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「知的な獣」

 




 少年は走る。見ているだけで腹の立つ笑みの男から逃れるために。


 木々の間を抜け、枝葉に皮膚が切れるのも構わず、ただただ逃げる。


「クソ。無茶苦茶にぶっ放してやがる!」


 まるで無尽蔵に魔力があるかのよう。属性も火以外のあらゆるものを使ってくるが、唯一の救いは彼が単調な攻撃しかしてこないことだ。威力は出せても技量が足りないのか、魔力を弾丸状にして飛ばすことしかしていない。


 その救いも、所詮は不幸中の幸いにしか過ぎない。


「どっちに逃げたらいいんだ!」


 今はとりあえず、下れ。その程度の認識でしかないし、腰に差した刀剣も邪魔で仕方ない。後ろからはバカみたいな火力の魔弾が吹き付ける驟雨しゅううのように飛んでくる。


 こっそり「もう2度と山なんか来たくねえ」と思いながら、カトルはチラリと振り返る。土煙がもうもうと上がり、その中からこちらへ魔力を放っているようだった。


 足下には細心の注意を払い、一瞬踏みとどまる。カトルの腰から銀閃が輝いたかと思うと、近くの木々が数本、まとめて斬り裂かれて軋む。


 倒れていく大樹。魔法を使えない彼にとって、それは精一杯の反撃だった。


 こんなことで不意を突いても殺せるわけないんだけどな!


 そう、思っていたのだが。


 重い音と地響き。それと同時に、カトルへの攻撃が止んだ。一瞬前までの騒がしさが嘘のような静寂。あまりに意外な展開に、少年は思わず足を止めた。


「やった……のか?」

「フラグもらった!」

「くぅっ!?」


 鋭く尖った氷が頬を掠める。皮膚を薄く裂き、血が一筋流れ出す。回避が遅れていたら、カトルは顔のど真ん中に穴を穿たれて死んでいたに違いない。


 その想像にひやりとしながら、再び背を向けて駆ける。


 記憶を受け継いで生まれ、ノブナガという強者に拾われ、日々の鍛錬によって多彩な剣技も習得している。それがカトルの基本スペックであり、さらにもう1つ、特異な体質を持って生まれている。それは事実上チートとも呼べる能力であるが、それもこの場では機能しにくい。


 単純に言ってしまえば、この転生者の少年は魔法を連発する相手を苦手としている。特に、防御よりも攻撃に重きを置くようなタイプでは近づくことさえ容易ではない。


 だから、逃走するしかない。相手を撒くか、向こうが諦めてくれるまで。


「けどコイツっ! 魔力量が多すぎる!」

「自慢の1つだからさぁ!」


 嗜虐的な笑みを浮かべ、まるで遊んでいるかのように平然と攻撃を仕掛けてきている。命を奪うことに躊躇いがないのか、実は恨みを買っているのか。理由はわからないが、殺しに来ていることはその魔法の威力から窺えた。


 だが、そういう狂人的な面とは別に、カトルは引っ掛かりを覚えていた。


 まず、その服装。何故ジャージなのか。よく知っている服だからスルーしていたが、魔界にジャージはない。彼のセリフからいって人間界で生まれたのだろうが、それでもこの服装は不釣り合い。わざとそうしているかのようにも思える。


 もう1つ。言葉の端々から、違和感を覚える。これが最たる違和。


 言葉の使い方……は大体合ってるはず。けど、何か……何かがおかしい。ぜってーオレが嫌いなタイプだろうに、妙な親近感があるっつーか……。


 逃走者の頭に閃きが走るのと、決定的な言葉が投げられるのはほぼ同時だった。


「少しは反撃してみろよ? 窮鼠猫を噛むって言うだろ?」

「やっぱりか!」


 おかしいのは、彼のボキャブラリだ。


 1度攻撃の手を緩めた時に言っていた、「フラグ」というセリフ。それから、今のことわざ。


「お前、日本人か!」


 聞き違えられぬよう、ありったけの声量で叫んだ。ほぼ確信している。この少年もまた日本人で、転生したのだと。そんなぽんぽん転生するなんてことがあるのかは知ったことではないのだが。


 カトルの叫びが響き、辺りに先ほどのような静寂が訪れた。一応木の陰に身を隠し、少年は続ける。


「お前、転生者だろ! じゃなきゃ「フラグ」って言葉をあんな使い方しねえし、ことわざも知らないはずだ!」

「……ほう? なら、君も?」

「ああ、そうだ」


 答えると同時、空気感が変貌する。緊張の糸は途切れ、いくらか柔らかい声がカトルの耳に届いた。


「そうか……俺以外にもいたとはね」

「……攻撃するの、止めてくれるか?」


 返答は即座に来ない。悩んだのであろう数秒の後、


「わかった」


 とだけ。おそるおそる姿を見せ、カトルはゆっくり近づいていく。刀の柄に手をかけているのは、もはや身体に染みついた癖だ。魔界では何があるかわかったものではない。力でねじ伏せてない以上、騙し討ちされるのがこの後の定番の展開だ。


 さすがに人間同士でそうはならなかったが。


 肩をすくめ、悪びれる様子もなく金髪が言う。


「そんなに怯えるなって」

「いや、普通に警戒するだろ」

「攻撃しない。てか、信じてくれないと話進まないぜ?」


 言っていることは正しいのだが、カトルは胸の奥にチリッとした感覚を覚えた。喋り方なのかなんなのか、この男はやはり嫌いな部類の人間らしい。


 数メートルの距離で向き合う。すると突然、彼は無言で木の枝を集め始めた。散らばっていたのを適当に集め、火を着ける。その脇に座り込んだかと思うと、じっとカトルの方を見つめていた。


 座れ……ってことだよな。


 警戒の姿勢は解いてないぞと視線で訴えながら、彼もまた、腰を下ろした。





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