二話目
軽く頭を振って、今度こそ落ち着いた。部屋から出れないんだ。やれることは限られている。魔法だの呪いだの、俺にどうこうできるわけもないしな。
玄関先は、いつの間にか野次馬だらけになっていた。俺がここから出れないことは、周知の事実らしい。感謝の言葉とともに、食べ物やなにかの道具が次々と運びこまれ積み上げられてゆく。大量の野菜を持ってきた女性など、感極まったのか抱きついてきた。
初対面でそれもどうかと思うが……金髪の美人だし、いいか。
「ありがとうタクヤ! あの魔獣には、みんな煮え湯を飲まされていたの」
「ど、どういたしまして。……みなさんは、普通に出入りできるんですね」
「ええ、おかげで助かったわ。こうしてお礼の品も届けられたしね。あたし、近所に住んでいるの。困ったことがあったら、いつでも声をかけてね」
「いえ、そこまでお世話になるわけには」
「なに言ってるの。あなた、ここから出られないんでしょう? 買い出しもできないんじゃ、生きていけないわよ」
くっ、痛いところを。だが、家の外見をした牢屋のようのものだ。これからお世話になるんだろうな。……他人に頼るのは、好きじゃないんだが。
「ほら、いつまでもみんなで騒いでたら迷惑でしょ。あとはあたしに任せてちょうだい」
「旅の方、あなたの呪いが一刻も早く解けますように」
「キリルの手料理はおいしいからなぁ、羨ましいよ」
「父と兄の仇を討ってくれて、本当にありがとう!」
仕切り始めた金髪の美人は、キリルというらしい。
みんなを見送った彼女は、当然のようにキッチンへと向かう。まぁ、ワンルームだから迷うことはないよな。
「これって冷蔵庫じゃない。こんな魔道具を所有してるなんて、もしかして貴族なの? 冷凍機能まで付いてるなんて、珍しいわね」
「たいしたものではないですよ。ところでキリルさん。魔道具とは、どういう物なのですか?」
「魔道具は、その名の通り魔法で動く物のことよ。所有してるのに知らないなんて……もしかして、それも呪いの影響なの?」
うっ、墓穴を掘った。だがチャンスだ。
「じつは……名前しか思い出せないのです。なにもかも、初めて知ることばかりで、正直混乱しています」
「——あぁ、なんてことなの! そんな状況なら、さぞ辛かったでしょう。でも大丈夫よ。私たちでよければ、いろいろ教えてあげる」
「……ありがとうございます」
俺は、うまく笑えていただろうか。少し目線を下げれば、美女の潤んだ瞳が見える。こんな状況で平常心を保つのは、大変なのだと思い知らされた。だが……願わくば、もう少しだけ。今だけは、腕にあたる暖かく柔らかな感触を楽しもう。そのためなら、緩む頬を引き締める努力は惜しまない。
「さぁ、まずは腹ごしらえよ! お肉とお魚どっちにする?」
「じゃあ……キリルさんの得意な方でお願いします」
「ふふ、任せてちょうだい。とびっきりの郷土料理をご馳走するわ。まずはイノシカの肉を骨ごと煮込んで~~」
やっぱり異世界だな。動物を解体するところから開始するって、ちょっと予想してなかった。名前は猪と鹿のキメラみたいだけど、見た目は精霊馬に似ている。それの割り箸を紫にしたような外見だ。これできゅうりの精霊馬も存在してたら面白いんだけどな。
ここが殺伐とした世界なのは間違いない。蘇生の魔法も無いようだ。はたして、一般人の俺にどこまでやれるだろう。だが、どんな方法にせよ転移したのなら、同じように転移して帰ることは可能なはずだ。
さしあたって重要なことは料理の手順か。未知の食材が多すぎる。毎食やっかいになるわけにもいかないしな。俺はこまごまとした補助をしつつ、彼女の包丁さばきを目に焼き付けた。




