ヤるヤらない以前に殺る殺らないの問題だ!
「……あれ?」
その美人OLの瞳は、普通のもののそれではない。
普通だったら、呆れとか、奇異の瞳を向けてくるもんだ。
高校の頃に教室で男友達とバカをやりながら踊っていたときなんかは、クラスの女子はドン引いた眼でこっちを見ていた。あんな感覚だと、思ってたのに。
俺の目の前にいたそのOLさんの眼は、どこか虚ろだ。
その瞳には、俺は映っていない。
すると、OLさんは突如として肩にかけていた漆黒のバッグをぽとんと地面に落とした。
……マジで?
《まもなく、下り電車が、高速で、通過します。大変危険です。黄色い点字ブロックの内側に――》
そう、無機質な機械のアナウンスが響き渡る。
ホームの端の方からは、猛スピードでやってくる電車があった。
OLさんは、ゆっくりと口を開いた。
「……バイバイ、みんな。ごめんね、お母さん……」
その目には涙が浮かんでいた。
タンッ
OLさんは、軽く地を蹴った。
それは、今まで踏み出したどの一歩よりも、軽やかに。
先ほどまでの鬱蒼とした表情から一転、すべてを解放して、自由を手に入れたかのような――そんな……って、待て待て待て待て待て待て待て待て!!
何で俺はゆっくりじっくり実況してんだ!?
何であの人は俺の前で飛び降り自殺なんてするんだよ!?
俺はただあの人いいなー洗脳して時間止めてエッチしてみたいなーって思っただけだからね!?
こんな展開、誰も望んでないから!
OLさんは身体を傾けて、駅のホームへと飛び降りていく。
そんな窮地とも言える状況――普通の人ならば、どうすることも出来ずに、ただ唖然としているしか出来ないだろう。
だが、俺は――!
「時間よ、止まれぇぇぇぇぇッ!!」
突如として授かったこのエロゲー能力で、あのOLさんを救うことが出来るのだ!
ここで俺が彼女を見殺しにしたら、俺が殺したことになるも同然。
ヤるヤらない以前に殺る殺らないの問題だ!
時間が止まる、そりゃもうぴったりと。
電車だって高速でやってこないし、OLさんだって空中で止まっている。
……こういうときくらいは、ホームに降りてもいいよな……。ごめんね、駅の人。
時が停止した世界で、俺はひょいとホームを降りた。
線路の上って案外ゴツゴツしてるんだな。よい子の皆はまねしちゃだめだぞ! 絶対だからな! 時間止められる奴は上手く有効利用しよう!
さてさて……そんなことはまあいいとして……っと。
OLさんの下に向かった俺。
そんな彼女の表情は、どこか開放感に包まれているようだった。
だが、悪いね。目の前で自殺されるのも、ちょっと嫌なんだ。
……にしてもパンツ真っ白だ、可愛いな。フリルついてる。可愛いな……いや、抑えよう。
俺は不可抗力で女性の身体を触らせてもらい、なんとかホームのベンチに座らせる。
格好的には飛び降りた開放状態のままだから、こう……なんとも言えないものがあるが、まあ仕方ないだろう。
すると、俺の意識の変化によって時間停止が解除されたのか、快速電車が凄まじい音を上げて俺たちの後ろを通り過ぎていった。
そんな折り、OLさんは――。
「……死ぬんだなぁ……私」
そう呟きながら、そっと眼を開けて、俺の方を見て、首をかしげると共に、周りの状況を見て顔を真っ赤にして両手で覆ってしまった。
……まぁ、気持ちは分からなくもないな。