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天恵 〜自由への黙示録〜  作者: 吾田文弱
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1. はぐれ者のこれからと過去

十五余年――俺は生きてきた訳だが、とにかく気を遣い尽くしてきた人生だった。


 初っ端から暗い話になるだろうが、俺には『両親』という、子に本来あるべき存在が物心付き始めた頃からなかった。両親と共に過ごした思い出? そんなの知らん。赤ん坊なめんじゃねぇ。憶えてるわけねぇだろ。物心つき始めた頃だと言ってるだろうが馬鹿野郎。


 写真は一応ある――一葉だけ。俺が生まれて間もない頃だろう、背景がどこぞの病院の病室で、赤ん坊の頃の俺と思わしき赤ん坊と、それを幸せそうな笑みを浮かべながら抱きかかえる女と、よく頑張ったなと励まし讃える様にその女の肩に手を乗せ、泣いてんのか笑ってんのか解らねぇ表情の男、計三人が写った写真だ。その男女が死んだ俺の親父とお袋なんだろうが、お袋の顔は何となく見覚えがあるんだが、親父はない。


 物心がついていなくとも、薄らとだが記憶はあるようだ……確かお袋は、穏やかで、慈悲深く、母性の塊ともいえる人物だったような気がするなぁ……。

 一方親父の記憶は……やはり思い出せん。寧ろ写真で見たのが初めてだったくらいだからな。こんな顔をしていたのかくらいの感情しか抱けなかった。だから俺はどちらかと言えば、お袋の方が印象に残っていて、親父はそうでもないってことだ。

 憶えているのは性格くらいで、一緒に何処へ遊びに行ったとか、どんな風に可愛がられていたのとか、全く解らない。皆無だ。


 ここで、二つの問題が生じる訳だが――では両親を亡くした俺はいったいどのように十五年も生きて行く事が出来たのか、という事が第一の問題だ。

 施設に送られた? 違う。幼少の頃からホームレス生活? 違う。狼に拾われ育てられた? 違う! 俺は――とある一家に引き取られ養子として育てられる事になったんだ。


 その一家の家族構成は三人家族、俺目線で説明すると、義父、義母、そしてもう一人は、何の因果か俺と同じ年に生まれた同級生の長女、そこへ俺が加わり四人で暮らす事になったんだ。義父曰く、死んだ親父とは幼馴染、所謂腐れ縁だったらしく、天涯孤独となってしまった俺が他人のようには思えないという理由で引き取ったのだと言う。

 当たり前だろう……。だって親父の子なんだからよ。


 そして第二の問題――そもそも何故、俺の両親は死ななければならなかったのか、という事だ。俺も小さかったからその当時の事はよく憶えていないが、俺とお袋は、車に乗っていて――事故に遭った……という事ぐらいか。確か車同士がぶつかったのだと思う。

 車同士は大破、俺の眼前に飛び込んできたのは、真っ赤な炎が辺り一面に燃え盛る集熱地獄のような光景だった。俺とお袋は病院に緊急搬送され入院することになった。

 俺は奇跡的に一命を取り留めたが、お袋は駄目だった……。体中の火傷が酷かったらしく、皮膚は焼け爛れ、人としての原型を留めていなかったそうだ。

 これが、お袋の死――は、解ったと思うが、じゃあ親父はどうなんだと? 親父何にも関係ないじゃねぇかと。


 実はこれに関しては本当に理解がし難い事なんだが、義父から聞いた話なんだけどよ、なんとあの糞親父……俺という存在がいながら、お袋が死んだ悲しみに耐えられなくなり、お袋がいない世の中など生きていても意味がないという自分勝手な遺言を残して、自殺してしまったのだという。

 その証拠にその遺言書はタンスの引き出しに入っているのが見つかったのだという。


 ハッ……馬鹿な親父だよ。お袋がいない世の中は生きていても意味がないだぁ? だったら何で子供なんて作りやがった? 俺という存在が受精卵に着床した時点で、あんたは『夫』という立場から『親父』という立場になったんじゃなかったのか?


 ハッキリ言おう……親父、あんたは夫としても、親父としても、人間としても失格だよ。

 これはある意味で言えば虐待だ。物心つく前の子供を残して一人で勝手に死にやがるなんて……! 生きて行けると思っていたのか? 運良くあんたの腐れ縁だった今の両親に引き取られたが、そのお陰で俺はどれだけ……気を張り詰めて生きてきたことか……!

 だいぶ前置きが長くなったが、本題へ戻ろう。そう、天涯孤独の身となった俺は、親父の腐れ縁だと言う義父の家族の元へと引き取られたんだ。

 義父や義母は、「この子(長女)に兄弟が出来たみたいで嬉しい」と言ってくれていたらしいが、当の俺はそんな和やかな雰囲気にはなれる話ではなかった。

 俺ほど遠慮というものを早々に憶えた子供はそうそうこの世にいないだろう。俺はとにかく遠慮した。何故なら俺はこの両親が本当の両親でないと知っていたからだ。


 まあ当時の俺は気が気じゃなかっただろう。あの時の事故直後も本当に地獄だったが、この十五年間は地獄よりも大層苦しかった。長女の御機嫌も取らなくてはならないし……。 

この時ほど親父が死んだ事を恨んだ事はなかった……親父さえ生きていれば、俺は普通に生きて来れたのに……!


――ところで俺は先程から、義父母や長女との共同生活を過去形で話しているわけだが、何故だと思う? 


 フフフ……! 教えてやろう……俺はこの春に晴れて高校生になったのだが、それを機に……遂に……! 独り立ちする事に成功したんだ! 

 もう誰にも気を遣う事無く! 好き勝手に! 自分勝手に! 自由に! 俺は一人で悠々自適な暮らしを貪る事が出来るんだ!

 こんなに嬉しいことはない! 娑婆の空気を久々に吸った囚人にでもなった気分だ! 

 もう何者にも縛られること無く、十五年間の鬱憤を晴らすかのように! 俺は生きて行くんだ! 本来の俺を取り戻す為に! ありのままの自分を曝け出すんだ!


 因みに、俺が独り立ちにするにあたり住む場所はもう既に決まっている。それは、俺の死んだ両親が生前愛を育んでいたであろう、俺一人で住むには勿体ない――二階建ての一戸建てだった。車二台は停められるであろう駐車場、駐輪場、その隣には物置。

 一高校生が一人暮らしするには贅沢過ぎる……だがそれがいい。日本中どこ探しても俺のような高校生は居ないだろう。なんせ俺は高校生にして所帯持ちなのだからな。


 嗚呼、夢にまで見た一人暮らし……。何者にも脅かされない生活が……遂に俺の元に――来る筈だったんだけどなぁ……。あんな事が……起こるなんてなぁ……。

 超現実的――所謂……シュールなあの事件が、起こるまでは……なぁ……。


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