「魔法、使います」
『魔法とは、体内の魔力を利用して様々な事象を現実として引き起こす技術である』
翌日も、エカテリーナは図書館にいた。
昨日、パパとママがいつもよりニコニコしていたのはなんだったんだろう。図書館に行くって言った時も少し機嫌が良かったような……?
理由はなんにせよ、両親が嫌な顔をしなくなったのはエカテリーナにとって都合がいい。気持ち的にも。
「……?」
「全く解らないか?」
「はい……」
エカテリーナは、魔法が使えない。子供の内は体内に蓄積出来る魔力量が少なく、簡単な魔法も使うことは出来ない。5歳といえば、最下級の魔法でさえ使えない。この歳で使える者は、破格の素質がある。
「親は、魔法を使うだろう?」
「はい。よく暖炉に火をつけています」
「あれは、体内の魔力を消費して、火の起きるはずのない所に火を起こしている」
消費、というのは使うこと、だったとエカテリーナは記憶している。
「じゃあ、私の中に貯められる魔力が増えれば、魔法が使えるんですか?」
「そういうわけでもない」
実演した方が早い、と、ディロンは立ち上がる。立ち上がるとディロンは背が高く、体格の良さもあって、エカテリーナは少し圧を感じた。彼は司書のカウンターを回ってエカテリーナの前まで来ると、片膝を立てて屈む。
「いいか」
手のひらを上に向けた右手。彼女の目線に合わせられたそこに、突如として小さな水の球が現れ、そこで停滞、浮遊を続けた。
「これは、魔力操作の基本。何もない空間に水を生み出すことに1度魔力を消費し、今は浮遊させることに魔力を消費している」
「じゃあ、今も魔力は減り続けてるんですか?」
「そうだ。量は少ないがな。そして」
バシャリ。浮遊していた水球は、現れた時と同じように突如形を崩し、重力に従って落ちた。ディロンの手と、真下の床が濡れる。
「あっ」
「今俺は、浮遊させることに魔力を注ぐのをやめた。だから水はコントロールを失い、落下した」
「なるほど」
「起こしたい現象をイメージし、どこに、どのような形で、どれくらい魔力を注げばいいか……それがコントロール出来なければ魔法は使えない」
つまり、たくさんの水を生み出せる魔力を持っていても、ただ垂れ流すだけでは、水がダラダラと流れ続けるだけになるということだ。
「コントロール……」
「そのコントロールが魔法の基本であり、全てだ」
意外と簡単に思える。魔力を注ぐ量、コントロールの仕方を覚えてしまえば魔法なんて簡単に使えるのではないか。
エカテリーナは、少し試してみたくなった。大人にとっては簡単に使える魔法でも、子供の目には大変魅力的に映る。早く使ってみたい。魔法を使うことは、大人になったような気分にさせてくれる出来事の1つだ。
「ディロンさん、私も魔法使ってみたいです。簡単なのってなんですか?」
「一番簡単なのは、何も考えず、魔力を放出することだ」
「えっ、でもそれって……」
「ああ。魔法ではない」
魔法と呼ぶには、魔力のコントロールが抜けている。確かにそれなら魔力が少ないエカテリーナでも可能だろうが、あまりに雑だ。
不満気に頬を膨らませる幼女に、ディロンは言い聞かせる。当然これには意味があるのだ。
「何も考えずに放つ魔力には、自然と最も得意な属性が乗る」
「属性?」
「属性は……いや、その説明は後だ。それに、大人になってからでは全力で魔力を放つ機会も減る。街を無意味に破壊してしまうからな」
破壊すること自体は世間的にはいいのだが、報復を受ける可能性が非常に高い。だから、どう頑張っても大した威力の出ない幼少期に全力で魔力を放っておくのがいい。普通は魔界小学校入学の際に行うが。
ディロンは、きちんと納得してくれたエカテリーナと共に外に出る。そして、両手を上げて空に意識を向けるよう促す。
だが、両手を上げて、いざ魔力を放とうとした時、エカテリーナは気付いた。
「……魔力って、どうやって身体の外に出すんですか?」
そもそも魔力が体内に貯められていることは頭では解ったが、身体で感じたことはない。どこにあるのか解らないモノは、出しようがない。
ディロンは焦ることなく説明する。魔法を初めて使う時、誰もが通る道だ。
「ただ単に魔力を出したい場合は、自身の生命エネルギーを外に出そうとするイメージが楽だ」
「生命? だ、大丈夫なんですか……?」
「あくまで初めての時の仮のイメージだ。本当に生命が減るわけじゃない」
ホッと胸を撫で下ろし、エカテリーナは集中する。
空に向かって、私の命を出すように……。手のひらから、命を……私自身を出すように……!
「えいっ!」
背伸びをして、目を閉じて、思い切って。私は力を込めた。すると、身体の中から体力とは違ったエネルギーが空に向けて放出された。
「出来た! ……出来、た……?」
魔力を放出した、その初めての感覚に、エカテリーナは成功したように感じた。でも、上を見上げても、何も見えない。もしかして、私の勘違い……?
「ディロンさぁん……」
不安になり、ディロンの方を見る。ディロンは驚きもせず、首を傾げてもいない。そのいつも通りの無表情に、少女は安心を得た。
「心配ない。ちゃんと出せていた」
「小さすぎて見えなかったんでしょうか……?」
子供ではあまり魔力を貯められないことはエカテリーナもよく理解していたし、自分に特別な魔法の才能があると思っていたわけでもない。
が、実際には出せていたのに、見えないほど自分の魔力は小さい……。それは子供ながらに……いや、身の丈が解らない子供だからこそ悔しかった。
「泣くな」
「な、泣いてないです!」
ゴシゴシと目元を乱暴に拭う。泣くというのは、悔しい気持ちを表に出して見られているようで恥ずかしい。エカテリーナには、少し負けず嫌いの気があるようだ。
「今のを、もう1回出来るか?」
「出来ます!」
感覚は掴んだ。1度体内の魔力を外に出すと、その独特な感覚は忘れない。コントロールはともかく、とりあえず放出するだけなら簡単そうだった。再び両手を空に向ける。今度は、目を開けたまま。放出された魔力を、自分の目で見てみたかった。
「~~っ!えいっ!」
…………。
………………。
何も、起きない。身体からエネルギーが発せられる、あの感覚も感じられない。1度魔力を放出する感覚を味わったエカテリーナには解る。何も、起きていない。
「魔力が尽きたんだ。リーナの魔力は、今のところそれくらいだということだ」
「うぅ~っ」
「唸っても無駄だ。座学に戻るぞ」
まだ悔しそうに顔を赤くしているエカテリーナに背を向け、ディロンは図書館の中へと戻っていく。
もう少し魔力放出の練習やりたかった小さなサキュバスだったが、置いていかれる事の方が嫌で、慌ててその背中を追った。