「魔法が撃てなかったのはどうして?」
「さっき、リーナの魔力は自分では見えなかったと言ったな」
「はい……」
「おそらく、見えにくくて見落としたんだろうな」
「見えにくい?」
「これを読みながら話そう」
ディロンは、先ほどまで2人で読んでいた本をカウンターの下から取り出す。これには魔法の基礎が書かれており、小学校の教科書としても使われるモノである。
ちなみに、昨日エカテリーナを帰した後、ディロンが図書館中を2時間探し回って見つけた。
『魔力には必ず属性が付与される。属性は、火、水、土、風、光、闇の6種である』
「何も考えず魔力を放出すると得意な属性が乗ると言ったが、リーナの場合は闇だった」
「闇……じゃあ、暗くて見えなかっただけ、ってことですか?」
「そうだ。実際には、お前の握りこぶしくらいの魔力は出ていた」
エカテリーナは握りこぶしを作ってみる。それでも小さい。……もっと、上手く出来るようになりたい。
「得意な属性というのは、1番使いこなせる属性だ。扱いやすく、極めようと思えばどこまででも伸ばしていける」
「ディロンさんは何が得意なんですか?」
「俺は光だ」
「光……私と逆ですね」
エカテリーナは、イメージとして光と闇を逆に感じた。そして、悪事を是とする魔族は闇なのではないかとも。訊いてみた。
「そうだな。魔族にも様々いるが、光属性を扱うことを苦手とする者は特に多い。ある意味闇属性が多いと言える」
「じゃあ、ディロンさんは珍しいんですね」
ディロンさんはレアな種族だとも言っていたし、生まれ自体が特殊なのかもしれない。詳しく話したくないみたいだから、もちろん訊かないけど。続きを読む。
『体内に貯められる魔力のことを蓄積魔力といい、さらにその総量を蓄積魔力量という。蓄積魔力量は、成長と共に徐々に増えていく』
子供の魔力量が少ないのはこれが大きい。蓄積魔力量はその種族が肉体的に元気な年齢であれば徐々に増えていく。端的に言えば、若い内は増える。ディロンも、未だ蓄積魔力量が勝手に増えている状態だ。
『また、意図的に魔力を消費することでも蓄積魔力量は増やすことが出来る』
「意図的?」
「わざと、自分の意思で、だ。……何故増えるのか、想像出来るか?」
ディロンは、エカテリーナに考えさせた。最終的に答えが間違っていようとも、出てこなくて「解らない」と答えようとも構わない。とにかく自分の頭を使うことをさせた。
エカテリーナは考え、イメージした。だが、経験も知識もあまりに少ない。何故そうなるのか、見当も付かなかった。
「うーん……」
「解らなくても仕方がない。ヒントも無いからな。リーナ。お前は筋肉痛になったことはあるか?」
「筋肉痛? ……って、なんですか?」
「身体をたくさん動かした次の日、その場所が痛くなることだ。飛行の練習をしているようだが、その時にもなかったか?」
「えーっと……ないです」
彼女は若いどころか幼い上に、魔族だ。肉体の自己修復能力も高い。それに小さなこの町から出たこともなければ、何かから逃げるなど、必死になって身体を動かしたこともなかった。この辺りは、幼少期に友達と遊ぶのが最も鍛えやすいが、それは仕方ない。
「筋肉の限界を超えて身体を動かすと、次の日に筋肉が痛くなることがある。だが、その痛みが引くと、その筋肉は強くなっている」
理屈はともあれ、使うと鍛えられるのは筋肉も魔力も同じ。それだけ解ってくれればいいと、ディロンは余計な理屈を省き、解りやすさ重視で説明した。
「じゃあ、魔力を毎日ちょっとずつでも使えばいいんですね?」
「そういうことだ」
必要なことだけ解ってもらったところで、次の項目へ。
『魔力は体力や生命力とは別のエネルギーである。蓄積魔力を全て消費したからといって死ぬようなことはなく、その回復も非常に速い』
精神力、ともまた違う。魔力の放出自体には肉体的、精神的な疲労やダメージを伴うことはない。
「じゃあ、魔力ってなんなんですか?」
「その辺りは解明されてないから俺にも解らない」
魔族の大半からは「便利なエネルギー」程度にしか認識されていないが、未解明の部分も多い未知のエネルギーであるため、それ以上のことを知る者は少ないのだ。
「魔力が回復する条件だが、ある程度リラックスした状態でなければ回復しない」
「寝てる時とか……ですか?」
「魔力を使っていなければ、今のような状態でも大丈夫だ」
要は、休憩していれば回復する。もちろん、魔力を消費しておらず、身体も動かしていなくても、息を潜めている等の緊張状態や、息が上がるほどの疲労を感じている状態ではダメ。あくまで、ある程度はリラックスしていなければならない。
その回復速度も速いとはいえ、1時間で蓄積魔力量の3分の1程度でしかない。
「じゃあ、3時間で回復しきるんですか?」
「大体な」
「じゃあ、ディロンさんは、魔法を使い放題?」
エカテリーナは思う。今までの話からすると、たくさん歳をとってて、たくさん魔力を消費したら蓄積魔力量が多くなる。
ディロンさんは314歳で、戦争の経験もあるみたいだから、たくさんの戦いでたくさんの魔力を使ってきたはず。蓄積魔力量が多いのは間違いない。下級魔法くらいなら、いくらでも使えるのでは?
