私の胸は立派なものです!
何しようとしてたんですかって聞くのも、まぁおかしいしなぁ。
未だに顔を覆ったままのOLさんを見て、俺は考え込んでしまった。
おっぱいが大きい。
こう……スーツの胸部分がもっこりとしている所とか、微かに見える谷間とか……。
「あなたが、助けてくれたんですか?」
呟くように手を離したOLさんは、涙を浮かべながら俺を見た。
「……一応」
こう、なんとも言えないな。
「そうですか」
OLさんはピンク色の髪留めを手で取り外した。
『いいですか? 今からなんであんなことをしたのか、正直に話してください』
OLさんの眼を見た。洗脳というのは、本来の目的は『思想改造』になる。
広義的に、他人を上手く操ることも洗脳という部類に入るのだろうが、最も原初的な物はこの思想改造だ。
「私、死にたかったんです」
ぽつり、ぽつりと語り出していく。
時刻は夜の9時半。
田舎で、秋――ってのもあって、周りには鈴虫が鳴いている。
俺も事情聴取でそれなりの時間を取られたからな。
「4月に入社しても、上司からの無茶振り、パワハラ、セクハラ……私の胸を見て欲情するあの豚狸の気持ちの悪い顔は、今でも忘れられません……。こんな胸、なかったら良かったのに――!」
「そんなことはないですよ。あなたのお胸はそれはそれは素晴らしい物です。えぇ、ない方が良かったなんて思うのはやめましょう。自分の胸は立派なものだと誇るべきです。さぁ、復唱してください。『私の胸は立派なものです』、と」
「……私の胸は立派なものです」
『もう一回! 私の胸は立派なものです!』
「わ、私の胸は立派なものです」
『最後、私の胸は立派なものです!』
「私の胸は立派なものです!」
「よし、おっけー!」
俺は一体何をしているんだろうか。
「で、それから? あんなことをした理由を、教えてください」
OLさんの瞳は、少し光が失われている。
先ほどの、無気力的な光の薄さではなく……これ多分洗脳による瞳の薄さだな。
でも、この洗脳能力も人によって効果は変わるのだろうか。
OLさんは続ける。
「毎日毎日が、残業続きで……私の胸が立派すぎるせいで、豚狸にも眼をつけられて……それで――」
「電車に飛び込もうと、思った……と」
「恥ずかしながら……」
うーん……かといって、俺にその会社を辞めろ、なんて言う権利はないしなぁ。
それでも、このままだとこのOLさん、また間違いそうだしな……。
――!
「なるほど、いい手があったじゃん!」
俺は、首をかしげるOLさんの瞳をよく見た。
OLさんも、不思議そうに瞳を見つめ返してくる。
『辛くなったら、逃げてもいいです。生きてください! 死のうなんて、考えないでください!』
すると、俺たちの間がリンクしたかのように「きーん!」とモスキート音のような音が鳴り響いた。
瞬間、OLさんはくすりと笑みを浮かべ、
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
そう、どこか気持ちが晴れたような表情で鞄を放り投げた。
――その約一週間後、同時刻。
家への帰路に着くべく駅のホームに立っていると、見た目派手な女性が立っていた。
女性は、俺に気づくと昨日とは打って変わって爽快すぎる笑顔とたゆんたゆんと胸を主張する煌びやかな紅の服装で俺の腕に胸を押しつけてきた!
その瞳は、この前と違ってとんでもなくキラキラしている。これ洗脳効果ってまだ続いてるの……? むしろ野生解放していない……? って気もしなくはない。
って、この人、この前のOLさん!?
何この変わり具合! というかこの人ホント誰!? ってかおっぱいすごいもふもふ。
すっげー! もちっもちだー! ……いや、そうじゃなくてだな!?
「ど、どう……したんですか!?」
「私の胸は立派なものなので、現在の会社を辞めて別の会社に就職したんです! この胸を最大限生かした、素晴らしい就職先が見つかりました! これもあなたの助言のおかげです! ありがとうございますね」
「えっと……?」
困惑に包まれていた俺の前に来たのは、電車だった。
「そういえばあなたのお名前は……って、電車が来てしまいました! すみません、これから仕事があるんです!」
煌びやかなバッグと、煌びやかな服装で電車内に向かう女性は、最後まで笑顔で俺を見送った。
「俺……そういや何したかったんだっけ……」
あのOLさんがあんなに楽しそうにしているのなら、まぁ、いいだろう。
どこか方向性をとんでもなくねじ曲げてしまった感は否めないが――な。
こんな感じでお話進みます(笑)