃのっぴきならないなぁ」


「因みに言っとくけど、俺らさぁ……結構喧嘩――できるんだぜ?」


 これ見よがしに拳を突き立てて、脅す様に取巻きの一人がそう言ってきた。手の甲に浮き上がる血管が、その自信と台詞が決してハッタリなんかじゃないことを物語っているのは明らかだった。

 それを見た俺は、漸く痛みが引き始めた手でまた拳を作ることなく、そって下ろしてしまった。


「おいおい何だよ? さっきまであんなにやる気だったのに急にクールになりやがって」


「なあ、俺の話を、聞いちゃあくれねぇか?」


「話だあ? お前数分前と言ってることがまるで違うじゃねえかよ!」


「まあ待てお前ら。逆に考えるんだ、こいつはパンチ一発でこの俺をぶちのめす筈だったんだろうが、それができなかった。自分の実力も知らないで挑んだことによってな。そこでこいつは思ったんだ。もう駄目だ……お仕舞いだ……勝てるわけがないよ……、ってな。考えた末、自分の無力さを知ったこいつは恥を承知で俺たちに話し合いを持ち掛けてきたってわけだ。利口な選択だとは思わねえか?」


 勝手に俺の心情を代弁するな。大体当たっちまってるのがまた更に腹が立つ。

 まさか……読心術でも身に付けてんのか⁉ 


――なんて羨ましい……!


「聞いてやろうじゃねえか。一体何だよ?」


 だが、本当に読心術を身に付けているというなら、俺が今言おうとしていることを既に解っている筈――聞き入れたりなんてしない筈だ。何だ……羨ましがって損した。

 ならまだワンチャンある。もしかしたら聞き入れてくれるかもしれん。


「仮にも先輩であるお前を殴っちまって済まない。俺が悪かった。殴っちまったからもう遅いが、謝っただけで赦してもらえるなんて俺も思ってねぇ。俺を殴りたいだけ殴れ。殺す勢いで構わない。だが一つ条件がある」


「何だ?」


 これだけは絶対に譲れなかった。それに見合う対価、『自らの命』を俺は提示したんだ。

 聞き入れてもらわなくちゃあ……困るぜ……。


「ツヅは俺の女だ……諦めてくれ」


「………………」


 俺は九十度腰を曲げて頭を下げた。よって奴らの表情を窺うことはできなかったし、目を瞑って謝ったが為に足元も見ることはできなかった。

 流石に耳は塞いでねぇ。そしたらこの綺麗な謝罪フォームが台無しになっちまうからな。


 話し声やひそひそと話す声は聞こえない。アイコンタクトでもとっているのか? そんなテレパシーと何ら変わらないコミュニケーション力をこんな奴らにあるとは思えねぇが。

 どういうことだ、もう俺が頭を下げて数十秒は経ったぞ? 何のリアクションもないのはおかしい……。


 ――もしかしてまさか……? 俺が頭を下げている内に、あいつらツヅの元へ⁉ 


 有り得る……こんなに物音が一切しないんだ。もうあいつらこの公園にはいないんだ!

 だとしたら……俺はこの数十秒の間、目の前に誰も人がいないのに頭を下げ続けていたのか⁉ どうしてくれんだ! 誰かから見られたら変な奴だと思われちまうじゃねぇか! 俺は工事中に置かれるお願い看板のおっさんじゃねぇんだぞ! 

 だったらもう頭を下げ続ける必要なんてねぇ。今すぐツヅの元へ馳せ参じるんだ!


 と、目をくわっと見開き顔をあげようとした時――後頭部に衝撃が走った。その直後、脳が揺れる感覚に襲われた。脳震盪だ。

 何が起こったのかも解らないまま俺は公園の土の上へと倒れ込んでしまった。

 後頭部に、何かじゃりじゃりした物が入っているのを感じる――公園の土? 

 殴られたのだとしたら不自然だ。薄れた意識の中で、俺は視線を上に移すと、


「じゃあ、遠慮なくヤらせてもらおうか! 二つの意味でなぁ!」


「さっすが先輩! 俺たちがやろうとしていた事を成り代わってやってみせるなんて!」


「そこに痺れ、憧れたんだ俺たちは!」


 片足をあげたままでこれまた平然と交渉決裂宣言をするクズ野郎と、俺は口に出して言っていない筈だが、間接的に被せてきた取巻きたち。

 そうか……俺は蹴られたんだな。二つの意味で。

 とことん被せてきやがるな……こんな時に思う台詞じゃねぇと思うが――巧いじゃねぇか。

「一! 俺たちを誰だと思ってる? 俺たちは正真正銘自他ともに認める不良なんだぞ⁉お前が真面目くんだった頃から今までずっとだ! たったの三ヶ月ぽっちで不良を語ろうなんざ、付け焼刃の鋼が落ちちまって、隙間から鈍刀が見え隠れしてんだよ!」