しかし、ディロンは首を横に振った。彼は、肯定や否定も口頭で示すことが多い。ちょっと珍しい仕草だ。
「確かに下級魔法なら大した魔力は使わない。だから、魔力を回復させながらであれば、無限に使えるだろう。……何も考えず、突っ立って使うだけならな」
「…………? それって…………あっ!」
「気付いたか」
エカテリーナはきちんと自分の頭で考えていた。このまま癖になっていけばいずれいい結果を生むだろう。
「えと、えっと、あのー」
頭では解ったのだが、上手く言葉で表現出来ない少女は、手をぐるぐるさせたり上下に振ったりしながらなんとか言葉を探す。
可愛い。表情には決して出さずにそう思いながら、ディロンは見守った。ちなみに彼は断じてロリコンではない。
「リラックスしながら魔法を撃ち続けるタイミングが無いんですね!」
「正解だ」
彼女は、自分で考えて正解したこと……よりも言葉が上手く見つかったことに喜んだ。よくある逆転現象である。
「魔法を使い続ける、ということは大抵戦闘中だ。必ず敵が存在し、たとえ突っ立っていることが出来ても、心は油断出来ないし、敵を狙い続けなければならない」
蓄積魔力量の0.03%未満の魔力しか消費しない魔法を使い、3秒休憩。それを繰り返せるなら理論上は無限に魔法が使える。だが、戦闘中に休憩することは不可能だし、たとえ敵との距離が取れたとしても休息と言えるほどの安らぎは得られない。
「戦闘を続けている限り、蓄積魔力は有限だ。これは覚えておくといい」
「はーい」
普段は丁寧語を使うエカテリーナではあるが、たまに、子供らしい返事や仕草をする。そのタイミングや、そのもの自体が稀であることがあざとさを感じさせた。
そんなことより、そろそろエカテリーナが帰るべき時刻が迫っている。
ディロンだけでなく、エカテリーナもそれに気付き、本を戻しに行く。そしてディロンの所へ帰ってきて、こう告げた。
「ディロンさん、私、早く魔法が使えるようになりたいです」
楽しくて仕方がないという顔。上達の為の練習を努力と思わず、楽しめること。それこそが上達への1番の近道だ。
「なら、まずは」
「蓄積魔力量を増やします」
「……ああ」
はにかんだ笑顔でディロンの言葉を遮った幼女。子供の顔立ちは総じて可愛らしいのが常ではあるが、彼女の場合は、既に美貌の片鱗を覗かせている。将来べっぴんさんになるな、こりゃ! というやつだ。
ディロンから、魔力の放出はやるなら寝る前に外で行うこと、彼からの許可が降りるまでは今日の手順以外のことはしないことを約束させられ、その日エカテリーナは帰宅した。自力で空を飛びながら。
「あれは……?」
その男の目に映ったのは、空を飛ぶ、サキュバスの子供だ。あの幼さなら、まだ小学校にも入学してはいまい。
「まさかこんな田舎で、あんなイイモノが見付かるとは」
小学校入学前から普通に飛行するサキュバスは珍しい。サキュバスは種族的に身体面の強化が苦手だからだ。あれは、才能があるに違いない。
男は、口角を不気味に歪めた。