 嗚呼……何でおれはこんな野郎から教えを説かれなきゃならないんだ。公園の土の上に横たわり、剰えその土を嘗めるながらだなんて。


 非常に屈辱だ。こんなクズ野郎に……だがコイツの言っていることは正しい。まさしくその通りだ。不良だってのに、そこんところの道筋は外れてねぇ。

 奴らは知る由もねぇことだが、俺は今日、不良を辞めたんだ。

 真の不良ってのは、途中で辞めたりなんかしねぇし、自分から喧嘩を売っておいて謝ったりしねぇし、情けなく懇願したりもしねぇ(俺の偏見も含む)。


 何もかも中途半端だ。だからこそ俺は知らなかった。幾ら不良と言えども多少、いや、雀の涙ほどの情けは持ち合わせているものだとばかり思っていた。

 甘い。甘すぎる。甘味すぎる。大甘だ。極甘だ。甘くて甘くて――甘ったれてたんだ。


 あの時もそうだったが、中学ん時にツヅを守ろうと(乱用して済まん、二つの意味で)した時も、引き下がってくれはしたが、ボコボコにされたっけな。

 その時の情景が、フラッシュバックされるようだ。


「お前をボコって、愛しのあの子の……ゼヘヘ……!」


「ちょっと先輩! そこはにやけずカッコよく決めないと駄目じゃないっすか!」


「そうっすよ! いくらもう直ぐで結文のしょ――ぶふふふ……!」


「おい何でお前までたまらず吹き出してんだよ⁉ 別に言うだけなら簡単だろ⁉ 俺らの学年で一二を争う可愛さを持った、結文綴のヴァー――あ、はははは……!」


 ………………。

 成る程、心まで童貞か。こいつら。


「ええい! とにかくお前ら! こいつ自ら望んだんだ! ボコボコにぶちのめせ!」


「おお!」


 野郎の号令と共に、漸く脳震盪が治まり意識がはっきりと仕掛けていた俺に追い打ちをかける様に、奴らは俺を袋叩きし始めやがった。


 六本ずつの手足から繰り出される四方八方の蹴りやら殴りやらの攻撃が矢継ぎ早に行われ、俺は到底盾になりそうもねぇ細い両腕を使って防御することしか出来なかった。


 がむしゃらに攻撃していると思いきや実はそうでもねぇ。脇腹を防御すれば背中、頭を抱えればみぞおち、脇腹と意外に的確に空いたところを狙ってきやがるからもう俺は袋の鼠も同然だ。


 身体にも肉と言えるような物があまりついていねぇから痛みが諸に内臓や骨にまで響きやがる……嫌な相乗効果だ……! くそ……もう……限界……だ……。


「ぐ……! おおお……!」 


「オラオラオラオラ! あの時の二倍も三倍もの傷をつけてやるぞコラあ!」


「約三年越しの先輩の無念を思い知りやがれこの野郎!」


「滅多打つのはアソコ以外にしといてやるよ。その辺の女とヤれるようにな!」


「おいこら! 何をしてるんだお前たちは!」


 …………………………ん? 何だ……? 台詞が一人分多かった気がするぞ……? 殴られ過ぎたせいで幻聴でも聞いてるのか……俺は……?


「! 誰だおっさん? 俺たち今忙しいからよ、用があんなら後にしてくれねえか?」


「話は一部始終聞かせてもらったぞ? お前たち、弱い者いじめは感心しないな。今なら赦してやる、そいつをいじめるのを今すぐ止めるんだ」


 幻聴じゃなかった。地面に這いつくばりながら、俺はその声の主をしっかりと確認することが出来たからだ。やれやれ、頭を上げるだけでも痛ぇ……。


 俺たちの前に立ちはだかるように現れたその男は、直毛で茶色の短髪、身長は俺より低い、だが低くはない。百八十に届くか届かないくらいか。


 身体つきは痩せ型だが、俺のようなもやしみたいなもんじゃなくしっかりとした体つきだ。そして俗にあれはエプロンて呼ぶのか……綺麗に切り揃えられた顎鬚を生やしていた。


 服装は白色のワイシャツに無造作に締められた黒のネクタイ、脇に抱えているものは恐らくジャケットだろう。


 俺が見た限りではこの男に対する印象は……ちょっとダンディなサラリーマンのおっさんだった。

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